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ミシュラー

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第四章

「あっさり負けるらしい」
「あっさりなんだ」
「それもここぞという時にな」
「負けるんだね」
「そうらしいな」
「何か変な虎だね」
「その日本人は笑ってそんなことを言っていた」
 ジョークとして、というのだ。
「こっちの女も豹や虎だとわしが笑って言ったらな」
「日本の虎の話をしてくれて」
「そんなものらしい」
「日本の虎は弱いんだね」
「燕に負けることもあれば鴎や鷹には全く歯が立たないらしい」
「鷹はわかるけれど」 
 強い鳥だ、だからアサムもこの言葉には頷くことが出来た。
「燕や鴎に負けるっていうのは」
「虎としては情けないな」
「猫より弱いんじゃ」
「わしもその話を聞いてそう思った」
「人間でも普通に勝てそうだね」
「全くだ、とにかく正念場になると不思議な位よく負けるそうだ」
 日本の虎の話をさらにした。
「コウシエンという場所でな」
「コウシエン?」
「日本にはそんな場所もあるらしい」
「フジサンなら聞いたことがあるけれど」
 教科書でだ。
「何、そこ」
「わしも知らん、しかし日本の虎はだ」
「燕や鴎に弱いんだね」
「特に鯉とかいう魚に弱いらしい」
「そんな魚も日本にいるんだ」
「何でも食うと物凄く美味いそうだが」
「けれど虎を負かすって」
 その鯉という魚についてだ、アサムはこんなことを考えて言った。
「弱くても虎だから。鯨より大きいのかな」
「あっちは鯨食うしな」
「そうしたお魚なのかな」
「そうかもな」
 こうした話もした、親子で。そして。
 式の時にだ、アサムは父のウサインと祖父、爺様であり店の大旦那であるサダムからだった。
 服を一式譲り受けた、ウサインは彼に服を手渡してから言った。
「これがだ」
「僕が今から着る」
「ミシュラーだ」
 その服だというのだ。
「とびきりのな」
「それだね」
「よいか」
 白い髭の顔でだ、サダムも孫に言ってきた。
「これはうちで一番いい服だ」
「ミシュラーの中でも」
「わしの爺様が作らせたものでな」
 年季もあるというのだ。
「ツブンもクーフィーヤもイガールもだ」
「そうしたものも」
「とびきり上等の生地を使ってだ」
 そしてというのだ。
「最高の職人に作らせた」
「そうしたものなんだ」
「御前はそれを着てだ」
 そのうえで、というのだ。
「式に出ろ、そしてだ」
「新婦を」
「その心を掴め」
 一世一代の晴れ着の力でというのだ。
「いいな」
「うん、父さんにも言われたけれど」 
 確かな声でだ、アサムは父を見つつ祖父に答えた。
「そうするよ」
「そしてこいつから聞いたな、結婚してからは」
「奥さんを大事に」
「何よりもな」
 祖父は息子を見つつ孫に言った。
「そうしろ、ではな」
「今から着替えるね」
「そうしろ、ご先祖様みたいに格好よくなれ」
「ジャアファルみたいに」
「そうだ」
 祖父はこのことも父と同じことを言った。 
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