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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第148話 召喚の理由

 
前書き
 第148話を更新します。

 次回更新は、
 8月24日。『蒼き夢の果てに』第149話。
 タイトルは、『告白。あるいは告解』です。
 

 
「朝比奈みくるが時間跳躍能力者である可能性がある事は、水晶宮の方でも既に確認済み」

 難しい顔で、鏡に映った自分の顔を睨み付けている俺。その俺の背中に投げ掛けられる良く知っている少女の声。
 反射的に振り返ろうとして、しかし、鏡に映り込んだ白い湯気の向こう側に立つ人影の現在の様子を確認。そうして、辛うじて思い止まる。

「彼女……と水晶宮にて呼称される最初の時間跳躍能力者に、朝比奈みくると同じ身体的特徴があったのかについては未だ不明」

 振り返る事もなく、彼女の声を背中で受け止めるのみの俺を訝しむ事もなく、淡々と言葉を続ける有希。
 明かりの加減からなのか、それとも湯気の作用なのか。鏡に映る彼女の姿は、少し輪郭の定まらない、薄い影のように今は感じられる。

 大量の水気を含む紫の髪の毛。普段はハーフリムの銀により怜悧な印象の強いその瞳は、今宵彼女の設定年齢に相応しい幼い雰囲気。少し細い眉。綺麗に通った鼻筋。やや受け口気味の薄い唇。
 実際、其処に存在しているのが疑われるかのような薄い気配。現実に――。リアルに存在しているはずなのに、何故か其処にいないような……人に似せて作られた人形の如き雰囲気。そして、真っ当な生命体としては考えられない完全な左右対称の容貌。
 人の世と、それ以外の世界。その境界線上を体現する……。その境界線上にのみ存在しているかのような彼女。
 肌は……姿見の角度、それに周囲の湯気に隠されて少し確認し難いが、この場の温度から考えると、普段と変わらない白さを維持。もしかすると彼女自身も少し緊張しているのかも知れない。
 肩から胸に掛けてのラインは非常に美しく、理想的な形で鎖骨が浮かび上がる。そこに、やや小振りながらも将来は期待……出来るかも知れない双丘が続いていた。

 ……と言うか、

「せめて、いちじくの葉ぐらいは用意して欲しいんだけどな」

 アダムとイヴじゃないんやから。
 自らの驚きを強く感じさせない為に、少しの軽口で応じる俺。但し、それは所詮小細工。精神的に繋がっている彼女に俺の感情がリアルタイムで伝わって居る事は想像に難くない。
 ただ……。
 ただ、彼女がこんなトコロまでやって来たと言う事はそれなりの理由があるのでしょうが、それにしたって、産まれたままの姿で現われられたら流石に目のやり場に困るでしょうが。
 確かに、彼女に取って俺の裸は別に珍しい物ではない事は認めますよ。有希には何度も死の縁から救い出されています。当然それは、術で瞬間に回復させられる類の物ばかりなどではなく、意識が完全に回復するまで二晩、三晩と掛かった呪いも存在していました。
 ……その間、彼女は俺の看病をずっと続けてくれたのですから。

「まぁ、涼宮ハルヒが一度目の世界を滅ぼしたバビロンの大淫婦の可能性があるのなら、彼女の周囲に最初の時間跳躍能力者。三娘と聖水将が過去の世界へと送り出した少女がいない、と考える方が難しいだろう」

 古い、古い記憶。季節感皆無の仙界だが、あの日は確か蟠桃会(ばんとうえ)の日なので、おそらく三月三日の事だったと思う。その日に俺と彼女が拾った少女が、後の時代を大きく変える事となった最初の時間跳躍能力者……だったのだが。
 残念ながら、その時の細かな記憶が定かではなく、その時に拾った少女と朝比奈みくるとが、完全にイコールで繋ぐ事が出来るかどうかは定かではない。

