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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第四十六話 イゼルローン要塞に帰ります・・・・。

 宇宙艦隊司令長官戦死!!


 この情報はミュッケンベルガーが硬く秘匿したため、すぐには前線将兵にはもたらされなかった。無理もない事である。
 彼は本隊を方円陣形にし、火力と火線の適宜集中を行い、部隊の崩壊を防ぎながら倍する敵と戦って撤退している。その傍ら彼は当初中央戦場で戦っている残りの2万余隻とグリンメルスハウゼン艦隊に対して、撤退指令を下したのであった。

 この時、第十艦隊旗艦を轟沈させ、その艦隊を壊滅させ、殺到してきた第五艦隊と戦っていたグリンメルスハウゼン艦隊はどうしていたか?
 まだ戦闘は続いていたのだった。第五艦隊に対しては、フィオーナは麾下の艦隊の高速艦隊を突撃させること3度、敵の右翼のみを集中攻撃することで穴を作ろうとしていた。左翼には手を出さずもっぱら砲撃戦闘のみを継続させている。本隊に対しては麾下の戦艦部隊の主砲を集中斉射させ、司令部直属艦隊に穴をあけさせようとしていた。たえず司令部に攻撃が集中することこそ、心理的に最も動揺を誘うのだということを彼女は前世からの経験で知っていた。
 現在の戦況はというと、第十艦隊の残存部隊を帝国軍部隊2万隻が追い散らしているところであり、その余剰戦力がビュコック中将の第五艦隊の、帝国側から向かって左側面に回り込んで攻撃を仕掛けているところである。それに呼応してフィオーナが臨時に(?)指揮を執っているグリンメルスハウゼン艦隊が相対して正面から攻めたてている。
 だが、これ以上攻めても無駄なだけだろう。フィオーナはそう思った。30分ほど前から、敵の攻勢がゆるくなり、逆に守勢に徹している。こういう時は何かあるものだ。

「いっそこちらが有利な状況を展開できている間に、撤退するというのも一つの手なのかもしれません」

 フィオーナはリューネブルク准将に話しかけた。

「撤退?」

 不思議な言語を聞いたかのような反応をされた。

「はい。こちらの戦況に変化がないのに、敵の攻勢が緩くなったということは何かが別の戦場で起こったということです」
「ほう、なるほどな。俺には全体の戦局はわからん。だが、貴官の撤退という言葉は正しいかもしれん。前方の敵艦隊の守勢は崩せそうにない。もし貴官が直に指令できるのであれば、状況は変わったかもしれんが、今の電文指令ではどうしてもタイムラグが出てしまう」

 そこが弱点であった。リアルタイムで通信すれば、間違いなく艦隊は大混乱に陥る。そうなれば間違いなく軍法会議ものである。
 ちょうどその時、通信主任がミュッケンベルガー大将からの通信文を傍受したと伝えてきた。ところどころ電波妨害のために欠けているが、数度にわたって送られてきているので、内容はわかった。

「・・・・・・・」

 無言で読み下したフィオーナは黙ってリューネブルク准将に通信文を渡した。

「なるほど、撤退か。貴官の読みが当たったようだな。副司令官ミュッケンベルガー大将の名前で来ているということは、司令長官は戦死でもなされたか」
「可能性はあります。普通ならば秘匿するのが一般的です。ですがこの場合には正しいかもしれません。動揺は起こるでしょうが、なまじビリデルリング元帥からの通信文では撤退の理由がわからないと交戦継続を望む将官が詰め寄り、結果として撤退の好機を逸してしまうでしょうから。特にこの宙域での戦いについては、私たちが勝利しつつありますし・・・・」
「いい潮時だ。もう数時間で睡眠剤の効き目も切れる。そうなる前に艦隊を安全圏内に離脱させた方がいいかもしれんぞ」
「はい」

