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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第十六話 三人目の妹との邂逅

 横須賀鎮守府は広大な敷地を保有し、その広さは優に東京ドーム数個分に匹敵するといわれている。数十にもわたる対空施設、広大な基地航空隊発着滑走路、造船所、兵器開発部、工廠、数個艦隊が同時入渠できる広さを誇るドック、メディカルバス等。さらに参謀部・主計部・造船部などヤマト海軍中枢組織やシステムが組み込まれている。ただし、これらはあくまで艦娘との関連組織に限ったところであり、本来のヤマト海軍組織と横須賀鎮守府とは別個独立している。これら二つの組織の橋渡しをし、全海軍を統括するのがヤマト海軍軍令部であった。

午前9時。横須賀鎮守府内司令部棟付近――
 派遣艦隊がすべて到着した翌々日は、主だった艦娘が一堂に会して沖ノ島攻略作戦の戦略会議を開催することとなっていた。三々五々敷地を歩いてくる艦娘の中、ひときわ大きな色彩を放つ二人がいた。他ならぬ戦艦長門と戦艦陸奥である。大和や武蔵の出現まではヤマト海軍の双璧と言われ、数々の海戦において戦歴を重ねてきた二人だった。それだけに今回の戦いの重要性も、そしてその困難さも誰よりも承知していたのかもしれない。
「戦争というものは・・・・。」
「はい?」
不意に漏れた長門のつぶやきを陸奥が聞きとがめた。
「いや、戦争というものは同じことの繰り返しだということだと思ってな。」
長門は陸奥を見た。
「確かに兵器や戦術は日進月歩している。そして投入される『血』も入れ代わり立ち代わり新しくはなる。だが、実際の戦いはすべて同じだ。敵を見つけ、殺す。敵よりも優位な条件に立ち、ひとたび敵と相対すればこれを殲滅するまで戦い続ける。その繰り返しだということだ。そこには何ら独創性も存在しない。違うか?」
「やり方はそうなのかもしれない。でも・・・・。」
「でも、なんだ?」
「その戦いの結果が皆が一番欲している平和につながるとしたら?それでも戦うことに意義も意味もないなんていう人はいるかしら?」
「明日への平和のためにか。そう唱え続けて私たちは長年戦ってきた。だが、結果はどうだ?戦場や参加兵力の違いこそあれ、やってきたことは変わらない。既にマンネリ化しているといってもいいかもしれない。命のやり取りに最も似合わない言葉だがな・・・。」
陸奥の足が止まった。つられるように長門の足も止まる。
「長門らしくないわ。」
陸奥が静かに長門を見つめながら言った。
「確かに報告書に、文章に、言葉にすれば同じことの繰り返しでしょう。でもね、長門、戦いというその時の一点に私たちはすべてをかけているのよ。自分の命はもちろん、大切な友人、仲間の絆、そして私たちの背後で深海棲艦におびえ続けているヤマト国民のすべての命も!」
語尾が急に跳ね上がった。陸奥が長門をにらんでいる。日頃温和な彼女には似合わない語調に長門は戸惑った。
「ごめんなさい。でも、私はあなたに忘れないでいてほしいの。戦場は違ってもかけるものはとても秤では測れないほど膨大で、そして大切なものばかり・・・・。」

それを絶対に忘れないで。と陸奥は静かに言葉を結んだ。


同時刻、横須賀鎮守府内ドック病室――。
紀伊は遅く目を覚ました。昨日は長旅の航海とその途上で起こった戦いで、心身の疲労がピークに達し、到着してメディカルチェックを受けるとすぐに病室で寝込んでしまった。軍医妖精は過労だといってしばらく安静にするように念を押して去っていったが、いったん目を覚ました紀伊は寝てもいられない気分だった。

 理由は二つある。

一つ目は、3人目の妹のことだ。これまで讃岐、近江と出会ってきたが、まだ2番目の妹にはあっていない。出立前に近江に説明してもらったところによると、元々紀伊と尾張は前世の八八艦隊計画上のネームシップ及びその2番艦として建造が計画されていたという。それが軍縮条約が締結されたため建造中止になったというのだ。

近江も讃岐も素敵な妹だ。だが、彼女たちの名前は八八艦隊計画に上ってきていない。そのためかどうしても年の離れた妹のように思えてしまう。だが、他方尾張は違う。建造中止にされた自分と同じ生い立ちを持つ妹だ。彼女について紀伊はひそかに特別な思いを持っていた。言葉には表現できにくいが、それはいわば双子に対する感情と言ってもいいのかもしれない。

