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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百五十三話 第一次フェザーン侵攻作戦

帝国暦 487年10月27日   オーディン 宇宙艦隊司令部 テオドール・ルックナー


「こ、これは、本気ですか!」
シュムーデ提督が驚愕の声を上げる。慌てて彼の手にある書類を見る。書類にはこう書いてあった。

『第一次フェザーン侵攻作戦』

「第一次フェザーン侵攻作戦……」
俺は思わず表題を読んでしまった。その声にリンテレン、ルーディッゲが驚いたような表情を見せ、次に困惑した表情を見せた。

無理も無いだろう、俺も同じ気持ちなのだ。帝国内で内乱が生じているのにフェザーンに侵攻する? どう見ても無謀すぎる。第一、補給線の維持はどうなるのか? 地味で、華々しい戦闘は先ず無いというさっきの言葉はなんだったのか? なんとも腑に落ちない。

俺達の四個艦隊、四万隻でフェザーンに侵攻したとして、占領維持が可能だろうか。第一次という事は、第二次、つまり増援が有るという事か? しかし内乱の最中なのだ。何処から増援を出すというのだろう。

いや、それ以上に反乱軍の動きが心配だ。シャンタウ星域の会戦で大敗北を喫したとはいえ、フェザーンを占領されて黙って見ているだろうか? 最悪の場合、帝国は内乱とフェザーン回廊での反乱軍との戦闘という二正面作戦を余儀なくされるだろう。

シュムーデ提督は困惑した表情のまま、書類を捲る事も無く司令長官に視線を向けている。自然と俺やリンテレン、ルーディッゲも司令長官に視線を向けることになった。

視線を向けられた司令長官は穏やかに微笑んでいる。だがその口から出た言葉は穏やかさとは全く無縁だった。
「その書類を見てもらえば分かりますが、第一次フェザーン侵攻作戦のためにフェザーン方面軍を編制します。シュムーデ提督を総司令官、ルックナー提督を副司令官として四個艦隊、4万隻が動員兵力となります」

フェザーン方面軍! 俺が副司令官。大役だ、大役では有るのだが素直に喜べない。思わず司令長官に問いかけた。
「お待ちください、司令長官閣下。本当にフェザーンに攻め込むのですか?」

失礼な質問だったかもしれない。宇宙艦隊司令長官に対して本気か? と聞いたのだから。罵声が飛んでも可笑しくなかった。ローエングラム伯が司令長官だったら間違いなく叱責されていただろう。メルカッツ提督でも同じだ、目で叱責しただろう、口を慎めと。

しかしヴァレンシュタイン司令長官は全く気にした様子も無く
「ええ、本気です」
と答えた。俺の非礼に気付いていないのか、気付いていても気付いていない振りをしているのか。

困った。いっそ叱責してくれたほうが反論し易いのだ。こうもあっさり肯定されてしまうと後が続けられない。どうしたものかと考えていると司令長官の言葉が聞こえてきた。

「フェザーンに侵攻してもらいますが、フェザーンを占領する事は先ずありません」
フェザーンを占領する事は先ず無い、その言葉に俺達は顔を見合わせた。改めて司令長官の言葉が思い出される。少々微妙な任務、司令長官はそう言ってはいなかったか……。

「つまり、この侵攻作戦はフェザーンに対する恫喝、そう見てよろしいのでしょうか?」
恐る恐ると言った感じの口調で訊ねるリンテレン提督に司令長官はあっさりと認めた。
「その通りです、リンテレン提督」

司令長官とリンテレン提督の遣り取りにシュムーデ提督が頷いている。どうやら司令長官はフェザーンが自ら交易を止める事を防ぐため、ルビンスキーを恫喝しようとしているようだ。それなら単純に占領しろと言われるよりは納得がいく。しかし、幾つか疑問は有る。

「閣下のお考えは分かりました。先程の非礼、お許しください。しかし、幾つか疑問が有ります。先ずフェザーン回廊に侵攻した場合、反乱軍はどう出るでしょう、黙って見ているとも思えません。相手が兵を出せば帝国と反乱軍の間で戦争が起きます」

「小官もルックナー提督と同じ疑問を持っています。反乱軍にその考えが無くてもルビンスキーが何らかの見返りを提示して出兵を要請する可能性は有るでしょう。その場合反乱軍は安全保障の面だけではなく短期的な利益の面からも出兵を実行するのではないでしょうか」

俺の意見にシュムーデ提督が同調する。恫喝といってもこの場合きわめて反乱軍との戦争になり易いのだ。危険すぎるとしか思えない。そのあたりを目の前の司令長官はどう考えているのか? リンテレン、ルーディッゲもそれぞれの表情で同意を示している。

「フェザーンが反乱軍に出兵を要請することは先ず無いでしょうね。それに要請しても反乱軍が出兵する事はありません」
穏やかな表情で司令長官が俺たちの疑問を一蹴した。

どういうことだろう、司令長官の言葉は謎めいている。フェザーンが反乱軍に出兵を要請しない、要請しても反乱軍は出兵しない……。フェザーンと反乱軍の間はそれほどに悪化しているという事だろうか。しかし、一つ間違えばフェザーン回廊が帝国の手に落ちるのだ、手をこまねいて見ているという事があるのだろうか?

