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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第四十六話その3 友達や部下の心情把握は重要です。

 帝国歴485年3月19日――。

総旗艦アイアース 通信ルーム
■ アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン
 通信ルームの一つに入り込んだ俺は、カロリーネ皇女殿下と会話している。いや、少し違うな。さっきから笑われっぱなしだ。どうも俺が道化になった気分である。まったく、情けないぞ。もっとしっかりしろ、アルフレート・ミハイル・フォン・バウムガルデン。

『あはははは!!面白いわね!!皆の前で、公衆の面前で、ロボス閣下を罵倒した若造はあなたが初めてじゃないの?よくその場でクビが飛ばなかったわね。ううん、殺されなかったのが超不思議だわ。』
「あの時は無我夢中だったんです。生きるか死ぬかの瀬戸際だったんですよ。意気消沈した司令長官を抱えて、目の前のたけり狂った敵を相手にできますか?」

 俺が仏頂面で言うと『ごめんごめん。』と片手で手刀を切るようにしてカロリーネ皇女殿下が謝ってきた。こういうところは前世からの転生者って感じだな。それに、俺が思うに、カロリーネ皇女殿下も多分前世は日本人なんじゃないかな。なんとなく似た者同士の匂いを感じるんだ。

 ま、それにしてもあの時はひどかった。戦闘が終わってほっとした総旗艦艦橋の空気は一気に俺を責める空気に変わっていった。戦いが終わった後の参謀長以下から俺はこってりとお説教を食らった。当然何らかの処分が下されることになるぞと怖い顔で言い渡された。その点は覚悟していたから、何も反論をしなかった。あの時は非常識きわまる行動だったがああいうしかなかったと自分では思っている。
 ところがだ、当のロボス閣下が俺を弁護してくれたのだ。

『この若造が儂に言った言動は非礼きわまるものであり、罰則は当然のことである。ただし、それは儂から言い渡したい』

 皆がびっくりした顔をしていた。俺もだ。いや、俺の場合は恐怖で震えていたな。総司令官直々の言い渡しだと、何をされるかわからないという思いがあった。

『閣下御自ら言い渡させることはありますまい。私から責任をもってバウムガルデン中尉にしかるべき罰をあたえますから――。』
『若造!!』

 ロボス閣下が俺に向かって吼えた。

『貴様に処分を下す。総司令部付きの副官補佐役に任命する。儂直属のだ。いいな?』

 皆が信じられないと言った顔をした。俺もだ。ロボスの直属の副官補佐だと?!どういうことだ?!

『閣下、それはあまりにも――』
『この若造が儂に放った言動はその真偽はともかくとして、儂を立ち上がらせるに十分であった。あのままではわが本隊は敵の前に壊滅していたであろう。副官の役目たるや、上官がその職責を全うできるように補佐をすることである。その点ではこの若造が儂に放った言動は最良のものであった。一介の中尉であるにもかかわらず、上官に対して言うべきところは言う、その姿勢は評価できる』
『しかし――』
『参謀長、貴官は軍隊を何と思っているか?』
『は――?』
『まさかとは思うが、上官の指令は絶対であり、上官の意見を求められないうちに発言することはご法度、などと思っているわけではあるまいな?』
『・・・・・・』

 ロボスは参謀長から俺に、俺から皆にぐるりと太った体を向けながらじろじろと視線を向けていた。

『平素はその通りだ。組織というものはそうでなくてはならん。ただし、戦場に置いて究極的な状況下にあっては、そのような姿勢は時として弊害を生むことになる。もしもこの若造が儂に意見しなかったら、全軍は崩壊し、もっと多大な犠牲が出たところだった。いや、下手をすれば全滅という事もありえただろう』

 ロボスは嘆息した。

『そうなれば責任問題はどうなるか?ひとえに総司令官個人の責任か?違うだろう。組織論を振りかざすのであれば、ヴァンフリート星域に展開した全軍の責任問題になる。正確に言えば手足(兵卒)には責任はないが、頭脳(司令官)とそれを補佐する器官(参謀)の責任と言ったところだな』

