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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百四十六話 ギルベルト・ファルマー

帝国暦 487年10月17日   オーディン 宇宙艦隊司令部  マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ



「それで、今日は一体何を?」
「元帥にお願いがありますの」
「……」
「私も此処で元帥の御仕事をお手伝いしたいと思いまして」

私の言葉にヴァレンシュタイン元帥は驚いた様子を見せなかった。ヒルダが既に此処で働いているのだ、私が来る事も想定していたかもしれない。応接室には、私と元帥の他にリューネブルク中将、フィッツシモンズ中佐の二人が同席している。

フィッツシモンズ中佐は面識があるが、リューネブルク中将は初対面だ。同盟からの亡命者だと聞いているが、長身、青灰色の瞳が印象的な端正な容貌をしている。

「私は構いませんが、宜しいのですか? マリーンドルフ伯とともにリヒテンラーデ侯を助けるという選択肢もあると思いますが」
ヴァレンシュタイン元帥が微かに気遣うような口調で話しかけてくる。勅令の発布後、マリーンドルフ伯はリヒテンラーデ侯に協力を申し出、侯を助けている。親子で政府側に立つ事を表明したのだ。

元帥が何を心配しているか、私にも分からないではない。私はラインハルトと親しくしている。自分の元に来ればラインハルトとの関係が気まずくなるのではないか、それならリヒテンラーデ侯の下に行ったほうが良いのではないか、そう考えているのだろう。

私もその事は考えた。考えた上で此処に来た。今後内乱が終結すれば軍の地位、改革派の官僚達の地位はこれまでに無く上昇するに違いない。これまで勢威を振るった貴族達がいなくなるのだ、彼らが貴族達に替わってこれからの帝国を動かす力となる。

オイゲン・リヒター、カール・ブラッケ、二人ともフォンの称号を持つ貴族だったが、その称号を捨てて改革を目指している。改革派にとっては平民である元帥こそがリーダーなのだ。そして軍人たちにとっては言うまでも無い。

私は旧勢力の一員である貴族出身だ。ラインハルトもローエングラム伯爵家を継ぎ、旧勢力の一員となっている。本人はそのあたりの認識が薄いようだが、危険なのだ。私がラインハルトの下に行けば旧勢力が集まっている、そう取られかねない。

「ローエングラム伯には既に話してあります」
「それで伯はなんと」
「特にはなにも」
「……そうですか」

ヴァレンシュタイン元帥は少し小首をかしげ考えている。そんな元帥をリューネブルク中将が面白そうな表情で見つめ、フィッツシモンズ中佐は中将を感心しないといった眼で見ている。

ラインハルトはおそらく私の行動を好奇心からの行動だと思っただろう。そう思うように誘導したのは事実だ、ヒルダが元帥の下にいたのは幸いだった。彼女とともに仕事をしてみたいと言ったのだから……。

「御迷惑でしょうか」
「そんな事はありません。分かりました、心から歓迎します」
ヴァレンシュタイン元帥は穏やかに微笑むと右手を出してきた。私も右手を出し握手する。柔らかく、温かい右手だった。


帝国暦 487年10月17日   オーディン ブラウンシュバイク公邸 アントン・フェルナー



勅令による改革か、嫌な所を突いてくる。どうやら暴発を避ける事は出来ないかもしれない。だとすれば……。
「フェルナー閣下、FTL(超光速通信)が入っています」

いつの間にかブラウンシュバイク公爵家の使用人が傍にいた。近づくのも気付かないほど考え込んでいたらしい。俺は使用人の言葉に頷くと公爵家にある自室に戻りFTLを受信した。

「久しいな、フェルナー」
「フレーゲル男爵……」
「その名は止せ、今はフェザーン商人、ギルベルト・ファルマーだ」

ギルベルト・ファルマーは薄く笑いを浮かべながら私をたしなめた。かつてフレーゲル男爵と名乗った頃とはまるで印象が違う。髪形を七三で分けている事もあるが、以前有った表情の険しさが消え、落ち着いた雰囲気がスクリーンからでも感じられる。