 讃岐も近江も尾張の性格についてはあまり(讃岐については絶対的に)肯定的な見方をしていなかったが、それでも紀伊はあってみたいと思っていた。

 そして、もう一つは赤城のことだ。横須賀への旅の途上、敵艦隊に襲われた際、艦載機を犠牲にして自分たちだけ逃げるわけにいかないと言った赤城。そして、以前自分を捕えている前世の忌まわしい記憶について語った赤城。

 彼女の心の様相については紀伊はまだ測り兼ねていたが、いずれにしても赤城の心の中が平穏というには程遠い様相というのは間違いなさそうだった。
 赤城は第一航空戦隊の双璧の一人だ。当然反抗作戦の際には前線に進出し、艦隊戦の援護や航空戦を指揮する立場にある。その指揮者が平静でない心胆で戦えば、確実に作戦のどこかに破たんが生ずるだろう。

それを上層部は承知しているのだろうか。それを他の艦娘たちは知っているのだろうか。

それを・・・提督は知っていたのだろうか。

 赤城と会って話さなくてはならないと紀伊は思った。赤城の気持ちを確かめたいという想いとは別に、横須賀への途上に赤城を罵倒してしまった格好になったことを紀伊は気にしていた。もちろんあの場では悠長なことは言っていられない状況下だったことは事実である。だからといって大先輩であり精鋭の第一航空戦隊の双璧の一人を、まだ本格的に就役して間もない自分が皆の面前で『叱って』しまったのはどうなのだろう。

