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シュロム

作者:すみ
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シュロム

 
前書き
登場人物名前
紋別空奈(もんべつそらな)
桜木和羽(さくらぎかずは)
神崎歩嶺(かんざきふれい)
宮吹瑠璃(みやぶきるり)
浦賀賢徒(うらがけんと)
皆野みあ(みなのみあ)
天野秀典(あまのひでのり) 

 
アツマレ、アツマレ。
頭の中で声がした。
人々はミジンコの群集のように横断歩道を行き来する。車の音、人々の足音が鳴りわたる真昼の都会である。
アツマレ、アツマレ。
それはどこで聞いたというわけでもなく、誰の声というわけでもない。
たくさんの車が走り抜ける高速道路。子供たちがワイワイとはしゃぐ声が聞こえる遊園地。どこを見ても、ごく一般的な都会の風景に変わりない。
アツマレ、アツマレ。
それは何もかもが不明瞭で、ただ聞き覚えのある、馴染みのある声だった。

気がつくと、広く陰湿な部屋にいた。高い天井に吊るされた蛍光灯は一部不気味に点滅している。
ふと目の前に人が立っているのに気がついた。その周囲には五つの身体がグッタリと横たわり、床を真っ赤に染め上げている。
途端に恐怖が身体中を支配した。
中央に立つ人がこちらに振り向いたように思えた。男だという事までわかった。他に何か、情報を…。そう思って目を凝らして観察すると、男の両手に目がいった。キラリと光ったからだ。男が握っている、金属光沢を放つ十センチくらいの鋭利な物。考えなくても感じ取ることができた。ナイフだ。男は両手にナイフを持っている。
男はゆっくりこちらに向かって歩き始めた。逃げようにも体が動かない。男はそれを知っているかのようにゆっくり余裕を持って歩いてくる。男は裸足で、一歩歩くごとにピチャ、ピチャと液体が跳ねる音がする。
男は満足のいくまで近づくと、その両手を無造作に振り回した。異物が自分の身体を通り抜けるのがわかる。途端に身体から真っ赤な液体が吹き出て、視界が歪んだ。立っていられなくなり、一瞬よろめいた。
自分も床に真っ赤な染みを残すのだろう。そう思いながら床に向かって勢いよく倒れこむ。
目が覚めバッと飛び起きた。目の前にはいつもと変わらないベッド付近の風景が広がっている。
…夢か。
とてつもなく嫌な夢を見た。紋別空奈は無意識のうちに涙を拭う。時計を見ると七時半だ。とても鮮明な夢だった。またあれだろうか。不安に思いながら掛け布団をどけ、フラフラとベッドから立ち上がる。
台所へ向かって、コップに水を入れ一気に飲み干した。喉が潤い、何と無く目が覚める。
こんな日はもう何もしたくない。そんな気分だ。
それから寝ぐせ直しにシャワーを浴びた。丁度この日は日曜日。何をするのも自由な日だ。特に約束というのもないため、一人気ままに遊ぶことができる。
「何すっかなー」
女性にしては男じみた声で呟いた。その声は孤独な一人暮らしの部屋に嫌に響く。
ペットを飼う手もあるのだが、ここのアパートの大家は口うるさく、犬などの大型のペットは飼えない。よって魚などの小型ペットを飼う事になるが、すぐに殺してしまう自信があるため飼う気がしない。
従ってこの様だ。
ちなみに彼氏もいない。
せっかくの日曜日。何もしないにしては勿体無い。街に出てぶらり散策でもしようか。きっと街路樹の紅葉が綺麗だろう。
紺色の柔らかい素材のズボンにグレーの長袖ティーシャツを着、青いベストを選んだ。鏡の前で身だしなみをチェックし、財布と携帯のみ持って靴を履いて玄関を出た。外は秋晴れの心地良い風の吹く、お出かけ日和だった。

ミャーミャーと三毛の子猫が鳴くのを、桜木和羽はしゃがんで愛おしそうに見つめていた。和羽の手にはこの路地裏の近くで摘んだ猫じゃらしが握られている。子猫は幼いながらにして本能的にしっかりとその穂先に焦点を合わせ、狙いを定めて飛び跳ねる。そんな子猫の姿に、和羽は顔が思わず綻びてしまう。
「可愛いでしゅねー」
語尾にハートマークが付くような台詞を無意識に呟き、メロメロな和羽は幸せに浸っていた。
刹那子猫の視線が和羽の後ろに向いた。そして一瞬のうちに猫じゃらしを無視の対象にすると、ミャーと一声あげて一目散にその場から駆けて逃げてしまった。
「あーあ、行っちゃった」
和羽は小声でつまらなそうにそう言って、遊んでいた猫じゃらしをその場に捨てる。
「ほんっと、かわい子ちゃんがこんなところで何してんのかな?」
子猫に夢中で気がつかなかった。和羽が声にはっとして後ろを振り向くと、六人の見るからに怪しい男達が和羽をぐるりと囲み、ニヤニヤと笑っている。和羽は反射的に立ち上がって壁に背を着ける。
「ねぇ遊ぼうよー」
男の一人が言った。比較的背の低い、しかし特にチャラい格好をした男だ。比較的背が低いと言っても、和羽よりはずっと高い。よって威圧感がものすごくある。
和羽は心の中で必死に願った。歩嶺、帰ってきて…。お願い…!
フレイ、カエッテキテ…。
「お姉ちゃん今一人だよね?」
「俺らと一緒に遊ぼうよ?」
「とりあえずカラオケ行かない?」
男共の次々に投げかけられる笑いの混じった声。抵抗すればきっと殴られるのだろう。男達がしているあの角張った指輪を見ればすぐにわかる。恐らく指輪に見立てたメリケンサックだ。しかし抵抗しなくても、どうなるかは目に見えている。
ここは、賭けしかない。
和羽はいきなり大声で叫んだ。
「歩嶺が帰ってきたらただじゃ済まないんだから!ボッコボコなんだから!」
唐突な出来事に男達は皆キョトンとする。
まもなく。
「僕の彼女になんか用?」

ジーンズに白いシャツを合わせた爽やかな印象の青年が、美味しそうなジュースを二人分持って歩いてきた。彼女が待つはずの花壇まで来て、あれ?と思い辺りを見渡す。
「いない…。ん?」
近くのビルとビルの狭間、路地裏の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。目を凝らすと、いた。オレンジのパーカーにジーンズのショートパンツのポニーテール。間違いない。路地裏で男達に絡まれているのは和羽だ。神崎歩嶺は一目で見とる。危ない。助けなければ。
「はいこれあげます」
横を通りすがったカップルにジュースを渡す。カップルは少々躊躇しながらそれを受け取った。
「ラッキーだね」
「ねー」
カップルはそう言って歩き出す。
手ぶらになった歩嶺はズカズカと路地裏に近づいていき、ついに男達の真後ろにまでたどり着いた。
「僕の彼女になんか用?」
歩嶺は男達にぶっきらぼうに言い放った。しっかりした目で睨んで威嚇する。
「歩嶺!」
和羽が震えながら胸に飛び込んできた。抱きしめて後ろにかくまおうとした途端、フードを掴まれたのだろう、和羽が小さく悲鳴をあげながら歩嶺から引き離された。和羽はそのまま集団を通り抜け尻餅を着く。泣きそうな顔が見て取れた。
和羽には目もくれず、目標は歩嶺に切り替わる。歩嶺にとっては幸いだった。
「お前がフレイか」
「遊んでやるよ」
男達の声はさっきのそれとは違い、残酷さを醸し出している。
歩嶺は一番いかつい男に胸ぐらをつかまれた。歩嶺は一切動じない。抵抗すらしない。ただされるがままに身構えるだけだった。
「生意気なんだよ!」
ボクッと痛々しい音がして歩嶺は殴られた。やはりやり慣れているのだろう。あまりの痛さに歩嶺は倒れこんだ。
「あ?何だよそんなもんかよ!」
歩嶺を殴った男は容赦無く、続けざまに倒れこんでいる歩嶺の脇腹を蹴り込んだ。
「うぐっ…!」
声にならない声を上げ、歩嶺は必死に痛みをこらえる。
「やれ」
男が言った。すると他の男達が歩嶺を取り囲み、思うがままに蹴り始める。頭だろうと腹だろうと足だろうと関係ない。力尽くに蹴られ、蹴られ、蹴られ、蹴られ続ける。肋骨が折れる感覚があった。痛覚が頭を麻痺させていく。視界が歪み、和羽の姿がだんだんと見えなくなっていく。
痛いだけ、そう、痛いだけだ。
顔面に蹴りを一発くらい、とうとう歩嶺は気を失った。

