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もう一人の八神

作者:リリック
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新暦78年
  memory:21 目覚め

-side 悠莉-

とうとうこの日がやって来た。
予想していたとはいえ、この日が来てしまうとドキドキと鼓動が速くなる。
でも来てしまったものは仕方ない。
ここで私のためにもあの子のためにも頑張らないとね。

「そんじゃま、私たちのわがままを通すために行きますか」

そう意気込んで、重いドアノブに手をかけた。

-side end-

-side other-

それは数日前のことだった。
悠莉はスバル伝いにそれを知った。

≪ユーリ! 大変だよ!!≫

「スバルさん? 少し落ち着いて。一体何が大変なの?」

息を整えると歓喜を含んだ声とそれなりの音量でそれを話した。

≪イクスが…イクスが目覚めたんだよ! ついさっき、聖王教会から連絡があってイクスが目を覚ましたって!≫

「っ!? ……そうなんだ。ヴィヴィオには?」

≪もう伝えてる。ヴィヴィオ、聖王教会に向かってるみたい≫

「そうですか」

スバルは少し驚いていたとはいえ、あまりにもあっさりしている悠莉に対して疑問を抱いた。
しかし、直接言葉を交わしたのは自分とヴィヴィオだけ、もしかしたらイクスヴェリアには何の興味も感心もないのでは? と考えが占めてしまった。

≪ユーリ…あまり、驚かないんだね≫

声音からそんな想いを感じ取った悠莉だったが、そのまま続けた。

「いや、結構驚いてるよ。ただ、スバルさん見たり、ヴィヴィオの反応を思い浮かべると逆に落ち着いちゃって……。ま、こんなのでもスバルさんが思ってる以上に喜んでいて、嬉しくて仕方ないんだから」

それを聞いて安心したスバル。

「とは言っても今すぐにってわけにはいかないから、都合がついたら私も行くから」

そう伝えて「じゃあね」と切った。



イクスヴェリアが目覚めて約半日が経った。
蒼が広がっていた空も気付けば橙を通り過ぎ、星が浮き出る夜色へと変わっていた。

イクスヴェリアは話し疲れて眠ってしまったヴィヴィオの頭を撫でていた。
コツ、コツと静かな廊下から足音が聞こえてくる。
それは次第に大きくなり、部屋の前で足音が止む。
足音はドアをノックする音へと変わった。

「どうぞ」

「やあ、元気そうだね」

「はい、おかげさまでこの通りです」

入ってきた人物は自分を奇跡という魔法で永久の眠りから目覚めさせてくれた少年、悠莉だった。
その彼は先ほどから眠っているヴィヴィオに気付いた。

「あれ? ヴィヴィオ寝ちゃってるんだ。重くない?」

「そんなことありませんよ。できればこのまま寝かせてあげてください」

「ん、りょーかい。それはそうと……」

「?」

「こんな時間帯だけど、おはようイクス」

「クスッ…はい、おはようございます悠莉」

どちらからというわけでもなく、笑いあった。

「イクス、改めて聞くけど調子はどう? 頭痛や目眩がするとか、どこか違和感があるとか」

「大丈夫です、今まで目覚めた中で一番気持ちいいのです」

「それは良かった」

と、悠莉は奇跡と能力の消滅が上手くいってるとわかり、ホッとした。

「ところで…教会の人たちは目覚めについて何か聞いてきた?」

「いえ、今のところはまだですが? ……大丈夫ですよ、約束も…悠莉と交わした言葉も全部覚えてますから心配しないでください」

そう悠莉の手を取るイクスヴェリア。
その表情は恥ずかしさを隠すように嬉しげな笑顔だった。

「そっか。あっ、イクスはこれからどうしたい?」

「これから、ですか?」

「そう、これから。今のイクスはマリアージュを生成することのないただの女の子。とはいえ冥王だったことには変わりない。そうなれば管理局や聖王教会の人間が保護だの何だの言ってくるだろうから。いろいろ言われる前にイクスの口から聞きたいなと思ってね」

「それは……」

顔を俯かせるイクスヴェリア。
時折、チラチラと悠莉の顔を見て目が合えば、また俯く。

「あー…もしかして、言いにくいことだった? だったら無理しなくていいから」

「い、いえ! そういうことではなくて……えっと、ですからその……怒りませんか?」

よくわからないといった表情で首をかしげる悠莉。
イクスヴェリアは頻りに悠莉の様子を伺いながらも口を開いた。

「もし迷惑でなければずっと一緒にいてもいいでしょうか?」

「それって……告白?」

ボフッ!?
そんな音が聞こえるかのようにイクスヴェリアの顔が一気に上気した。

「こ、告白ではありません! ……ただ、今まで王という孤高な立場にありましたから……」

―――だからもう…独りは嫌です。

「……なるほど。でもそれなら私じゃなくてもスバルさんやヴィヴィオがいるでしょ?」

「……悠莉もスバルもヴィヴィオも友達で、いつでも会えるとわかってます。でも私は悠莉と離れたくないです」

訪れる静寂。
イクスヴェリアの顔はやはり赤い。
今回は自分がそうなっていることに気付いてないようだ。
しかしそれは恋する乙女というより、もっと別の物だと悠莉は思った。

