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最後の無頼派

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第一章

                   最後の無頼派
 新宿のルパンというバーのカウンターに何人かの男が横に並んで飲んでいた、その中の細面の端正な顔の男がウイスキーを飲みつつこんなことを言った。
「相変わらずまずいね」
「ああ、ウイスキーはね」
 眼鏡の男が彼に応えた、二人共洒落た服を着ている。外は焼け野原でバラックばかりであるが二人は服には気を使っていた。
「まずいね」
「全くだ、しかしね」
 その男太宰治は坂口安吾に言った、眼鏡の彼に。
「飲まずにはいられない」
「そう、まずくてもね」
「無理をして飲まないとね」
「どうにもならない」
 まさにというのだ。
「飲まないと書けない」
「そう、これはあれだね」
「闘いなんだ」 
 太宰はその好きでないウイスキーを飲みながらこうも言った。洋風の趣の洒落たバーの席に座ったうえで。
「これはね」
「まずい酒を飲む」
「そして書く」
「そうした闘いだね」
「そうさ、それが僕達の闘いなんだ」
「最近何だろうね」
 今度は痩せた男が大阪訛りの言葉で言った、織田作之助だ。
「進駐軍の影響を受けたというけれど」
「いやいや、その実はだよ」
 太宰は織田にも言った。
「違うんだ」
「昔の考えがだね」
「そのまま残っているんだよ」
「戦争の前から」
「そう、むしろそれがね」
 その規定の観念がというのだ。
「居直っているからね」
「戦争が終わっても」
「あの時は戦争万歳、そしてね」
「今は戦争反対になっている」
「言っていることが同じ人で逆になっているんだよ」
 太宰はこのことを忌々しげに言った。
「そのうえでそれまでの考えが残っている」
「そして言っている人達もね」
「尚悪いよ」
 太宰はまた言った。
「本当にね、そもそもだよ」
「君が最近書いていることだね」
「そう、あの戦争を反対だったというけれど」
 多くの者がそう言っているがというのだ、今は。
「親が負けるとわかっている喧嘩をするのに子供がついていかないかい?」
「ついていくね」
「そう、あの戦争は負けても」
「それでもだね」
「反対だったとか言うものじゃないんだ」
「僕達は皆戦争を支持していた」
「そう、例え負けるとわかっていても」
 それでもというのだ。
「僕達は戦争を支持していた、そして天皇万歳だ」
 この言葉もだ、太宰は出した。
「それでいいじゃないか、あの戦争を支持していたことは恥じゃない」
「そうだね、それを大御所達が否定する」 
 坂口も言う、やはり好きでないウイスキーを飲みつつ。
「それはよくないね」
「全くだ、そもそもそうした既存の観念なんかは」
 織田は坂口にも応えた。
「いいものか」
「そんなものは下らないね」
「そう、書きたいものを書く」
 織田は難しい顔でウイスキーを飲みながら大阪の訛りのまま言った。
「僕はその考えだよ」
「今書いている作品もだね」
「それを書く為に大阪から来たんだ」
 東京、その中の新宿にというのだ。
「あえてね」
「そうだね」
「そうだよ、書きたいものを書く」
 織田はまた言った。
「僕はそれでいくよ」
「それでいいんだよ、誰かに習うのなら」
 太宰が言うには。
「芥川でいいじゃないか」
「君はやっぱりそこだね」
 ここで最後の一人が言った、三人に比べるとやや大人しめで彼等に比べると口数が少ない感じだ。石川淳だ。
「芥川だね」
「芥川でいいんだよ」
「彼の様にだね」
「弱くていいんだよ」
 それこそというのだ。
「強さなんて出すものじゃないさ」
「あの人みたいにだね」
「志賀直哉?駄目だよ」
 文壇の長老として君臨していたと言っていい彼はというのだ。 
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