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豹頭王異伝

作者:fw187
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旋風
  後催眠の術

「俺は彼に負い目と言うか、慙愧の念を感じる。
 已むを得ず彼に負わせた役割が、決定的な運命の分岐点となった気がしてならぬ。
 彼がゴーラの冷酷王と称されるに至った成行、運命の変転を覆す事は不可能だが。
 俺は彼が一人前の国王として、と云うより、1個人として、己を立て直して貰いたい。
 陽気な紅の傭兵に戻る機会、本来の個性を取り戻す事は出来ぬかと考えている。
 心の安らぎを得るとまでは言わぬが、多少は精神的な息抜きも必要だろう」

(流血の惨事を繰り返す赤い街道の盗賊、中原最凶の無法者に気遣いは無用ですよ!)
 咄嗟に想起した思考を隠蔽する秘術、精神障壁《サイコ・バリヤー》は展開中だが。
『修行が足りないね、何もかも御見通しだよ。
 君の心を過った声が聞こえなかった、とでも思うのかね?』
 雄弁な闇色の瞳が鉄壁の防御、グラチウスにも気配を悟らせぬ隠行の術を貫通。
 思わず集中が乱れ、表情も動揺。
 ヴァレリウスの内心が暴露され、豹頭王の髭を微かに震わせた。

「全く同感ですね、私も彼には運命的な絆を感じています。
 豹頭王の御心も解らぬではないが、現在の彼は新生ゴーラを率いる野心的な国王。
 仮想敵であり目標とする貴方に、内心を吐露する事は不可能でしょう。
 失礼して私が先に彼の許を訪れ、直に対面して話をしてみたいのですが。
 魔道師も側近も追い払い、2人だけで話せば彼の内心も聞き出せると思うのです。
 閉じた空間から覗き見する分には野生の勘を誇る魔戦士、予知能力者も気付かぬでしょう」

 リンダに降臨した謎の存在が『守り、遮る者』と告げた闇と炎の王子。
 古代機械の指名した《マスター》、アルド・ナリスは豹頭の戦士に微笑。

「ナリス殿に御足労を願う事となるが、事前工作を御願いした方が良いかもしれぬ。
 キタイから竜王の勢力を追い払う為には、イシュトヴァーンの協力も必要となるだろう。
 互いに国を背負い、色々面倒な手順を踏まねばならぬ立場には違いあるまいからな。
 彼には彼の言い分もあろうが時間が惜しい、取り敢えず対応は全面的にお任せする。
 御借りしている魔道師ギール殿の見た所、彼は何者かに操られている様だが。
 レムスと対面の際、彼の裡に竜王が顕れた。
 ナリス殿に危害の及ぶ可能性ありとすれば、俺が直接対決する方が良いかもしれぬ」

「イシュトは私の従兄弟レムスと異なり催眠術、精神支配の類と推察しています。
 カル・モルを隠れ蓑に竜王が憑依、身体を乗っ取る事が可能な状態とは思えませんが。
 万一に備え、ヴァレリウスを含む魔道師28名も同行します。
 彼の観察が済み次第に戻ります、話の続きは其の時と云う事でよろしいでしょうか?」
 古代機械の認める《マスター》、2人の対話を殊勝にも無言で見守る元魔道師宰相。
 恨みがましい視線を楽しみつつ完璧に無視、豹頭王に劣らぬ鉄面皮で微笑む元魔道大公。

「回復途上の御体には相当の御負担であろうが忝い、重ねて感謝するぞ。
 宜しく頼む、俺も何時なりと動ける様に待機しているからな」
 時が移る、折角の時機《チャンス》を逸する愚は避けねばならぬ。
 竜王不在の虚を突き、キタイ解放の戦いを可及的速やかに開始すべし。
 拙速を尊び建設的に事を進めたい、と強い口調で断言する事で言外に強調。
 2人も流石に重ねて漫才を演じる愚は犯さず、閉じた空間へ姿を消した。

(イシュト、私だ、アルド・ナリスだよ。
 大変、待たせてしまって済まないね。
 運命共同体と誓ったマルガの約束は、忘れていないよ。
 内密に話がしたい、人払いをしてくれないか)
 イシュトヴァーンの脳裏に心話が響くと、直ちに小姓達は追い払われた。
 国許で留守を預かる元提督の腹心、新王に付き従う忠実な副官の姿を求め飛び出す。

 中原の風雲児は己の思い通りにならぬ戦況に苛立ち、側仕えの小姓達は戦々恐々の毎日。
 ゴーラ王の天幕は常に緊張感が張り詰め、薄氷の如く木っ端微塵となるか誰にもわからぬ。
 小姓達は御機嫌の麗しくない主君の傍を離れ、ゴーラ陣中を駆け巡り心の中で神々に感謝。
 束の間でも解放された事を大歓迎、命令に従い誰も残らず総出で穏健な纏め役を捜索。
 僭王が多少は気を許す唯一の御気に入り、副官を務める海の兄弟マルコも例外ではない。
 神経を磨り減らす空気に心気を消耗、口実を設け離れていた所を発見され天幕へ舞い戻った。

