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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第14話 弟子ができた

 ……。

 大きなロータリー。林立するオフィスビル。斜め前に見える家電量販店。
 せわしなく行き交う人々。
 空気が汚れているせいか、少し霞んで白っぽく見える。

 これは……新宿駅西口?

 ぼくはロータリーを抜け、駅から遠ざかるように大通りを歩き出した。
 そしてしばらく歩いたのち、大きなビルの地下に降りていく。
 ここには確か携帯電話の……。

 あれ? 「種族ショップ」って何だ?

「ようこそいらっしゃいました」

 しわがれ声で挨拶された。
 店頭に出ていたその客引きの女性は、腰がずいぶんと曲がっている。
 よく見たら老婆ではないか。しかもどこかで見たような。

 あ、思い出した。いつぞやの転送屋のお婆さんだ。

「ここって携帯ショップじゃないの?」
「ここは種族ショップでございます」
「……」
「今なら、種族変更の事務手数料や解約手数料は一切いただきません」

 なぜかぼくは、不思議な力に引っ張られるように、スルスルと中へ入ってしまった。

「いらっしゃいませー」

 カウンターの中にいたのは、若い女性店員が一人だけだった。
 巨乳に赤みがかかった髪。そして赤黒い目。
 魔王だ。

 まだ引き返せる。
 けれども、ぼくは操られたようにカウンター前の椅子に座った。

「人間を解約して魔族として生きるということですね。承知いたしました」

 話が進んでいく。

「契約書にサインをお願いします」

 手が勝手に動いてサインをする。なぜだ。

「では契約成立ですね」

 店員……いや、魔王は両手の手のひらを上に向けた。
 左右の手に氷柱と火球があらわれる。

「マコト死ねええ!」
「うあああああっ」



 ……。
 あ、やっぱり夢か。

「嫌な夢を見るというのは……疲れているのかなあ。魔王の夢とかきっついわあ。なにが『いらっしゃいませー』だ。気持ち悪っ」

「誰が気持ち悪いって?」
「わあああああっ」

 ぼくに与えられていた、ルーカス邸の四畳半の和室。
 なぜかまた、ちゃぶ台のところに魔王が座っていた。
 ふたたび反射的に部屋の隅に飛んで、避難してしまう。

「だからああー! なああんでーいるのおおっ」
「わたしは魔王だぞ? 魔国内のどこに現れようが自由だろが」

 やはりこの四畳半の部屋では距離が十分に取れない。
 侘び寂びは要らないので、フローリングの八畳間がよかった。

「マコトおはよー」

 カルラもいる。またこのパターンか。

「なんで人が寝ている部屋に――」
「おい、朝起きたらまず挨拶だろ」
「……おはようございますお二方様」

 ぼくは起き上がると、ちゃぶ台の前で正座した。
 ちゃぶ台の上を見ると、二人分のお茶が置いてある。
 なぜくつろいでいるのか。

「で、マコト」
「はい?」
「カルラを一番弟子にしろ」
「え?」

 またいきなり……。朝から「?」である。

「リンドビオル卿にはさっき話してあるからな。了承済みだぞ」
「はあ」
「マコトー、ボクじゃだめなの? 一番弟子」

 カルラが両手の指をモゾモゾさせながら聞いてきた。
 その銀髪を、微妙に揺らしながら。

「あーいやいや、全然ダメじゃないですよ。ここまでよく手伝ってくださってますし、ぼくの施術も何度か見てくださってますから」
「わーい」
「ただ、タイミングが今でいいのかなあと」

 開業前に弟子を入れるというのは、通常ではありえないことだ。

「今でいいんじゃないか。開業計画は順調なんだろ」
「ええ、おかげさまで」
「じゃあもう弟子を入れろ。早い段階で入れないと後でお前がきついだろが」
「むむむ。そう言われると確かに」

「じゃあ決まりでいいな。カルラを任せるぞ」
「……はい、ではこちらこそよろしくお願いします」
「うむ。よかったな。カルラ」
「やったー。マコトよろしく」

 手を握られたが、彼女の手が少し湿っていた。
 ぼくが嫌がるのではないかと不安だったのだろうか。
 彼女なら、むしろこちらからお願いしたいくらいなのに。

「しかしなんでまた急にこの話が?」
「こいつ本人の希望だ。興味あるらしいぞ」
「へえ……」

 かくして、熱心な弟子が一人できた。
 魔王には他にも養子養女が沢山いるので、他にも希望者がいれば連れてくるとのことだ。
 もしかしたら急ににぎやかになるかもしれない。

 ルーカスもそう言っていたが、ぼくも子供のほうが人間に対してなじみやすいと思っている。
 この路線は悪くない。

「よし、マコト。そういうことでだ」
「はい?」

「今朝もわたしは魔王城からここまで歩いてきた」
「それはお疲れ様でした」

「魔王城からここまで歩いてきた」
「お疲れ様でした」

「歩いてきた」
「……あの、このやり取りめんどくさいんで。最初から『施術しろ』と言ってくださったほうが」

「死ね」
「あー。わーかーりーまーしーたーって。魔法出すのやめてください」
「お前のせいだ」

「……ぜひ、疲労回復のお手伝いをさせていただけると嬉しいです」
「うむ。よいぞ」

 うざい。



 ***



 治療院開業予定の物件。
 少し前までガランと寂しげな空間だったことが嘘のような変貌ぶりだ。

 施術室と待合室は壁で区切られ、待合室には受付と椅子、施術室にはベッドや荷物置きが置かれている。
 明日の開業日をひかえ、施術用ベッドや床もキレイに掃除されており、準備はバッチリだ。

 弟子となったカルラについては、しばらく受付をやってもらうことにした。
 すでに少し技術は教えていっているが、開院後も空いている時間や営業時間外を使い、どんどん伝授していく。
 もう大丈夫だと判断したら、施術にも参加してもらうつもりだ。

「ふふふ。いよいよか。マコトよ」
「うん。おかげさまで順調だよ」
「さすがはルーカス様の奴隷ですわ、マコト様」
「マコトさすがー」

 相変わらず二人はヨイショが適当である。
 もう慣れたので気にはならないが。

「宣伝はやっておいたからな。期待するがいい」
「ありがとう。助かるよ」
「私は魔族の命運をお前に託している部分もある。頼むぞ」
「そんな大げさな」

 何を言いだすんだか、と思ったが、ルーカスは意外と真面目な顔だった。

「まだお前は村と王都しか見ていない。なのでピンと来ていないかもしれないが。前にも言った通り、魔族は危機的な状態にあるのでな。
 私は魔王軍参謀として、最後までベストを尽くさなければならない。今回のマッサージという技術の導入も、そのベストを尽くすうちの一つだ。
 マッサージによって心身が満たされることで、もしかしたら状況が少しでも良くなるかもしれないと思っている」

「またまたー。さすがにマッサージで流れが変わるというのはないと思うけど」
「ふふふ。変わればよし。そして、万一変わらなかったとしても、それはそれで無駄にはならない」

 ……?

「ごめん、ちょっと意味が」

「ふふふ、マコトよ。お前は苦しんで死ぬことと、安らかに死ぬこと、どちらがいい?」
「それは、まあ。少しでも楽に死ねた方がいいよね」
「つまりそういうことだ」

 ……。
 マッサージという技術を導入すること。
 それは、魔族という種族そのものに対しての終末医療――ターミナルケアとしても最適。

 そう考えているのだろうか? この人は。 
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