「フェザーンは中立、不可侵を標榜しています。中立、不可侵と言うのは自らが実行し周囲がそれを認め尊重して初めて成立するものです」
「……」

「帝国軍を退けるために反乱軍を引き入れるという事は自ら中立、不可侵を否定することになるでしょう。一時的には成功しても将来的に見ればマイナスです。フェザーンが戦場になることをフェザーン自身が認めたのですから」

つまり、その前にフェザーンが譲歩すると司令長官は見ているのだろうか。しかし少々見通しが甘くは無いだろうか。フェザーンが腹を括った場合、どの道いずれは帝国軍が攻めてくると覚悟した場合、フェザーンは反乱軍に援軍を求めるのではないだろうか?

帝国が内乱で増援を送れない、そう見た場合、反乱軍を引き入れ帝国軍と戦う。勝てば軍事的な損失はもとより、交易の遮断を継続する事で帝国内部に混乱を長引かせる事が出来るだろう。フェザーンにとってはむしろ千載一遇の機会と言えるのではないだろうか。

ルビンスキーがそう考えても可笑しくないほど帝国とフェザーンの関係は悪化しているように俺には思える。そのあたりを司令長官はどう考えているだろう。

「閣下、それを覚悟の上でフェザーンが反乱軍と結ぶ事は無いでしょうか?」
俺は司令長官に問いかけ、先程からの疑問を提示した。シュムーデ、リンテレン、ルーディッゲも時に頷き、声を上げ同意を示す。

ヴァレンシュタイン司令長官は俺の疑問に不機嫌そうな表情は全く見せなかった。むしろ何処か楽しそうな表情で俺を見ている。

「ルックナー提督の懸念はもっともです。もしそうなれば帝国もかなり苦しい立場に追いやられます。しかし今回はその可能性は先ず無いといって良いでしょう」
「……」

「帝国、反乱軍、フェザーン……。三者の内二者が手を結ぶ場合、常にフェザーンが誰かの手を握っているとは限りません」
「!」

さり気無い言葉だった。しかし内容は重大だ。思わず、シュムーデ、リンテレン、ルーディッゲと顔を見合す。彼らの表情も驚きに満ちている。
「閣下、閣下は既に反乱軍との間に何らかの協力体制を築いているのでしょうか?」

シュムーデ提督の小声での問いかけに司令長官は軽く頷いた。その様子に俺は改めてシュムーデ、リンテレン、ルーディッゲと顔を見合わせる。彼らに先程までの驚きは無い。どこか心配げな表情をしている。

「大丈夫なのですか、周りに知られたら問題になります」
「大丈夫ですよ、ルーディッゲ提督。この件は私の独断ではありません。帝国軍三長官の合意事項ですし、反乱軍との折衝はリヒテンラーデ侯が主体となってやっていることです」

応接室にほっとした空気が流れた。その空気の流れに乗るかのように司令長官の声が流れる。
「反乱軍との間では内乱終結後に互いに抱える捕虜を交換することで合意が出来ています。シャンタウ星域の敗戦で兵力不足に悩む反乱軍にとって捕虜を返してもらえるというのは何よりも有難いはずです」

捕虜交換か……。確かにその話が宇宙艦隊司令部の作戦会議で出たとは聞いている。もう反乱軍との間で合意が出来ていたのか。

「つまり捕虜交換までは反乱軍との間に協力体制が取れると?」
司令長官はシュムーデ提督の問いに頷きながら話しを続けた。
「内乱が発生した時点で、捕虜交換を発表します。この時点でフェザーンが不利を悟って交易の遮断を放棄してくれれば良いのですが……」

「放棄しなかった場合は?」
「反乱軍に状況を説明し遠征軍を派遣する事を伝えます。帝国はフェザーンの自治、中立を尊重する。但しルビンスキーの反帝国活動は認められない、ルビンスキーが反帝国活動を止めるのであれば軍事行動を止める、そう伝える事になります」

なるほど、ルビンスキーが反乱軍に軍事行動を要請しても逆に反乱軍から反帝国活動を止めろと説得されるのがオチか。妙な話だが捕虜交換を実現するためには帝国の内乱終結が必要なのだ。

反乱軍としては内乱が余りに早く終わっても国力回復の面からは嬉しくないが何時までも続くようでも困る、そんなところだろう。兵を育てるのは時間がかかる。捕虜を少しでも早く返してもらい軍の体制を整えたいという思いが強いはずだ。

そういう意味で言えば、混乱を助長させるようなフェザーンの行動は迷惑なだけだろう。ましてフェザーンに出兵する事になれば、兵を損じ捕虜も帰ってこない事になる。何の利益も無い。