 ……と言うか、そもそもこの世界と、俺が暮らしていた仙界とは時間の軸が違う以上、既に両者の間に関連はない、と考える方が妥当だと思うのだが。

「確かに、時間跳躍能力者の少女たちには似たような兆しが顕われると言うが……」

 時間跳躍能力と言う能力はかなり特殊な異能で、修行やその他の方法で身に付けられるような能力ではない。この能力に関して言うのなら、それは天賦の才がすべて。そして、その才能が顕われた例は、今のトコロ、女性に限られているのも事実。
 もっとも、未確認の情報から言うのなら、サン・ジェルマン伯爵や浦島太郎の伝説。妖精郷や仙界に迷い込み、其処から出て来た時には時代が変わっていた、などと言う類の伝説は世界各地に存在しているので、その内の幾つかの事例では実際の時間跳躍能力者が関わっている可能性も否定は出来ないのだが……。

「それに時間跳躍能力者の兆しが朝比奈さんに顕われたとして、それがそれほど重要な事とも思えないが」

 それ以外にも、有希がわざわざこんなトコロ(男湯)にまでやって来た理由があるのだろう?
 朝比奈さんの件は水晶宮的には重要な内容だとは思う。但し、それは今の俺に取って大して関係のある問題ではない。
 時間跳躍能力者の重要な役割は……大雑把に言えば歴史の修復。そのまま捨て置けば、異世界からの侵略により世界の崩壊に直結し兼ねない事件の修正作業。科学的な手法で行われる時間犯罪者なら、それに対応するタイムパトロールのような組織があると思われるので、そう言う連中が対処する……と思う。時間跳躍能力者が対処するのは霊的な事件。
 例えば、這い寄る混沌などの邪神が歴史の改竄(かいざん)……自分たちに都合の良い歴史の流れに変えようとするのを未然に防ぐ、などを主な仕事とする能力者。

 世界の防衛機構。集合的無意識と言う奴が絡んで来る以上、事件の始まりは巻き込まれ型。偶然、何らかの原因で次元の狭間に落ち込み、気が付くと時間移動を行って居た。そう言う事が多いらしい。

 一言、言葉を発する度に落ち着きを取り戻す俺。角度の関係からか、鏡に映る彼女の姿がバストショット。少し余分に見えたとしてもミディアムショットまでは行かない部分までしか映し出さない事が分かった事によって、多少、心に余裕が産まれたのも間違いない。
 敢えて視線を逸らす事もなく、鏡の中に映る彼女に視線を合わせる俺。ハルヒやさつきなら視線を逸らせるレベルの強い視線。

 しかし――

「あなたに叶えて貰いたい望みを伝えに来た」

 予想通り、鏡を挟んだとは言え、その龍気の籠められた視線を正面から受け止める有希。

 鏡越しに彼女を見つめる俺と、その俺を見つめ返す彼女の真摯な瞳。カレンダー的な今宵の日付と、その日に対する世間一般のイメージ。更に、現在の二人の姿。
 こりゃ、その火を飛び越して来い、では済みそうもない雰囲気だな。少し現状を茶化して考えてみるのだが……。

 あの話の二人はその場はそれで納まる。但し、それが現代社会で通じる常識かと問われると、う~む、どうだろうか……と答えるしかない。
 さて、どうした物か。彼女の事だから無理難題を押し付けて来る事はないだろうと考えて軽く受けた約束なのだが……。

「あなたの暮らしていた世界を感じてみたい」

 約束を簡単に反故には出来ない。しかし、今ここで叶えられる望み……と言うヤツの種類によっては――
 自らの気持ちすらはっきりしていない、更に言うと、そんな重要な事を深く考えもせずに先送りを続けて来た事に対するツケを一気に払わされそうな現状に、狼狽えるしか方法がない俺。そんな、正直に言うとかなりみっともない精神状態の俺に対して、そっと囁かれるように紡ぎ出された彼女の願い。
 普通に考えるのなら非常に簡単な内容。但し――

 鏡の世界……左右逆となった世界に佇む彼女を改めて見つめる俺。そう、彼女の望みを叶えるのは簡単だ。俺の記憶の中にあるハルケギニアの風景を直接、彼女に体験させてやれば良い。その程度の仙術ならば何種類も存在している。
 但し、おそらく彼女の望みはそんな単純な話ではない。

 成るほど。……小さく、ため息をひとつ吐き出す俺。そして続けて、

「それは、もう向こうの世界に行っても良い。そう言う風に取っても良い、と言う事なんやな?」

 オマエさんを連れて行く、行かないは別にして。
 問い掛けに対する問い掛け。更に言うとこれは少し意味不明の問い掛けでもある。
 ――いや、厳密に言うとこれは意味不明ではない。ただ、この言葉ではまるで、有希が引き留めるから俺が今までハルケギニアに帰らなかった。そう言っているようにしか聞こえないと言う事。

