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立ち上がる猛牛

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第五話 主砲とストッパーその四

「今日はせめてな」
「雨が降ってますし」
「中止になって欲しいですね」
「ここは何とか」
「そうなって欲しいですけれど」
「さもないとこの状況で試合をしたらや」
 そうすればというのだ。
「勝てるもんやない」
「はい、とても」
「それは無理です」
「この状況では」
「とても」
「何とか中止になって欲しい」 
 今日ばかりはというのだ。
「ほんまに思う」
「けれど何か」
「雨が弱まってきました」
「このままですと」
「もう」
 雨が止んで試合が行われるのではないかとだ、コーチ達は危惧した。そして雨は止んでしまった。だがそれでもだった。
 南海の監督であり広瀬叔久は審判にだ、こう言った。
「雨でグラウンドがびしゃびしゃで野球できへん」
「そやからですか」
「そや、今日は中止にしてくれるか」
 こう審判に申し出るのだった。
「そうしてくれるか」
「雨止んでますけど」
 審判は眉を曇らせて広瀬に返した。
「それでもですか」
「・・・・・・わかるやろ」
 ここで小声になってだ、広瀬は審判に囁いた。三塁側の近鉄ナインを見て。
「万全の状況で戦うのがや」
「スポーツ選手やから」
「お客さんが来てくれてるけど近鉄は優勝かかってるしな」
 それだけにというのだ。
「万全の状況で試合をしたい」
「ほな今日は」
「中止でな」
「わかりました」 
 審判も広瀬の心を汲んで頷いた、こうしてだった。
 試合は中止になった、双方のファン達はそう言われてまずはがっかりしたが。
 ここでだ、すぐにこう考えを切り替えた。
「明日やな」
「明日があるわ」
「明日試合があるわ」
「それ観ればええわ」
「ほな帰ろか」
 こう言って去る、その球場の中で。
 西本は思わず広瀬に仕草で礼を言った、広瀬もそれを受けてだった。そのうえで球場を後にした。
 西本はナイン達にだ、こう言った。
「今日はゆっくりと休むんや」
「わかりました」
「そうさせてもらいます」
 ナイン達も頷いてだ、そのうえで。
 近鉄ナインはこの日はゆっくりと休んだ、そしてあらためて六月二十三日に試合が行われた。その試合に西本は左腕の村田を送った。
 南海は佐々木宏一郎だった、かつて近鉄にいた完全試合も果たしたピッチャーだ。そして南海ベンチにはかつて阪急、近鉄にいた阪本がいて近鉄ベンチにいる島本は南海にいた。西本はふとこのことについても思った。
「野球は因果やな」
「佐々木ですか」
「あっちのな」
 その佐々木を見ての言葉だ。
「阪本もおるし」
「そして島本は最初あっちにいましたし」
「これがプロ野球ですな」
「ほんまに」
「流れ流れてですわ」
「ああ、ジョーンズも最初はあっちやった」
 かつての主砲のことも思い出した。 
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