 うなずいたフィオーナは全軍に指令した。すなわち、敵に対して苛烈な砲撃を30分ほど叩き付け、敵が後退した瞬間に急速反転離脱を図るというものであった。

 前世においてフィオーナの得意とするところは、火力の適宜集中配備と機動性、そしてそれらを瞬時に的確なピンポイントを割り出してそこに集中できる抜群の天性の勘である。彼女はその前世に置いて培ってきた才能をここで存分に発揮した。
 ビュコック中将の艦隊は30分間というもの、攻撃位置につこうとするたびにたたかれ、引こうとすると詰め寄られ、部隊を転換することもできずに暴風の嵐の中で耐えるしかない状態を経験したのである。

「最後です!!とどめ、主砲斉射、3連!!目標はα139地点に集中砲撃!!ファイエル!!」

 フィオーナが左手を振った。電文化された指令がそれを全軍に伝え、グリンメルスハウゼン艦隊は最後のとどめとばかりに一斉に砲撃を相手に叩き付けた。それも敵の先頭集団に向けてである。ズタズタになった先頭集団は戦闘部隊としての機能を喪失した。

「転進!!」

 フィオーナが指令した。グリンメルスハウゼン艦隊は次々と転進して引き揚げていく。もっとも難しいのはこのタイミングで有り、敵の反撃が最も来るのがこの瞬間であった。フィオーナは自分の直属の戦艦戦隊をもって盾とし、自身は最後尾にあって、老朽化した旗艦と共に奮戦し、一隊、また一隊、と順繰りに素早く味方を逃がした。
 このころになると、グリンメルスハウゼン艦隊も旗艦から発せられる指令の的確さに感銘を受け、進んで殿を務めようとする1000隻が司令部(フィオーナ)の許可を得て旗艦の護衛に当たっていた。その護衛と先ほどの苛烈な攻撃のおかげで、ビュコック中将の第五艦隊はグリンメルスハウゼン艦隊の退却を許すことになってしまった。

ビュコック中将が体勢を立て直したときには、グリンメルスハウゼン艦隊は遥か遠くに去っていった後であった。

「やれやれ、やっといきおったか。まったく凄まじい攻撃じゃったの」

 ビュコック中将はそう言ったが、本人はまるでちょっとした夕立にあったような風である。

「追撃はできませんわね。相手の一方的な攻撃を許すようで釈然としませんが、わが方の損害も小さくはありませんから。それにああいう状態では無理です」

 と、シャロン。前方には機関部を破壊され、漂っている無数の友軍艦艇があった。
 第五艦隊の損害は撃沈3000隻近くにまで達していた。損傷はもっと多い。フィオーナが砲撃の主目標を動力部に集中させ、漂流させる作戦にも出たので、追尾しようにもそれらが邪魔して追撃できないのである。
 ビュコック中将だったからこそ、まだこの程度の損害で済んだのであり、他の指揮官であれば艦隊は第十艦隊のように壊滅敗走していたかもしれなかったとシャロンは思った。

「では、損傷した艦艇をまとめ、整備を終了次第、本隊に合流するということでよろしいですか、閣下」

 参謀長が意見する。

「うむ。そうしてくれるかな?それにしても・・・・」

 その時、副官が艦橋に駆けつけ、電文を渡した。先に受け取ったざっとした戦闘詳報の続きが総司令部から届いたのだった。総司令官戦死の報告を受けたビュコック中将は、敵が撤退するはずだと思い、本隊との挟撃体制を図るために、攻勢をやめて守勢に転じたのである。敵がそれを察知してさっと引き上げた手腕はなかなかの物であったとビュコックは思っていた。
 詳報には戦闘の推移とそれに伴う味方の動き、そして今後の指令が記載してあった。

「敵の司令長官が戦死した件じゃがの。わが軍の降伏勧告を跳ね付けてな。なかなか激烈な調子だったと書かれておる」

 ビュコックは参謀長に言った。

「ほう?それは剛毅な人が帝国軍にいたものですな。ですが、司令長官を戦死させたというのは、大きな戦果でしょう」
「そうかな」

 ビュコック中将はちょっと皮肉交じりな調子で参謀長に問いかけた。

「こちらの損害も小さくはないぞ。第十艦隊のアジール中将は戦死したそうじゃ。その半数は壊滅、残存艦隊はウランフ少将が率いて保たれておる。最初に敵のジョウカイ進撃を許した第九艦隊も損害は小さくはない。そして総司令部の艦隊は損害数5000隻を超えると言ってきおった。こう見ていくと、損傷した艦艇の率や数はわが軍の方が上なのではないかな?」
「・・・・・・」