 皆が黙ってしまった。俺は意外な面持ちだった。ロボスは原作では無策、無為、無能の代名詞だと思っていたし、先ほどの戦闘を見てもそのように感じられる場面がしばしばあった。ところが、今皆に向かって話している姿はとても半ボケした老人とは思えない。一体どういうことだろう?
 考え込んでしまった俺をよそに、話はどんどん進んでいく。結局、ハイネセンに帰還し次第、辞令が交付され、俺はロボス閣下の副官補佐に任命されることとなると言われたのだった。

 しかし・・・・いいのだろうか、ロボスの副官で。アンドリュー・フォークが既に死亡してしまっているとはいえ、どうみても数年以内にロボス派閥は消滅するという予感しかしないのだが。


『ちょっと見直しちゃった』

 カロリーネ皇女殿下の声で、俺は我に返った。

『あなたって顔色が青っ白くてモヤシみたいな感じだったけれど、そういう胆力もあるんだね』

 胆力か、いや、ちょっと違うな。元々俺にはそんなものはない。一皮むけばまだ前世での大学生気分が払しょくできない。人間年を重ねてもなかなか内部の精神的骨格は成長しないんじゃないか。いくつになっても中坊、高坊のような大人もいるし、この現世だってよくそんな非常識な頭で軍隊に入ってきたなと思う奴も周りにたくさんいる。前世でのニュースでも時たまそういう奴らが常軌を逸した行動をすると報じていた。孔子様も言っていたが、人間30にして立つ、40にして惑わず、などというのはあくまでも「礼」に打ち込んだ人間がなしえるコースだ。のほほんと暮らしている者などは一生そのまんまなのだろう。

『でも、良かった』

 おやっと耳を会話に戻した。カロリーネ皇女殿下の声音が少し変わったようだ。

『あなたが無事で・・・・』

 何とも言いようのない気持ちになった。表現しづらい感覚だ。それが何なのかわからない、いや、まだわかりたくはない。でも、少しだけ嬉しかった。

「そちらの近況はどうですか?この3月で卒業でしょう?」

 俺は話題を変えた。カロリーネ皇女殿下がちょっとふくれっ面をしたような気がした。暖簾に腕押しだと思われたかもしれない。まぁ、いいだろう。

『苦労したわよ~。何しろこっちは年下扱いだもの。それを必死に頑張って戦闘技術を身につけて、大会で入賞するくらいの力をやっとつけて、何とかなめられずにここまで来たわ。でも、前線に出たら、またフィルターで見られるんだろうけれどね』
「いっそローゼンリッターにでも入隊しますか?」

 冗談めかして言った俺の顔をカロリーネ皇女殿下がビンタせんばかりに拳を突きつけてきた。

『冗談でしょ!?あんなむさっ苦しいところに入れって言うの!?あんた私を何だと思ってんの!?』
「20ウン歳のOLじゃなかったでしたっけ?」
『このバカ者』

 拳が目いっぱい画面に広がって、ディスプレイがコツンという音を発した。

「帰ってきたら覚悟しなさいよ。せっかくファーレンハイトやシュタインメッツと一緒にパーティーやろうって話をしてたのに。やめちゃおっかなぁ」

 どうもここいらが潮時らしい。俺が慌てた様に謝ると、カロリーネ皇女殿下がくすっと笑って、許してくれた。なんだかんだ言ってもこの人は素直だ。そういう人と知り合いになれ、ずっとやってこれたのは本当に良かったと思う。それにしても・・・・。

 ファーレンハイト、シュタインメッツか・・・・。これまで俺たちを見守ってきてもらったが、せっかくの才能があたら無駄になってしまっている。現在は二人は大佐待遇で無任所の身だ。幾度か宇宙艦隊第八艦隊に「陣借」して帝国軍と小競り合いをしてそこそこの戦果を上げたと聞いている。現に、今回のヴァンフリート星域会戦でも二人は第八艦隊にいるはずだ。どうなんだろうな、少し前まで肩を並べて戦っていた同胞を相手に殺し合いをするのは。

