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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百三十六話 五箇条の御誓文

帝国暦 487年10月 6日   オーディン 宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


一、 広く会議を開設し、何事も公の議論によって決めること

一、 上に立つ者も下に立つ者も心を一つに合わせて国のため、活動にはげむこと

一、 臣民はみな一つとなって、それぞれの志を遂げることができるようにしなければならない、帝国臣民が失望したりやる気を失うことがないようにしなければならない

一、 古くからのしきたりに囚われず、道理に基づいて行動すること

一、 知識を広く求めて、大いに帝国を発展させるよう努めよう

帝国は今、未曾有の改革を行なおうとし、予自ら臣民に率先し、大神オーディンに誓い大いに帝国の国是を定め帝国臣民の繁栄の道を求めんとする。 帝国臣民は予と共に心を一つにし帝国千年の繁栄のために努力すべし。




うん、こんな感じかな。もう少し、いや、かなり文章を校正する必要はあるが、主旨は大体良いだろう。後はフリードリヒ四世、リヒテンラーデ侯、ゲルラッハ子爵に任せよう。適当に直してくれるだろう。

俺が夜一人でウンウン唸りながら考えているのは十五日に発布される勅令の前に、皇帝フリードリヒ四世が帝国全土に宣言する、新帝国が改革によって目指す国家像だ。

昼間こんなものを作っていたら大事になる。そんなわけで夜、誰にも知られないように作っているのだ。ヴァレリーにも内緒の作業だ。

参考にしたのは、明治政府による「五箇条の御誓文」だ。それまでの幕藩体制を捨て近代国家を目指そうとした明治新政府が、そのために日本国民皆で頑張ろうと宣言した文章……。

俺はあの御誓文が好きだ。上からの目線ではなく、手を取り合って一緒に国を発展させていこうと言っている姿は当時の明治新政府の気負い、不安、希望、そんなものが詰まっているような気がする。

今の帝国はこれまでの一部特権階級である貴族中心の政治から脱却しようとしている。まさに帝国の明治維新だ。これから先どんな困難がおきるか分からないがフリードリヒ四世による御誓文が皆を勇気付けてくれるだろう。

良いね、うん、実に良い。戦争だの謀略だのやっていると時々うんざりする。御誓文のように皆に希望を与え、国の進む方向を示す文章を作るほうがよっぽど楽しいし、世の中のためになる。

やっぱり政治っていうのは人を幸せにして何ぼのもんだ。人を殺す戦争だとか、人を騙す謀略なんて碌なもんじゃない。あんなのが得意でも何の自慢にもならん。

宇宙から戦争を無くす、その後は弁護士か官僚だな。やっぱり元が公務員の所為かな、そういう公共の仕事につきたいと思う。

帝国の明治維新か、俺は誰に相当するのかな? 坂本竜馬? 大久保利通? 西郷隆盛? 吉田松陰?高杉晋作? ……どれも最後は良くないのは何でだろう、改革者は終わりが良くないということか。落ち込むからあまり考えない事にするか……。

楽しい仕事が終わった所で、碌でもない現実を見るか。現実逃避の時間は終わりだ。ようこそ、陰謀と野心家達の世界へ。……リューネブルクの言うとおり、宇宙艦隊司令部の内部ではラインハルトの動向を危惧する動きがある。

助かるのはラインハルトがそれに気付いていない事だ。元々、周囲の空気を読むなんてことをするような性格じゃないからな。あっけらかんとしている。あの様子だとオーベルシュタインはラインハルトの耳にまだ毒を入れてはいないだろう。

オーベルシュタインもラインハルトが芝居の出来る人間だとは思っていないようだ。あるいはこちらを警戒しているのか。ラインハルトの耳に入れるとすれば、やはり俺を殺す直前、直後だろう。

つまりラインハルトは今の時点では何も知らないと見ていい。あるいはずっと知らないままかもしれない。原作でもそんな事は結構あったからな。気楽で良いよな、ラインハルト。お前さんがうらやましいよ。

それに比べてこっちはオーベルシュタインとフェルナー、それにボルテック、おまけに馬鹿で単純なアホ貴族の相手をしなければならん……。碌でもない面子だ、全部一つにまとめてブラックホールに投げ込んでやりたい。