デートに群がるカップル達が、よくこの街に来て楽しんでいる。
子供連れの家族達も、この街が好きらしい。
そう。この街は平和なんだ。
どうしてくれるんだろうな、彼らは。
男は深く腰掛けた黒革の椅子に足を組んで座り、グダッと頭を垂らしてモニターを眺めていた。

どのくらいの時間痛ぶられ続けただろうか。歩嶺はゆっくりと目を開いた。大きく息を吸い、吐く。異常は無い。
人気の無い路地裏の入り口。通りかかる人々は皆見て見ぬ振り。それが社会一般においての正解だからだ。それでいい。
視界がはっきりしてくると、泣きべそをかく和羽が見えた。
無事だったか…。よかった…。
心の中でそう呟く。
「和羽」
「あ!歩嶺!」
和羽も歩嶺が目覚めた事に気がつき、彼氏の名前を叫んだ。
「大丈夫。痛くないよ」
「嘘…!…ゴメン」
「大丈夫」
歩嶺はゆっくり起き上がる。折れているはずの肋骨が折れている素振りを見せない。痣も傷も何一つ見受けられない。服こそボロボロだが、身体的に傷は一切無かった。
ただ痛かった。それだけのこと。和羽を守れた。ならそれでいい。
「もっと周りを見なくちゃ。危ないでしょ?」
「ごめんなさい」
和羽は下を向いて低い声で言った。深く反省したようだ。歩嶺は優しく和羽の頭を撫でた。
和羽は歩嶺の完治した身体を見る。
「もう全部治ってるんだ」
和羽が悲しい瞳で言った。歩嶺はゆっくり頷く。折れた肋骨も、蹴られた痣も殴られた傷も、もうすっかり治っている。
超生命力。異常なほどの再生能力、生命力。それが歩嶺の能力だった。
歩嶺は無意識にも昔のことを思い出した。まだ歩嶺が幼かった頃で、和羽ともまだ出会っていない、まだ歩嶺に父親がいた頃。
バン!狭苦しい部屋の中で大きな音がした。歩嶺が勢いよく壁に激突したのだ。原因は父親。殴られた。
ぶつけた頭を抱えて痛みをこらえ、横目で父親を睨んだ。
「何だその目は」
ドンドンと畳に大きな足音を立て、父親が近づいてくる。胸ぐらを掴まれ立たされて、また力一杯に頬を殴られた。
今度はふすまを直撃した。ふすまと一緒になって倒れ、歩嶺は歯をくいしばる。
歩嶺の母親は、歩嶺を産んですぐに病死した。歩嶺が物心ついた頃には、すでにいない存在だったし、顔なんて憶えているはずもない。数ある写真も父親がけじめだとか言って全て捨てた。母親のことは何も知らない。
じきに父親は賭け事にふけ、酒に酔いしれ、ついには息子の歩嶺に暴力を振るうまでに至った。
こんな毎日が続くなら、死んだってもう構わない。けれどそれは叶わない。
痣はじわじわと薄くなるようにして消えていき、痛みも同時に引いていった。
「ふすまを戻せ。早く!」
父親が怒鳴る。歩嶺は何も言わずに立ち上がると、小さな身体でふすまを元通りに戻し始めた。戻しながら、歩嶺はその幼い脳で生きる意味について考えた。なぜ生きるのだろう。なぜこの体はこんなにも生きようとするのだろう。歩嶺にはこの能力の存在が不思議で仕方なかった。全ての存在意義について問う。なぜ存在するのかと。
丁度ふすまを戻し終えた頃、インターフォンが鳴って歩嶺と父親の注意は玄関に向いた。
「おい、出ろ」
父親が焼酎の大きな瓶を片手に言う。小さく頷いて歩嶺は玄関に向かい、戸を少し開いた。
「どうも、歩嶺君」
見るとスーツを着こなした男が二人、歩嶺を見下ろす形で立っている。この二人には見覚えがあった。
「お父さんはいるかな」
さっきとは別の男が顔をのぞかせながら問いかける。歩嶺はコクンと頷いた。
「警察の者ですが、お父さん、いるんでしょう?出てきてくださいよ」
男が大声で部屋の中に向かって叫んだ。すると父親がゆっくりと玄関に向かって歩いてきた。
「何ですか、今度は」
「また虐待の通報がありましてね」
「してないって言ってるでしょう」
「毎日のようにドンドンと物音がするとか」
「だったら歩嶺に痣があるはずでしょうが!」
男二人はまじまじと歩嶺を見た。しかし痣なんてあるわけなく、渋々二人は帰って行った。
「しかし便利な力だな」
父親が帰って行く二人の警察官を見ながら嘲るように言う。
「何したってすぐ治っちまうんだもんなあ。気持ち悪い」
言った途端、なんの前兆も無しに父親は腕を振るい、歩嶺を殴る。靴入れの角に後頭部をぶつけて、歩嶺は血を流した。
しかし謎の能力のせいで殴られた痣も傷も簡単に癒え、また次が来る。そんな毎日の繰り返しだった。
ある日も例外なく歩嶺は虐待を受けていた。しかし今日はいつもと何かが違っていた。わずかに開いたカーテンの隙間から見える隣の建物の窓。そこに望遠レンズを装備したカメラが設置されていたのだ。カメラは赤いランプを灯しながら、神崎家の虐待の様子を録画する。
これが決定的な証拠となった。歩嶺の父親は即座に逮捕。牢獄へと引きずり込まれた。とうとう本当に独りになってしまった歩嶺。後に警察によってとある孤児院に入れられた。
孤児院の中で歩嶺は独りぼっち。友達なんていらなかった。この能力がある限り、絶対に友達なんてできやしない。そう思ったのだ。父親に虐待された理由も能力だったからだ。涙も出ずにただ膝を抱え端っこの方で震えていた。体の傷はすぐ治っても、心の傷は決して治らない。
能力じゃない。呪いだ、これは。
他の孤児たちが遊ぶ姿を眺めていても、気が和むことはなかった。むしろ悲しくなるばかりだ。
どうして自分はこうもアンフェアな生まれ方をしたんだろう。どうして自分は…と考え込んでしまい、うつ病になりかけた。存在の意味なんて何も無くて、胸の穴が疼いて痛む。そんな毎日が繰り返されて、またあの頃と同んじだと心からそう思っていた。孤児院の先生から積極的に話しかけられたが、無愛想な返事しかできなかった。大人を信用できなかった。能力のことが知れたら、一体どうなるかわからない。そんな恐怖に押し殺されていた。
「大丈夫。一人じゃないよ」
いつも通り顔を伏せていると、いきなり正面から声がして驚いた。ゆっくり顔を上げると、そこには一人の同じくらいの歳の少女が中腰で立っていて、歩嶺に向かって手を差し伸べていた。
同年代の子供に声をかけられるなんて初めてだった。唖然とする歩嶺に構わず、少女は引かずに声をかける。
「一緒に行こう?」
ニコッと笑って少女は続けた。