 確かに、俺たちと一緒に同盟軍として宇宙艦隊に乗り組んでもらえれば、心強い。最終的に同盟軍の諸提督の一翼として一個艦隊を率いてもらえれば、原作とは違い、同盟軍は格段に増強されることになる。

 だが――。

 それではファーレンハイト、シュタインメッツがラインハルト陣営と戦うことになってしまう。正直なところ、俺がそれが嫌だった。自分で自分の首を絞めるとわかっていてもだ。いっそ二人を返すか・・・。だが、二人がそれを望むだろうか。カロリーネ皇女殿下がそれを望まれるだろうか・・・。

「カロリーネ」

 俺は低い声で言った。通信は防音処理の部屋で行っているとはいえ、向こうも含めて盗聴されていないとも限らない。そのため二人きりの時を除き、皇女殿下の敬称を省くことを取り決めしていた。

『なに?』
「前々から思っていたのですが・・・・。このままファーレンハイトとシュタインメッツをそばに置いておくのはいかがなものでしょうか?」
『というと?』

 聡明なカロリーネ皇女殿下は俺が何を言おうとしているのかを察知したらしい。顔色が変わった。

「今のままでは二人の才能が無駄になってしまっています。あの二人を、帝国に逆亡命させ、ラインハルト陣営に戻した方が良くはないかと思うのです」
『・・・・・・』
「彼らは有能な人です。窮屈に翼をたたんで過ごさせるよりも、翼を広げて飛翔できる機会を与えたいのですが」

 カロリーネ皇女殿下が目をつらそうに閉じて、嫌々をするように首を振った。

「気持ちはわかりますが――」
『彼らを返してしまったら、私はあなたしか頼れる人間がいなくなるわ・・・・』
「・・・・・・」
『こんなことを言うとあなたにさげすまれるかもしれないけれど、ここにきても私はとても不安なの。心細いのよ・・・。胸を張ってあの二人を送り出せたらどんなにいいだろうって思うのよ。でもね、やっぱり駄目なのよね』
「・・・・・・」
『別にあなたが頼りないとかそういうことを言っているんじゃないの。ただ・・・心細いのよ。あの二人が帝国に帰ってしまえば、自由惑星同盟はなし崩しに崩壊して滅びていくんじゃないかって思うの。そうなれば私もあなたも死んでしまうかもしれない・・・・』

 思わずと息が出てしまった。カロリーネ皇女殿下が言っていることはある意味で自己中心的なものであるが、一個人の心情としては理解でき過ぎてしまう。そして、戦略的にも俺の意見は間違っており、カロリーネ皇女殿下の意見は正しい。
 ファーレンハイト、シュタインメッツを仮にヤン・ウェンリーの指揮下で一個艦隊を率いて戦ってもらうとする。むろん二人が完全にヤン・ウェンリーの采配に従えば、であるが、おそらく帝国軍相手にかなりの勝負ができるだろう。いや、むしろ原作以上の勝利を得られるのではないだろうか。
一流の名将二人をただで帝国に手放すというのは、常識人から見れば「何をやっているんだ!?」と言われかねない暴挙だ。ただ、二人を同盟が上手く役立ててくれるかどうかがなぁ・・・。
 自由惑星同盟はまだ崩壊すると決まったわけではない。ヴァンフリート星域で損害を被ったとはいえ、艦隊を逐次増強させ、イゼルローン要塞級の要塞工事も順調に進んでいる。帝国侵攻という愚かな行為にさえ出なければ、安泰なのだ。コーネリア・ウィンザーもサンフォードも、そしてアンドリュー・フォークもこの世界では既に死亡していなくなっている。帝国侵攻というカードを掲げる者は今のところいない。今のところは・・・・。