 参謀長が黙ってしまう。後で判明した結果によれば、今回参加した艦艇総数87000隻のうち(シドニー・シトレ大将指揮下の臨時艦隊を含む。)撃破された艦艇、10829隻、損傷した艦艇13972隻、と2万隻以上の艦艇が損害を受けた。戦死者は100万人を超え、負傷者は150万人近くに達する。
同盟軍としては手痛い損害である。こと、自由惑星同盟において様々な改革が行われている時期なだけに余計始末が悪い。

「儂も今回は責任の一端を免れんか。あの艦隊の跳梁を許した結果、アジール中将を戦死させてしまったからのう」
「いいえ、敵が見事すぎたのです。閣下。まだまだ挽回の余地はありますし、そうしなくてはなりませんわ。そうでなければ、戦死した将兵に申し訳が立ちません」

 シャロンがいつにない熱心な口ぶりでビュコックを励ます。ビュコック中将は何とも奇妙な目でシャロンを見た。そしてただ一言こういった。

「貴官は・・・・優しすぎるのかもしれんな」

 シャロンの顔に一瞬戸惑いの色がうかんだが、すぐに消えた。

「それよりも、今は負傷者の救出じゃ。一人でも多く助けたい」
『はっ!』

 参謀長とシャロン、そして副官、参謀たちはそれぞれの職務を果たすべく、一斉に部署に散っていった。


■ シャロン・イーリス准将
あの帝国軍艦隊は、奇妙だわ。会戦序盤からの座り込みと言い、急に突撃してきたその慌てぶりと言い、そしてそこから一転しての的確な艦隊運動と苛烈な砲撃、そして鮮やかな撤退は、とても同一人物の指揮している艦隊と思えない。ビュコック中将ほどの人が翻弄されるのであるから、中々の名将だとは思うけれど、でも、帝国データベースにはそんな人はヒットしなかった。ということは・・・・・。
 ――いずれにしても、あの艦隊の所属人員を特定することは急務ね。そこから色々と推論できるきっかけが手に入るでしょうから。


一方――。

 グリンメルスハウゼン艦隊旗艦艦橋では、ようやく目を覚ました参謀長以下が唖然としていた。無理もない。自分たちが戦闘中に眠りこけている間に戦闘は終了し、司令長官の戦死という損失を被って撤退しているのであるから。

「これはどうしたことだ!?」

 参謀長はフィオーナに食って掛かった。まさかリューネブルク准将が睡眠剤を入れたとは口が裂けても言えない。仕方なく、

「私にも原因はわかりませんが、突如参謀長閣下方が昏倒されたため、やむなくリューネブルク准将閣下に指示を仰いだところ、准将閣下は私に指揮権を委譲されました。残存する司令部要員の中で一応最上位の私が指揮を引き継ぎました。リューネブルク准将は陸戦隊専門の指揮官ですので」

 と、言った。参謀長の顔が破裂寸前になっている。言いたいことは山ほどあり、罪を鳴らす要素も山ほどあると言わんばかりの顔だったが、言葉がおっつかないのか、何を言っていいやらわからない様子であった。それでも、

「何!?准将、どういうことか!?こんな小娘に一個艦隊の指揮をとらせるなど、前代未聞の――」
「これこれ、参謀長、そう怒るでない」

 グリンメルスハウゼン子爵閣下が声をかけた。

「しかしですぞ、司令官――」
「儂が承認したのじゃから、いいではないか」
『は!?』

 皆が一斉にこの老司令官のしわだらけの顔を見つめる。

「貴官らは疲れておったのじゃろう。平素軍務を滞りなく進めておるその疲れがの。フロイレイン・フィオーナは儂を気遣って名前を出さなんだが、儂はその時に起きておって、彼女に役目を依頼したのじゃよ。儂一人では艦隊を動かせぬでなぁ」