「もっと早く連絡が有ると思っていましたよ、ヘル・ファルマー」
「色々と調べる事があってな、遅くなった。伯父上、いや、ブラウンシュバイク公は如何かな」
こちらの嫌味に動じる事も無く、ギルベルト・ファルマーは公爵の様子を尋ねた。

「お客様のお相手をしておいでです」
「まあ、そうだろうな、で、相手は?」
「ヒルデスハイム伯、ホージンガー男爵です。他にも入れ替わり立ち代り公爵閣下の元にお客様がお出でです」

「ヒルデスハイム伯、ホージンガー男爵か……ブラウンシュバイク公も大変だな、あしらうのが」
前半は何処か懐旧の色がある声だった。だがその後の声には苦い響きがある。こちらがどういう状態なのか、想像がついたのだろう。

「確かに梃子摺っておいでです。ところで今回の勅令、フェザーンではどのように取られていますか? それを調べていたのでしょう、ヘル・ファルマー」

ギルベルト・ファルマーは面白くもなさそうに鼻を鳴らすと話し始めた。
「大体において好意的に取られている。貴族というものは傲慢で鼻持ちならないと考えているからな。だがそれだけではなく、経済面でも改革に期待している人間が多いようだ」

「……期待というと」
「まず、間接税の引き下げだな。税が引き下げられれば当然だが購買意欲がわく、次に内乱によって貴族が滅びれば、帝国が一つの経済圏になる。経済効率も上がり、その波及効果はかなりのものだろうと皆考えている」
「なるほど……」

銀河帝国は君主制専制国家だが、その内部は貴族達による地方王国の連合体といった趣もある。大貴族ともなれば星系を有し、自治権を有している。関税までも自由に設定できるのだ。王国といって良いだろう。

当然だが商人たちにとっては不要な、あるいは不当な関税をかけられる地方王国の存在は有難くない。また気まぐれな貴族の影響がモロに出る地方王国と帝国の直轄領とどちらが商売をしやすいか、考えるまでも無いだろう。帝国が真に統一されれば確かに経済効果は大きいに違いない。

「改革に反対しているのはごく僅かだ。それも貴族との間に腐れ縁ともいうべき関係を結んでいる連中だな。貴族が滅びれば自分も滅びる……。貴族を心配してのことではない、自分が心配なだけだ」
何処か冷笑するかのような口調だった。

「フェザーンは当てには出来ない、そういうことですね」
「フェザーンの商人に関してはそうだ、だがルビンスキーがどう考えるかは分からんな」
「……」

俺の沈黙をフェザーンをどう利用しようか、それを考えていると受け取ったのだろう、ギルベルト・ファルマーは心配そうな声で話しかけてきた。

「フェルナー、フェザーンに関しては余り期待しないほうが良いだろう」
「ルビンスキーが信用できない事は分かっていますが」
「そうではない。ここ最近、反ルビンスキー派というべき存在が力をつけてきている」

「反ルビンスキー派? まさか!」
俺の言葉に頷くとギルベルト・ファルマーは答えた。
「一年前には考えられなかったことだがな。彼らの後ろに帝国がついている可能性が有る。レムシャイド伯が接触しているようだ」

「まさか、エーリッヒはフェザーンでクーデターを起そうとしていると?」
思わず、声に震えが走った。

貴族だけではない、エーリッヒはフェザーンも一緒に片付けようとしているのだろうか? 片付けられなくとも混乱させればルビンスキーは帝国に積極的な介入は出来なくなるだろう。狙いはそちらか……。

打つ手が早い、それに抜け目が無い。感歎とともに悔しさが心を占める。負けられない! 胸の中でふつふつと何かが湧き上がってきた。思わず拳を握り締める。

「分からんな。だがレムシャイド伯が単独で動いているとは思えん。それに帝国にとってルビンスキーの力が弱まるのは悪いことではない、そうではないかな?」

確かにそうだ。それにしても……。
「惜しいですな、今、貴方が公の傍にいれば、どれだけ公の力になることか……」

俺の言葉にギルベルト・ファルマーは首を振って軽く笑った。
「今の私ならな、以前の私なら伯父上の頭痛の種だろう。ヒルデスハイム伯のように」

確かにそうだ。思わずこちらも苦笑が漏れた。そんな俺を見ながら彼が言葉を紡ぐ。

「フレーゲル男爵は死んだ。あの時私は全てを失ったと思った。だがそうではなかったのかもしれない。あれはフレーゲル男爵という爵位に振り回された私だった……」

爵位か……。貴族としての誇り、名誉、特権、それらが貴族達を蝕んでいるのかもしれない。帝国初期には貴族にも人の上に立つに相応しい人物がいたのだろう。いやそういう人間だけが貴族に選ばれたのかもしれない。