刹那世界が瞬いたような気がした。闇の中にいた歩嶺はその一瞬でその闇を抜け、光の中に飛び出したような感覚があった。自然と手が動き少女の手に重ねる。暖かいその体温に包まれた歩嶺の手から、暖かい何かが全身に広がった。瞳の奥から涙が溢れ始め、ポッカリと空いた胸の穴が少しずつふさがり始めた。
なぜだろう。この子となら歩いて行ける。全身でそう感じられた。
歩嶺は立ち上がり涙を拭うと、少女に名前を聞く。
「私?桜木和羽!」
元気な声でそう返ってきた。
和羽はとても病弱だった。よく寝込んでいたし、ある日も突然謎の高熱を出して入院することなった。孤児院の近くの街の大きな病院の小さな一室で、苦しそうに息をする和羽を、部屋の隅で眺めながら歩嶺は考えた。和羽にこそこの能力が必要なのではないか。代わりになれたらいいのに。
「和羽ちゃん大丈夫?」
孤児院の先生が優しく問いかける。
「…ん…」
あの時とはまるで違う、弱々しい声が返ってくる。その時歩嶺は思った。和羽を守ろう。この身をいくら犠牲にしても、和羽だけは絶対に守り切ろう。和羽を支え、共に生きようと。
どんなことがあったとしても、彼女だけは必ず守る。自分を犠牲にして守る。歩嶺は人知れず心に決めた。
コンコンとノックがして、医師が部屋に入ってきた。
得体の知らない熱を出した和羽は、感染を防ぐためにこの個室に収容されたのだが、それは歩嶺にとっても幸運だった。
「先生、ちょっといいですか」
医師は孤児院の先生を呼び出した。先生ははいと答えて椅子から立ち上がり、医師に連れられて廊下の方へ出て行った。
白い壁に囲まれた部屋では、寝込む和羽と突っ立つ歩嶺のみとなった。静かな部屋の中で、和羽の苦しそうな呼吸音だけが響き渡る。
歩嶺はゆっくりと和羽に近寄り、傍らの椅子に座ると白い壁を眺めた。眺めながら、そっと和羽の手を握った。熱かった。するとわずかな力で和羽も握り返してくる。歩嶺はしっかりと和羽の手を握り直した。
自分を救ってくれたあの時のように。
「一緒に行こう」
和羽に告げる。
「ずっと一緒に」
「…うん」
消えかかった声が帰ってきた。見ると和羽は高熱のせいか顔が赤く、うっすらと笑っていた。
しばらくした、和羽の謎の熱が謎に引いてしばらくした頃、二人は孤児院からほど近い街に出て、賑わう時を楽しむことにした。
「ね!この近くに遊園地なかったっけ!?」
「あったけど、行きたいの?」
笑い混じりに歩嶺は答える。
「うん!行きたい!」
まるで子供のようにせがむ和羽に対して、面倒くさそうな態度で対応する歩嶺だっだが、二人ともとても楽しそうだった。
少し歩いて、小さな遊園地に到着した。小さいと言ってもジェットコースターや観覧車は揃っているし、設備としては申し分ない遊園地だ。まず和羽が乗ろうと言い出したのは、やはりジェットコースターだった。
「マジで?」
「うん!」
ジェットコースターの列に並びながら、歩嶺と和羽はそんな会話を続ける。
しかし乗ってしまうと立場が逆転した。
「怖い怖い怖い怖い!」
和羽が隣に乗り込む歩嶺の腕を折れるかと思うくらいがっちりと掴んでくる。
「なんで乗るっつったんだよだったら!」
ガタンといって車体が動き始めた。
「キャー!」
「…早いから」
黄色い悲鳴に冷静に突っ込みを入れる歩嶺。車体はどんどんレールに沿って高度を増していく。じきにレールは見えなくなり、真っ青な空が視界に広がった。と次の瞬間、ふわりと体が浮かんだかと思うと、猛スピードで車体がレールを滑り始める。
「キャー!」
今度こそというかのように和羽が悲鳴をあげる。歩嶺も声をあげて独特の感覚を味わった。
右へ左へ上へ下へと揺さぶられ、その度に内臓がフワフワと浮き上がる感覚に見舞われる。ジェットコースターとはこんなにもアクロバティックなものなのか。歩嶺には初めての経験だった。
ジェットコースターの次に乗ったのは観覧車だった。
「ジェットコースター、すごかったね!」
「僕初めてなんだけどあんなの乗ったの」
「私もだよ。もう一回乗りたい!」
「えマジで!?」
迷惑そうな口調の歩嶺は、とても楽しそうだった。しかしすぐに真剣な眼差しになり、ポケットに手を伸ばした。
「今からちょっと不思議なもの見せるけど、絶対引かない?」
歩嶺は観覧車という密室空間、二人きりの空間で、見せることに決めていた。
「…うん」
「わかった。見てて」
歩嶺はポケットからカッターを取り出し、右手に持って刃を出すと、その刃を左手の甲に当てた。
「何するの…?」
「いいから」
隣で不安そうに見つめる和羽。歩嶺は痛みを承知で、カッターをスッと引いた。刃は歩嶺の手の甲に赤い血筋を作る。がしかし、それもすぐに跡形もなく消えていった。
「すごい…」
それが和羽の反応だった。
「生まれつきなんだ、これ。気持ち悪いとか思わない?」
「ううん、思わないよ。すごいと思う。スーパーマンって感じだよね!」
そのようにとらわれたのは初めてだった。和羽はらんらんと目を輝かせている。
歩嶺は安心したように微笑むと、小声でありがとうと言った。
それからというもの、二人は夕方になるまで遊園地を遊び尽くした。片っ端からあれに乗りたい、これに乗りたいと和羽が歩嶺の手を引き、流石に和羽も疲れた頃、遊園地を後にして孤児院へ向け歩を進めることにした。
夕景が輝く帰り道、二本の影法師が二人の足元から伸びている。
今にもスキップしそうな和羽が言う。
「楽しかったね!」
「うん」
「また行こうね!」
「うん」
「…どうかした?」
「好きだよ」
「…も…今更だよ…」
和羽の声からは明らかに喜びの表情が感じられた。
夕日の中、朱色に染まる二人の姿。また同じように朱く染る二人の頬。
月日は流れ年月は流れ、季節は巡り今に至る。泣き出した和羽に歩嶺は何もしてあげる事ができずにいた。小さな路地裏で二人きり、うずくまって様々なものから耐えていた。
「…ありがと」
「和羽が無事なら僕は構わないよ」
「うん。ごめんね?」
「大丈夫」
和羽がいてくれればそれでいい。その一心で歩嶺は生きる。もうそれしか、望みはないからだ。自分が生きていたいという望みはとうに無い。ただ大切な人ができた。彼女さえ守る事ができれば、それでいい。