 参謀長は毒気を抜かれたような虚ろな目で、この老人とフィオーナたちを見比べるばかりであった。フィオーナもリューネブルク准将もあっけにとられた目をしている。

「多少話は前後するやもしれぬが、まぁ、そういうことじゃて」
「しかし――」
「その方が卿らにとっても良いと思うのじゃがのう。理由はともかく、戦場で負傷もせずに昏倒していたというのは、どうも昇進の点であまりよろしくないとの評価を聞くが」

 途端に参謀長たちの顔色が変わる。負傷したわけではないのだ。内傷、外傷もこれと言ってないのに、戦場で昏倒していたというのは、傍から見れば「眠りこけていた(まさにその通りなのだが。)」と言う目で見られても仕方がない。
 それに、無様に敗退したと言ってもグリンメルスハウゼン艦隊は敵の司令官を討ち取っているのであり、損害を与えた艦艇総数も他の艦隊に比べて多い。「ここは波を荒立てず、グリンメルスハウゼン艦隊として功績を上げたことにせい」という言外の言葉を参謀長たちは感じ取った。その方が自分たちにとっても都合はいい。

「・・・わかりました」

 参謀長としてはもはやそういうしかなかった。

「ほっほっほ。ではそういうことで報告書を作成してくれんかの、フロイレイン・フィオーナ」
「はい」

 フィオーナは一礼すると、素早く艦橋を出ていった。これ以上質問や叱責をされる前に、36計逃げるに如かず、というわけである。

「うむ。それからこの話はこれで終わりじゃ。後から邪推すれば思わぬ火の粉が降りかかってくることもあるからのう」

 一同はそれにうなずいた。うなずくほかなかったのである。結局グリンメルスハウゼン艦隊全体の功績ということであれば、それでいいではないか。戦闘に参加して武勲を建てて昇進する。それこそが皆が戦場に出る目的であったのだから。参謀長たちは強引にそう思い込むことにした。

「では、儂は少し休むとしようか」

 よっこらしょとグリンメルスハウゼン子爵閣下は従卒たちの手を借りて立ち上がり、杖を手に足を引きずって歩き始めた。司令官部屋に向かうのだろう。

 と、グリンメルスハウゼン子爵閣下の足が止まった。

「リューネブルク准将」
「はっ」

 リューネブルクは敬礼した。

「貴官の見識と人事眼は、中々の物じゃのう。あの娘さんを助けてやってほしい」

 何もかもお見通しなのだとリューネブルクは直感的に思ったが、悪い気はしなかった。それを知ってなおグリンメルスハウゼン子爵閣下はフロイレイン・フィオーナを自分を気にかけてくれているのだ。

「はっ」

 リューネブルクはグリンメルスハウゼン子爵が通り過ぎるまで動かなかったが、周囲の眼がそれたすきに一瞬不敵な笑みを浮かべていた。

* * * * *
 帝国軍では士官級になると一応個室が与えられることになっていた。少佐になっていたフィオーナも同様である。カプセルホテルの様に狭い空間であったけれど、防音装置はしっかりしており、セキュリティも万全であった。自室に戻ったフィオーナはほっと息を吐くと、トレイの上にあったティーバックをカップに入れると、携帯用ケトルからお湯を注いだ。ゆっくりとワイン色の染みがカップの中に広がるのを見つめながら先ほどの会話を思い出していた。

(やはりグリンメルスハウゼン子爵閣下は何もかもご承知でいらっしゃるのだわ。睡眠剤投与・・・最悪の場合、処刑されることも考えられるほど重い罪なのに)

 それを敢えて行ったリューネブルク准将も、そしてそれを承認したグリンメルスハウゼン子爵閣下もやはりタダ者ではなかったのだ。もっとも一歩間違えれば狂気、無能などというマイナス極まりないレッテルを張られかねない行為であったが。

(もともと英雄という人は後世の評価によって決まるわけで、行っていることは『狂信者』などと言われる人と本質的には紙一重の差に過ぎないのかもしれないわね)