 しかし――
 しかし、俺の問い掛けに対して小さく首肯く彼女。これは間違いなく肯定。

「この十二月にあなたを召喚するかどうかは、わたしの意志に任せると水晶宮の方からは伝えられていた」

 淡々と話しを続ける有希。
 彼女にすべての判断を任せた。いや、水晶宮の方の意見としては、おそらく、俺を召喚する事に対するメリットとデメリットを考えた上で、本来ならばデメリットの方が大きいと判断した事は想像に難くない。
 何故ならば、今年の七月七日の夜以降……。いや、正確に言うのなら歴史が改変された事により、この世界の歴史では、一九九九年七月七日の夜以降、涼宮ハルヒ発の事件は発生する事もなく、本来ならばその延長線上にある二〇〇二年十二月の今、この世界に俺を呼ぶ必要はないはず。
 普通に考えるのならこちらの方が当たり前。事件が起きていないのに、其処に警察を呼ぶのは意味がない。火事が起きていないのに消防車を呼ぶと、普通の場合はこっぴどく叱られる事となる。

「わたしの個人的な意見でも、本来はこの十二月にあなたを呼ぶ必要はない。そう考えていた」

 湯気の向こう側から、普段とまったく変わる事のない表情でそう話し続ける有希。もっとも、普通に考えるのならばこれは正反対。普段の彼女が発して居る雰囲気や俺に対する態度などから考えるのなら、彼女個人の意見は俺を召喚する事の方を選ぶ可能性の方が高いのではないか、そう考えても不思議ではない。
 但し、逆に言うと、俺を水晶宮の方が召喚しても良い、……と言った事に対しては普通の組織ならば違和感を覚えるはず。
 普通の場合ならば。

 この世界。いや、もっと正確に言うのなら、涼宮ハルヒに取って俺は鍵だ。本来、そうなるはずでなかった世界。彼女が名づけざられし者を召喚して終った世界と、しなかった世界の丁度中間点に存在しているのは俺。
 もし、俺とハルヒが接触する事により、ハルヒの中に眠るシュブ=ニグラスの因子が悪い方向に目覚めるような事となれば、折角、回避したハズの黙示録の世がまた訪れる危険性が発生する。
 その事が分かっているから有希は俺を召喚しない方が良い、……と考えたと言う事。
 彼女個人の感情は無視して、冷静に、冷徹に判断したのだと思う。

「でも……」

 そう言った切り言葉を発する事を止め、鏡の中の俺の瞳を覗き込む有希。
 ……やれやれ。
 軽く肩を竦めて見せる俺。多分、彼女は自らを責めて居るのだと思う。そんな事に意味はないし、おそらく誰も彼女を責める事などないと言うのに。

 それならば。

「さつきが今回の事件で処分されなかった理由は分かるな?」

 やや意味不明の問い掛けを行う俺。
 その問い掛けに対して僅かに首肯く有希。ハルヒなら、それがどう言う関係があるのよ、……と文句のひとつも出て来るタイミング。そして、

「それはあなたや弓月桜が、相馬さつきが精神を操られていた事を証言したから」

 そう。詳しい事は分からないが、今の処、アラハバキ召喚事件の際に俺たちに対して敵対行動を取った相馬さつきに対する処分はない。確かに、これから先に相馬家に対して何らかのペナルティが課せられる可能性はあるが、それでも今の処、彼女に対する何らかの処分が下された様子はない。
 予想通りの有希の答えに、少しの笑みを浮かべる俺。

「有希、それは天の中津宮を舐めすぎているぞ」

 受肉しているとは言っても、組織の上層部は元々が神と称される連中。確かに主神の天照大御神は藤原不比等の余計な策謀により以後の世界で転生体が顕われた事はないが、思兼神(おもいかねのかみ)天日孁貴神(あめのひるめむちのかみ)がしっかりとしているから問題はない。
 ……と思う。