お父さんとお母さんが好きだった花、満開のコスモスの花束を持って、紫のロングスカートにジーンズシャツの宮吹瑠璃は電柱の前に立った。特別変わった電柱ではない。ただ瑠璃にとって記憶深い場所だったからだ。
「あれからもう十年か」
そう言って瑠璃は花束を電柱の根元にそっと置く。
刹那、激しい頭痛のようなキーンという感覚と共に記憶がよみがえり、鮮明な映像が脳裏から流れ出す。ナイフを両手に持ち、狂気に笑う男。真っ赤に染まったアスファルトの道。そしてそこに横たわる、血だらけの両親…。
鮮明過ぎる記憶は瑠璃を、あたかもその場にいるかのように、まるで過去にタイムスリップしたかのように、消えずに永久に責め立てる。良い記憶も、悪い記憶も、どんな記憶だって消えることはない。
超記憶力。永久記憶。これが瑠璃の能力だった。
あの日、思い出したくもない十年前のこの日、両親はあいつによって殺された。あいつは未だ逃げ続けている。警察からの一報はまるで無い。どこからか怒りと憎しみが湧き上がってきた。行き場を無くした怒りと憎しみほど危ないものはないと瑠璃は知っている。ここにいるのはあまりよく無いようだ。瑠璃は両親に別れを告げて家へ帰る事にした。
「あいつだ、いたぞ」
突如黒服の男たち数人が瑠璃に近づいた。帰ろうとする瑠璃は気づかず、あっさり取り囲まれてしまった。
四方八方を取り囲まれ、思わず身構える。辺りを見渡すが抜けられそうな隙は無い。
「何ですかあなた達」
「一緒に来てもらおう」
男の一人が沈着に言った。
黒いワゴン車も近づきドアがスライドして開く。明らかにこれは誘拐である。一人が瑠璃の細い腕を掴んだ。必死に抵抗するも無駄に思えた。
「誰か助けて!」
ありったけの声で叫ぶが届かない。人通りは少ない上、関わりたく無いのだろう。世の冷たさゆえ誰も助けようとしない。
「大人しく車に乗れ」
もうダメかと思った。とその時。目の前にいつの間にか別の男が立っていて、黒服の男達を睨みつけていた。
「その手を離せ。下衆どもが」
いきなりの登場に誰もが驚いた。わけでは無いようだ。少なくとも瑠璃はいきなりの登場に驚いたわけだが、黒服の男共は違ったようだ。刹那男達の顔がみるみる内に青ざめる。
「き、貴様、何故こんなところに!」
「返答は無用だ」
いきなり、突如現れた男が黒服の男の一人に殴りかかった。それは重くがっちりとしたパンチで、胸に直撃した一撃で勝利を制した。その瞬間から大勢対一人の喧嘩が始まった。否、喧嘩ではない。一方的に突然現れた男が優勢だ。目にも留まらぬ早さで次々に、黒服の男達を蹴散らしていく。
黒いタンクトップに黒いズボン。青い目が輝くその男は、自慢の筋肉で黒服全員を一瞬で片付けた。
さっきまで自分を取り囲んでいた男達が、アスファルトの上で伸びているのを見ながら、瑠璃はとりあえず男に礼を言う。
「…ありがとう」
「礼には及ばない」
男はまだ警戒しているようだ。
しかしそのスピードは異様だった。文字通り目にも留まらない速さ。突然現れたのもおかしな話である。
見ると周囲の瑠璃の助けの要求を無視した人間が、何事だと視線を向け始めた。ここは逃げよう。瑠璃はその男の太い腕を引き、一目散にその場を離れる。体力が続く限り走り切り、誰もいない路地裏に入った。

