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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第15話 怪業で開業した日

 開業当日。
 もともと晴天が多い気候だが、この日も天気は快晴だった。

「いい天気だね、マコト」
「そうですねカルラ様。開業当日にこの天気はありがたいです」

 路面店の宿命として、雨の日では患者は来づらいだろう。
 晴れてよかった。

 準備が万全となった施術室に差し込んでいる朝日。
 まさに祝福の光を思わせる。

 あとは営業開始になったら扉を開けるだけだ。
 が……。
 カルラに「あれ? マコト、外見てー」と言われたので、待合室の窓から院の外を覗いてみた。

「……」

 ルーカスが妙に宣伝を張り切っていたので、嫌な予感がないわけではなかった。
 しかしながら、ここまでは予想外だった。

「マコト、これ全員できるの?」
「いや、無理だと思います……」

 開院前の治療院の扉の前には、すでに三十人は並んでいるようだ。
 多すぎである。
 どうすんの、これ。

「どうだマコト、私の宣伝力は」
「さすがですわルーカス様」

 カウンターに寄りかかったままドヤ顔で腕を組んだルーカスに、それをヨイショするメイド長。
 とりあえず少しはこちらの焦りを感じ取ってほしい。

「ありがたいんだけどさ。この人数、どう見ても一日じゃできないよね」

 待合室でひたすら待ってもらうのも申し訳ないし、まだこのあともどんどん並ばれてしまう可能性だってある。
 待った挙句に今日はもう終わりです、となれば、ルーカス推薦治療院といえどもさすがにクレームは免れないだろう。

「ふふふ。マコトよ。頭が固いぞ」
「え、どういうこと」
「ふっふっふ、頭がカチコチで柔軟性がないということだ」
「いやそれを聞いてるんじゃなくて。何かよい方法があるということなの?」

「うむ。待ってもらう必要もなければ、一日でやる必要もないだろう」
「えっ?」

「整理券を配って順番だけ先に決め、開始予想時間近くになったら改めて来てもらえばよい。
 一回の施術時間とベッドの準備時間を教えてくれれば、魔国一の知能を誇る私がこの場をうまく捌いてみせよう」

 おお、整理券か。なるほど。

 開院直前ではあるが、施術にかける時間をどれくらいにするか再考することにした。
 日本では五十分程度の施術時間だったので、予定では同じくらいかけるつもりでいた。
 しかし、すでにこれだけ並んでいるとなると、とにかく数をこなせないと迷惑をかけてしまう。再設定の必要がある。

 考えた結果、当面は施術時間を約二十五分とし、施術と施術のインターバルは五分を目指すということにした。
 つまり、一人にかける時間は三十分とする。

 かなりシビアな時間設定であるため、カルラにお願いして受付の段階で細かく問診をしてもらうことにした。
 そして受付票兼カルテを、主訴や現病歴、既往歴、職業などの必要項目がすでに書かれている状態でこちらに回してもらう。
 それなら時間を大幅に短縮できる。

 そのあたりは当初ぼくが施術前にやろうとしていたことであるが、ここまでのカルラの感じなら苦もなくやれるだろう。

 それを伝えると、ルーカスは鼻歌交じりで整理券を作成し、自ら配りに外へ出て行った。
 なにやらとても楽しそうである。

 ちなみに彼、もともと来月まで出勤停止処分の予定だったため、公務はあまり入っていないらしい。
 しばらくは治療院の様子をこまめに見に来てくれるだとか。



 ***



 院を開ける時間となった。

 さて、一番最初の患者さんは……。
 受付のカルラに案内されて、体格のよい男が施術室に入ってくる。
 ん、どこかで見たような。

「俺様が一番乗りだな」

 回ってきたカルテには、職業欄に内装職人と書かれている。
 ああ、思い出した。内装工事のときの俺様の人だ。
 早くから並んでくれたようで感謝。

「では、俺様の人、こちらのベッドのほうにどうぞ」
「あいよ」

 俺様の人をベッドのあるところへ導き、まずはベッドに座るよう指示をする。

「お前、マコトって名前だったよな。約束通りちゃんと人間やめたか?」
「どうやってやめるんですか……」

 確かに言われはしたが、そのような約束はしていない。

「では検査からやっていきますね」
「よろしく頼むぜ」

 回された俺様さんのカルテを見る。
 主訴は……「ギルドから仕事が回されず暇なので、一日中うつ伏せのままいかがわしい本を読んでいたら腰が痛くなった」。
 素直な自己申告には好感が持てるが、カルテは五年間保存予定である。

 カルテに基づき、検査や補足的な問診をおこない、そして施術に入っていく。

 日本で一度開業を経験していたので、思っていたよりも緊張は少なかった。
 もちろんまったくないというわけではないが、それよりもやっと治療院で患者に施術できるという喜びのほうが強い。

「あああああッ――」

 相変わらずうるさい。
 「声は控えめに」と書かれた紙を見えやすいところに貼っているが、そこまで効果はないようだ。

 周囲の建物からクレームが入るようであれば、施術室の気密性を高める工事をおこなう必要が出てくるかもしれない。
 そうしたらまた俺様さんにも仕事が回ることになるだろう。



 初日の流れは順調だった。

 整理券の効果で待合室が混乱することもなかったし、カルラの受付の手際もよかったため、ぼくは施術とベッドメイクに専念することができた。

 なお、例の五人の内装職人は全員来てくれた上に、本当に宣伝もしてくれたそうで、他にも同じギルドからの来院があった。
 ありがたいことだ。



 バタバタしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
 初日の診療は無事に終了した。
 日はとっくに沈み、院内はランプの灯りでオレンジ色に染められている。

「マコト、おつかれさまー」
「カルラ様もお疲れ様でした。今日は予定になかったことまでやらせてしまって申し訳ありません」

「いいよー。ボク、やくに立ててうれしい」
「そう言ってもらえるのはありがたいです」
「へへへ」

「……では、この後、始めますが。体力は大丈夫ですか?」
「ぜんぜんへいきー。よろしくね」

 そう、この後はカルラに技術指導をする時間だ。
 おそらくルーカス邸に帰れるのは、日付が変わるころ……。

 スケジュールは厳しいが、やる気が枯れる気はしない。
 この日。この世界のマッサージ師として大きな一歩を踏み出した気がした。 
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