それが出来たら随分と宇宙も平和になるだろう。いや、ブラックホールも飲み込む前に吐き出すかもしれん。

ラインハルトが別働隊の指揮官を指名してきた。ロイエンタール、ミッターマイヤー、ワーレン、ルッツ、ミュラー……。聞いた瞬間、予想通りなのでうんざりした。もちろん顔には出さなかったが。

ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラーはこれまでもラインハルトの分艦隊司令官を務めている。ラインハルトから見れば気心が知れているのだろう。

ワーレン、ルッツは攻守にバランスが良く性格もどちらかと言えば温厚で歳若い上官からは性格面、能力面の双方で使いやすいタイプだ。原作でキルヒアイスの副将を命じられているのもそれが理由だ。

つまり、俺が本隊として率いるのはメルカッツ、ケスラー、メックリンガー、クレメンツ、アイゼナッハ、ケンプ、レンネンカンプ、ビッテンフェルト、ファーレンハイト……。

極端な顔ぶれになる……。知将タイプのケスラー、メックリンガー、クレメンツ、猛将タイプのケンプ、レンネンカンプ、ビッテンフェルト、ファーレンハイト。堅実なのはアイゼナッハだけか。

軍隊も野球と一緒で四番打者が揃っていれば良いというわけじゃない。その場その場で必要とされる能力が有る。別働隊に比べ本隊は運用が難しくなりそうだ。メルカッツ提督には負担をかける事になるな。後でまた相談しなければならんだろう。

それにしても、やはりラインハルトとケスラーは上手くいっていない。ケスラーはラインハルトの参謀長を一時務めたのだ。本来なら彼が別働隊に入ってもおかしくない。

それなのにケスラーは選ばれていない。シャンタウ星域の会戦でもケスラーの位置はラインハルトから離れた場所にあった。意識してやったわけではあるまい。だから却って始末が悪い。

本来ならケスラーは宇宙艦隊の総参謀長になってもおかしくなかった。だが第三次ティアマト会戦でラインハルトとの間に指揮権問題で隙が生じた。あれ以来二人の関係はおかしくなっている。

メックリンガーも同様だ。あの戦いでラインハルトとの間に距離感を生じている。本来ならメックリンガーもケスラー同様、宇宙艦隊の総参謀長が務まる男だ。

だがその二人を総参謀長に出来なかった事がラインハルトの今を作り出している。どちらかを総参謀長として傍においておけばイゼルローンの敗北は無かっただろう。今も宇宙艦隊司令長官だったはずだ。

おかげで俺も苦労している。俺があの二人のどちらかを総参謀長にすれば、政治面を重視するならケスラーを、軍事面重視ならメックリンガーを選べば副司令長官のラインハルトと何処かでぶつかるだろう。それを防ぐために俺が動くとなれば、それが原因で俺が疲れてしまう。総参謀長を置いても置かなくても負担は一緒という事になる。

その結果、俺は総参謀長無しでやっている。ワルトハイムはあくまで俺の艦隊の参謀長で宇宙艦隊の総参謀長ではない。

ラインハルトの欠点だ。自分に批判的な人間を傍においておく事が出来ない。ケスラーもメックリンガーも冷静な男だ。原作でもラインハルトに対して冷徹と言っていい観察をしている。

この世界ではそれがより強く出た。ラインハルトは二人が自分に対して批判的だと感じたのだろう。だから遠ざけた。常に傍に自分を肯定するキルヒアイスがいる事の弊害だ。

別働隊の連中には苦労をかける事になる。後でねぎらってやらんとな。特にミュラー、あいつは最年少だし、人が良いし苦労を自ら背負い込むような所がある。多分あいつらはゼーアドラー(海鷲)にいるだろう。後で行ってみるか……。

ラインハルトの欠点はもう一つある。実戦指揮官としての性格が強すぎるのだ。あるいは武勲を上げる事に固執しすぎるのかもしれない。つまり結果重視、勝てば良いという考えを露骨に出す。