体内に埋め込まれたセンサーが反応し、皆野みあはハッとして顔を上げた。近くに仲間がいるはずだ。能力を持った仲間が。
みあは人ごみをかき分けて仲間を探す。だんだんと近くなるセンサーの反応に胸が高鳴る。初めての仲間だ。
ある程度近づいたところで、みあはセンサーと周囲の環境とを照らし合わせ、どの人間が仲間かを照合した。するとヒットしたのは、青い服の印象の女性だった。彼女は街路樹の紅葉を眺めながら歩いている。
この距離じゃどっち道声は届かない。みあはさらにその女性に近づいた。

街に出た空奈は当ても無く、何かあるかとふらついていた。にしても街路樹の紅葉は見事だ。カメラ持ってくるんだった。そう後悔するのだった。
のんびりと歩いていると後ろから声をかけられた。見ると水色のワンピースにツインテールの可愛らしい青い目をした少女が、無表情で立っていた。
「助けて欲しい」
と言われ空奈は手を握られる。刹那衝撃が体を走った。
冷たい。一瞬でわかった。死人の体温だ。
反射的に手を振りほどき、逃げるように歩き出す。明らかに死んでいた。でもなぜ生きているのだろう。正確に言えば、なぜ、動いているのだろう。混乱した空奈の頭にさらに不可思議な声が届く。
『助けて欲しい。お願い』
声と言うより心の叫び。脳に直接届く信号のような声だった。思わず立ち止まりそうになる足を踏みとどめ、歩かせる。なんなんだ一体。
少女はそれでも語りかける。
『天野財閥病院。知っているでしょう?今あそこで卑劣な犯罪が起きてる。あなたにも関係すること。その力、不思議に思わない?』
空奈は思わず、とうとう立ち止まった。そして振り向かずに問いかける。
「何で力のことを?」
『みあは全部教えられた』
「誰に」
『敵の一番悪い奴に。みあ達は一緒にあいつを倒す必要がある。そうすれば力のこともすべてわかるはず』
空奈は振り向いた。そこには相変わらず無表情な少女、みあが立っていて、青い目で空奈を見つめていた。
「…あんた一体誰なの?」
「皆野みあ。あなたと同じ超能力者」
ハァと空奈はため息をついた。そこまで言われてしまっては仕方が無い。力を使わざるを得ないか。
二人は近くのベンチに移動し、座った。そして深く息をすると、目をつむった。
空奈の能力、超予知能力。それは人並外れた予測能力。いわゆる未来予知である。
今朝見た夢もその一部、予知夢であるかもしれないと空奈は疑っている。
空奈は周りの音をシャットアウトし集中する。
瞬間異世界に飛び込んだような衝撃に見舞われる。すると頭の中で映像が流れ出した。
見えてきたのは病院。その地下で、八人の男女が争っている。
その中に自分もいた。
ありったけの情報を見て、空奈は目を開いた。
「ったくしょうがないなぁ」
「来る気になった?」
「あぁ、行くよ」
空奈は勢い良く立ち上がった。
しかしやはり不安もあった。今朝見た夢と類似していたからだ。あの夢の通りなら、と考えるだけでもゾッとする。
でもやるっきゃ無い。
未来は変えられる。そう信じ、みあのことも信じて、その犯罪を阻止すべく天野財閥病院に向かうことにした。
空奈にはいじめという過去があった。遠い過去の話である。言葉の暴力は空奈の心を舐むるように傷みつけた。何をしても嘲笑され、心から笑うことができない日々。辛い。悲しい。そんな感情が空奈の心に満ち満ちていた。
それはいつものある日のこと。
空奈はいつも通り友達なんてできず、教室の隅の自分の机で本を読んでいた。
パシッ。
何かが頬に当たる。少々ではあったが痛かった。見ると床に輪ゴムが落ちている。これが飛んできたらしい。
頬を押さえながら教室の中央の方向を見る。やはりそこには数人の男女生徒が立って笑っていた。しかもまだ手で作った輪ゴム鉄砲を構えている。
「せーの!」
掛け声とともに一斉に輪ゴムが空奈に向かって放たれた。空奈は身構える。輪ゴムのそのほとんどが命中し、空奈に微量なダメージを与えた。
空奈はキレそうになる自分をグッと押さえ込んで男女生徒たちを睨んだ。
「おい予言者が怒ったぞ」
「ひー怖い」
「行こ行こ」
皆笑いながら去っていく。
いじめはこんなもんでは終わらない。
授業中。
「これわかる人いるかー?」
先生が授業であえてわからない問題を出す。
「先生、紋別がわかるみたいです」
誰かがそう発言する。
「おーそうかじゃあ紋別、答えろ」
空奈はもちろんわかるわけがない。先生を交えたいじめだ。
「紋別、立て。答えてみろ」
「はい…えっと…」
空奈は立ち上がりどうしようかと考える。戸惑いはとうに忘れた。打開策を考える頭になっている空奈は、冷静に沈黙を続ける。
「わからないんならさ、わかるとか言わないでくれる?授業の邪魔。いいな」
「はい」
空奈はやっと思いで座ることができる。かと思いきや、あると思っていたところに椅子はなく、そのままの勢いで床に尻餅をついてしまった。
どっと教室中に笑いが起きる。
後ろの席の生徒が椅子を引いていたのだ。陰湿にも程がある。
もうみんな死んじゃえばいいのに。
空奈は心でそう呟いていた。
味方なんて誰もいなかった。家族さえもそれに乗っ取り、空奈をいじめの奈落におとしめる。信じられるのは自分だけだった。自分と自分の力だけ。いじめの根源の力だけだった。
泣いてばかりはいられない。空奈は自分を強くした。まず男勝りな性格に。髪型を男っぽく。すると周囲と距離ができ、次第にいじめはなくなった。代わりに何もかもを失った。

