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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第三章 領土回復運動
  第32話 対決 マッサージ師VS勇者

「やっと……やっと会えた……」

 今度ははっきりと聞こえた。勇者がそう言ったのを。
 フルフェイスに近い、露出の少ない彼女の兜。
 表情は確認できない。
 しかし、しゃべり方や肩の動きから、勇者の息が少し切れていることはわかる。

 こちらの軍はほとんど外におびき出されており、投石の心配がない裏側の城壁上は、少数の警備兵だけになっていた。
 薄暮に紛れるように城壁を登り、見張りに襲い掛かって強引に忍び込み、ここまで来た――そんな具合か。

 勇者とぼくで、しばらく見つめ合う。

「一緒に……来てくれ……」
「えっ?」

 しばらくして発せられたその勇者の言葉。
 ぼくには意味がわからなかった。
 壁にあるランプの炎にあわせ、床と壁に映し出されたぼくらの影が揺れる。

「それは、ぼくに対して言ってるの?」
「そう、お前だ。私と一緒にイステールに来てくれ」
「え? いやだけど」
「ダメだ!」

 ……?

「ダメって、なんでさ」
「それじゃダメなんだ!」
「意味がわからない。というかきみは戦いに来たんじゃないの?」
「戦うと、キミが死ぬ!」
「そりゃこっちは素人なんだから、そうかもしれないけど……」

 勇者の様子はおかしい。
 二人称もブレているし、とても冷静には見えない。
 言っていることは支離滅裂で、態度も不自然なほど必死だ。
 おかげでカルラたちが逃げる時間はありそうだが……。

「よくわからないね。きみは二人でここまで来て、何がしたいの?」
「キミを……魔国から消すこと」

 は?

「それは、どういうことかな」
「キミが、魔族の兵士を強くしているから。軍はキミを魔国から引き離すことが第一だと判断してる。私はそのために潜入したんだ」

「おかしいな。なんでそれを人間側が知ってるの」
「そ、それは……情報なんて、筒抜けだから」

 スパイを王都に潜入させている――その可能性はありそうだが。
 目を隠せば簡単にはバレないだろう。

 もしくは……。
 一つ、思い当たることがある。
 前回の戦のあと、温泉に行って出会った女の子、そしてそのボディガード。
 その二人の前で、はっきりと言ったわけではないが、マッサージは魔族に対して様々な効果がある、と言った記憶がある。

 そこから漏れて人間の軍上層部に伝わってしまったのか?
 ぼくはもしかして、あのとき余計なことを喋ってしまったのだろうか。

「軍からは、キミを『生死問わず連れて来い』と言われている」
「……そうなんだ」
「だからキミの意思で一緒に来てくれるのが一番なんだ。一緒に来てほしい」
「いやだ」
「なんで!」

「なんでって言われても」
「マッサージがやりたければイステールでやればいい。魔国でやる必要なんかない」
「いや、ぼくは自分の技術を必要としている魔国でやるべきだと思う」
「……おかしいよ。キミはずるい!」
「おかしい? ずるい?」

 勇者の言葉にかなりの怒気が混じったことが、はっきりとわかった。
 しかしその意味はわからず、聞き返した。

「そうだよ! 人には運命とか宿命ってあると思う。
 それは避けられないし、避けない。みんなそれに従う。やりたくないことだって、やらなければいけない。
 やりたいところで、やりたいことを、やりたいようにやるなんて、普通はできない。なのにキミはそうしようとする。キミはずるい!」

「……いきなり運命だの宿命だのをきみに勝手に決められても困るよ。
 ぼくは確かにやりたいことをやっているけど。魔族の人にも求められて、後押しされて施術所を開いたんだ。それは運命や宿命じゃないというわけ?
 ぼくの施術を待っている人たちが魔国にはたくさんいる。患者を捨てて人間の国に行く? ぼくはそれこそおかしいと思うよ。そんなことするくらいならここで戦ったほうがマシだね」
「……っ!」

「勇者様! 話が通じていません。説得は無駄です。この男は殺すしかありません。もしご自身でやりづらいのであれば、ここは私が――」
「いや、わたしがやる! 下がって!」

 勇者は後ろの人間の兵士の言葉をさえぎると、剣を構えて突進してきた。
 速すぎて反応できなかった。

「ぐあっ!」

 強い衝撃と金属音。
 ぼくは吹き飛ばされた。

「……っ……」

 脳震盪か……。
 起き上がれない。

「あきらめて私と一緒にイステールに来てくれ!」
「いや……だ」
「なんでいやなんだ!」
「ぐはあっ!」

 今度は蹴り飛ばされた。
 体が二回ほどバウンドし、ヨロイと床がぶつかる音が塔に響いた。

 立ち上がらなきゃ……。
 ヨロイはぼくを守ってくれているはずだが、打撲はしているのだろう。
 痛い。体が言うことを聞かない。

 剣を杖代わりにしてなんとか立った。
 景色が回転している。
 剣から手を離したら倒れそうだ。

「――マコト!」

 後ろの階段から、聞きなれた声。
 ぼくも勇者も、後ろにいる人間の兵士も、一斉に声の方向を見た。

 げ! ……魔王じゃないか。

 しかも、鎧を着けているわけでもない、剣を持っているわけでもない。
 ブラブラと塔の様子を見に来たという感じだ。カルラたちには会わなかったのか。
 何なんだ。最悪のタイミングじゃないか。

「初めて見るが、わかるぞ。お前は勇者だな」
「私は勇者カミラ。お前は誰だ」

 ――?
 勇者は魔王の姿をまだ見たことがなかったのか?

