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立ち上がる猛牛

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第二話 エースとの衝突その三

「速球がバッターに一番効きます」
「それでそのストレートでか」
「どんなバッターでも三振に取るから安心して下さい」
「ほなスライダーとシュートはええんやな」
「いりません」
 またしてもはっきりとだ、鈴木は西本に答えた。
「わしには必要がありません」
「そう言うか」
「はい、このままでやっていきます」
 こう言って実際にだ、鈴木は自分のやり方でやっていっていた。西本の言葉を聞く気配は全くなかった。しかし。
 鈴木は打たれ続けた、そうしてだった。
 昭和四十九年の近鉄、西本が監督に就任して一年目はというと。 
 前年の最下位よりはましだった、だが。
 相変わらずの状況にだ、ファン達はがっかりして言った。
「名将の西本さんが来てもな」
「こんな調子やな」
「弱いわ、うちは」
「全然あかんわ」
「負けてばっかりや」
「主砲は二人になってもな」 
 これまでの主砲だった土井正博に加えてだ、南海から助っ人のジョーンズが来ていた。彼は確かにパワーはあるが荒いバッティングの為安定感に欠け三振が多かった。その為南海を自由契約にされていたのである。 
 だがその彼を見てだ、西本はこう言ったのだ。
「少しフォームを変えたらええんや」
「それで、ですか」
「安定しますか」
「今よりも」
「それ、それでや」
 フォームを改善して、というのだ。西本は周りに語った。
「うちで使えばええ」
「では獲得しますか」
「そうしますか」
「これで左の主砲も入る」
 ジョーンズが左投げ左打ちであることからの言葉だ。
「右の土井とな、これで主砲二人や」
「打線に厚みが出来ますね」
「どうもうちは打線が弱いですが」
「それならですね」
「ジョーンズ獲得ですね」
「そうする、それで後はな」 
 ここでだ、西本はグラウンドを見た。若手の選手達が練習に励んでいるがその彼等を見てそのうえでこうも言ったのだ。
「あいつ等を育てて何よりも」
 次に走っている鈴木を見て言った。
「あいつやな」
 こう言った、だが。
 その肝心の鈴木が明らかに往年よりも力を落としていた、このシーズンの鈴木は速球が衰え打たれだしていた、それでだった。
 近鉄は思う様に勝てなかった、とにかくそのエース鈴木の衰えが目立っていた。
 鈴木は速球派であり相手バッターを三振に取るピッチングだった、ホームランを打たれることも多くまた勝利数が目に見えて減り敗戦の方が多くなっていた、それでだ。
 西本は親しい者達にだ、こう言い切っていた。
「スズが復活せんとあかんわ」
「しかし鈴木はもう」
 周りはその西本に難しい顔で答えた。
「明らかに速球が衰えてきています」
「あれではどうしようもないですよ」
「速球派が速球が駄目になると終わりです」
「ですからあいつはもう」
「そっから変えればええんや」
 忠告する様に言う彼等にだ、西本はまた言った。
「速球派からな」
「技巧派ですか」
「これまでにみたいに三振を狙うのではなく」
「打たせて取る」
「鈴木にそうしたピッチャーになってもらいますか」
「そや、二十勝もええが敗戦が一桁でないとな」 
 西本はこうも言った。
「ほんまのエースちゃうわ、三振かホームランかもあかん」
 こうした考えもというのだ。 
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