泣き止んだ和羽は涙を拭き、力を悔やむ歩嶺に言った。
「あのね、その力の事なんだけど」
「どうかしたの?」
和羽は言いかけて少々躊躇した。今まで言っていいのかわからなかった。危ないかもしれない。或いは嘘かもしれない。信じてくれないかもしれない。
ううん、それでも。和羽は決意する。
「その力の謎が解けるかもしれないの」
和羽の言葉に歩嶺はピクリと反応した。和羽は続ける。
「ネットで見たの。天野財閥病院ってところで、人体実験してるって噂」
「…それと何の関係が?」
歩嶺は笑って見せた。もし関係があったとしても、確かめようがない事だ。
「そこで生まれた人の中に、異常な聴力、集中力とか、つまり力を持ってる人がいるって」
「…行った所でどうするの」
そう。確かな証拠もない上に、行ったところでどうしようもない。
「それは…」
和羽はそこまで来て答えに迷った。
歩嶺の考えはいつも冷静で正しい。和羽は歩嶺に言い分で勝ったことが無かった。
歩嶺は考えた。力の謎が解けるかもしれない。きっと和羽も和羽なりに考えての発言なんだろう。
もしも人体実験と自分の能力に関係があるならば、人体実験によって能力が芽生えたか、能力者が人体実験されているかのどちらかの可能性が高い。それに自分の他にも能力者がいるとの情報もあった。
興味が湧かないわけにはいかない。
和羽はさっきの答えを絞りだそうと必死に脳をフル活動させている。
和羽の気が済むなら、行ってもいい、かな。歩嶺はそう思い始めた。
それに熱心な和羽に感謝した。駄目元でもいいじゃないか。そんな気がした。
「…行ってみる?」
「…いいの⁉︎」
和羽はパッと笑顔になり、歩嶺もつられて微笑んだ。
やっぱり和羽の笑顔が好きだ。

その日も秋晴れの空の下、白衣を着て彼らを待っていた。超人類計画の影から獲物を狙うトンビのように。
この間放った餌の娘、逃げ出した実験済みの男。彼らがきっと連れて来る新しい実験の題材を。
影に隠れた闇の計画、知る人ぞ無き未知の計画。天野秀典はそれをやり遂げる。

秋になり涼しくなったといえど、流石に走ると暑くなる。瑠璃は上着をパタパタとはためかせ、風を送って体を冷やす。一方男は一切の疲れも見せずに周りを警戒しながら立っていた。
「…それで」
「ん?」
図太い声が返ってきた。瑠璃の目と男の青い目が合う。
「あなた一体なんなの?」
「わからない」
しばらく黙ってから、男は重く言った。
「…記憶が無いんだ」
お互いの間に沈黙が走った。
「名前は覚えている。俺は浦賀賢徒だ」
それから男、賢徒は誇らしく言った。
「ふうん、記憶無いんだ」
とわざとらしく言って瑠璃はいきなり賢徒の顔を両手で固定し、正面から睨んだ。一瞬悩んだが、もしもあれが、あの身体能力が力なら。そう思い決心した。
じわじわと瑠璃の瞳に賢徒の視界が引き込まれて行く。賢徒は一瞬動揺したが、悪い事は起きない気がして身を委ねた。
…見えた。
様々な実験を受け、毎日が過ぎて行く。太陽の光なんて浴びる事の無い実験の日々。そのほとんどが身体能力に関するものだ。理由は能力。白衣の男が言う。
「超身体能力者で生まれたんだ仕方ないだろう」
休めば罰が待つ持久走など体育実技、戦闘実験。そんな記憶しか読み取れない。
それが行われているのは、…天野財閥病院だ。彼はそこから逃げてきたらしい。
瑠璃には永久記憶の他に不思議な力があった。アバウトではあるものの、他人の記憶までも読み込んでしまうのだ。例えそれが記憶喪失者でも。
賢徒の記憶は苦に満ち満ちていた。楽しいと言える記憶はこれとなく、幼少期からの実験の数々を物語る苦が記憶に刻まれている。それも忘れてしまっているのか。
天野財閥病院。ここが全ての根源らしい。そして賢徒には能力がある。瑠璃は賢徒から目を離す。ここで一つ仮説が組まれた。賢徒の能力が瑠璃の能力と同じ類なら、天野財閥病院に行けば何かわかるかもしれない。
「行くっきゃないかぁ」
「どこへだ?」
「天野財閥病院にね」
能力は時に所有者を混乱させる。瑠璃のような微妙にありそうな能力は特にだ。自分は病気なのではないかと、ちょっとした障がいなのではないかと疑わせる。
でもこれで確信が持てた。同じ能力者がこうして目の前に現れたのだ。不安は解消され、力に自信が持てた自分がいた。

空奈の未来予想図によると、このあと病院で二つの二人組に合流するはずだ。しかしどうやって探していいかわからない。病院についた空奈とみあはフロントで辺りを見回した。
「いた。こっち」
ミアが突然そう呟き、小走りに移動しだした。あの背の低さでは見失うと厄介なことになる。
「え?あぁセンサー?」
そうか、センサーか何かで自分の事も見つけたと言っていたっけか。
みあはフロントにいる人々を上手くすり抜け目標の元へ向かった。そして目標の人物の袖を掴んで言った。
「捕まえた」

「え…」
見知らぬツインテールの少女にシャツの袖を摘ままれ、捕まえたと言われた。歩嶺は戸惑う。誰だっけこいつ…。
「嘘!みあちゃん?」
すぐさま和羽が反応した。どうやら知り合いらしい。しかし等の本人は全く反応しない。和羽がみあの手を取った。しかしそこで固まった。
「え…冷たい」
和羽の呟きに、遅れて登場した空奈が応える。
「死人みたいでしょ」
「みあちゃんに何を!」
和羽が空奈に向かって怒鳴った。しかし空奈は涼しい顔で対応する。
「あたしは何も。この病院が何かしたらしいよ」
「…やっぱりこの病院…」
「あたしは紋別空奈。よろしく」
「僕は神崎歩嶺」
「桜木和羽」
「皆野みあ。みあは作られた身体で動いてる」
唐突すぎる衝撃の告白だ。三人の誰もがみあを見、そして顔を見合わせた。
みあは自らの過去を語り出す。
「みあは一度実験で死んだの。過酷な精神実験だった。でも超精神力で精神だけ不死身で、身体を作られて生き返った。天野に」
「おいちょっと待てどういうことだ、生き返るなんて可能なのか?」
歩嶺が状況を整理しようと混乱した様子で質問する。一方みあは冷静に答えた。
「歩嶺さんの能力だって同じようなもの。死ねないでしょう?」
「まぁ、そうだけど…」
「みあちゃん、私のこと覚えてる?」
和羽がみあに問いかける。
「覚えてないけどリストに載ってる」
淡々とみあは答えた。
和羽とみあは昔病院で知り合いになっていた。二人に面識はあるはずだ。しかしみあは和羽を覚えていないと言う。
「天野に身体を作られたってどういうことだよ」
四人はみあを先導にして歩き始めた。
「みあの身体はいわゆるサイボーグ。お人形さんと同じ」
「意味がわからないよ」
呟いたのは和羽だった。皆同じ思いだった。
みあの能力、超精神力。それは絶対的な精神。歩嶺と真逆、対な力だった。
四人は人気の無い一つのドアの前に辿り着いた。
『ここから先に行けばあなた達の力について何かわかるはず。でもとても危険』
「何今の」
「テレパスだよ」
歩嶺が困惑するのに対し、空奈が答えた。
『覚悟はある?』
三人は息を飲んだ。戻ってこれるかわからない冒険だ。
「おいお前ら、そこで何してる!」
いきなり後ろから声がした。驚いて声のする方を見てみると、黒服の男が数人でこちらを睨んで立っていた。
「ヤバくない?」
空奈が呟く。
男の一人が急に懐からナイフを取り出し走ってきた。咄嗟に歩嶺が身を乗り出す。
グサッ。
「っ…!」
「歩嶺…!」
歩嶺の声にならない呻き声と、和羽の小さな叫びがこだまする。
ナイフは歩嶺の腹部に深々と刺さり、真っ赤な血液を滴らせた。
「てめぇいきなり何すんだ!」
咄嗟に空奈が叫んだ。歩嶺はなんとか体制を整えようとフラフラしながら立っている。
「刺し殺しました」
男が無線に向かって言うのと同時に歩嶺は倒れた。三人は屈んで歩嶺に寄る。
「てめぇ何しやがる!」
空奈が男を睨んで言い放つ。思わず泣きそうになっていた。
「そいつの運命だ。受け入」
刹那賢徒の蹴りが炸裂した。
「遅くなってごめん、大丈夫?」
しゃがんで謝る瑠璃。見ると数人いた男達は皆既に倒れている。
すると歩嶺が自力でナイフを抜いた。
ナイフの傷から紅い液がドボドボと流れ出る。普通の人間なら致命傷に違い無い。だが歩嶺は違う。段々と出血が治まり、傷口がゆっくり口を閉じる。五分もしないうちに、表面的には完治していた。
「凄い。これも能力?」
「そう。超生命力」
瑠璃の呟きにみあが淡々と答える。
歩嶺が起き上がった。みあと賢人以外からどよめきが起きる。
「…大丈夫?」
「大丈夫。和羽は?」
「平気」
「皆は?」
歩嶺の心配にぎこちなく皆それぞれが大丈夫と答える。刺された本人に心配されるなんて変な感覚である。
『じゃあ、中に入ろうか』
みあは床にひれ伏せている男の胸元からカードキーを奪い、白い鉄のドアを開けた。

