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もう一人の八神

作者:リリック
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新暦78年
  memory:18 起こるは奇跡

-side 悠莉-

「しかし何でここに連れてこられたの?」

「学校終わってすぐにごめんね」

「いや、別にそれはいいんだけど……理由聞いてもいい?」

「実はね……」

現在いるのは聖王教会本部。
偶々こっちに仕事で来ていたスバルさんに連れられてやって来た。

「確かイクスって前に言ってたスバルさんの友達だったよね?」

イクスことイクスヴェリア。
数ヶ月に起こったマリアージュ事件の際に目覚めた通称、冥王と呼ばれる古代ベルカ・ガレアの王。
事件の過程でスバルさんと出会い保護され、対話によって考えを改め友人となった。
しかし、現在の技術では治療不可能な機能不全のため、いつ覚めるとも分からない穏やかな眠りについた少女。

「うん、そうだよ。悠莉のこと、ちゃんと紹介したかったからさ」

「そっか…だから私を」

「迷惑、だったかな?」

そんなことはないと首を横に振る。
スバルさんはホッとしたようで笑顔になった。

「それにしても冥王か。聖王もいるし私の周りの人たちってなんだかすごいよね」

「もう、そんなこと言わないの。ヴィヴィオが怒っちゃうよ」

「あははは、そだね。陛下って言っても頬を膨らませて怒るもんね」

呆れ顔のスバルさん。
だけど、と続ける。

「普通の女の子ってわかってるし、それ以前に私の大切な友達だよ? たかがそんなことで手を離すわけないじゃん」

ニシシと笑いながら言うと呆気にとられたスバルさんだったけど同じように笑ってガシガシ頭を撫でてきた。

「ちょっ!? スバルさん!?」

「あははー♪ 気にしない気にしない。さ、早くイクスに会いに行こ♪」

スバルさんに手を引かれ、聖王教会の一室で眠るイクスヴェリアのところへと向かった。



―――コンコン

「こんにちわ、イクス」

ドアを開け、スバルさんがイクスヴェリアに近寄る。
その後についていく。

「イクスお久しぶりです。元気にしてましたか?」

スバルさんはイクスヴェリアに手を握りながらゆっくり話し始めた。
友人のこと、仕事のこと、楽しかったこと、最近のこと、自分の身の回りのことを。
スバルさんは終始笑顔で楽しそうに話している。

それにしても何でスバルさん敬語なんだろ?
あれかな、王が醸し出す覇気的なやつのせいだから?

「それでですね、今日は前に言ってた私のお友達を連れてきましたよ」

そう言ってスバルさんは腰を上げた。

「ほら、ユーリ」

「え…あ、うん」

スバルさんに促されイクスヴェリアの近くに座る。

「手を握りながら話してあげて」

優しい表情のスバルさん。促されるがまま手を握ろうとした。

―――ピシッ

っ……なに今の?
だけどこの感覚、もしかして私のアレがなにかに反応して発動した?

「ユーリ? どうかした?」

「……ううん、なんでもない」

……今は置いておくか。

「はじめまして、私は八神悠莉です。……う~ん、急だったからなに言えばいいかわからないけど」

スバルさんってばそんなにバツの悪そうな顔しなくても……

「ま、自分自身のこととかでいかな? 実は私、四年前に並行世界からこの世界に迷い混んだ次元漂流者なんだよ。……―――」

姉さんやスバルさん、機動六課の人たちとの出会いのことを話した。

それから話が一段落つくと、なにか飲み物を買ってくるねと言い残して部屋を出て行ってしまった。

…………うん、この部屋の周囲には誰もいないな。

「イクスヴェリア、本当は目覚めてるんでしょ?」

「………いつから気づいてたのですか」

「うん、やっぱりだ」

現在の技術ではどうしようもなく、いつ目覚めるかもわからなないはずの少女が見つめ返してきた。

「結構あとの方だよ。だからある程度話をまとめて一区切りつけたんだよ」

「そうだったのですか…でもどうして私は……」

「あー…そのことなんだけどね」

やっぱりアレのせいなんだろうなぁ、きっと。
こっちに来てからは一度もなかったのにまさかこのタイミングに起こるなんて予想外過ぎるよ、まったく。

「実は私は生い立ちにいろいろあって、少し特殊な力があるんだ」

「力、ですか?」

「私の父さんと母さんがそれぞれ響界種(アロザイド)、簡単に言えば妖精と人間のハーフだったんだよ」

「アロ、ザイドですか?」

やっぱりこの世界には存在しない言葉だからわからないか、元の世界でも馴染みのない言葉だったからほんの一部にしか知られていなかったしね。

響界種(アロザイド)ってのは人と人でない者の間に生まれ落ちた者たちの総称。話を戻すけど、力ってのは妖精であるおばあちゃんから引き継がれたもの、『奇跡を起こす程度の能力』」

「奇跡を起こす力……」

「両親が妖精の響界種同士だったからリャーナの力も発揮しあちゃって、未だに私に受け継がれた力自体が不安定で曖昧なものだからね~。私自身未だ完全には制御できないんだよ」

「あの…よろしいですか?」

なんだろう?