 ほっ、と紀伊は吐息を漏らした。ようやく陣容が整い、反抗作戦が開始される段階に来たというのに、この重苦しい感じは何なのだろう。

 トントン、と病室のドアがノックされた。はっと顔を上げた紀伊はよく通る声で答えた。
「はい!どうぞ。」
ガチャリと音を立てて開いたドアから現した訪問者の姿を見て紀伊は目をまん丸くした。
「あなたは・・・・!」
横須賀鎮守府にいた際に紀伊にピアノの弾き方を教えてくれ、色々この世界のことをレクチャーしてくれたその人だった。
「その様子だと、私のことをちゃんと覚えていてくれたようね。」
長い灰色の髪に優しげな大きな灰色の瞳、それでいて勝気そうなくっきりとした眉と涼やかな鼻梁の美貌の女性が後ろ手にドアを閉めて入ってきた。濃灰色の軍服を着て左肩に勲章の様なものを付けている。立ち上がろうとした紀伊をその人は手で柔らかく制した。
「以前は色々とお世話になりました。と、いいますか、お世話になりっぱなしで・・・・。」
深々と頭を下げた紀伊に笑い声が降ってきた。とたんに狭い病室にさぁっと気持ちいい風が吹き込んだような気がした。
「それが私の仕事だもの。全然気にしていないわ。だいたいあなたは誕生したばかりだもの。まだ周りの事なんてわからなかったはずだし。覚えてない?」
「ぼんやりと、です。」
そういえばあの時の日々のことはまるで夢のようにフワフワとして実感がなかった。覚えているのは明るい光の降り注ぐ部屋の中でよく目の前の人と話をしたことくらいだ。
「あの、すみません。私、あなたの名前を憶えていなくて・・・申し訳ないのですけれど。」
「そうね。私も敢えて名乗らなかったからな。よし!」
女性の視線は病室をさまよっていたが、やがて赤い丸い椅子を捕えた。座ってもいいかと聞いてから、椅子に腰を下ろした。
「私はヤマト海軍軍令部参謀部特務参謀室所属一等海佐、梨羽 葵よ。よろしくね。」
年齢は内緒、と最後に笑いながら付け加えた。
「よ、よろしくお願いします。大佐・・・さんなんですか・・・?」
「前世とやらの階級だとそうなるかな。でも現在のヤマト海軍の階級制度だと私は一等海佐。仕事はあなたたちのサポートをすること。だから人の体でこうして鎮守府内を歩き回れるわけ。」
そういえば、と紀伊は思った。艦娘以外を見たのが、提督以外ではこの人が初めてだった。
「あ、ごめんごめん。積もる話を本当はしたいんだけれど、その前に紹介したい人がいるのよね。いい?」
「え?え!?え、ええ・・・いいですけれど。」
急な展開についていけず、紀伊があいまいにうなずくと、葵はにっこりして入り口に声をかけた。
「いいわよ、入ってきても。」
ギイとドアがきしんでまた開いた。そこから姿を現した訪問者を見て紀伊は驚いた。
銀髪に青い髪が見え隠れしている。引き結ばれた硬い口元、青い冷たい瞳は冷然と自分を見つめている。だが、その姿は自分とそっくりだった。
「まさか・・・・。」
紀伊は葵を見た。
「そう。お察しの通り。あなたの妹よ。紀伊型空母戦艦2番艦尾張で――。」
「私はあなたの妹なんかじゃない。」
開口一番放たれた言葉に紀伊はびっくりした。
「あなたはプロトタイプなのよ。そのプロトタイプを基にして設計されたのが私以下の艦娘なの。だから実質的には私が長女。何度言ったらわかってもらえるの?」
「ふうん、じゃああなたにとって紀伊は母親っていうわけ?」
「なっ!?」
葵の言葉に尾張は一瞬うろたえたように顔を赤くしたが、次の瞬間激しく首を振っていた。
「そんなこと、ありえないし!!」
「じゃあ姉妹でいいじゃないの。だいたいあなたと紀伊とどこに差があるわけ?艤装だって同じ41センチ3連装砲だし、艦載機の搭載能力も運用能力も一緒。航続距離も最大速力も一緒。背も一緒。体重も一緒かしらね。(期せずして紀伊も尾張も同時に赤くなった。)差があるとすると、その髪の色と瞳の色。そうね、後付け加えればあなたの生意気な性格くらいね。」
「私は艦隊旗艦としてふさわしいように設計されたの。だから情報処理能力も電波探知能力も、演算処理もあなたを上回っているわよ。」
「データ上はね。」
「データ上だけじゃないんだって!!」
思わず紀伊は笑ってしまっていた。
「何がおかしいのよ!!」
尾張が食って掛かった。
「あ、ごめんなさい。なんか漫才みたいで面白くて。」
「フン!!どこまでもおめでたいわね。言っておきますけれど、私はあなたを姉と認めないわ。着任早々に負傷してドックに放り込まれている艦娘なんて、最ッ低よ!!葵、いいでしょ?義理は果たしたわ!」
尾張が身をひるがえした次の瞬間、バァン!!と音を立てて病室のドアが閉まっていた。埃がうっすらと舞い上がり、それは静かに床に落ちて動かなくなった。
やれやれと葵は肩をすくめた。
「ごめんね。せっかくの再会だったのに。ああいう子だから、あなたも気を悪くしたんじゃない?情けないわね。つっぱって。あれじゃあ誰からも嫌われるのは当り前よ。」
そう言っていても後半の言葉にはどこか面白そうな響きが含まれていた。
「確かにものすごい性格の子でした。近江も讃岐もこのことを言っていたんですね。わかりました。」
「気にならないの?」
案外紀伊が顔色も変えていないので、葵は不思議そうに尋ねた。
「気にしていますし、ショックです。でも、何か無理をしているような気がするんです。私の期待だけなのかもしれませんけれど、あの子は本当は心の底ではそう思っていないんじゃないかって・・・・考えすぎでしょうか?」
あははははっと葵は気持ちよさそうに笑った。
「あなたは本当にお姉さんなのね。いいえ、いい意味で。だから良かったわ。あの子をあなたに会わせて。だからお願い。どうかあの子を完全更生とまではいかなくても、少なくともまともに会話してもイラつかせないようにして見せて。」
それに関しては紀伊は自信が全くなかった。讃岐や近江のおかげで尾張と会話してもさほど衝撃を受けなかった。だが、それと尾張のあのような性格を直そうとすることは全く別の問題である。まして相手が自分のことを嫌っているとなればなおさらだ。


「努力します。」


紀伊は小さな声でそう言った。そういうのが精いっぱいだった。
「その言葉だけで充分。さ、次はお待ちかねかな。あなたの姉妹たちが外で待っているわよ。話をする?」
「近江と讃岐が?はい!」
紀伊は嬉しそうにうなずいた。葵が病室の外に呼びかけると、待ちきれなかったようにドアが開いて姉妹が二人飛び込んできた。