 要するに、結果論なのだわ。そう思いながらフィオーナはティーバックを取り出してダストシューターに入れ、形のいい唇をカップにつけ、馥郁と立ち上る香りを楽しんだ。ティーバックとはいってもこれは惑星マリアーシュ産の茶葉を使用した高級なものである。前世から紅茶好きであったフィオーナは他のものは質素であったが、せめて自分のすきな物くらいは贅沢をしたいとティーバックを通信販売で購入したのである。もっともそれはあくまでも自分の給料と相談して手が届く範囲で、というところだったが。
 さて、とカップを置いたフィオーナは報告書をまとめるために、パソコンに向かったとき、来訪者を知らせる端末が赤く光った。起動してみると、入り口にはダークグレーの波打つ髪をした白色の顔立ちのおとなしそうな女性士官が立っているのがディスプレイ上にうつっていた。

「どうぞ」

 フィオーナが声をかけ、ロックを外すと、女性士官が入ってきた。エステル・フォン・グリンメルスハウゼン。すなわちグリンメルスハウゼン子爵閣下の孫である。今年18歳、フィオーナ、ラインハルトらと同じ年齢である。

「失礼いたします」

 静かな深層から響くような声だったが、不快さを感じない。話していると奇妙な安らぎさえ感じる。エステルと話していると、暗い洞窟の湖面にたまっている水の幻想的な揺らめきを見ているような不思議な気分になる。フィオーナは立ち上がり、エステルの敬礼を受けて答礼した。

「どうしましたか?」

 フィオーナは平素部下に優しい。威張り散らしたりせずに、真摯な態度を持って接してくる者には彼らを尊重する態度をとる。その逆に対しては毅然とした態度をとるが。エステルはその前者で有った。

「ご依頼されていた資料をレポート化しました」

 それは開戦前にフィオーナが依頼していたイゼルローン回廊付近の主要戦場予測図一覧リストにかかる詳細な宙域図であった。ヴァンフリート星域は含まれていない。それには間に合わなかったし、この次の会戦についてはまた別の場所で行われるであろうとフィオーナは思っていたからだ。
 フィオーナはパラパラと、しかしすばやく目を通し、確認していく。その間エステルは黙っていたが、傍目にも緊張していることが分かる。その心配は杞憂であった。彼女は想像力はあまりないものの、決められた仕事はきちっと手ぬかりなくこなしている。今回の宙域図についても、一目見るだけでまるでそこに実際にいるかのような錯覚さえ起こすほどの出来栄えだった。

「ご苦労様でした。ありがとう」

 フィオーナは微笑んで、そのレポートを受け取った。エステルが肩の力を抜いたのがフィオーナの目にうつった。

「よかったら、紅茶を飲みますか?」

 フィオーナがカップをしめしながら尋ねた。

「いいのですか?あの、私は――」
「あなたの当面の仕事は私の補佐だとグリンメルスハウゼン子爵閣下から伺っています。その仕事が一段落したのですから、休憩にしましょう。ずっと力を入れているのも疲れますよ。どうぞ座ってください」

 では、お言葉に甘えて、失礼いたします、とエステルは腰を下ろした。貴族令嬢らしさが出る優雅な座り方であった。フィオーナは新しいティーバックを二つ取り出すと、それぞれのカップに入れ、お湯を注いだ。

「はい。気を付けてくださいね。熱いですよ」

 エステルは恐縮したようにカップを受け取った。グリンメルスハウゼン艦隊に配属になり、エステル・フォン・グリンメルスハウゼンが自分の下に就くと聞かされたフィオーナは、これもアレーナの差し金なのかと思ったが、顔には出さなかった。人を見る前から判断するのは早計であるし、愚かである。
 そして、フィオーナは一目彼女と会って、安堵した。才能はあまりなさそうであるが、実直で貴族令嬢らしい高慢さはどこにもない。多少おどおどとしているところはその白面の美しさを陰らせているが、ためしにいくつかの仕事を与えてみると、決められた仕事を順序を決めてきちんとこなすだけの能率さを持っている。

 つまり堅実な副官なのだ、とフィオーナは思った。ヤン・ウェンリーに対するフレデリカ・グリーンヒルのようなものだと。ただし、エステルにはフレデリカのような記憶力はない。その代りにきちんきちんと予定や重要事項を書き込んだシステム手帳を常備している。
エステル・フォン・グリンメルスハウゼンはほっそりした白い指でしっかりとつかんだカップからお茶を飲んだ。だが、その唇はお茶を堪能するというよりも、前々から気にかかっていたことを言いだしたいという動きをして、言い出せずにためらっているといった様子だった。