 あからさまに安堵の表情を面に昇らせ、平伏する小姓の1人に珍しく笑顔を見せ人払いを命令。
 待ち受ける2人の前で不定形の闇が生じ、霧の中から歩み寄る人影の様に旧知の姿が現れる。
「ありがとう、イシュトヴァーン。
 すっかり遅くなってしまったね、また会えて本当に嬉しいよ」
 温かい言葉を掛けると同時に光輝く笑顔を向け、黒曜石の如き瞳が内心の感情を吐露。
 良く似た魂の共鳴に嫉妬、顔を顰める魔道師と同僚4人は完璧に無視された。

「ナリス様、立てる様になったのかよ!
 車椅子も無しで、ホントに大丈夫なのか?」
 嘗て幽霊都市ゾルーディア、氷雪諸国を巡った天性の冒険児。
 咄嗟に紅の傭兵が顔を覗かせ、思わず反射的に盟友を案じる言葉が出る。

「おかげさまでね、前に会った時より数段は良くなっている。
 まだ長時間は保たないけれど暫くすれば元通りさ、もう大丈夫だよ」
 底無しの黒い双つの瞳が、不安と猜疑を湛えたもう双つの黒い眼を覗き込む。
 闇の王子は前置き不要と判断、時間を無駄にせず核心に触れる話を始めた。

「挙兵と同時に魔道師のアルノーに密書を持たせ、イシュタールに送ったのだが。
 援軍を要請する密書を持たせたが、到着する以前に暗殺された。
 通常の伝令も数10人、派遣したが全て竜王に消されてしまったらしい。
 1人でも多くの魔道師が要る為、イシュトへの伝令は諦めざるを得なかったのだよ。
 私は奪回した古代機械で治療を受け、3昼夜に渡り意識を喪っていた。

 ヴァレリウスも結界を張る為に全精力を注ぎ、他の事まで気が廻らなくてね。
 マルガに残る者達は事情を知らず、そなたの使者に返事を出来なかった様だ。
 余計な心労を掛けてしまって本当にすまない、私とそなたは運命共同体だからね。
 一刻も早く謝りたくて、閉じた空間の術で飛んで来たのだよ」
 パロ魔道師軍団の暫定指揮官は堪らず、心話で百万言の文句を並べ立てるが。
 灰色の眼を瞑り荒れ狂う感情を懸命に鎮め、ゴーラ王の思念波を探査。

「ナリス様、あんたにはイシュタールに来てもらう。
 古代機械も一緒だ、文句は言わせねぇ」
 ナリス、ヴァレリウス、マルコは驚き、一斉にイシュトヴァーンを凝視。
 苦痛に歪む表情、無機質な据わった瞳が観察者達に真相を暴露。

「ヴァレリウス、魔の胞子は植え込まれていないか?」
 元ドール教団の最高導師、ドールに追われる男イェライシャ直伝の魔道検査。
 対象を透過し内面を走査する雷帝の術、電子風と同様に光る胞子の術を投射。
 緑色の黴を髣髴とさせる異次元の微生物、魔の胞子を輝かせる波紋が僭王を包む。
 共鳴作用を示す異次元の色彩、発光現象は励起せず術者は無念そうに首を振った。

「残念至極、不愉快極まりありませんが其の様ですね。
 光る胞子の術で透視してみましたが、反応は皆無です。
 能面の様な表情と念波の乱れ具合から判断すると、後催眠の術ですかね。
 有難い事に竜王も単なる棄て駒としか見なかった様で、気配は感じられません」
 ナリスは安堵の溜息を吐き硬直する側近、マルコに気の毒そうな視線を投げた。
 自業自得と言わんばかりに肩を聳やかす魔道師を一瞥、沈黙を命じ口を開く。

「キタイの催眠術に操られている様だが、解放する為に事前準備が要る。
 今直ぐに魔道を解けば生命に関わる可能性もあるから一旦、撤収するとしよう。
 イシュトには何も言わぬ様にね、本人には何の記憶も残っていないのだから。
 今度は確実に解放する準備を整えて再訪するからね、心配は要らないよ」
 魔道の類に親しまず、困惑の色を湛える海の兄弟に異状の原因を説明。
 カメロンの信頼する元水夫長も、確信を持つ相手に委ねた方が賢明と悟る。
 深々と頭を下げるマルコに優しく頷き、闇と炎の王子は閉じた空間の中に姿を消した。 
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