 横須賀鎮守府作戦会議室――。
 主だった各艦隊指揮官艦娘と派遣艦隊指揮官、それに作戦指揮立案艦娘として大淀が出席している。
「遠路ご苦労だった。」
長門は各艦娘を見まわした。
「早速だが沖ノ島攻略作戦について、基本方針を話したい。その上で意見あれば積極的な発言を求む。」
長門は大淀を見た。
「作戦方針を説明します。」
大淀がディスプレイに沖ノ島周辺の海図を映し出した。ここ横須賀鎮守府では電子機器を使用した最新鋭の作戦立案システムが確立されている。黒板での手書きの作戦だった呉鎮守府から来た榛名たちは目を見張った。
「反復出撃した偵察機及び偵察艦隊によって、沖ノ島及びその周辺に展開する敵艦隊の陣容は・・・・・。」
ディスプレイ上に艦隊位置とその詳細が映し出されていく。
「周辺に約10個艦隊、内訳は空母8、戦艦12、重巡10、軽巡15、駆逐艦多数を確認。そして泊地に展開する中枢艦隊は超弩級戦艦少なくとも2隻、装甲空母2隻、フラッグシップ級戦艦2隻、護衛艦隊として重巡以下多数。なお、沖ノ島にも敵港湾基地が存在する模様です。」
艦娘たちは騒然となった。敵の総数は少なくとも100隻以上と推定されるが、こちらは数十人程度であり、戦力としては差がありすぎた。本来であれば攻める方は守備側の3倍の戦力は欲しいところだというのに。
「無理だわ。正面から戦って倍近い敵に勝つなんて・・・。そう思わないですか、扶桑姉様。」
山城が皆の思いを真っ先に代弁した。
「そうだ。無理だ。」
長門が肯定したのでみんな驚いた。
「ただし、正面から全面衝突すれば、の話だがな。大淀。」
「はい。皆さん、これを見てください。」
大淀がコンソールを操作すると、表記されていた各敵艦隊に変化がみられた。右上に日付と時間が表示され、その時間が経過するごとに各艦隊が動いているのだ。それも一定の動きを。
「・・・・というわけだ。敵艦隊はその総数をすべて沖ノ島周辺に配置しているのではない。警備艦隊もいるし、東方からやってくる敵の輸送艦隊の護衛もしなくてはならない。そこが付け目だ。・・・大淀すまん、少し代わってくれ。これを見てほしい。」
長門が大淀に代わって自身で操作すると、識別が現れた。味方艦隊は青。敵艦隊は赤で表示されている。
「作戦概略はこうだ。我々は5個艦隊を編成する。そのうち2個艦隊は陽動だ。北西と真北から沖ノ島に進出し、敵艦隊を誘い出す。誘い出したところを各基地から発進した航空隊がこれを叩く。敵が増援にくれば陽動艦隊は適宜これを航空隊の支援の下撃破していく。そしてそのすきに主力部隊として3個艦隊をもって敵泊地に全力突入し、中枢艦隊を撃滅する。中枢艦隊さえ撃滅すれば、敵の指揮系統は失われ、統一行動はできなくなる。指揮系統を失った艦隊は寄せ集めに等しい。」
「敵がその手に乗るでしょうか。」
疑問を唱えたのは霧島だった。
「理由は?」
「敵にすれば沖ノ島を守備していればいいのですから、周辺に点在する艦隊を向かわせればそれで済むのではないでしょうか?1個艦隊同士の戦いではわが方が負けるとは思いませんし、敵もそれを知っているはずです。したがって、1か所につき2個艦隊程度を差し向ければ迎撃としては必要にして十分ではないでしょうか。」
「それは可能性としては大いにある。」
長門は認めた。
「だが、陽動においてすべての敵を引き付ける必要はない。敵の注意をひきつけ、敵の敷いた布陣に穴を開けられればそれでいいのだ。」
長門は壇上の机に両手をついて身を乗り出した。
「この作戦の要は奇襲だ。敵をすべて殲滅する必要はない。あくまで敵の指令系統を破壊すること、的確かつ速やかに敵の中枢艦隊を殲滅して引き揚げるのが目的だからな。」
「手ぬるいわ。」
不意に背後から声がした。皆が一斉に声の主を見た。会議室の扉が開いて一人の艦娘が入ってくるところだった。尾張だった。
「また貴様か。不服なのか。」
長門が苦々しげにそう言った。
「不服よ。作戦を起こすなら相手を徹底的に叩き潰し、二度と近寄らせないようにすることが必要なの。」
「そんなことをすればわが方に犠牲が多大になる。我々の目的はノース・ステイトとの通信回復であって、単に深海棲艦を撃滅すればいいというものではない。貴様の言葉は戦術的には確かに一理なくはないが、戦略的には全く意味をなさない。」
「意味を成すわ。この海域の深海棲艦をすべて殲滅すれば、私たちの進路はぐっと広くなる。行動範囲は大幅に広がり、今後の作戦行動も柔軟かつ効果的に組み立てられるもの。」
長門が渋面を作って何か言いかけたが、その前に陸奥が立ち上がった。
「成功すればよ。わかっているのかしら。沖ノ島攻略は今作戦の初動目的地に過ぎないの。そこに手間取って余計な犠牲を払うことになれば、それこそ今後の作戦行動に大きく影響するわ。敵を全滅させ、かつ自軍に被害が出ないようにする・・・・そんな理想的な戦闘ができると思っているの?」
「味方が損害を被っても、私以下紀伊型空母戦艦が現存していれば、劣勢は取るに足らないものになるわ。」
「あきれた・・・。たった4人で何ができるというの?」
「4人じゃないわ。3人よ。紀伊はプロトタイプだから勘定には入れないわ。」
「貴様!!」
ガタンと椅子が鳴り、怒声が響き渡った。ひときわ大きな艦娘が目をギンとさせて立ち上がり、尾張をにらんでいた。
「先ほどから聞いていれば、自分勝手な発言ばかりくりかえしおって!その偏見的な思考はまだ許せるとしても、あまっさえ味方を侮辱し、貶める発言をするとは何事か!?そればかりか、指揮官以上が出席するこの重要会議において何の権利あって貴様が入ってくるのか!?ロクに実戦経験も持たず口だけは達者な青二才が!!去れ!!それとも46センチ砲を食らいたいか!!」
「ちょっと、武蔵・・・・。」
大和が慌てて立ち上がって止めようとしたが、武蔵はその手を振り払った。顔はどす黒く土色に代わっている。
「いいわよ。こんなバカバカしい会議、こっちから願い下げよ!!」
尾張はそう言い捨てると、背を向けてドアを蹴り飛ばして出ていった。跳ね返ったドアが反動でゆっくりと閉まるまで、誰も口を開かなかった。
「長門・・・すまなかった。つい、激昂してしまった。」
武蔵が長門に頭を下げて詫びた。その言葉でようやく会議室の空気が和らいだ。
「いや、こちらこそすまなかった。言いたいことをよく言ってくれたな。」
長門はうなずいて見せた。
「議論が停滞して申し訳なかった。それでは基本方針について、何か他に質問はあるか?」
長門は皆を見まわした。
「なければ、具体的な戦術とオーダーに移ることとする―――。」


