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もち月を

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第二章

 畏まってだ、こう詠った。

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

 この歌を聞いてだ、公卿達は。
 口々に持て囃したがだ、世間ではこうしたことを話した。
「最早この世は自分の世か」
「また恐ろしいことを言われる」
「幾ら権勢があるとはいえだ」
「その様なことを詠われるとは」
「あまりにも不遜ではないか」
「幾ら関白様とはいえ」
 こう言うのだった、だが。
 内文はこのことについてだ、内善に言った。
「わかるな」
「はい、娘御がまたしても帝の后になられ」
「そのうえでな」
「権勢を極められ」
「もうこれ以上はないということじゃ」
「だからこの世を我が世と言われ」
 内善も言う。
「そしてですな」
「満月が欠けることはない」
「満ち満ちている、つまり」
「あの方は今で満足しておられるのじゃ」
「そういうことですな」
「あの方はあれ以上は望まれぬ」
「もうこれ以上はないとご存知で」
 そして、というのだった。
「しかもですね」
「これ以上望むものでもないとな」
「ご承知だからこそ」
「あの方は満足しておられるのだ」
「今で」
「そういうことじゃ、後はな」
 何もかもに満足した、それならばというのだ。
「もうあの方は月が欠けるのではなくな」
「満了なるままに」
「生きられる」
「そうなりますな」
 内善は師に話して頷いた、そして二人が話した通り。
 道長はこの後仏教にこれまで以上に深く帰依して出家までしてだった、後は法成寺の建立に力を注いだ。最期は背の腫れものに苦しみながらも念仏を唱えて経に囲まれ自らもそれを唱えつつこの世を去った。
 それを聞いてだ、内文はまた内善に言った。
「まこと極められ満足された」
「そうした方のですな」
「生涯であられたな」
「左様ですね」
「あれこそがな」8
 まさにというのだ。
「これ以上はないお最期じゃ」
「苦しまれても」
「もう満ち足りておられたからな」
「念仏を唱えらつつ」
「この世を去ることも出来たのじゃ」
「もう欲はなかったのですな」
「もち月のままじゃった」
 彼が詠んだ通りにというのだ。
「そのうえでじゃ」
「いや、それはです」
 ここまで師と話してだ、内善は言った。
「我等でも」
「そうはおらぬな」
「はい、あの様にこの世を去られるとは」
「人に欲はある」
 内文はあらためて言った。
「このことは事実じゃ」
「そして欲を捨て去ることは確し」
「それから離れることはまことに難しい」
「ついつい溺れてしまいますな」
「しかしそれを知りな」
「足るを知れば」
「もうそれでじゃ」
 まさにというのだ。
「充分となりな」
「あの方の様に」
「何の憂いもなく去ることが出来るのじゃ」
「そういうものなのですか」
「そうした去り方もある」
 内文は実に落ち着いたまま述べた。
「人にはな」
「そういうものであるのですね」
「何もかも極めて満足したうえでということもな」
 そこからもというのだ、内文はこう内善に話し内善も頷いた。そのうえで道長がこの世を去ったことについて思いを寄せるのだった。


もち月を   完


                      2016・2.21 
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