「例え俺や弓月さんがさつきに有利な証言をしたとしても、ソレが真実と違っていたのなら、彼奴は何らかの形で処分されたはずや」

 さつきや相馬の家に処分が為されていないのは俺や弓月さんの証言が事実である、……と認められたから。

「情報を収集する事によって進化を究めたなどと自称していた割には、有希の中に発生した(精神)ひとつ理解する事の出来なかった存在と、術に因って真偽を判断する事が出来る連中とを同列に考えない事や」

 もっとも、思念体に関して言うのなら、その事を理解していた上で、更に精神に負荷を与える事に因って何かを為したかった可能性もある……とは思う。……が、しかし、俺の行動に因ってこの世界から消えて終った連中が一体、何を考えて居たのかを知る術は……ない事もないが、それこそ意味がない。
 まぁ、実際、負から発生した感情はロクな物でない事の方が多いので、無理に知る必要もない。おそらく、クダラナイ目的か、もしくは唾棄すべき理由かのどちらかなのでしょう。

 そこまで話し終えた段階でゆっくりと立ち上がり、そのまま回れ右。その視界の中心に彼女の姿を置く。

「水晶宮が俺の召喚をするかどうかの判断を有希に任せたのなら、結果がどう言う事になろうとその責はすべて水晶宮が負う。そう言う事」

 別にオマエさんが気に病む必要はない。
 亮や玄辰水星(ゲンシンスイセイ)は、有希が何か事件を起こす兆候を掴んで居たのだと思う。故に、水晶宮の方から、俺を召喚するかどうかは、彼女の判断に任せる、と言う指針を示したのだと推測出来る。
 ……つまり、召喚するな、と指示を出したとしても、彼女がその命令に従わない可能性が高いから、召喚しても良いと言う曖昧な指示に留めたと言う事。

「所詮、裏の世界であぶれた術者の互助会に過ぎない水晶宮なんだが、それでもある程度の見込みがある連中に対しては、こう言う形で試練を与えて来る可能性がある」

 試練。成長を促している、と言った方が良いかも知れない。この世界はハルケギニアのように世界の滅亡待ったなし、のような危機的状況ではないので現状では戦力は足りている可能性が高い。更に、水晶宮だけに限って見ても、上層部は老化などと言う言葉とは無縁の存在が多いので、これから百年先であったとしても人材が不足する可能性は低いと思う。
 今のままならば。
 但し、このまま平穏な時代が続くとは限らない。西洋占星術的に言えばこれから先、イエスが支配したうお座の時代が終わり、みずがめ座の時代がやって来る。うお座の時代は物質が支配する時代だったが、みずがめ座の時代は精神が支配する時代になる、と言われている。
 みんな仲良くボチボチと、……などと言う呑気な時代なら良いのだが、いくらなんでもそう言う訳にも行かないでしょう。タバサに召喚されたハルケギニア世界でも、そして、長門有希に召喚されたこの世界でも俺が巻き込まれた事件は、すべて霊的に……。神に選ばれた英雄だ、と自称している連中が起こした、一歩間違えるとその自らが暮らす世界自体を滅ぼして終いかねない危険な事件ばかりでしたから。
 事件を起こした連中は全員、霊的に。精神的に進化――神化していて、無知蒙昧な愚民どもと自分たちは違う、と思い込んでいるような気配がありましたから。
 次の時代が『精神が支配』する時代となるのなら、そう言う、キ印……自称予言者や自称英雄が雨後の筍の如く、アチコチから顕われる可能性もある。
 それに、牛種の連中は未だ世界を牛耳る事を諦めた訳でもないと思う。更に言うと、その牛種の中で、元々は同一の存在であったはずの西欧を支配している奴と、中東を治めている奴も現在ではお互いに争っている以上……。

 これから先も優秀な人材は必要だ、と考えたとしても不思議でも何でもない、と言う事。

「俺を呼ぶと間違いなく困難な道のり。呼ばなければ、今年の七月から続く平穏な日々が続く」

 少なくとも、ハード・ルートを選択した上で、大過なく……誰も死亡させず、更に社会に悪影響を与える事もなくすべての事件を解決した以上、有希はこの試練を乗り越えた。そう言う事や。
 大きな瞳。想像以上に白い肌。華奢な身体に細すぎる腕。振り返った視線の先。其処に存在していたのは、普段通り生物としての匂いを感じさせない、妙に造り物めいた少女の姿であった。