「リャーナとはいったいなんでしょうか。それに奇跡というのはどのくらいの規模のものなのですか?」

リャーナと奇跡の規模か、奇跡の規模はいろいろあるからなぁ……

「リャーナっていうのは妖精に愛されし者の別名。妖精に愛された人はその人が持つ才能や力を開花、上昇させるんだ。だから両親は互いにリャーナとなって半妖精とはいえ強力な力が私の中にあるんだ」

「じゃあ、規模の方は……」

「様々だよ。なくしたものを見つける。甘いものをすっぱくする。海を割る。星を光らせる。……他愛もないことから実現不可能なこと。簡単に言えば、奇跡という一言で片付けられるものが私の能力の規模だね。もう一つ具体例を出すと……治療不可能なものを治す、とかもね」

「っ!? じゃあ私は……!」

「どうだろうね」

「え……?」

期待に満ちた声を上げて身を乗り出そうとしたけど、私の一言で固まった。
あー…期待させて絶望させたっぽいけど話は最後まで聞いてもらいますか。

「はっきり言うけどイクスヴェリアはまた眠りにつくことになるよ」

「で、でもっ! あなたは奇跡を起こせると!」

「完全には使いこなせないとも言ったよ」

イクスヴェリアは乗り出した身体を戻すと顔をうつむかせた。
はぁ…人の話を最後まで聞いてないのに勝手に絶望しないでほしいよ。

「はぁ…話は最後まで聞いて。誰も奇跡を起こせないだとかまたいつ目覚めるもわからないほどの永い眠りにつくとは言ってないでしょうに」

「……ぇ?」

今にも泣きそうだしそうに瞳に涙をためるイクスヴェリアはもう一度私を見上げる。

「眠るといっても数十日ぐらいで、それの周期は徐々になくなっていく。そしたらスバルさんやヴィヴィオたちとたくさん話したり遊んだりできるだろうさ」

イクスヴェリアは目を見開いて驚いていている。

「私がイクスヴェリアの手を握ったとき、イクスヴェリアとスバルさんの願いに反応して確実に奇跡は起きた。だけどその奇跡は瞬間的に完治させるほどの力はないんだけど、ゆっくりとイクスヴェリアの身体に奇跡を起こそうとしている。まあ、簡単に言えば今日のことは奇跡が起こる予兆(きっかけ)っぽいものだったんだ」

「じ、じゃあ私は……」

「すぐにっていう訳にはいかないけど、スバルさんたちと一緒にいれるよ。マリアージュの生産能力は別の方法で消せるだろうし」

「うぅ……うれ、しいです。…またスバルやヴィヴィオとお話が…できるなんて……ぐずっ……」

イクスヴェリアの頭を抱きかかえてゆっくりと撫でる。
少し驚きながらもそれを受け入れて腕の中で涙を流した。

-side end-

-side イクスヴェリア-

「ごめんね、あんな遠まわしの言い方で」

「いえ、私も最後まで話を聞きませんでしたし、気にしないでください」

あれから私が泣き止むまで撫で続けてくれた悠莉と話していた。
こんなに泣くなんて思いもよりませんでした。
それにしても悠莉の手、その…暖かかったです……。

「イクス?」

「ひゃい!? な、なんですか?」

「なにか考え事してたみたいだったからさ」

「え、えっと……」

ゆ、悠莉にまた撫でてほしいと思ってたなんて恥ずかしくて言えません!
なにか他の話題を……そうです!

「マリアージュの能力を消滅させることができると言ってましたがそれっていったい……」

「企業秘密ってことで。それをやれば次に目が覚めるころにはマリアージュとは無縁になってしまう一方で、イクスはただの女の子になっちゃうんだけどね」

「構いません。……もう、悲劇は、起こしたくありませんから……」

「ん、りょーかい」

「あ、あと……」

今更ながらとはいえ、どうしてこの事に気付かなかったのでしょう。

「どうして私が目覚めたにも関わらず、誰もこの部屋に来ないんでしょうか?」

「んーとね、聖王教会全体に認識障害の魔法やらなんやらを使ってこの部屋のことの情報を漏らさないようにしてるからね」

「どうしてそこまで……」

「私の力を知られないためだよ。この力を手にいれようとする私欲にまみれた醜い人間たちをこの眼で見てきたから……」

「それは……」

悠莉が言っていることはわかる気がします。
己の欲を満たすためなら他者を騙し欺き殺す者。
最悪、戦争を起こす者。

「そういうことだから他言無用だよ」

「わかりました」

「うん、これで暗い話は終わり!」

悠莉は真面目な表情を崩した。

「ふわぁ……」

「イクス? ……もしかして」

「はい…少し眠く、なってきました……」

ああ、もう少し悠莉とお話、したかったです。
そんな私の気持ちを読んだかのように頭を撫でてきた。

「大丈夫、今度目が覚めた時にスバルさんとヴィヴィオと一緒にたくさん話そうか」

「そう、ですね……」

やっぱり悠莉の手、温かいです。
あの時は悠莉ではなくスバルでしたが、こうやって撫でてもらいましたね。
瞼がゆっくりと重たくなっていく中、また会いましょうという意味を込めて、

「悠莉、おやすみなさい」

「うん、おやすみイクス」

悠莉の柔らかい表情に見守られながら再び眠りについた。

-side end-

-side 悠莉-

イクスが眠った後、音を出さないように息をはいた。

「つ、疲れた……」

さすがに複数同時の奇跡の行使は辛すぎる。

「イクスの治療に人避け…こりゃ本当に力のオンオフができるくらいにならないとヤバイかも。でもまあ……」

イクスに奇跡が起こったんだ、これはこれでよしだよね?

「魔法も解いたし、スバルさんが来るまでの少しの時間だけでも寝かせてもらってもいい、よね…? ………すぅ……」

-side end- 
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