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剣士さんとドラクエⅧ 番外編集

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もしもトウカが剣士さんじゃなかったら

 茨に変えられた女性の前で座り込む、誰かの姿が見えた。ほかの人達と違って緑色っぽくは見えない。……もしかして、僕以外にも無事な人が居たんだろうか。

 姫も陛下も姿を変えられてしまったけれど、あと一人ぐらいは何ともなかった人が居てもいい筈だと、微かな希望に縋って城中を駆け巡っていたところに見つけた白い姿。急いで近寄ってみれば、それは茶色の頭をした見覚えのない少年だった。純白の服は小間使いや下っ端の兵士のものとは思えない。……貴族とかの、偉いさんの息子?

「……うぅ、ははうえ……」
「あの……」
「だ、誰だ?」

 慌てて振り返ったその顔は、悲しみや恐怖でくしゃくしゃになっていた。それでも泣いていなかったのは意地、みたいだ。僕より少し年下に見える幼い顔つきで、右目は長い前髪に隠されて見えない。……やっぱり見覚えないな。これでもトロデーンに来て長いから一度も見たことのない人なんて珍しいんだけど……行商人さえ、何人も顔見知りなのにおかしいなあ。

「僕はトロデーン近衛兵所属のエルトです。貴方は?」
「……ボクは、トウカ・モノトリア……。ねぇ、どうしちゃったっていうの?君以外の人間はみんな茨みたいになってて……母上も……!他に無事な人はいないの?」
「……残念ながら、姿を変えられていないのは貴方と僕だけです。姫と陛下は姿を変えられただけで動けますが……」
「あ、ああ……なんてことだ……」

 がっくりとうなだれた彼。……にしてもモノトリア、か。名だたる大貴族の名前だ。その息子の名前までは知らなかったけど、本人で間違いなさそうだ。僕が顔を知らなかったのもなかなか屋敷から出ないような箱入り息子なら納得だ。大方、異変に気づいて飛び出してきて母君を見つけたんだろうけど……ちょっと軽率だね。おかげで見つけれたからいいものの……。

「……一緒に来ていただけますか?」
「うん……」

 力なく座り込んだままの彼に手を差し伸べてみれば、何の警戒もせずに僕の手を取って立ち上がる。それは武器も握ったこともなさそうな、男とは思えない柔らかい手で、生存者を見つけれたことはいいことのはずなのに……なんとも心細くてならなかった。不安がっている彼にはとても言えないようなことだけど。だって、この時は力強い味方だとは到底思えなかったんだから……。

 それは一見か弱そうに見える少年の本性を知らなかったゆえの、楽観に似た勘違いだった。

・・・・

「……お久しぶりです、陛下」
「おお、おぬしも無事だったのか、モノトリア」
「はい。……お役に立てるかわかりませんが……」

 護身用にと義父上に昔買っていただいた剣を背負い、比較的丈夫な服を着て準備といってもいいのか分からない準備を終わらせた私は、おいたわしい姿に変えられてしまった陛下の前に跪く。使い慣れない武器を持つのも、あまり出ない外に行くのも怖くて仕方ない。

 十何年も前の出来事とはいえ、殺されかけるという出来事がすっかりトラウマになった私。義父上や義母上の期待に応えたいのに、言うことを聞いてくれなかった身体。怯えるようにずっと本を読みあさり、せめて使えれば役に立つかと思った魔法は使えず、それどころか耐性がマイナスになっているとかいう意味の分からない状況で……。

 あぁ、なんて私は使えないんだろう。今の私は陛下の盾に何回かなれたらいいところで……。無事だった近衛兵のエルトにすら、私は恐怖心を抱いている。

「……魔物だ」

 びくびくしながら歩いていれば、不幸にも現れた魔物が前世の半分ぐらいしかない視界に入る。恐怖心が一気にこみ上げてきて、吐き気すら感じる。でも逃げれないし……私は逃げてはいけない。こんな役立たずでも「モノトリア」である限り。

 剣を引き抜いて魔物に向け、震える足を無理やり押さえつけて向かっていくしかないんだ。

 エルトが兵士らしく模範的な、しかし力強い攻撃を魔物に浴びせる。しかしそいつ……恐らくスライム……は可愛らしいフォルムの癖にそれに耐えきって、標的を私に向けたのだ。喉が締まったような感覚がして、目眩やら吐き気やらが一気に高ぶる。だけど、私は逃げてはいけないのだ。

 覚悟を決め、攻撃される前に攻撃するしかなかった。体が勝手に動くような良く分からない感覚のもと、慣れない剣で斬りあげてみればスライムをなんとか倒すことができた。

 --ドクリ。

 何かが私の胸のうちで疼く。その時の私は戦いに勝利できた安堵感でいっぱいで、何も気にしちゃいなかったのだ。私の浅ましい心臓は、私の想いと相反して……戦いを求めていたなんて。

・・・・

 やっとのことでベッドで寝れる。

 陛下の計らいで宿に泊まれることになり、私はふらふらとベッドに近づくとぼすりと倒れた。のろのろと体を起こし、靴を脱いで剣を背中からおろし、習った通りの模範的なやり方で剣の手入れをするともう私の目蓋はくっつきそうだった。

 剣は、私をおかしくする。

 剣は人を守れるものかもしれない。剣がなければ今日私は殺されていたかもしれない。でも、刃がついた、凶器だ。人の命を奪えるものだ。私みたいな非力な人間でさえ魔物の命を奪える恐ろしいものだ。

「怖い、なぁ……」

 弱音が口ついて出る。自室に比べれば遥かに狭いその部屋では言葉が良く響いてしまって、思わず耳を塞いだ。誰かに私の弱さを指摘されたかのように、嘲笑われたように、勝手に思ってしまって。

 体を縮めて頭を抱えて、なるべく小さくなる。矮小な私に胸を張る資格なんてないのだから。

 怖い。死にたくない。戦いたくなんか、ない……はず。何よりも、刃が怖い。

「……使わなかったら」

 そうだよ。刃を使わずに戦えばいい。私には魔法は使えないけど、なにか方法はあるはずだ。例えば……武道家、とか。

 刃が怖いなら、刃を自ら使うのが身が切れそうな程に忌避感を募らせるのならば。素手で魔物を屠った方が余程いいんじゃないか?なんてとんでもない考えが浮かぶ。

 疲れきってまともな思考が働いていない自覚はある。だけど、目を瞑って手に残る剣を振るう感覚から逃げよう逃げようと必死になっていくうち、それが名案に思えてきてしまったのだ。

「そうだ、殴り殺そう」

 私は素敵なアイデアに笑顔になって、今度はベッドに大の字になって寝転んだ。なんだか、いい夢が見れそうに思えてきた。

 これが。「拳士」トウカの旅立ちの物語である。 
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