「どうかしましたか?」
「はい。エリーセル少佐。あの・・・」
「なんですか?」
「どうしてわたくしに敬語をお使いになるのでしょう?わたくしは大尉であなたは少佐ではありませんか」
「同い年ですもの」

 フィオーナはにっこりした。エステルはその輝くような笑顔に気圧された様に身じろぎした。

「それに、私は人によって態度が変わります。いつもいつもこうしていることはありません。理不尽な方には毅然とした態度をとりますし、その逆もあります。あなたの謙譲さが私のあなたに対する態度を引き出したのです。私はいわば鏡のような性格なんですよ」
「つまり、わたくしが態度を変えれば、それに対するエリーセル少佐の私に対する態度も変わるということですの?」
「そうなります。でも、そんなことはあってほしくはありません。多少我を曲げることはこの先いくらでもあるでしょうけれど、でも、あなたの本質までも捨ててほしくはない。あなたはあなたらしく、精一杯生き抜いてほしい、それが私の願いです」

 どういうわけか、同い年なのにずっとずっと上の人と話しているような気分にエステルは陥った。

「大丈夫です。あなたならこれからの波乱に満ちた時代も、生き抜くことができます」

 私の保証では少し物足りないかもしれませんけれど、と最後は笑いに紛らわしながらフィオーナは言った。


巡航艦オルレアン――。
 戦闘が終了し、艦橋要員たちは肩の力を抜き、腕を伸ばしたり足を延ばしたりしていた。まだ戦闘宙域にはいるのであるから、そういうことは早すぎるのであるが、ロイエンタールもティアナも注意せず、大目に見ていた。
 何しろ、この数時間は文字通り死闘の連続だったのだ。オルレアンはリシュリューと協力し、巡航艦隊の一員として前面に展開する2倍の高速艦隊を蹴散らしたのだから。ロイエンタールもミッターマイヤーも側面、上方、あらゆる角度から突撃を繰り返し、敵を翻弄させ、その動力部を破壊して漂流させ、なおかつ多大な撃沈戦果も挙げたのだった。艦の被害も零では済まなかった。それでも生きて帰ってこれたのはひとえに乗組員たちの結束力の強さだった。それを実現したのはティアナ、そしてロイエンタール自身だった。戦闘始まってしばらくは乗組員の間で、こと男性女性の間で争いが勃発した。持ち場の責任と対応をめぐって。だが、それを一気に消し飛ばしたのが、ティアナの一喝だった。ついでながらティアナは通信を全開にしていたので、艦の全部署に対してこの放送は流れていた。

「あんたたち!!この期に及んでまだグダグダしてんの!?男だから、女だから、そんなくだらない理由で争っている暇があったら、砲門にかじりついて敵をぶち倒してきなさい!!それが嫌なら今この場で斬り捨ててあげようか?!!?」

 腰に差した愛用の剣を引き抜いたティアナが眼光鋭くあたりを見まわした。ロイエンタールでさえ、寒気を覚えなかったわけではないほどの迫力だった。本当に殺されると思った乗組員はぴたりと喧騒を収めると、各々前を向いて必死に計器類にかじりつき、艦を操作し始めた。ティアナのおかげで喧騒は収まったものの、今度は薬が効きすぎたのか皆が硬直しきってしまっている。ロイエンタールは内心やれやれと思いながら立ち上がった。

「皆聞いてくれ」

 スタッフが一斉に振り向いた。

「頭に血が上っていても、肩に力が入りすぎていても、勝てる戦いには勝てんぞ。我々は充分すぎるほどこれまで訓練を積み重ねてきた。それを発揮できるか否かは各員の心構えひとつにかかっている。平静さを保っておればいい。俺が卿らに要求するのはそれだけだ」