 妙だ。どうも自由惑星同盟が滅亡する姿しか浮かんでこないのはどうしてだろう?原作OVAの読みすぎ見すぎだったのだろうか。

 結局この問題の答えを出せないまま、カロリーネ皇女殿下との通信は終わった。


ランディール侯爵邸――
■ アレーナ・フォン・ランディール
 やっぱり久々の実家、気持ちいいわ~!ベッドがフッカフカだもの。戦艦のベッドってどうしてああも硬いのかしらね。まぁ、軍隊経験者じゃない貴族令嬢なんかは耐えられないかな。私は平気だけれど。
 マインホフおじいさまが私の討伐任務の無事終了を祝おうって言ってくださって、さっきまでうちの屋敷にいらっしゃっていたの。「おじいさまぁ~~!!」って抱き付いたらデレデレになってたわ。うん、しわくちゃだけれど、可愛いところがあるわね~~。でもあれで軍務省ではバッチリ皆ににらみを利かしているんだって、不思議よね~~。
 で、そのついでにおねだりしたのは、フィオーナとティアナの昇進の件。
イルーナたちがどんどん出世するとフィオーナ、ティアナたちとの差が開きすぎてしまうのよ。二人にはイルーナの艦隊の分艦隊指揮官として一緒にいてほしいのよね。せめてそれには准将以上になってもらわないと。ところが今の段階では二人は少佐。一応武勲を上げたっていうんで中佐に昇進予定なのだけれど。これじゃ差がドンドンと開く一方だわ。
 そこで私はマインホフおじいさまにお願いして、それとなく二人のことを吹き込んであげたわ。いずれ二人は最前線に駆り出される。そこで戦えば嫌でも武勲は立てられる。後はマインホフおじいさまや女性士官学校改革派のテコ入れで二人を強引に昇進させればいいわよね。特進できないってんなら、トントン拍子に出世させる下地とコネクションを作りあげちゃえばいいもの。
 後、例のベルンシュタイン中将だけれど、どうもキナ臭いわね。ヘルメッツ(だって髪型がそう見えるんだものww)のフレーゲルとくっついちゃって、コソコソとブラウンシュヴァイク公の屋敷に行ったりなんなりして、何をやっているんだか。この前なんか古臭いブラウンシュヴァイク公の持ち家の一つに入ったりしてさ。どうせまたラインハルトの暗殺か何かを模索しているんでしょう。やれやれだわ。
 せめてその才能をこっちに味方するように使ってくれないかなぁ。
 


帝都オーディン ラインハルト分艦隊 旗艦シャルンホルスト 
■ ナイトハルト・ミュラー少佐
 ヴァンフリート星域で帝国軍と同盟軍が会戦を行い、ビリデルリング元帥が戦死なされたという報告が帝都オーディンを震撼させている。ビリデルリング元帥と言えば、全身から火が出ているような猛将の人であられたが、そのような方でも同盟軍には勝てなかったのか・・・。何とも痛ましい限りであるが、一部の者が話しているように、あの華やかな戦死ぶりは元帥ならではの最期であった。死に場所を選ぶとしたらあの元帥閣下ならああいう場所をお選びになるのではないだろうか。死というものはどうも忌まわしいものだという感触でしかないが、同じ死ぬのであれば攻めてそう言った場所で死にたいものだ。
 何故、死という言葉が出てくるかと言えば、これはビリデルリング元帥のせいばかりではない。私自身が死にかけたのだ。
 最初は従卒が持ってきたコーヒーに異物が混入されており、二度目はベッドの中にガビョウが仕込んであった。三度目は訓練施設で射撃の演習中に背後からブラスターの閃光が飛んできた。どう見ても三度目は冗談では済まされないレベルだろう。ミューゼル少将とキルヒアイス少佐がかばってくださらなかったら、私はどうなっていたかわからない。
 いつからかはっきりしないが、その原因は想像がつく。どうもイゼルローン要塞でフロイレイン・フィオーナと会話をして以来狙われているようなのだ。
 馬鹿な!!たった一度楽しく語らったからと言って、それをあたかも恋人のごとく扱うというのはどういうつもりなのだ!!世の中にはこれほどの嫉妬があふれているというのか!!散々嘆き悲しんでも暗闇に隠れた嫉妬深い「暗殺者」どもは姿を現さない。
 どうも気が滅入って仕方がない。そんな愚痴を久しぶりに通信室で僚友たちに話すと、皆が笑った。他でもないアントン・フェルナー、そしてギュンター・キスリングだ。