 それは好都合だ。
 ここは民間人ということにして、逃げるように言えば……矛先はぼくのままだ。
 魔王は追われなくてすむかもしれない。

 魔王だと知られたら優先順位がぼくより上になる気がする。
 そうなればここで魔王は勇者に殺される。

 ルーカスよりは落ちると聞いているが、『魔王』であるくらいだから、魔法の腕は並の魔族よりずっとよいのだとは思う。
 だが、勇者はルーカスのド派手な火魔法にも耐えていた。
 おそらく装備に何か秘密があるのだと思う。

 怪しげな力を秘めてそうな装備で固めた勇者と、普段着で武器も持っていない魔王。
 さすがに戦うのは無理だろう。
 ここは正体を偽ってもらって――

「私は魔王だ」

「ああっ、なんで自分から言うの!」
「あ? なんだマコト。それだけうるさいなら割と元気なのか?」
「あ、あなたがマヌケすぎるからでしょうがっ!」

 ダメだ……何考えてるんだこの人は。

「お前が魔王なのか!」

 勇者が剣を構え直す。

「そうだ。ならばどうする?」
「お前を殺し、マコトはもらっていく」
「フン、ダメだな。マコトは私の奴隷だ。渡すわけないだろ?」

 ぼくは奴隷だ。魔王じゃなくて、ルーカスの。
 だが訂正する余裕はない。
 魔王はすでに、両手に火の玉を作り始めている。
 勇者の耐久力は噂に聞いているのか、十分に火力を高めるつもりのようだ。

「魔王、覚悟!」

 そうはさせじと勇者が突っ込んでいく。
 だが魔王の魔法のほうが速かった。

「んあっ!」
「勇者様!」

 勇者が後ろに飛ばされた。
 だがすぐに起き上がり、後ろで叫んだ兵士に手のひらで大丈夫であることを示す。

 やはりそうだ。ダメージは衝撃だけ。
 炎そのものはそんなに効いているようには見えない。
 おそらく、あの鎧は魔法攻撃を軽減する力がある。

 しかもあのスピード……もちろん鍛えているのだろうが、人間の女性の動きではない。
 あの鎧には他にも何か秘められた力があるのかもしれない。

 すぐに魔王は次の攻撃を入れる。
 火魔法があまり効いていないと気づいたのか、今度は氷魔法だった。

 勇者はそれをかわし距離を詰める。
 勇者の一太刀。
 それを間一髪で魔王は飛んでかわした。

 魔王は魔法を使おうとするが、勇者がその暇を与えないよう猛スピードで攻撃を繰り出していく。
 魔王はかわしているが、とても長く持つとは思えない。
 やはり接近戦では勝負にならない感じだ。

 これは……。
 あ――

「うっ」

 勇者の一閃で魔王が床に倒れた。

 血が……!

 致命傷ではなさそうだが、治癒魔法は少し時間がかかる。
 治し終わるよりも勇者の次の攻撃のほうが速いだろう。

 だめだ、助太刀しなければ……。体……動け。
 のろのろと勇者に接近して、ぼくは剣を振った。

「がはっ」

 あっさり横振りで飛ばされた。
 また無様にバウンドする。

「……く……」

 まずい。立ち上がれない。
 勇者が魔王にとどめを刺そうと振りかぶる。
 間に合わない。

「待った!」

 ぼくの叫びに勇者の動きが止まった。

「行く! イステールに……行くから!」

 剣先を魔王に向けて治癒魔法の使用を牽制しながら、勇者は少しだけぼくのほうを見た。

「……本当?」
「うん。その代わり、今この場で魔王に手を出さないことが条件……でもいいかな」

 この期に及んであまりにも都合のいい条件だと、ぼく自身も思った。
 冷静に考えれば、どう考えても通るはずのない提案をしたのかもしれない。
 だがすぐに返事は来た。

「わかった」
「勇者様!」
「いいんだ。わたしが責任を負う」

 後ろにいた兵士が咎めるように叫んだが、彼女はそれを制した。

「じゃあ、マコト。私と一緒に来てもらうよ」
「……うん」

 ぼくはまた剣を杖代わりにして立ち上がった。

「マコト……ダメだ……私は許可してない。行くな……」

 倒れている魔王が呻くように言う。

「魔王様、あなたもぼくの患者の一人です。患者の命は施術者にとって一番大切なものです」
「……行くなと……言っている」

 ぼくは再度の魔王の呻きを無視した。

「これ以上お役に立てず申し訳ありません……ルーカスたちに、よろしくお伝えください」

 そう挨拶すると、勇者のほうに向かって歩き出した。 
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