 先ほどのティアナと違って、今度は淡々と話すロイエンタール艦長に各スタッフも各部署のスタッフも皆いつの間にか真摯に耳を傾けていた。

「俺がこういうことを言うのはどうかと思うが、男女についてはそれほど力量の差はないと思っている。いや、正確に言っておこうか。男女がどうなのかというよりもオスカー・フォン・ロイエンタール、そしてティアナ・フォン・ローメルドがどうなのか、つまり各員の個性が重要なのだ。誰が欠けてもこの戦いは乗り切れん。各員それを肝に銘じておいてくれ」

 ティアナの一喝とは対照的なロイエンタールの言葉は、単にそれだけであればあまりききめはなかったかもしれないが、両者の言動がミックスすることで、オルレアンの全乗組員に何らかの相乗効果をもたらしたのは確実だった。
 戦闘たけなわになると、各員が総力を挙げて艦の出力維持に努め、負傷した仲間がいると、それを救出する者、持ち場を変わろうと進み出る者、励ます者など、まさに艦の乗組員が一体となっていたからだ。
 あれほど水面下で軋轢があったにもかかわらず、である。巡航艦オルレアンはヴァンフリート星域で撃沈され、ヴァルハラに向かった仲間たちの輪に入ることはなく、多少損傷を負ったものの航行に支障がないまま艦隊と共に帰路に就こうとしていた。

「艦長殿は少しお休みになるといいわ。後はこっちでしておくから」

 ティアナが話しかけた。

「それは駄目だ。お前が先に休め。俺はこのまま戦闘宙域を離脱するまで指揮を執る。後で、交代してもらおう」
「いざというときに艦長が指揮能力を欠いたままだと艦の存亡にかかわるけれど?」

 そう言いかけたティアナだったが、軽く首を振った。そういうことはロイエンタールに言うべきことでもないし、そもそも鋼鉄の自制心をもつ人間には当てはまらない。

「では、お言葉に甘えて、失礼します。艦長殿」

 軽くうなずき返したロイエンタールに敬礼し、ティアナは背を向けた。

「フロイレイン・ティアナ」

 背後で呼び止める声がした。

「・・・・ご苦労だった」

 短い言葉で、淡々としていたが、その中にあった思いをティアナは受け止めることができた。あの時自分が一喝したのはある意味で越権行為だったかもしれないが、ロイエンタールはそれを最大限に利用した。その結果が男女の、いや、全乗組員の結束を良くしたのだから、やはりこの人は上に立つ人なのだなと思うばかりである。

「艦長。・・・・ご立派でした」

 一瞬だけ相好を崩したティアナが改めて敬礼をし、艦橋を後にした。



他方――。
 帝国軍の陣容は重い空気に沈んでいた。安全圏内に到着した時点で、ミュッケンベルガー大将が総司令官戦死を将兵に伝えたからである。参加した艦艇6万隻以上であり、絶対損害数は1万隻を越えていたが、同盟軍よりもその損害数は少ない。その意味では戦術的には同盟軍に勝ったと言えるだろう。
 だが、最も大きな問題は司令長官が戦死したことである。その壮烈な戦死は人々の心を打ったが、同時によりどころをなくし、将兵たちは士気を失っていた。あの元気の塊のような闘将がいなくなってしまったのだから。
 ミュッケンベルガー大将は秩序を保ちつつ、整然と艦隊を整理し、帰還の途に就いていた。

「司令長官を失ったことはわが軍にとって大きな痛手であるが、この時こそ平素以上の気構えで軍務に精励すべし。各戦隊、各艦隊司令は秩序の維持を徹底すべし。司令長官を喪失したことで士気が下がり、軍務に支障が生ずれば、司令長官がヴァルハラでどれだけお嘆きになることか。皇帝陛下にも申し訳がたたぬ」

 というのが、彼の発した帰還における上級将官に対する訓示である。さらには「司令長官を失ったことは決して忘れるべき事ではなく、この屈辱を反徒共に必ずや思い知らせてくれようぞ。」と付け加えることも忘れなかった。


 
 こうして、同盟軍はヴァンフリート星域における防衛に成功した満足感と、ロボスの力量の小ささという失望感を、帝国軍は司令長官戦死という手痛い損失を抱えこんで別れたのである。
 
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