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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百四十五話 勅令の波紋

宇宙暦796年10月15日  ハイネセン 最高評議会ビル  ジョアン・レベロ


銀河帝国皇帝フリードリヒ四世は新たなる決意を持って帝国臣民に告げる。

帝国は今、未曾有の改革を為さんとし、予自ら臣民に先んじ、大神オーディンに誓い大いに帝国の国是を定め帝国臣民の繁栄の道を求めんとす。帝国臣民は予と共に心を一つにし帝国千年の繁栄のために努力すべし。

一、 広く会議を興し、万機宜しく公議輿論に決すべし。
二、 上下心を一にして、さかんに国家の経綸を行うべし。
三、 庶民志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す。
四、 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
五、 智識を広く求め、大いに帝国を振起すべし。

予、フリードリヒ四世は此処に五つの誓文を掲げ帝国の新たな指標と為し臣民とともに歩まん、臣民とともに歩まん……。


最高評議会議長の執務室で私とホアン・ルイ、トリューニヒトの三人はスクリーンに映るフリードリヒ四世を見ていた。

「トリューニヒト、もう一度巻き戻してくれないか」
「ああ」
トリューニヒトに頼むと彼は一瞬こちらを見てリモコンを操作した。フリードリヒ四世がまた宣言を始める。

帝国の高等弁務官、レムシャイド伯の言葉は間違っていなかった。十月十五日、帝国では改革の実施が宣言された。今見ているフリードリヒ四世による改革の精神の布告の後、国務尚書リヒテンラーデ侯により改革案が発表された。

それによれば、帝国は貴族に課税をする一方で間接税の引き下げを実施する。また農奴を廃止し、刑法、民法を改正するようだ。ただし、改革の実施は四月以降になる。半年間の間に貴族達は改革に備えよ、そういうことだろう。

「随分熱心に見ているな、レベロ」
「うむ、ホアン、気になることが二つある」
「気になること?」

「フリードリヒ四世だが病気がちと聞いていたのだが、これを見る限りそんな感じはない、どういうことかな」
「なるほど、確かにそうだ。むしろ生気に溢れていると言って良いな」

私とホアンの会話を聞いていたトリューニヒトが呟くような口調で言葉を出した。
「影武者という事は考えられんか」

影武者、その言葉に私達三人は顔を見合わせる。
「つまり、本物は既に死んでいる、あるいは重病で人前に出られる状態ではない、そういうことか」
「だとすると、何故今影武者を使ってまで改革を行う必要があるのかな」

私とホアンの言葉にトリューニヒトは考え込みながら口を開いた。
「後継者争いという色を消したいのかもしれん。政治改革を前面に出す事で平民の支持を得ようとしている、そんなところかな」

トリューニヒトの言葉に私とホアンは顔を見合わせた。有り得ない話ではない。もしトリューニヒトの推測が当たっているとすれば、内乱終結後、フリードリヒ四世崩御の訃報が届くかもしれない。その後に続くのはエルウィン・ヨーゼフの即位とリヒテンラーデ侯とヴァレンシュタイン元帥の戦いだろう。

フリードリヒ四世の宣言が終わった。私はもう一度トリューニヒトにまき戻すように頼み、またフリードリヒ四世の宣言を見始める。
「随分熱心だな、レベロ、ところでもう一つとは?」

ホアンが冷やかしてきたが気にしている余裕は無かった。
「広く会議を興し、万機宜しく公議輿論に決すべしか……、これは議会政治を取り入れる、そういう事なのかな……」
少々心許ない口調になった。躊躇いがちにトリューニヒトとホアンを見ると二人とも私を見ていた。

「君もそう見たか」
「……」
トリューニヒトが答えホアンは難しい顔をして考え込んでいる。二人とも驚いた様子はない、同じことを考えていたのだろうか?