 しかし――

 静かに首を横に振る彼女。普段は清んだ湖を思わせる瞳は悲壮な色のみを浮かべ、ただ僅かに頭を垂れるのみ。
 まるで刑の執行を待つ咎人のように……。

「最初、わたし自身が今のこの世界にあなたが必要ないと考えたのは事実」

 あなたと接触する事により、涼宮ハルヒや朝倉涼子にどのような影響が現われるかが不明であり、もし不用意に接触する事によって、彼女らに何らかの……。
 小さな……。普段以上に小さな声で訥々と話し続ける有希。
 但し、彼女の話の内容は奇異でもなければ、不審でもない。そして、彼女がそれでも尚、俺を召喚しようとした動機と、その元を作った()()の事も簡単に推測出来る。

「いや、その事に関してなら有希に罪はないで」

 何もかも……かどうかは分からないけど、ある程度の背景についてなら分かっている心算やから。
 約二メートル。ふたりの距離を数字に表わすのなら、たったそれだけの数字でしかない距離が、何故だか今は果てしない距離のように感じる。

「さつきの例と同じ。俺も、それに水晶宮の方も有希が何故、急に俺を召喚する心算となったのか。その辺りの事情は既に察して居る」

 ……心算。
 おそらく、水晶宮の方は、こうなる事が分かって居た……実際にどのような事件が起きるのかまでは分からなかったはずだが、何らかの事件が起きる事は予測していたはず。
 故に、有希が俺を召喚する事を認めた上で、その後の事件を二人がどうやって解決して行くのか。其処までが水晶宮が()()()に与えた試練。つまり、そう言う事だと思う。

 有希の師。現在の仙術の師匠である玄辰水星(げんしんすいせい)が画策した……可能性は低いと思うから、おそらく亮。現在の水晶宮の長史殿の差し金だとは思うが……。
 確かに初めからこれは試練だ、と断った上で与える類の試練ではないと思うけど、それにしたって、今回の一連の流れは少し難易度が高過ぎはしませんかねぇ。
 俺でなければ確実に失敗していた。少なくとも、つい先日まで起きて居たアラハバキ召喚事件に関して言うのなら、あの事件を無事解決に導ける存在はこの世界にも早々居ないと思うのですが。

 かつての自分がやっていた事を棚に上げて、非常に自分勝手な事を考える俺。但し、それは心の中でのみ。表面上はそれまでと同じ雰囲気。少し諭すような調子で言葉を紡ぐ。

「多分、何処かから俺に関するショウもない話を聞かされた。そう言う事なんやろう?」

 例えば、このままだと俺が死ぬ可能性が高い、と言う話を聞かされたとか……な。
 俺の問い掛けに、別に驚く様子もなく普段通りの淡々とした表情で小さく首肯く有希。但し、表情は普段通りでも場所が非日常。流石にこれは、――こんな場所で若い男女が向かいあって語る言葉があるとするなら、それは愛の言葉でしょう。
 ……多分。

 そう、有希は俺の生命が危機的状況にある事を知っていた。いや、多分、それは少しニュアンスが違うかも知れないな。
 浮かんで来た考えを、しかし、即座に否定。
 おそらく、彼女が俺を召喚する事を決めたが故に、俺は一度死に掛けた。そう言う事だと思う。状況や、奴らの行動パターンから推測すると、こちらの方がより正解に近いかも知れない。

 その根拠のひとつ目。ゴアルスハウゼンの吸血鬼騒動の際に顕われたゲルマニア皇太子が、キュルケから俺やタバサを助けてくれと頼まれた際、(=俺)には先約があると答えた事。
 更に、俺が最果ての絶対領域へと放逐される正にその瞬間の名づけざられし者の台詞。
「じゃあな、アイツらに宜しく伝えてくれ」の台詞の意味。
 ヤツは涼宮ハルヒや、その他のメンバー。少なくとも朝比奈さんや有希、それに朝倉さんの事は知っている。その事に付いては、こちらの世界に来てから関わった球技大会の決勝戦時の会話でも類推する事が出来ると思う。

