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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第四章 魔族の秘密
  第45話 温泉再び

 ぼくを脱出させ、手配書が回る前に魔国領へ逃がす。
 それが彼らの引き受けた依頼だったらしい。

 いずれ各都市すべてに回るであろう手配書。
 それを考えると、時間との戦いになる。
 一同は変装して馬車に乗り、ひたすらイステール王都から西方向へ離れていった。

 馬車から見る、いくつもの都市の街並み。
 そこには、機能だけでなく、美もふんだんに盛り込まれていた。
 そして都市と都市をつなぐ街道から見た広野の景色。
 魔国よりも緑に満ち、大地そのものにエネルギーが満ちているように感じた。

 ――同じ大陸なのに、ここまで違うのか。

 来るときにも見ていた景色だが、あらためてそう思ってしまった。



 リンブルクの戦いの際に人間側が奪った領土に入った。

「さーて。ここからは歩きだなー」

 まだ占領後間もないため、リンブルクに直通する公共の交通手段は整備されていない。
 よって方角が西のノイマール行の馬車に乗り、途中で降りて歩くことになっていた。

「お兄さん鎧を着るのか? 重そうなのに」
「うん。大丈夫だよ。そこまで重くないし」

 このヨロイは魔化されているので、実は着ている方が若干楽だったりする。
 勇者の鎧に比べると魔化装備としての完成度はやや低いのか、定期的な魔力再充填は必要である。
 しかしまだその必要はないようで、動きは軽いままだ。

 一同、ひたすら歩く。
 半日ほど歩くと、見覚えのあるところに出た。
 ノイマール南の会戦のあと、ルーカスと一緒に歩いた街道だ。
 このまま南下していけば、リンブルクに向かえる。



 ***



「お兄さん、見かけによらず体力あるよなー?」

 そうリーダーの男に聞かれたのは、温泉で休んでいた時のことだった。

「そうかな?」
「ああ、こいつなんてすぐバテるんだぜ」

 そう言ってリーダーは、お湯に入っているメンバーの一人を指差した。
 黒髪の短髪で、この中では一番若そうな男だ。

 ちなみに、この温泉はいつぞやに勇者らと会った岩場の温泉である。
 ちょうど日が傾いてきたときにこの近くを通ったため、ぼくがリーダーの男に提案し、みんなで入ることにしたのだ。

「オレ、速いペースで歩いてると左足の足首とスネが痛くなってしまうんだよなァ」

 指をさされた若い男がそう言う。

「お前いつもそうだよな。鍛え方が足りねえんじゃねーの」
「そんなことないはずなんですけどねェ。なぜか痛くなるですぜェ。最悪、攣っちまいます。実は今も攣りそうなんですよォ」

「おかしくね? 普通攣るならふくらはぎだろーが」
「そうなんですけどねェ」
「でも何とかしてもらわねーとな。何度か足が止まって捕まりかけたことがあっただろ。そのうちお前に頼める仕事がなくなっちまうぞー」

 そう言ってのど仏のあたりに寝かせた手刀を当てる仕草をする。

「ヒエェ、それは勘弁してくだせェ。クビになったら他に行くとこなんてねェですから」

 会話を聞きながら、ぼくは考えていた。
 確かに攣るのは圧倒的に腓腹筋――ふくらはぎの筋肉――であることが多いが……そうでないケースだってもちろんある。
 触ってみればわかるような気がする。

「ちょっといい?」

 全身浴状態の男に近づき、とりあえず岩場に腰掛けてもらうように頼んだ。
 男は「ん? 何だいな」と言いながらも言うとおりにしてくれた。

「おー。お兄さんの変な術の出番か。それは楽しみだなー」

 リーダーの男が面白そうに言う。

 まずはスネ。
 前脛骨筋を上から下方向に、足首近くまで軽く押して左右差を確認していこう。

「はァ気持ちいィ」

 触ると、左右差がかなりある。
 左のほうが明らかに硬く、温泉に浸かっていたというのに、ゆるんでいるという感じがまったくない。

 ……なるほど。
 左足が痛くなることの原因について、少し考えが浮かんでくる。
 今も攣りそうということなので、施術しながら考えをまとめていくことにしよう。

 前脛骨筋の上にあるツボの中で、足三里―――膝の皿の外側下端から指四本分下にあるツボ――は万能ツボで様々な効果が知られているが、強力な足の疲労回復効果があることでも有名だ。

 その旅の移動距離とスピードから忍者疑惑がつきまとう松尾芭蕉も、足三里に灸をしながら移動をしたという。
 指圧は診断即治療だ。診断ついでに押しまくってしまえ。

「イテテテ、お兄さん怖いよォ」
「なんだおめー情けねーなー」
「いやボス、ホントに痛いんですって」

 前脛骨筋がゆるんできたので、今度は足三里から五寸ほど下――膝の皿の外側下端から足首までのちょうど半分くらいの場所――で、さらに親指幅分だけ外側にある豊隆というツボを、左右の足とも少し深めに押す。

「アッ、イテテ!」

 ここも痛がっている。他のメンバーがそれを見てまた笑う。

「あはは、ごめんごめん。ちょっと痛かったかな」
「あァ、でも左のほうがずっと痛かったァ」
「そうだよね。硬さが全然違った」

 今押さえたところには、深いところに長拇指伸筋と長指伸筋という二つの筋肉がある。
 前者は足の親指を反らせ、後者は足の人差し指から小指までの四指を反らせる筋肉である。また、どちらも足そのものの背屈を補助する働きもある。
 それらの筋肉、やはり左のほうが明らかにカチコチだった。

 ふむふむ、だいぶ考えがまとまってきた。
 指圧を続けて筋肉をゆるめにかかる。

「イテテテテテテ!」

 かなり痛そうだが、ゆるむまで丁寧に指圧していく。

 この男は素直な体をしており、硬かった筋肉はだいぶ柔らかくなってきた。
 念のために、他の箇所にも大きく左右差があるところはないかどうか、触って慎重に調べていく。

「ずいぶん触るんだなァ」
「うん。左足が痛くなる理由はだいたいさっきの施術でわかったけどさ、他にも何か問題点が見つかるかもしれないからね。
 今日はもう移動しないし時間はあるから、どうせやるなら納得するまで調べたい」

「お兄さん、処刑されそうなときは粘らないのに、こういうときは粘るんだなー。おもしれー」 
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