今日もそれが出た。捕虜交換で内乱を起させようとか、得意そうに言いやがる。もう少しでお前何考えてるんだと怒鳴りつけそうだった。腕を叩いて落ち着かせたが。

転生する前は捕虜交換を利用した内部分裂工作にそれほど強い嫌悪感を抱いていたわけではない。いやむしろ嫌悪感など全く無かった。しかし、この世界に来てかなり考えが変わった。

捕虜交換だが、これは通常何かしらの政治的な理由や目的があって行なわれる場合が殆どだが、それでも人道的な側面も持つ事も確かだ。原作でもラインハルトは同盟が人道を持って捕虜交換に応じてくれたと感謝を言葉にしている。

言ってみれば、これは相手を信頼して行なう一種の紳士協定だと俺は考えている。互いに人道的に行動しましょう、反則はなしですよ、そういう事だ。それを内部分裂に使う……、人道って何だ、さっきの感謝は何なのだ、そう言いたくなるのは俺だけだろうか。

バグダッシュは内乱がラインハルトによって引き起こされたものだとヤン・ウェンリーに言われても信じなかった。俺はバグダッシュが甘いとは思わない。いや、甘いのかもしれないが人としては正しいし、誇りに思って良いと思う。

むしろこんな策を考えたラインハルトやオーベルシュタイン、策が実行される前に見抜いたヤン・ウェンリーの方が異常だ。ヤン・ウェンリーが軍人という職業を嫌ったのは自分が異常だと気付かされることがあったからだと思うのは考えすぎだろうか。

トリューニヒトの同盟政府がラインハルトを選ばなかったこと、亡命政権を交渉相手に選んだのも単純に判断ミスとは言えないのではないだろうか。

原作の同盟政府が、帝国内で行なわれている改革に気付かなかったとは思えない、いやそんな事はありえない。だとすれば改革者としてのラインハルトに対して好意を持ってもおかしくない。

しかし、彼らは亡命政府を交渉相手に選んだ。何故か? 理由は焦土作戦と捕虜交換だと思う。同盟政府の常識に照らしてみれば、焦土作戦や捕虜交換を利用した内部分裂などどちらも有り得ない事だった。

つまり、同盟政府はラインハルトを信じられなかったのだと思う。その事が彼らにラインハルトを拒否させた……。むしろヤン・ウェンリーがラインハルトを高く評価し続けたほうがおかしいとも思える。

焦土作戦を取ったラインハルトを何故ヤン・ウェンリーは高く評価するのか……。同じ資質を持っているからではないのか……。同盟政府がヤン・ウェンリーを査問にかけたのもこう考えると単なる嫌がらせとは思えなくなる。

同盟の軍事介入を防ぐだけなら、俺の言ったように一年後の交換で十分だ。もしそうしていれば、同盟政府は亡命者を受け入れなかったのではないだろうか。ラインハルトは同盟が自ら滅亡の道を選んだと考えていたが、選ばせたのはラインハルト自身だろう。

帝国にもラインハルトを危惧する人間はいただろう、カール・ブラッケだ。彼がラインハルトに対して批判的だったのもラインハルトの資質に信じられないものを感じたからだろう。

彼はラインハルトの改革も所詮は権力奪取の一環で権力基盤が安定すれば改革者の顔を捨てるのではないかと考えた。改革者が圧制者になる、つまりラインハルト・フォン・ローエングラムが第二のルドルフになる……。

ラインハルト晩年の戦争はどう見ても、感情によるもので理性によるものではなかった。ブラッケの不安は増大する一方だったろう。

ラインハルトの死は自然死ではない可能性が有ると俺は考えている。ラインハルトが皇帝病と言われる病気にかかったのは事実だろう。しかし、治療が適切に行なわれたとは限らない。

ラインハルトを危険だと考えた改革派の一部が医師に命じてラインハルトを病死させた。その可能性が無いだろうか。ラインハルトが死ねば戦争は終わる。そしてラインハルトが死ねばオーベルシュタインが失脚するのは眼に見えている。

あとはヒルダを中心に政治を行なえばいい。政治家としてはラインハルトよりもヒルダのほうが信じられる。そして戦争が終わる以上、軍人の時代が終わり文官達の時代が来る。そう考えた人間たちがいたとしてもおかしくないだろう……。




 
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