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約1つのラベルと心臓

作者:臣杖特
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第n+0話 あなたの足を少し埋める

 今日起きて初めて見たものは、まるで地球みたいな真っ青な空だった。
 二会手(にえで) 夏雄(なつお)はゆっくりと半身を起こしながら、今自分がどういう所にいるのかをざっくりと目で調べた。
 夏雄は変わった体質をしていた。目が覚めると、異世界にいることがしばしば起こるのだ。
 12歳で起きたそれは年を経る毎に頻度を増していき、最近では、3日に1度は異世界に飛ぶようになった。
 夏雄はベッドの感触を尻で確かめながら空を見た。
 それは空という名前ではないかもしれないが、何度も異世界に旅立つ夏雄は、正しい単語の名前を気にしないようになっていった。遅くとも1日程度で日本に帰ってくることもそれに拍車をかける。要は、めんどくさいのだ。
「ガラス……?」
 空を注視すると微妙にそれはそのまま空ではないように見える。透明な何かがこの部屋の天井になっているようだ。
「この世界の太陽は、物の色彩を鮮やかにして美肌にも効果があるそうよ」 
「あーー……」
 突然こっそり部屋に入ってきた夏雄と同い年ぐらいの少女は、何度も見たことのある日本人だった。
 取り敢えず、朝起きて人の顔を見たら言うことがある。夏雄はまずそれを優先した。
「おはよう」
「おはよう。今日の朝食はラガゴッチュゴネズザよ」
「それ食いもんか?」
「あなたは異世界健啖探検記の締め切り近いでしょ。ラガゴッチュ夏雄君」
「誰だよ」
「そう?ラガゴッチュって、打首にされた首って意味なんだけど?」
「俺関係ねぇじゃねぇか」
「でも夏雄君、首から上と首から下と首しか無いでしょ?」
「それ以外何があんだよ」
 彼女の名前は侍乃公他(じおれた) 美都子(みつこ)。端的に言うなら、夏雄は美都子のことをあまり知らなかった。
 日本では全く会ったことが無いが、夏雄が異世界に旅立つと、必ず彼女が近くにいるのだ。
 後知っていることは、取るに足らない冗談が好きだということだ。夏雄は探検記など出す気は無い。
 木材系に見える階段を美都子と2人でトントンと降りると、老夫婦がこちらを見て顔をほころばせた。
「おはようございます」
「おはようございます」
 美都子につられた、先制での挨拶。
「ああああああああらららららららら、起きたのねぇ起きてよかったわねぇ」
 老婆が楽しそうにこちらへ手招きした。夏雄は異世界によく行くので、親が流行りにつられて買ったお下がりの万能翻訳機を常備している。
「あなたこっち来た時、横断歩道か線路か何かみたいに倒れてたのよ」
 美都子が小声で補足した。
「よく分かんねぇよ」
 小声で返しつつ、改めて老夫婦を見やる。
 肌の基調は肌色。気持ち薄め。歳のせいか黄土色めいたシミが僅かに見られる。髪の色は絵の具のような深緑。年齢は夏雄の祖父母と大差無いだろう。
「おおおおやややや、ささ、ソーセージを焼いたよ。食べてくれ」
 翻訳機を概要翻訳モードにすると、肉を細い物に詰め込んだものは大抵ソーセージと訳される。無論、何が要点なのかにも依るが。
 各々がテーブルにつくと、老婆の方がフライパンから確かにソーセージを4つの皿に滑り分けた。
「ああらら、さ、食べましょ」
「「いただきます」」
 夏雄と美都子の日本式挨拶が被る。
「おおおおやややや、いただきますというのか。近頃の人間は」
「ええ。まず手始めに街中で流行らせて、市場をいただきますで埋め尽くして、ゆくゆくは全次元共通語にしたいと思っているんです。夏雄君が」
「俺かよ」
「あああららら、夢見ることはいいことよねぇ。あなた達日本ってとこから来たんだって?いただきますを流行らせに」
「私はただの付き添いです」
「違いますからね。こいつの言ってること嘘ですからね」
 夏雄は箸を止めて丁寧に反論を試みた。
「あああららら?」
「彼に夢を持って欲しくてちょっと誇張しました」
 美都子は箸でソーセージを切ると口に入れた。
「ちょっと誇張じゃねぇよ完全に嘘だよ」
「あら?夏雄君に夢を持って欲しいと思ってるのはホントよ?そうなの?」
「俺に聞くなよ」
「だって、夏雄君が夢を持つようになると、鼠が枇杷の実で猫と仲良くなって仲良し砂嵐でしょ?」
「何の話だよ」
「れっつからおけや!」
「わけ分かんねぇよ」
「あ、琵琶じゃなくて三味線だった」
「だから何の話だよ」
「夢を持つことで夢を持てるねって」
「そりゃそうだろうな」
「おおおおおややややや、もしや2人は、コレかい?」
 そう言って老夫は左手を波にさらわれるわかめのように動かした。さしもの翻訳機も、文字とジェスチャーには対応していない。
「角度が20°足りないですよ。……あ、ポテトあんみつのおかわり下さい」
 美都子は住み慣れた居候のように、皿を前につきだした。
「ああああらららら」
 老婆が美都子の皿にポテトあんみつを盛りつけたとほぼ同時に、
 夏雄の体が、場所を変えずにふわっと浮いた。
「っ、さよならっ!」
 約1秒、言葉が届いたかどうか確認すら取れないまま、
 起き慣れた家のベッドで目を覚ました。
「っと……」
 物置と化した勉強机の上に、鮮やかな赤色の付箋が1つ貼り付けてある。
 家に帰ってくると、いつも同じ場所にそれはあるのだ。
「今日はかなり早かったな……」
 ぶつぶつと感想を呟きながら付箋を剥がして手元にもってきた。
『孟母三味線紫外線 美都子』
「……」
 考えるのをやめて付箋をゴミ箱に捨てると、夏雄は改めて家に帰ってきたことを実感した。 
 

 
後書き
書いてて眠いです。字数少なめだけどこっから増やすかはテンション次第。 
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