「当たり前の事だが、誰が帝国の実権を握るかを見極める必要があるだろうな。それによっては帝国との和平が実現するかもしれない」
トリューニヒトがフリードリヒ四世を見ながら呟くように言葉を出した。



帝国暦 487年10月15日   フェザーン  アドリアン・ルビンスキー



スクリーンにはフリードリヒ四世が映っている。五つの誓文か、帝国だけではない、同盟にも大きな波紋を及ぼしそうだ。同盟は気付くだろうか? フリードリヒ四世はルドルフ的な物を切り捨てようとしている。

その代表的なものが門閥貴族だ。この改革で帝国では内乱が生じるのは間違いないだろう。驕り高ぶった貴族達に耐えられるとは思えない。上手い所を突くものだ。

同盟はどう出るだろう? 大規模な出兵は無理だろう。しかし内乱を長引かせるために嫌がらせ程度の出兵は有り得るのではないだろうか。いや、むしろその方向で同盟に働きかけるべきだろう。帝国の混乱が長引くほど同盟にとっては利が有るのだ、説得は可能だ。

帝国はルドルフ的な物を切り捨てようとしている、そのことに同盟が気付けば帝国との共存が可能だと考えるかもしれない。同盟の戦力が枯渇している今、共存は望む所だろう。しかし、ボルテックの知らせによればヴァレンシュタインは同盟との共存は考えていない。そしてフェザーンの存続さえ認めていない。

新銀河帝国か……。百五十年続いた戦争を終わらせる、そのために帝国に改革を施す……。
「改革者、ヴァレンシュタインですか、彼は生きながらえ、改革を成し遂げる事が出来るでしょうか?」

ルパートの言葉は何処か冷笑するかのような色合いを持っていた。私の視線を感じたのだろう、ルパートは嘲笑の色を強めて言葉を吐く。
「美しい理想が一人の人間の死で潰える事は歴史上何度も有りました。今回はどうなるやら」

「補佐官は彼の改革が失敗すると思っているのかな?」
「そうでは有りません。ですが、彼が死ねば良いと思う人間は少なくないと思いますが」

ルパートは瞳に皮肉な色を湛えながら私の質問に答えた。言外に貴方もその一人でしょうと言っている。その通りだ、私はそれを望んでいる。しかし問題はそれで済むとは思えないことだ……。

「彼が死んでも、改革が潰えるとは限るまい。ヴァレンシュタイン元帥はこれまで誰も考えなかったことを考えた。彼に影響を受け同じ事を考え実行しようとする人間はこれからも出続けるだろう」
「……」

ルパートに分かるだろうか。帝国において貴族の特権は神聖視されていた。フェザーンの中立も同じように尊重されていた。しかしヴァレンシュタイン元帥はそのどちらも否定した。貴族の特権もフェザーンの中立もこれまでのように尊重される事は無い……。

「今回、彼の改革が実施されなくとも、ヴァレンシュタイン元帥が帝国という大地に改革の種を播いたのは事実だ。いずれ種は芽吹くだろう、そうなれば貴族たちの時代は終わりを告げる事になるだろうな」

「では自治領主閣下はヴァレンシュタイン元帥の暗殺は意味がないとお考えでしょうか?」
何処か挑むような眼差しでルパートはこちらを見る。

「そうではない、現時点で同盟が弱いままでの改革は望ましくない。改革が実現すれば否応無く宇宙は統一へという流れになるだろう。元帥が暗殺され帝国が混乱してくれれば同盟は戦力を回復する事が出来る。出来る事なら改革はその後であって欲しいものだ」

しかし、そう上手く行くだろうか? いや、上手くいったとしても一時的な事態の先延ばしでしかないだろう。そして暗殺が成功せず帝国が改革を実施するようなら、帝国による宇宙統一が実現性を帯びてくる……。

どうやら帝国による宇宙統一を前提とした戦略を考える必要が有るだろう、早急にだ。総大主教にもそのあたりを伝えておくか……。


帝国暦 487年10月15日   オーディン 宇宙艦隊司令部  ギュンター・キスリング



「エーリッヒ、随分と強気な発言だったな。らしくないぞ」
「貴族達には分からないだろう、そんな事は」
「まあ、そうだな」

宇宙艦隊司令部の応接室でエーリッヒは穏やかに微笑んでいる。ようやくこの日を迎えて少し気が楽になったのだろうか、エーリッヒは落ち着いた雰囲気を漂わせている。黒真珠の間で見せた苛烈さ、酷烈さは欠片も無い。

