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英雄の失態

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第五章

「君はそのネイ元帥に逃げる様に勧めたな」
「手配もしたうえでな」
「そうしたのだな」
「それがどうかしたのかね」
「君にしては珍しい」
 ややシニカルにだ、タレーランはフーシェに言った。
「多くの政敵をギロチンに送り込んだが」
「冤罪で、というのだね」
「違うかね」
「馬鹿を言うんだ、彼等には罪があった」
 フーシェがこれまでギロチンに送った者達はというのだ。
「それに相応しいな」
「そう言うのかね」
「そう、彼等には罪があった」
 またこう言うのだった。
「だからギロチン台に行くことになったのだ」
「微罪でもかね?」
「その時にそうした罪を犯していたのだ」
 ジャコバン派の時代、総裁政府の時代、ナポレオンの時代それぞれでだ。
「それでだ」
「だからか」
「そうだ、それでだ」
「それでなのか」
「そうだ」
 こうタレーランに言い切るのだった。
「私に疚しいところはない」
「言い切ったな」
「その通りだからだ、そしてだ」
「ネイ元帥にだね」
「彼は罪を犯していない、フランスに対しては全くな」
 フーシェは先程とは全く違う言い切りをした。
「だから助けたかったが」
「彼は断ったな」
「残念なことだ、亡命しなかった」
 実際に眉を曇らせてだ、フーシェは言った。
「銃殺は免れない」
「そうだろうな、彼は王に憎まれている」
「必ずそうなる」
「そうだな、そして君は今フランスに対しての罪と言ったが」
 タレーランはフーシェのこの言葉についても言及した。
「彼は罪を犯したな」
「そうだな、フランスにとって害になる存在になっていた」
 フーシェも応える。
「おかしくなってな」
「そうだな、しかし君も私も彼を死刑にしようとまでは言っていないな」
「そのことを言うか」
「それはどうしてか」
「決まっている、確かにおかしくなっていたが」
 ナポレオン、彼はというのだ。
「そこまでの罪を犯していないしそこまでおかしくもなっていなかったからな」
「だからだね」
「私はそこまで言わなかったししなかった」
「そして私も」
「そういうことだ、しかし君は違う」
 ここまで話してだ、フーシェは。
 その目を鋭いものにさせてだ、タレーラン自身にはこう言った。
「まだ君の専用の部屋はある」
「おや、まだあったのか」
「何時でも来てもらう用意がある」
「さて、私は君の旅行先を考えているが」
「それをか」
「旅行の趣味があるのならどうかね」
「断らせてもらう、だが言った通りだ」
 今しがた、というのだ。
「君は違うからな」
「お互いにそうだな」
 タレーランはフーシェのその言葉を正面から、そして悠然と受けていた。二人はそうした話もしたうえで密談を終えて別れた。
 ナポレオンはエルバ島から戻ったがその時代は百日で終わった、それは何故かと考えるとやはりワーテルローでの失態が大きい、そしてその失態の要因は既に彼自身が持っていたのかも知れない。彼の傍にいてそのうえで裏切り失脚に追い込んだ二人が見た通りに。


英雄の失態   完


                         2016・4・17 
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