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剣士さんとドラクエⅧ 番外編集

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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら3

 魔物の血や体液の臭いがぷんぷんする。目の前の狂ったお方のグローブからは赤い液体とも固体ともつかないものが滴り落ち、不自然なほど明るい笑顔がそこにある。

 弱いとか、頼りないとか、そんなのは狂気が目覚める前のただの幻想だったんだ。もしかしたら、僕が彼を城で見たことなかったのも狂気を振り撒かないためだったのかも、しれない。それならなんて英断なんだろう。味方にその牙を剥かないのが奇跡に思えるぐらい、彼は恐ろしく狂っていた。

 その戦いぶりは鬼と言っても間違いない。残虐さを極めた子供のような無邪気は、凄惨な光景を次々と生み出す。死ぬまで殴る、と言えば分かるだろうか。自分の拳がどうなろうと殴り続ける、蹴り続ける、踏み続ける姿は魔物より遥かに恐ろしい。なのに、笑顔なのだから。

 飛び散る血にきゃっきゃっと、喜んで笑い、その肉を殴る手応えに満足げで、殺した時は恍惚だった。その癖僕の持つ剣には憎悪が向いている。僕ではなく剣だったからさっさとブーメランに持ち替えることによってそれは回避できたけれど。剣の方が便利な時でも怖いからやめた。

「案外、スライムやザバンみたいに言葉を喋る魔物もいるんだね」
「そうですね」

 ぷるぷる震えるスライムを抱き抱えて楽しそうだった様子を思い出す。最初は怯えていたスライムもやはり人間ではなく本質は魔物、すぐに彼に懐いていた。強者に惹かれる……本能の生物。ぷるぷる震えながらスライムも彼も笑う。狂った空間だった。

 確かに何もしてこないならスライムは可愛らしい見た目をしていると思うけれど、多分彼の楽しそうな様子はそういう感情ではなく攻撃してこない珍しさからの気まぐれなんじゃないだろうか。彼なら笑いながら握り潰しても僕は何も、驚かないのに。

「ボク、足手まといじゃない?」

 あと少しで洞窟から出られる、そんな時だった。リレミトの魔力をホイミで使い尽くしてしまったので歩いて帰り、あのスライムの熱烈な見送りを受け、魔物を行きと同じく蹴散らしつつの言葉だった。

「いいえ」

 足手まといなものか。世間知らずで箱入りで、多分同年代と話したこともないであろう彼には嘘をついたってバレないと思う。でもその嘘はつけなかった。

 たとえ、僕の役割も居場所も取られてしまうと今も心が悲鳴をあげていても。兵士として陛下も姫もお守りしなくちゃいけないのに、その役割を奪われてしまいそうでも、……彼に逆らってはならないだろう。地位としても、実力としても。個人的にあの狂気を向けられたくないだけにせよ。

「そう、良かった!」

 無邪気かつ太陽にまで見える眩い笑顔に、愛想笑いしか返せなくても。

 なんとなく、彼か僕のどちらかが違う道を歩んでいたら仲良くなれたのかもしれないな、なんても考える。仲良くなりたいわけじゃないけど……なりたくないわけじゃない、けれど。

 どうだろう、なんとなく笑い合いたいような気もする。でもこんな恐ろしいお方に目をつけられたくはなかった、正直。ヤンガスが、肩を少し震わせたのに僕は心の中で全力で同意した。何より、怖い。

・・・・

「……」
「……」

 なんで私はこの強面のヤンガスと向かい合っているんだろう。エルトが助けた元山賊、私と話した事はほぼ、ない。悪く思われてはいないけど、良くも思われてないはず。それともエルトからの言伝でもあるんだろうか。

 ルイネロさんのご好意で泊まらせてもらうことになり、エルトはそれを陛下に報告しに行っちゃったし、ユリマさんもルイネロさんも階下だし、ちょっと……誰か助けて。

 彼は悪い人だったけど、多分今は悪い人じゃないみたいだけど、顔が怖い。本当に怖い。顔にある傷跡とか本当に怖い。目つきも怖い。髭が怖い。なにより人間が怖い。ひきこもり生活が長くて対人恐怖症めいたことになってる私にはハードルが高いよ……。

 えっと、私、なんかおかしいのかな。服は着替えたし、汚れも落とした。グローブの手入れもしたし……。

「あんたは」
「……何かな」

 やっと話しかけてくれたから、呪縛如く固まっていた体をなんとか動かせた。やっと息ができる。あんたって言われるの、今世で初めてだ。ほら、ひきこもりでも一応使用人とかと接するけど、みんな私の事はお坊ちゃまって言うし。だからって敬語を強要なんてしたくないけどさ。新鮮だ。

「正直最初は兄貴と比べてなんて頼りない野郎なんだと思ってた」
「うん」

 ご名答としか言えない。今だって頼りないやつでしょう。

「だが、トラペッタに来てから変わった。……だから教えてくれ」
「……うん?」

 何を?

「なんで兄貴はあんたと敬語で話すのか、あんたは何者なのか……何も知らない自分より年下のあんたが、怖いんだ、仲間のことをそんな目で見たくねぇ」

 ……えっと。この人は誠実、だね。

「……」

 え、お話終わり?質問に答えろって?……コミュニケーション能力の低い私にそれを頼むなんてなかなか無謀な人だなぁ。にしても、怖い、ね……。私のどこが怖いんだろう。

 武器を使って戦うヤンガスの方が私から見たら怖いんだけどな。直接殴り殺さないと怖いよね。まぁ鈍器か。鈍器で殴るのはちょっとは理解できる。私には持ち上げることも出来そうにないけどね。できるなら最初からそっちを選んでる。

 今は撲殺の方がいいけどね。

「ボクはトウカ=モノトリア。近衛兵のエルトから見たら自国の貴族だから敬語なんだよ」
「……貴族……」

 なんでそんなに信じてない目なんだろう。もやし体型に剣も持てない心の貧弱さ、怯え。それで充分信用できる言葉だと思うんだけどな。

「別に貴方は敬えなんて言わないよ。エルトだって旅の間はどう呼んでくれてくれたっていいんだけどね。職務中だし、どっちでもいいかって。罪悪感のない話し方をしてくれたらいい。……帰れたらそうはいかないけど」
「…………」
「何者って、言われても。ボク、剣が怖いんだ。剣というか刃物全般がさ。向けられるのも、向けるのも。だから殴り殺してるの。殴り殺せば怖くないし、手応えがある方が安心する。それだけさ」

 だからさ。

「怖がってるのはボクの方。怖がらないでよ、ねぇ」

 なんで最高ににっこり笑ったのに、ヤンガスは目を逸らしたんだろうなぁ。

 その日から、ヤンガスは私にも敬語になった。さん付けで。なんでだろうなぁ。エルト、教えてくれる……って、どっか行っちゃった。

 父上も母上もいないのに、気安く話してくれる人もいなくなっちゃった。早く、帰りたいな。 
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