「ギュンター、警護のほうを頼むよ。私はまだ死ねないんだ、宇宙から戦争を無くすまではね」
「分かっている。必ず守ってやるさ」

「私だけじゃない、陛下やリヒテンラーデ侯、ゲルラッハ子爵、それにエーレンベルク元帥、シュタインホフ元帥もだ。多分一番狙われるのは私だろうが間違いの無いように頼む」

そう言ったエーリッヒの顔には心から彼らの安否を気遣う表情があった。だが本当に一番危ないのは自分で言ったようにエーリッヒ自身だろう。

「自分に狙いが集中するように、あえて憎まれ役を買って出たのか? 卿の悪い癖だ、何でも背負い込もうとする」
「そんなつもりは無かったんだけどね。気がついたらああなっていたよ」

困ったような表情で話すエーリッヒに思わず苦笑が出た。ケスラー提督が言っていたがエーリッヒは俺が皇帝の闇の左手だと知っても少しも変わる事なく接してくれる。彼にとって俺は士官学校時代からの友人なのだろう。得がたい友だ。

「ところで、惑星カストロプの方は大丈夫なのか?」
「準備は出来ている。オイゲン・リヒター、カール・ブラッケが上手くやるだろう」
「そうか……。貴族達も追い込まれるな」

惑星カストロプはマクシミリアン・フォン・カストロプの反乱後、帝国政府の直轄領になっている。オーディンに隣接するこのカストロプでは、本来なら来年四月から行なわれる改革を前倒しして行なわれることが決まっている。具体的には農奴解放と農民金庫の創設、間接税の引き下げだ。

オーディンの直ぐ傍で改革が先行して行なわれる。貴族達に与える衝撃は小さくないだろう。彼らは個人ではエーリッヒに対抗できない、そうなれば有力者に付く事で対抗勢力を作ろうとするはずだ。

対抗勢力が大きくなればなるほど強硬論が力を増すだろう。自重論などは唱えるだけで裏切り者扱いされるに違いない。

「追い込まれた彼らが何を考えるか、大体想像はつく。皇帝陛下は奸臣に騙されている。君側の奸を除き、ルドルフ大帝の定めた国是を守る。それこそが帝国の藩屏である自分たち貴族の崇高な義務である。そんなところかな、良くある話だね」

エーリッヒは可笑しそうに笑いながら話した。
「君側の奸か、煽る人間もいるだろうな」
俺の言葉にエーリッヒは “そうだね” と頷きながら答えた。

煽る人間か……。フェザーン、社会秩序維持局、オーベルシュタイン、そしてエーリッヒ自身も貴族達を暴発させるため煽るだろう。アントン、卿は彼らを抑えきれるかな? ブラウンシュバイク公を守れるか。

そして俺はエーリッヒを守りきれるだろうか……。貴族達とエーリッヒの戦いは先ずは俺とアントンの戦いになるだろう……。



帝国暦 487年7月26日
帝国軍宇宙艦隊司令長官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン上級大将、五個艦隊を率いマクシミリアン・フォン・カストロプの反乱鎮圧に向かう。

帝国暦487年 7月30日
自由惑星同盟軍、帝国内の混乱に付け込み九個艦隊をもって帝国領への侵攻を開始。

帝国暦 487年 8月 3日
反逆者マクシミリアン・フォン・カストロプ、降伏。帝国軍、惑星カストロプの反乱を鎮圧。

帝国暦 487年 8月 4日
帝国軍宇宙艦隊副司令長官ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵、十一個艦隊を率い反乱軍迎撃に向かう。

帝国暦 487年 8月16日
シャンタウ星域にて両軍接触す。

帝国暦 487年 8月18日
シャンタウ星域の会戦始まる。

帝国暦 487年 8月23日
帝国軍宇宙艦隊司令長官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、シャンタウ星域の会戦の終結を宣言。同盟軍艦隊戦力の約八割を撃滅す。

帝国暦 487年 9月21日
帝国軍宇宙艦隊司令長官エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、シャンタウ星域の会戦に功あり。帝国軍元帥に任じられる。

帝国暦 487年10月15日
銀河帝国皇帝フリードリヒ四世による「帝国暦487年10月15日の勅令」が発布される。








 
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