 おそらく俺が有希に召喚される以前の何処かの段階で、彼女と奴らは接触。その際に、俺のハルケギニアでの状況が有希に伝えられ――

 しかし――

「違う」

 意識をして置かねば聞こえないほどの小さな声。しかし、内容は強い否定。

「わたしは手を取ってはいけない相手の手を取って終った」

 それが最初のわたしの罪。
 手を取ってはいけない相手。おそらく、這い寄る混沌(自称・ランディくん)か、名づけざられし者(自称・リチャードくん)
 確かに、奴らの言う事を簡単に信じて仕舞うのは非常に危険な事だと思う。
 ただ……。

「幾らあなたの死を予告され、冷静さを欠いて居たとは言え、これはかなり迂闊(うかつ)な行為だと言わざるを得ない」

 迂闊な行為か。嘆息するかのように息を吐き出す俺。確かに、有希の行為が危険な事だと、この世界に暮らす誰かが糾弾するかも知れない。
 但し――

「この世界のすべてと、俺の生命。その両方を天秤に掛けて、それでも尚、俺の方が重い……と有希が感じただけ。その事についてどうこう言えるヤツはいない」

 強い口調ではない。むしろ冷静で、どちらかと言うと諭すような口調で答えを続ける俺。
 まして、その世界の危機と言うのも絶対に訪れると言う訳ではないあやふやな物。更に言うと、仮に世界の危機が訪れたとしても、俺と有希が居ればかなりの確率で大事に至る前に解決する事が可能だと判断すれば……。

「水晶宮の方も、ちゃんと其処まで想定した上で許可を出したと思うから、この事に関してはまったく問題ない」

 ノット・ギルティ。今回の件に関して言うのなら、有希の罪を証明する事は出来ない。
 もっとも、本来俺自身が、彼女が召喚作業を行う事によって生命を(すく)われた人間なので、そもそも有罪か無罪かを決める立場にはない……とは思うのだが。

 おそらく、これは気休めに過ぎない言葉。ただ、気休めでも何でも、彼女が陰の気から立ち直る切っ掛けになってくれたらそれだけで良い。
 そう考えて口にした言葉。しかし……。

「あなたは何か勘違いをしている」

 酷く淡々とした表情で首を横に振る有希。
 しかし、勘違い?

「わたしが謝罪しなければならないのはあなたに対して」

 水晶宮からはあなたの召喚する事を許されている以上、この事柄に関して問題はないと推測出来る。
 また、涼宮ハルヒが再び世界に悪影響を与える可能性も、あなたと彼女の関係を見ると杞憂に過ぎなかったと思われる。

 確かに、水晶宮が許可した以上、俺の召喚自体に罪はない。更に、その後に待ち受けていた事件も有希や俺が中心と成って解決した以上、この部分に関しても問題はない。
 それとハルヒに関して言うのなら、俺とアイツの関係と言うよりは、現在の彼奴が置かれている立場と、過去の彼女の状況との差がアイツを再び以前の世界への回帰を思い起こさせる事がない状態へと導いている……のではないか、と俺は考えているのだが。

 そもそも、今年の七月七日の夜に歴史が修正されるまで、ハルヒは不思議な事を探し求めながら、彼女自身以外の部分には不思議が蔓延しているのに、何故か彼女自身はその情報から隔絶された場所に留め置かれたらしい。
 正直、何故、そんな危険な事を這い寄る混沌たちが為したのか意味が分からないが、推測するに、その方がより世界が混乱するから、なのではないか、と思われる。

 確かに、ハルヒ自身がパラノイアで、破壊衝動に満ちた存在ならば事実をありのまま。世界はオマエの思うまま。壊そうが、作り変えようが自由自在だ、などと告げたのなら、世界の再構築や、破壊などを行う危険性はあったと思う。しかし、この十二月から俺が付き合った涼宮ハルヒと言う名前の少女は、表面上は我が儘で突拍子もない言動や行動を取る危険性があるように思われるが、実はそう言う風を装っているだけ。内側には非常に理知的で節度のある常識人の顔が隠されている。
 ……と俺は感じて居る。
 つまり、そう言う人間に対して、オマエには特殊な能力が有るから、世界を自分の思うがままに作り変えろ、などと言ったトコロで、そもそも簡単に信用しないし、仮に信用したとしても、其処に暮らす自分以外の生命の事を考えて、無茶な改変は行わない可能性の方が高い。
 それならば、むしろ無意識下の衝動で世界に影響を与えさせ続けた方が面白い……と奴らが考えたとしても不思議でもなんでもない。