『そうかそうか。お前もオスカー・フォン・ロイエンタール中佐のように狙われるような色男になったか。良かったじゃないか』

 どうもアントンの場合には言うこと成すことが冗談のように聞こえない。

「良くはない。もう少しで死ぬところだったのだぞ」
『アントン、少しはナイトハルトのことを心配してやれ』

 ギュンターがたしなめた。

「いいんだ。元々俺などには似合わない人だと思っていた。それを分不相応に話などしたから、こういうことになったのだ」
『ナイトハルト!』
『お前――!』

 僚友たちが口々に声を上げるのを、力なく両掌を上げて制した。僚友たちと話せば少しは気が楽になるかと思ったが、自分の不甲斐なさだけがさらされてしまう気がしてならない。アントン、ギュンターには何の罪もない。悪いのは自分なのだ。

「もう、いいんだ。卿らには埒もないことを言ったな。すまなかった」

 そうだ、元々俺がフロイレイン・フィオーナと出会わなければ、こういうことにならなかったのだ。しかし情けないぞ、ナイトハルト・ミュラー。こう気が滅入っていては、軍務に支障が出るではないか。なんとかしなければ・・・・。だが、どうやって・・・。





* * * * *

 悄然と通信を切ったミュラーが通信室を出ると、思いがけない人物とぶつかった。

「ミュラー、どうした?元気がないではないか」

 ぎょっとしたミュラーが顔を上げると、そこにはラインハルトとキルヒアイスが一人の女性と一緒に立っていた。プラチナブロンドの髪を後ろでまとめた美しい顔立ちの女性は言うまでもなく、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトだった。バーベッヒ侯爵討伐でミュラーと既に旧知の中である。

「ああ、いえ、その、別に何でもありませんが・・・・」
「そうか?どうも顔色が悪い様子だが・・・もしも体調が悪いのなら無理をすることはない。早退して差し支えないぞ」

 自分はそんなにも悪い顔色をしていただろうか。そう思ったミュラーは努めて気分を明るくさせようと、

「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけし、申し訳ありません」
「そうか、ならばいいのだが。いや、実は卿を探していたのだ。イルーナ姉上が卿に渡したいものがあると言っておられてな」

 ラインハルトはイルーナを見た。

「私を、ですか?」
「ええ」

 イルーナ・フォン・ヴァンクラフトがかすかに微笑んだ。訳もなくミュラーは顔が赤くなるのを感じていた。美人の異性から渡したいものがあると言われれば、大抵の男の心はさざ波が立つというものである。だが、ミュラーの淡い期待はすぐに裏切られた。

「ごめんなさいね」

 イルーナが微笑を消して軽く頭を下げてきたのである。

「何でしょうか?小官が何か致しましたか?」
「ええ、あなたはフィオーナ・フォン・エリーセルとイゼルローン要塞で話をしていましたね」

 今度はミュラーの顔色が顔面蒼白になった。ミューゼル分艦隊の中ならともかくとして、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトまでが知っている。アントンとギュンターは帝都オーディンにまで噂を広めまくっていたのか!?奴ら一体誰にまで話したんだ?!もしかして帝都中の軍人たちがそのことを知っているんじゃないか・・・・。
 そのことを改めて認識せざるを得なかった。もう駄目だ・・・俺はもうおしまいだ・・・・。今に大量の暗殺者どもが押し寄せてくるだろう・・・。いっそ軍をやめて故郷に帰るか――。