「もし反乱軍が出兵した場合は、当然ですが捕虜交換は白紙に戻されます。そして反乱軍の指導者はルビンスキーに買収されて捕虜を見殺しにした。そう非難します。彼らは大混乱になるでしょうね」

にこやかに話す司令長官をみていると思わず苦笑が出た。優しそうな顔をしてなんとも辛辣な事を考え付くものだ。

「しかし反乱軍がフェザーンに出兵する可能性は皆無というわけではないでしょう。助けを求められた面子もありますし、フェザーン回廊を押さえられるのではないかという不安感もあるはずです。その場合、我々は反乱軍と戦っても良いのでしょうか?」

リンテレン提督の言葉に司令長官は首を振って否定した。
「いえ、遠征軍は一旦フェザーン回廊の外まで引いてください」
「軍を引くのですか」
幾分眉を寄せながらリンテレン提督が答える。

「リンテレン提督、戦線を増やすのは得策ではありません。フェザーン戦線は出来る限り外交戦でいきます。遠征軍はその外交を成功させるための武器なのです。戦うために使うのは最後の最後です」

司令長官の言葉にリンテレンは戸惑っている。見かねたのだろう、ルーディッゲ提督が代わって質問した。もっとも彼の顔にも多少の戸惑いがある

「閣下、外交戦で行きたいという御考えは分かりますが具体的にはどうされるのでしょう。我々が引けば反乱軍がフェザーンを押さえ、交易も遮断したままですが」


「反乱軍に申し入れを行ないます。反乱軍の手でルビンスキーの反帝国活動を止めるのであれば帝国としては反乱軍のフェザーン進駐を認め、捕虜交換も行なう。反帝国活動を止めないのであれば、帝国は反乱軍がルビンスキーに与したものと判断し実力を以って反乱軍、ルビンスキーを排除する」

「!」
応接室の空気が一瞬で緊張した。実力を以って排除する。つまり反乱軍と戦いこれを破る、そしてルビンスキーを排除するという事か。最後通告だな。

「なるほど、面子を立てたい、こちらを信頼できないというなら、自分たちでルビンスキーの反帝国活動を止めて見せろ、そういうことですか」
「ええ」
司令長官とシュムーデ提督の会話にルーディッゲ提督が苦笑した。たちまち笑いが伝染する。応接室の中は笑いに満ちた。

「閣下も随分と辛辣ですな、しかし反乱軍のフェザーン進駐を認めてしまってよろしいのですか」

「構いませんよ、ルックナー提督。今の反乱軍は帝国軍を相手にフェザーン、イゼルローンの両回廊を維持するだけの兵力はありません。いずれ各個撃破されるだけです」
「!」

「出来れば反乱軍にはフェザーンを占領して欲しいものです。反乱軍は経済的な苦境から脱するためにフェザーンから様々な形で財産を毟り取る筈です。帝国がフェザーンに再侵攻するときには解放軍として歓迎してくれるでしょう。楽しみですね」

そう言うと司令長官は軽やかに笑い声を上げた。全く司令長官の辛辣さには恐れ入る。馬鹿を見るのはルビンスキーと反乱軍か。司令長官に釣られたかのように俺達も笑う。

一頻り笑った後、司令長官が表情を改めた。
「十一月十五日を作戦開始日とし、遠征軍は訓練と称して作戦行動に入ります。内乱発生後は速やかにフェザーンへ向かってください」
「……」

司令長官の言葉に俺達は無言で頷く。どうやら司令長官は内乱は早ければ十一月下旬には始まるとみているようだ。

「それまでの間、この作戦は一切口外を禁じます。たとえ相手が犬、猫、草木であろうと話す事は許されません。現時点において宇宙艦隊でこの作戦について知っているのは、此処に居る人間だけです」
「他に知っている方は」

俺の問いに司令長官はエーレンベルク軍務尚書、シュタインホフ統帥本部総長、リヒテンラーデ侯の名を上げた。いやでも緊張で身が引き締まる。犬、猫、草木であろうと話すなというのは冗談ではない。これはその性格から言っても極秘作戦なのだ。

「帝国軍は三方面で軍事活動を行なう事になります。本隊は貴族との決戦、別働隊は辺境星域の平定、フェザーン方面は外交戦による交易の保証、その後は通商路の護衛です」
「……」

「フェザーン方面軍は、ルビンスキー、高等弁務官のレムシャイド伯、オーディン、場合によっては反乱軍とも連絡を取りつつ作戦を進めることになります」

「閣下、オーディンではどなたに連絡を取ればよろしいのでしょうか?」
「基本的には私とリヒテンラーデ侯になります」
「閣下がですか、しかし本隊の指揮は……」
「フェザーン方面が落ち着くまではメルカッツ提督にお願いする事になるでしょう。私が本隊に合流するのはその後になります」

シュムーデ提督と司令長官の会話を聞きながら第一次フェザーン侵攻作戦のことを考えた。ひどく簡単になりそうにも思えるし厄介な事になりそうな気もする。今更ながら司令長官の言ったように少々微妙な任務になりそうだ。


 
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