 ……で、その状況はハルヒに取っては蛇の生殺し。世界は当たり前で平穏。退屈な面しか彼女の前には見せないのなら、ずっと不満が溜まり続けていたはず。その衝動。こんなはずではない。世界はもっと不思議に満ちているはずだ。
 その不満が彼女の特殊な能力の原動力となった可能性が高い。

 正直、ずっと不満ばかりが溜まって居た過去に帰りたいなどと誰が願う?
 まして、彼女の無意識下に存在するはずの千匹の仔を孕みし森の黒山羊(シュブ=ニグラス)も不満が溜まっていたはず。
 古の物語によると彼女は、周りが自分の事しか考えていない事を強く不満に思い旅に出た、……と記述されている。

 自ら(だけ)が楽しい世界を創り出そうとした這い寄る混沌や名づけざられし者。
 その名づけざられし者に接触する事や自分(ハルヒ)の観察結果を、自らの進歩の糧にしようと考えて、事件が起きるまで……世界が混乱するまで放置し続ける事を選び続けた情報思念体。
 ……其処に地球に住む生命への迷惑は一切、考慮されていない。
 自らがやって来た未来への道筋を付ける為に、一度改変された歴史を、人類が滅びる可能性の高い黙示録の世界を再現する可能性の高い歴史へと改竄をし続けた未来人。
 ……見事なまでに自分の事しか考えていない連中に囲まれている状態が、彼女……シュブ=ニグラスに取って居心地が良い訳はない。

 むしろ現在の揺り戻しの世界の元を作ったのは彼女(シュブ=ニグラス)
 もっとも、最初に俺をこの世界に召喚したのは、そう言うシュブ=ニグラスの意図を理解した、この世界と同化したかつての俺の知己だった神仙たち……だとは思うが。
 その結果、ハルヒが出鱈目に貼りまくったお札を偶然、羅睺星(らごうせい)の封じを破らせる術式として起動させ、同時にその事件の解決役として異世界より、奴=羅睺星と関係の深い魂を持つ俺を召喚した。

 しかし、有希が俺に謝らなければならない事?

「それはもしかして、毎晩のように、俺が寝た後に部屋にやって来ていた事についてか?」

 最初にそう尋ねる俺。
 もっとも、これは謝らなければならないのは、むしろ此方の方。
 これは多分、俺が寝ている間に呼吸を合わせる練習をしていたのだと思う。流石に、何の調整もせず、いきなり他人の霊気を操れる仙人などいない。特に俺の龍気は、普通の……天仙や龍神と比べても大きく、制御も難しい。何時、暴走を始めるか分からない剣呑な存在。そもそも、自分自身でも完璧に扱う事が出来ないのに、それを他人の有希にぶっつけ本番に近い形で制御出来る訳はない。

 要は、事件が起きる前の準備を彼女一人にさせて仕舞ったと言う事ですから。

「すまなんだな。もう少し早く気付いて居たのなら、修行ももっとやり易かったと思うけど」

 確かに正面から見つめ合い、二人の呼吸を合わせ、最終的には心臓の鼓動すらも同期させる。そう言う事を為すのに、彼女に対する俺の感情が邪魔になる可能性が若干なりとも存在する。――存在するのだが、それはソレ。よりリラックスする……出来る状況を作り出すか、それとも最初は正面から見つめ合わずに呼吸のみを同期させる所から始める方法だってあった。
 こっちの世界に来てから、少し気が弛んでいたような気がする。矢張り、水晶宮があるのと、ないのとでは心に取って大きな差が有ると言う事なのでしょう。
 元々俺は怠惰で、自らのケツに火が付かない限り動き出さないタイプの人間ですから。

 しかし……。しかし、矢張り首を横に振る有希。

「問題ない」

 あなたを呼び寄せたのはわたし。本来ならわたしと神代万結の二人で解決しなければならない事件にあなたを巻き込んだのもわたし。
 普段から快活とか、明朗などと言う単語とは正反対の彼女なのだが、今宵は普段の五割増ぐらいの陰の気に包まれた様子。
 しかし……。
 一度俺の瞳を覗き込むような間の後、それに、……と言葉を続ける有希。ただ、その時は何故か少し明るい気を発して居る。俺にはそう感じられた。