「来たか」
そう言って笑い声がこだまする部屋の中。黒いワイシャツに白衣を着た天野は一人椅子に座って企んでいた。所々にしか設置されていない蛍光灯が辺りを陰湿に醸している。
天野はもう一度、思い出したかのように高らかと笑った。そして笑い終えると大きく息を吐き、そのまま動かなくなる。
さぁ早く来い。そして死ね。

「これで全員揃ったな」
空奈が嬉しそうに呟いた。
「何がだ?」
賢徒が反応する。
「いや、こっちの話だ」
『今からここで起きてることを話す。みあは天野に全部プログラムされた。だから全部知ってるはず』
全員が息を飲んだ。
『ここでは人体実験が数十年前から天野によって行われてきた。両親がいない、健康な子供に薬を打って、人間が持つ力の一部を覚醒させる。そういう実験で作られた都合のいい超人は実験対象にさせる』
皆が心なしか賢徒を見た。皆瑠璃から事情を聞いていた。
六人は廊下を歩き続ける。
『最終的な目的はみあも知らない』
またドアに着いた。
「僕らの両親は里親だったのかよ」
「それね」
「で、あたしらにもその薬が打たれてると」
「そういうことだったのか…」
「私は違うよね?」
「和羽は大丈夫だよ」
『この向こうに天野がいるはず』
そうテレパスでみあが言った途端、自動でドアがゆっくりと開いた。
「ようこそ我が実験室へ!」
だだっ広い空間の中、椅子に腰掛けた天野がショーが始まるかのように出迎えた。所々に設置された蛍光灯が辺りを陰湿に醸している。
「こいつが天野か」
空奈が言った。
『全ての根元、天野秀典』
「ご苦労様なこったこんなに実験台を」
「…どういうこと?」
みあが言う。天野はニヤリと大きく笑う。
「だから罠なんだよお前なら仲間連れてここにくると踏んだんだよバカ」
言い終えて高らかと天野は笑った。笑い声が部屋全体に響き渡り、重複して大きく聞こえる。
「しゃーねーちゃんと説明してやっから耳かっぽじってよーく聞いてろよ」
天野は急に冷ややかに言う。そして立ち上がり歩き始めた。
「お前ら全員、いや一人を除いて全員に力がある。私はその力を一人の身体に集める試みを試してるんだよわかるか?そいつの身体の名前をテゥエルっていうんだかなそいつはもう既に三つ能力を持ってる。んで能力者を集めるために必要だったんだよ」
みあが息を飲んだ。
「お前がな」
残酷極まりない声で天野は言い放つ。
「お前は私の思惑通りに連れて来たわけだ。ついでに浦賀お前もだーうまく逃げたつもりだろうが逃がしたんだよ目的通り連れて来た。もう用済みだ」
皆言葉も出なかった。天野の口調、内容。残酷過ぎる。
「あーついでに色々教えてやろうこれからお前ら全員テゥエルで瀕死にさせてもらう大丈夫だ後で楽にしてやるそして全員からカゴメを取り出す」
「…カゴメ?」
歩嶺が繰り返す。
「いい質問だ。カゴメはお前らの能力そのものであり能力者に宿る守護神だ。超人であるお前らを守るための存在なんだよそれを今から頂く。テゥエルにカゴメを吸収させればテゥエルはそのカゴメの能力を手に入れられるそうやってテゥエルは強くなっていくのだこれが私の案じている超人類計画だ!」
余程話す相手がいないのだろう。息が荒れている。天野は椅子に戻りパソコンを操作した。するとスクリーンが上がる。
上がったスクリーンの向こう側に牢屋が現れた。中に人がいる。
「テゥエル!」
天野が叫んだ。すると牢屋の中のテゥエルはむくりと立ち上がり牢屋から出て来た。
「こいつらの事、殺っていいの?」
「まぁそう焦るな。宮吹っつったよなお前、お前の両親の仇がこいつだ」
瑠璃は瞬間硬直した。
耳鳴りがして鮮明な記憶が蘇る。
街での楽しい買い物を家族で終え、幸せに浸り歩く誰もいない帰り道。まだ幼い瑠璃は母親に、ずっと欲しかったおもちゃを買ってくれたことに対するお礼を言うために顔を声をかける。
「お母さん、あのね」
と瑠璃が手を繋いだ母親の顔を見た時だった。見知らぬ男の手が正面から母親の首を切断した。切れ目から血がドッと溢れ出る。見てしまった。その瞬間を。男は真っ赤なナイフを持っていた。恐怖が起こる前に、本能的に父親に頼ろうと、無性な不安から顔を父親に向ける。
「お父さ」
父親までもその瞬間に首を切断された。
それだけではなかった。男はまるで豚肉を切り刻むように左右に腕を振り回し、両親の体を滅多斬った。道路は真っ赤に染まり、男の狂気の笑い声が響いた。
「…さん!瑠璃さん!しっかり!」
「あぁ、ごめんなさい…」
和羽の声で瑠璃は我に帰った。
呪いの能力だ。忘れられないなんて。
「冷静になれ」
賢徒が言った。
「冷静になって、目の前を見るんだ」
瑠璃は不思議と冷静になれた。そして目閉じ、もう一度あの光景をプレイバックする。そうだ。考え方次第で景色は変わるんだ。
瑠璃は目を見開いた。わかったことがある。
「あいつは…テゥエルは、左右にしか腕を振るわない。攻撃方法はそれだけ」
「わかった」
「承知した」
歩嶺と賢徒の返事が重なった。そして二人は頷きあう。女性陣に手出しはさせない。そんな意気込みを感じさせられた。
「テゥエル、ヤれ」
「じゃあ行くよ。容赦しないからね!」
テゥエルの楽しげな声によって戦闘が始まった。
まず歩嶺がテゥエルに向かって走る。
歩嶺に喧嘩の心得はもちろん無かった。しかしだからと言って立ち向かわないわけにはいかない。ちょっと痛いだけ。そう、それだけだ。
テゥエルが目の前に来た所でテゥエルの右手のナイフが横に走った。それを何とか後ろに飛んで避ける。今度は反対から左手のナイフが走る。
「っ…」
腹部を裂いた。血液がどっと出る。第三波のナイフが振られる前に歩嶺はテゥエルの右腕を掴み抑え付ける。
「っ!」
左手のナイフが脇腹を切り裂いた。しかしそこで歩嶺は体を密着させる。テゥエルの腕は交差した状態で固定された。
「今だ!」
テゥエルの両腕が塞がった今、歩嶺はテゥエルを両手で固定して叫んだ。すぐさま賢徒がすまんと呟いて瞬間移動で近づき、歩嶺もろともテゥエルを持ち上げ、瞬間移動で壁に向かう。そして賢徒は移動中に二人を手放した。
瞬間移動とはいえ、空間を飛び越えているわけではない。ありえないほどの身体能力によって、瞬時に加速し、瞬間的に移動しているだけなのだ。つまり物を持ったまま瞬間移動すれば、賢徒や賢徒に固定された衣服などはいいが、手放した物体はその時点で慣性の法則により瞬間移動のスピードのまま投げ出される。
ズドーンと大きな音を立てて歩嶺とテゥエルは壁に叩きつけられた。壁には大きなクレーターのようなへこみができていた。
歩嶺に出来てテゥエルに出来ないこと。それは再生である。同じダメージを受けたとしても歩嶺なら生き残る確率が高い。そういう戦略だ。
「やったか?」
「歩嶺…」
女性陣から歓声や心配の声があがる。直ぐに賢徒は歩嶺を救出し、四人の元に連れて来た。
その時だった。
「うっ…!」
和羽が異様な声をあげた。全員が和羽を見る。
「う…、歩嶺…痛い、よ…」
和羽はその場で力無く倒れた。
和羽の後ろには、血に染まったナイフを持った天野が笑いながら立っている。いつの間にか天野は和羽の後ろに回り込み、隙をついたのだ。
和羽が、天野に刺された。
「…和、羽…」
全身を骨折やら打撲やらでボロボロにしながら、歩嶺は恋人の名前を呼んだ。しかし返事はとうに無い。
「うあああぁ…!」
歩嶺は叫ぶ。恨みと憎しみの果てに。天野を、ぶっ殺す…!
じりじりと音を立て瞬間的に傷は癒え、立ち上がり、歩嶺は笑う天野の胸ぐらを掴む。
「何て事を!」
「バカ言えこれが定めなんだよ!」
「死ねぇ!」
歩嶺は力一杯に天野を殴った。天野はよろめき後ろの壁にもたれかかる。それでも笑っていた。
歩嶺ははっとして和羽に寄る。
「和羽、和羽!」
「出血がヤベェ。これはもう…」
容態を見ていた空奈が残念そうに呟いた。
「んな事言うなよ!和羽‼︎」
歩嶺以外の誰もが諦めかけた。