「フィオーナ・フォン・エリーセルは私の教え子なのです」

もし、鏡があったら、ミュラーの何とも言えない唖然とした顔を映し出していただろう。目の前の砂色の髪をした青年の呆然面がおかしかったのか、ラインハルトたちが笑い出した。

「そうなのだ、そして、フロイレイン・フィオーナからイルーナ姉上に小包が届いてな。そのためにここにこられたのだ。卿にはきっと見覚えのあるものではないかと思うぞ」

 途端にミュラーの脳裏に雷鳴のごとく浮かび上がった品物がある。

「私がそのことを知ったのはあの子から相談されてからでした。ごめんなさいね。そうと知っていたらもっと早くするようにせかしたのですけれど。失礼でしょうと、私からよく言って聞かせました。許してくださいね」

 大切に包装された透明な包みの中には、見間違えようもない、ミュラーの愛用のハンカチが入っていた。綺麗にたたまれて。

「許すも何も・・・・」

 ミュラーはそういうのがやっとだった。

「あの子はよくあなたのことを話題にしていたのですよ」

 イルーナが「これはあの子から言付かってきた手紙です」と言いながら、ミュラーに封書を渡した。

 信じられなかった!!フロイレイン・フィオーナが俺のことを、忘れていなかったとは!!話題にのぼせてくれていたとは!!しかも手紙を付けてハンカチを返してくれるとは!!!

 あまりのことにミュラーはどういっていいかわからないほど口ごもりまくり、それでもやっとのことで礼を述べながら手紙とハンカチとを受け取った。

「それと、卿が狙われる理由はイルーナ姉上から聞いて得心がいった。私とイルーナ姉上に任せてもらおう。少々ばつの悪い思いをするかもしれないが、卿を『暗殺者ども』から解放してやろう。良いか?」

 願ったりかなったりである。多少自分の身に不都合があったとしても、これ以上狙われるよりはずっとましだ。

「そして、やはり卿は休んだ方がいいだろうな」

 ラインハルトが笑みを浮かべながら言った。その笑みは冷笑でも失笑でもなく、部下の気持ちを汲んで見守っている上官の顔だった。

「休むが良い。そしてフロイレイン・フィオーナに手紙を書き送ってやることだな」
「し、しかし――」
「素敵な女性からの手紙を反故になさるのは、ミュラー少佐らしくはありませんよ」

 キルヒアイスが穏やかに言う。

「あの子もきっと喜びます。ぜひ書いてあげてくれますか?ミュラー少佐」

 こうまで言われたらむしろ断るのが失礼になる。ミュラーは「では、お言葉に甘えてそうさせていただきます。失礼します。」と敬礼し、背を向けたが、その足取りは飛ぶように軽く、あっという間に居住区に消え去ってしまうほど素早かった。

「感謝するわ、ラインハルト。キルヒアイス」

 イルーナが二人に顔を向けた。

「いえ、ミュラーは得難い部下ですし、私個人にとっても良い相談相手です。そういった人間が意気消沈しているのを見るのは忍びない」
「ええ・・・」

 イルーナはうなずきながらこう思っていた。

(部下思いのラインハルト、か。いつまでもそうあってほしいわ。昇進し権力を握っても、変わることのないように祈りたいわね)

 ラインハルトが原作においてケンプ、レンネンカンプらを「捨て石」にした感は否めなかった。本人が「積極的」であったか「やむを得ない事」と割り切っていたか、それはイルーナにはわからない。
覇者であれば犠牲の上に当極することは切っても切り離せない事項であるが、だからといってその「犠牲」を積極的に現出させることはあってはならないことだと思っている。ラインハルトがケンプらに対してそうしたという事ではない。当人がどう思おうとも、それを判断するのは周囲の人間なのだ。ラインハルトに誤解を招くような行動をしてほしくはない。彼には正々堂々と道を歩んでいってほしいというのがイルーナら転生者たちの願いだった。
 部下を「捨て石」にするのはシミュレーションゲームなどで沢山だと彼女は思っていた。

 
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