「あなたの傍らで眠るのは心地良い」

 あなたの鼓動に包まれ、あなたの体温を感じて眠りに就くと、何故か懐かしい夢の世界へと旅立つ事が出来た。
 ぽつり、と呟かれる小さな声。
 ……完全に虚を衝かれた。まさか、そう言う方向に跳ねると考えていなかったので、まったく対処方法を考えていなかった。

 元々、彼女が謝りたいと言う内容に思い当たる物もなく、彼女が向けて来る淡い好意に対する自らの感情が、自分の物なのか、それとも今の自分以外の誰かの物なんじゃないか、……などと、そんなどうでも良いような事で思い悩んでいる人間。
 つまり、彼女に対しては常に正面から向き合って居たいと考えている……と言う事。
 対応に窮し、思わず視線を外して仕舞う。もしかすると少し後ろめたかったのかも知れない。
 その瞬間。

「あなたに謝らなければならないのは――」

 
 

 
後書き
 何かよく分からない理屈。時間とは一枚一枚描かれた静止画に過ぎない……とか言う理屈と共に登場する未来人、朝比奈みくるちゃんなのですが……。
 ウチの二次ではこう言う扱いです。個人が時間跳躍能力を持つ術者だった……と言う事。
 そもそも、その静止画に過ぎない、と言う言葉を使う場合は、それを理由に。……因って、未来から過去への時間移動など出来ない、と言う証明に使う以外はかなり難しいと思うのですがねぇ。既に描き上げられた一枚の絵に新たな登場人物を描き足すと、それは既に別の画に成って終うから、的な論法で。
 それって、本来はその時代に存在しないはずの未来人がコマの中に入った段階で、既に歴史に介入しているじゃん、などと考えるのがSF小説読みの基本だと思うのですが。

 ……事実、陰謀では朝比奈みくる(大)が、本来、起きるはずのなかった出来事を起こして歴史に介入。結果、出会うはずのなかった二人を出逢わせたり、その後に登場した未来人に、どうせ未来は統合される、などと言い出したり……。
 オイオイ、最初に語ったパラパラ漫画の件はすべて欺瞞だったの、と問いたくなるような事態に。
 尚、この辺りを根拠に、この世界の朝比奈みくるはタイムパトロールではなく、時間犯罪者扱いと成って居る事はご理解下さい。

 そもそも、歴史を改竄した段階で、その改竄した結果出来上がる未来から見ると彼女がタイムパトロール(自分たちの歴史を守る為)だったとしても、改竄された側からみると、それは時間犯罪者以外の何者でもない、と言う事なのですが。
 本来、辿り着くはずのなかった未来を未来人が意図的に作り出した段階で。自らが改竄しなければ彼女が産まれる時代が訪れないので、この辺りは鶏が先か、卵が先か、と言うややこしい問題なのですが。
 ……と言うか、実はタイムパトロールなどではなく、この世界の彼女は時間監視員(タイムウォッチャー)なんですけどね。現地採用(第二次大戦時の沿岸監視員のような物)の。そうしなければ、彼女に罪無しとは出来なかった上に、オイラの世界の絶対条件、ひとつの世界に同じ魂を持つ存在が同時に存在する事は出来ない、に致命的な矛盾が発生するから。
 邪神クラスなら分霊と言う方法も可能なのですが、人間でそれを為すのは流石に……。

 この辺りに詳しいSF小説でぱっと浮かぶのは、豊田有恒の「退魔戦記」と「モンゴルの残光」ですか。二作とも読めばよく分かると思いますよ。
 かなり古いSFですけどね。……多分、退魔戦記は、退魔と言う言葉を最初に使用した小説じゃなかったかな。菊池秀行が最初じゃないと思うよ。
 但し、退魔戦……。つまり、タイムマシーンと言う言葉に対して、鎌倉時代の武士が無理矢理に当て字をした物なのですが。まぁ、未来人自体が天狗扱いだったような記憶もあるから……。

 それでは次回タイトルは『告白。あるいは告解』です。
 
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