しょうがないわねぇ。
助けてあげようかしら。
ここまで頑張ってきたのは確かだし、ここで死なれるのも私が困るしなあ。
それに彼のカゴメとも会いたいしな。
そろそろ出てきてあげるか。
仕方ない。
それじゃあ能力を発動させよう。
よく頑張ったね和羽、ちょっと体を借りるわよ。

「和羽‼︎」
歩嶺が叫んだ。刹那、何処からとも無く白い包帯のようなものが和羽の身体を包み込み、しばらくして何処かへ消えた。
「あれ、傷が…」
治っていた。背中の出血の跡も何も残っていない。すると和羽は立ち上がり、眈々と話し出した。
「ふー、久々に能力を使ったわ。あなたの言う、超想像力だったかしら?」
「和羽?」
歩嶺が思わず呟く。まるで別人格だ。
「天野さん、の、カゴメ、出て来なさい」
「…そう言われては仕方ないですね」
天野が立ち上がった。また別人格だ。
「私とあなたは生まれつき能力を備えたシュロム。あなたは人工的にシュロムを作ろうとした」
「そうですとも」
「シュロム?」
瑠璃が聞き返した。
「あら、和羽のお友達ね?ありがとう、和羽と仲良くしてくれて」
別人格の和羽が、瑠璃達を見つけて嬉しそうに言う。しかし皆あっけにとられて流れに乗れず、言葉が出ない。
「シュロムというのは、超人という意味よ。あなた達は薬によって超人化したみたいだけど、私…和羽と天野さんは生まれつきのシュロム、能力者なの」
「あなたは…?和羽じゃない…ですよね?」
歩嶺が立ち上がって言う。
「私は和羽のカゴメよ。生まれつきのシュロムに宿るカゴメには人格があるのよ」
「そう。私も数あるうちのその一人。秀典は凄いことを言い出しました」
「真の目的は何?あなたの能力、超思考能力で超人類計画なんかでは終わらない気がするわ」
「流石の想像力の持ち主。真の目的は、私が不死身になる事です。テゥエルにカゴメを散々吸収させたその挙句に、私がテゥエルを殺し、カゴメの全てを吸収する。そうすれば私は最強。でしょう?」
天野のカゴメは両手を優雅に広げて演説する。
「なんでそんなこと!」
空奈が嘆いた。声には憎しみが途轍もなくこもっている。その声は皆の声でもあった。
「不死は全人類の望みですよ?それに私たちには、それなりの過去があるんですから」
「過去?」
みあが反応した。
「どんな過去?言ってみて」
天野のカゴメは笑った。
「宮吹さん、あなたなら読み取れるはずです」
「…人の過去を読むのは好きじゃない。それに、しっかり向き合ってみて。あなたも」
「そうですか」
そしてゆっくりと話し出した。
「まだ私たちがこのことを考え始める前のことです。私と私の両親は、とある兇悪犯罪に巻き込まれた」
天野のカゴメはこんな話をした。
まだ天野が子供の頃。天性的に生まれ持った能力と出会う頃の話だ。
「母さん父さん、運転してみてどうだった?」
天野とその両親は、車を買い換えるために各店舗を巡り、試乗を重ねていた。今はその厳正なる会議をファミリーレストランで行っている最中だ。
「どれもこれも、あと一歩なんだよなぁ」
「そうねぇ」
両親揃って悩ましい顔をする。天野は溜息をついた。とその時。
バババババババ!
激しく細かい爆発のような音、銃声が入口方面から聞こえ、直後悲鳴が飛び交う。咄嗟に全員が銃声のした方を見た。武装した男達が複数人、サブマシンガンを構えてファミリーレストランに入ってきている。
天野は瞬時に判断した。テロリストか。このスピードも無意識ながらに能力のお陰である。
「今からあなたたちは僕らの人質です。覚悟して行動するようにしてください」
テロリストのボスなのか、物腰の弱そうな一人の男が代表でそう言った。
それから流れるような手順で事は進み、あっという間にファミリーレストランにいた客や従業員たちは皆一箇所に集められ、逃げるのは至難の技となっていた。
天野は当時の脳を駆使して考える。どうしたらこの状況を打破出来るのか。どうやったら助かるのか。
『どうやらお困りのようですね』
頭の中で声がした。天野は驚く。
『私はあなたの能力です。常人には無い思考能力。言うなれば…そう、超思考能力』
なんなんだ?幻聴か?とうとう気が滅入ったか?天野は周りを気にしてみるが、この声が聞こえているのは自分だけのようで、辺りは恐怖に怯えている。
『疑ってますね。それもあなたのいいところです。冷静沈着でいられるのは才能のひとつと言えるでしょう』
なら教えてくれ。どうすれば逃げられる。どうすれば助かるんだ。天野は心の中で言った。
『方法は一つです』
能力は一つの提案をした。天野はその提案を、渋々飲み込んだ。
何がどうであれ、逃げ出すにはテロリストたちに隙を作り、それをつかなければならない。まずはその隙をどうやって作るかだ。
天野はいきなり立ち上がった。周囲の注目が集まる。
見たところ武装品や武装の仕方、立ち振る舞い、ましてや顔立ちは日本のそれとは違う。ボスと見られる人物以外外人だろう。だとすると日本語がわからない可能性が高い。
「昨日は人の身今日は我が身!」
天野の叫び声が響く。テロリストといえども人間。突然の出来事にはなかなか対処できないものだ。彼らが驚いている隙に天野は出入り口に向かって走り出し、あっという間にファミリーレストランから抜け出した。
建物から出た天野は後ろを振り返った。
そこにはただならぬ雰囲気を漂わせるファミリーレストランがあった。今まで自分がいたとは思えなかった。
間も無く天野は警察隊に保護された。途端に恐怖が湧いてきて、死にたく無い。生きたいという感情、願望が溢れ出した。
「そのあと、ご両親を含め人質は皆撃ち殺されました。そしてテロリストたちは自爆。しかし不思議なことに、二人分の死体が見つかっていないのです。まあそれはいいでしょう。あの状況から逃げたとは考えにくい。それから私たちは自らの命に執着するようになったのです」
「なんか、違う気がする」
歩嶺が呟いた。
「限られた命だから、大切なんじゃ無いのか?死なない命だからこそ、僕はそんなものいらない」
「そうかもしれませんね、人によっては。あなた方と私たちとでは感性というものが違ったんですよ。にしてもテゥエルにはよく働いてもらいました。私一人が最強になるために何人殺させたか」
「最っ低」
「ほんとだよな」
瑠璃と空奈が口を揃える。
「なんとでも言ってください。しかし予想外でした。あなた方がこんなにも団結されるなんて」
「私が願ったからよ」
和羽のカゴメが口を開く。
「私の能力は超想像力。つまりは願うこと。少しばかり実現性に欠けるけどね。この子たちが集まり、団結できるよう願ったの。ついでに天野さん、あなたに勝てるようにも願ってるわ。この願いが叶えば、あなたは終わりよ」
「ハハハ。それはいい。ただしあなたの能力には代償を払う制度があるんじゃないですか?」
「そのくらい、慣れたことよ」
「そうですか」
「おい天野」
突然に暗く重たい声がした。見るとテゥエルがボロボロになりながらこちらに向かって歩いてきている。
「…やぁテゥエル。生きていたんですね」
「俺を、俺を利用ってどういうことだ?俺を騙してたのか?」
「そうですとも。あなたはいずれ私の手によって殺させる運命だったのですよ。あなたはただの道具です」
「ふざけるな!」
テゥエルは天野の目の前まで到達すると、ナイフを振り上げた。
「死ね」
辺りに血が飛び散った。
皆あまりの展開に言葉が出ない。
「仕方のないことよ。自分だけが最強になろうとした。神はそれを許さなかった」
和羽のカゴメが言った。
しばらくして、霊魂のようなものが倒れた天野から抜け出した。
「あれがカゴメの姿よ」
抜け出したカゴメはしばらく浮遊した後、テゥエルに吸収された。
「みんなありがとう。気づけた」
テゥエルが言った。
「カゴメ達の世界に帰るよ」
テゥエルは静かに振り向くと、にこやかに笑って消えて行った。
「さぁて、一件落着したところで、何か聞いておきたいこととかあるかしら?できる限りで答えるけど」
しんとする。皆聞聞きたい事は山のようにあるのだが、何から聞いていいのかさっぱりわからない上、危機が去った安堵と急展開で頭が回っていない。
「あー、じゃあ僕から」
「何かしら?」
「えっと…シュロム?って結局のところ何だったんですか?よく理解できなかったんですが」
「そうね、ここで詳しく説明しておくべきよね。そもそもシュロムというのはフランス語で超人という意味なの。確かフランス人が最初に見つけたからだったかしら。そのまんまね。それで、基本シュロムは私や天野さんのような生まれつき、この世に命を得た瞬間からカゴメを持つ存在しかいないはずだった。でもあなたたちは、私の想像だけど産まれてご両親が亡くなって、独り身になってしまったところにとある薬を投与された。どんな薬かはわからないわ。恐らくこの部屋の周辺に保管されてるか、もう製造は行なっていないと思うのだけれど。そして、カゴメが呼び出されて能力者となった。本来であれば私のように能力者には能力を隠して、影で能力を駆使して能力者を支えるのが一番だと思うのだけれど、私たちには個性があるからそうもいかないのよね」
「はぁ…。何となくわかりました」
「そうだ!あなたたちが望むなら、きっとだけれどその能力、消す事ができるかもしれないわ」
「それはどういう意味だ」
久々に賢徒が声を発する。
「私の能力は超想像能力なのよ。想像力も高まるけれど、それ以上に、想像した事を現実化する事もできる。こうしてみんなが集まったのも私が能力を使ったからなの。だから私が想像すれば、望めば、願えば、あなたたちの能力も消す事ができるかもしれないわ。ただ現実のものにするっていう力が薄いから何とも言えないけどね。それに私の能力には代償がつくわ。この先危険な事があるかもしれない。それでもよければ消す事ができるけれど」
「いい」
即答したのはみあだった。
「みあは力のお陰で生きてる。ここで力を消したら、死ぬかもしれない。だからいい。それに…仲間ができた。力のお陰で」
和羽のカゴメはニコッと笑った。
「…そうね。やめておきましょう。じゃあ私はいつもの和羽ちゃんに戻るわね。あそうだ、みんなが集まる事に関して使った能力に対する代償がまだ起こってないから、これから先、気をつけてね。あと、今和羽ちゃん気絶してるから、倒れるからね」
「…え?」
「じゃ、これからも和羽ちゃんの事よろしくお願いします」
「…え?え?」
バタッと和羽が倒れた。
「歩嶺…」
「和羽!大丈夫か?」
「…大丈夫」
和羽が元に戻った。

天野は一命を取り留め、天野財閥病院に入院。回復し次第逮捕。テゥエル、本名及び消息不明。

『遅い』
「あぁ、遅い」
みあの心の呟きに賢徒が頷く。青い目をした異質な二人が並んで立っているのは天野財閥病院の前。服装はあの時と変わらない。
「悪りぃ悪りぃ、遅れた」
空奈が走ってやってきた。相当走ったようで、かなり息切れしている。
「あのカップルには負けたくなかったからさ…」
空奈が左を向くと、楽しそうに話しながら遅刻していることなど目にも止めずに歩いて来ている二人の姿があった。
「おーい、和羽、歩嶺、イチャイチャすんなよ!」
「空奈ちゃーん!イチャイチャなんてしてないよぉ!」
和羽は手を振りながら赤面する。
「ちょっと遅れたかな」
「だいぶだ」
歩嶺が頭を掻きながら言うと、賢徒が腕を組んで答えた。
「そっか、ごめんごめん」
『別に』
「そろそろ瑠璃が来る」
「見てきたのか?」
歩嶺が問いた。
「あぁ」
「皆んなごめーん、遅くなっちゃって」
声のする方を見ると、全力で走るも体力が尽きて走れなくなっている瑠璃がいた。
「揃ったな」
「行きますか」
皆が瑠璃の元に歩み寄る。
「ごめんごめん」
「じゃ、行こっか」
和羽が皆の顔を見ていった。そして皆頷く。全員が同じ方向に向かって歩き出した。
歩嶺は一人立ち止まり、後ろの病院を振り向く。
「どうしたのー?」
振り返ると、そこには沢山の仲間がいた。たった一日の出来事だったけど、僕はきっと忘れない。
「おう、何でもない」
歩嶺は仲間に追いついて、皆んなで新しい一歩を踏み出した。 
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