「(うん、でもやっぱり告白にしか聞こえないよな。だけど言わないことが優しさだろうし)じゃあさ、私の家族にならない?」

「えっ? ……家族、ですか?」

「そ、家族。私以外全員真正古代ベルカだからイクスにとってはいい環境なんじゃって思うんだ。……とはいっても決めるのはイクスだし、姉さんたち聞かずに独断っていうわけにはいかないけどね」

「そう、ですね。しかし、この時代にまだ真正古代ベルカが残っていたのですね」

「ま、姉さんこと八神はやては今代の夜天の書の所持者だしね」

イクスヴェリアはなるほどと納得する。

「ま、家族になるとするなら、さっき言ったように私以外全員真正古代ベルカだから、教会の方はそれほど言ってこないはず。他がダメだって言ってくるのなら強引な手を使ってでも合意させるさ」

涼しい顔でとんでもないことを言った悠莉に唖然とするイクスヴェリア。

「本当ならそんな手を使わずに済めばいいんだけど、もしもの時を想定してなきゃいけないしね。まあ、すんなりと私たちの意見が通れば平和なんだけどね」

「そう、ですね。ところで強引な手、というのは……?」

「暗示やらマインドコントロールの類だよ」

「でも、可能なんですか? 相手はそういったものへの対策などしてるのでは?」

「確かにね。この世界のものに対してならあるかもね。でも、その対策ができないこの世界とは全く異なる未知の手法・術式を用いた強力なものだったら?」

「それは……」

「普通は無理だろうさ、偶然が重ならない限りはね。(それにそれらを使ってもダメで、どうしようもない時には私の中にあるもう一つの力と奇跡の行使を使えば、まだチャンスを作れるしね)」

そう言って、悠莉はイクスを見たのだが、イクスは俯いていた。
その顔は何処か不安そうなものだった。

「……もしかして心配?」

「は…はい。悠莉なら、と思うのですがどうしても」

「そっか。でも大丈夫」

「あっ……」

イクスヴェリアは悠莉の腕の中に包まれた。
心配させないようにと頑張って取り繕うとしたが簡単に見破られた。
不安に押しつぶされそうになる中、悠莉に包まれたことで未だ続いていた震えがなくなり、次第に落ち着いてきた。

「……やっぱり、悠莉は温かいですね。あのときも…初めて出会ったときもこうやって抱きしめてくれました」

「確かにね。でもあの時はイクスが勝手に勘違いして泣きそうになったからだろ」

「あ、あんな言い回しをされたら誰だって勘違いします!」

「あはは、ごめんごめん」

「んっ…んんー……いくす? …ゆーり?」

少し騒がしくなったためか、今まで寝ていたヴィヴィオが目を覚ました。

「(……ヴィヴィオがいたことすっかり忘れてた)やあ、お目覚めかな、聖王陛下?」

「むぅ…陛下って呼ばないでよぅ…………って、ユーリ! なんでユーリがここにいるの!?」

「まずはおはよう」

「あ、うん、おはよう……って、質問に答えてよ!」

「私がイクスの友達だから。お昼頃、スバルさん伝いにイクスが目覚めたって聞いたんだけど、用事があったからすぐには行けなかったんだ。だからこの時間帯に来たんだよ」

「そうなんだ……あれ? ユーリってイクスと話したことあったんだ」

「あったよ。ね、イクス」

「ですね」

「?」

ヴィヴィオが不思議そうな顔で二人を見ているとイクスヴェリアが思い出したかのように声を上げた。

「言い忘れてましたが悠莉はもうお友達ではありませんよ。悠莉は私の兄様、ですから」

「……ふぇ?」

「兄様って…それ決定事項? とういかそれがさっきの答え?」

「はい。このことが現実になるかはわかりませんけど、家族になりたい、これが私の望みです」

「そかそか。でも別に友達で家族でもいいと思うよ。とにかくイクスもそう望むのなら私もいろいろと頑張らないとね。あっちの方は何とかなるから、まずは姉さんたちに説明しないと」

「はい、お願いしますね。それよりも、ヴィヴィオ大丈夫ですか?」

未だに固まっていたヴィヴィオに声をかけるイクスヴェリア。
その声で現実に引き戻されたヴィヴィオはびっくりしながらも先ほどの言葉について聞いてみた。

「ハッ!? う、うん、大丈夫だよイクス。ねぇイクス、さっきユーリのこと兄様って……」

「ヴィヴィオが寝ている間に私のこれからについて話してたのです。管理局や聖王教会の施設にお世話になるかどうかと。それで悠莉と話している間にできることなら悠莉の家族としていたいと思ったのです」

「ほら、八神家は私を除く全員古代ベルカに通ずるでしょ? だからイクスにとっていいんじゃないかなって」

「な、なるほど」

「それにこれならヴィヴィオともいつでも会えるだろうしいい考えだとは思わない?」

ヴィヴィオは顔をパッと輝かせ、嬉しそうにイクスの手を握った。

「じゃあいつでもこうやって触れ合ったりお話しできるんだね!」

「そうですね。私、うれしいですよヴィヴィオ」

「私もだよイクス!」

和気藹々と微笑みあう二人。
それを見て悠莉も頬を緩めながら、心の中で自分とイクスヴェリアの願いを叶えるんだと気持ちを引き締めた。

-side end- 
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