だが五百年の間に能力有るものは減少し、貴族としての誇り、名誉、特権だけが残った。真に能力のあるものから見れば意味の無い傲慢さにしか見えないだろう。

もとフレーゲル男爵だった人物の言葉が続く。
「今の私はギルベルト・ファルマーとして自分の力で得たものだ。だが、それを得るには一度死なねばならなかった。その意味では私はヴァレンシュタインには感謝している」

「……」
「あのままでは私は愚かな門閥貴族として生き、死んだだろう。それこそが貴族としての一生だと思い、疑問を持つ事も無く生を終えたに違いない。特権というものは人を腐らせるものだな。つくづくそう思う」

特権というものは人を腐らせる……。その言葉を今一番重く感じているのはブラウンシュバイク公だろう。
「フェルナー、伯父上はブラウンシュバイク公としての誇りを捨てる事は出来んか」

スクリーンに映るギルベルト・ファルマーは何処か哀しそうな表情だった。
「難しいことであるのは分かっている。だがこのままでは伯父上には破滅が待っているぞ」

「仰る事は分かります。しかし、もしブラウンシュバイク公が政府に恭順すれば、貴族達は公を暗殺し、エリザベート様を旗頭として仰ぎ反乱を起すでしょう。公はそれを恐れています」

「エリザベートか」
「はい、エリザベート様です」
公がもっとも恐れているのがそれだ。エリザベートは皇帝の孫でもある。何処かの馬鹿者が新王朝成立などと考えかねない。

「厄介な事だな……。いっそエリザベートと伯母上を陛下にお返ししてはどうだ」
「? 返すとはどういうことでしょう?」

俺の腑に落ちない顔が可笑しかったのだろう。ギルベルト・ファルマーは笑いながら答えた。
「そのままの意味だ。陛下にお返ししてはどうかと言っている」

「……」
「まだ分からないか? 陛下の下にお返しすれば、伯父上を殺しても旗頭に担ぎ上げる人物がいないだろう。伯父上の身は安全だ。政府に恭順するかどうかはともかく時間は稼げる」

なるほど、確かにそうだ。これまでフロイラインをゴールデンバウム王朝の皇位継承者としてばかり見ていた。万一の場合の切り札だと。そのため返すなどという事には気付かなかった。どうやら俺も特権に毒されていたらしい。

「しかし、なんと言ってお返しします? それなりの理由が要りますが」
「そうだな、陛下を説得させるというのはどうだ、悪くないと思うが?」
俺は思わず笑い出してしまった。確かにそれなら誰も反対できない。

「惜しいですな、本当に惜しい。今の貴方なら……」
「止せ、フェルナー」
何処か怒ったような表情だった。

俺は笑うのを止めた、もしかすると彼自身、ブラウンシュバイク公の傍に自分がいたらと思っているのかもしれない。公の一番大変な時に傍にいられない、彼の心の内はいかばかりだろう。

「リッテンハイム侯にも相談しましょう。必ず同意するはずです」
「うむ。頼むぞ、フェルナー」
「はっ」

スクリーンからギルベルト・ファルマーの姿が消えた。さてと、忙しくなるな。ブラウンシュバイク公の説得はともかくとして、アマーリエ様とエリザベート様の説得が要る。それが出来ればリッテンハイム侯爵家のクリスティーヌ様、サビーネ様の説得も容易いはずだ。抱えている悩みはブラウンシュバイク公爵家もリッテンハイム侯爵家も同じだからな。

早速、公を説得するか、この案がフレーゲル男爵から出たと知ったら公はどんな顔をするか、まずはそれを見るのが楽しみだな……。




 
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