尾張は足早に廊下を歩いていた。胸の中は湧き上がる怒りで渦巻、目がくらんでいた。
「くそっ!うすらでかいばかりの燃料食い虫!!私の発言を青二才だからって封じて!!」
尾張は怒りに任せて勢いよく廊下をまがった。とたんに向こうから来た艦娘とぶつかってしまった。
「きゃっ!」
その艦娘は床にしりもちをついて、へたり込んだ。
「な!」
「もう~なんなの~!?」
へたり込んだ艦娘は情けない声を出した。
「何なのとは何よ?!人にぶつかっておいて!!」
「そっちがぶつかったんだよ~・・・って、あ!」
艦娘はぱっと起き上がるとパンパンとスカートの埃を払った。
「尾張さんじゃん。何してるの?こんなところで。」
「別に、なにも!」
尾張は顔をそむけた。
「大方会議でまた変な発言して、皆に嫌われて飛び出してきたんじゃない?」
「舞風・・・!!」
尾張はしゃ~しゃ~と言いたいことを言う目の前の駆逐艦娘をにらみつけた。
「うるさいっ!」
叩き付けた怒声を舞風はしれっと流してさらに言った。
「少しは気を付けた方がいいよ~。皆うんざりしてるもの。」
「私は事実を言っているだけよ。」
「尾張さんが思っている『事実』を言っているだけだけれどね。それは事実じゃないよ。こうしたいって思っていることを言っているだけ。」
「・・・・・・・。」
尾張はこぶしを握りしめたが、何も言わなかった。
「私も言いたいこと言うけれど、でも我慢するときもあるよ。だって人を傷つけすぎてしまうのは嫌だもの。一緒に踊れなくなったら嫌だもんね。」
「じゃあどうして私にはそう言うのよ?」
「あれ、尾張さん傷ついているの?」
「なっ!?」
思いがけない言葉に尾張はたじろいだ。
「なら、それはそれでよかった。少しは傷つけられる側の気持ち、わかったんじゃない?」
「それは・・・・。」
「じゃあね。」
たったったっと舞風は尾張のわきをすり抜けて走り去っていった。尾張は振り向かなかった。
「でもね。」
背後から舞風の声が聞こえた。
「私は知っているよ、本当は尾張さんはとてもいい人だって。自分をうまく表現できないだけの不器用な人なだけだってこと。」
再び「じゃあね。」と声がして今度こそ舞風の足音は遠ざかっていったが、尾張はその場を動かなかった。
「・・・・他人に。」
尾張は全身を震わせながら歯を食いしばっていた。
「・・・・他人に、何がわかるというの・・・・?」
悲痛なうめきを一瞬漏らした尾張は顔を上げると、足早にその場を離れた。

 同時刻、会議室で行われていた沖ノ島攻略作戦会議は終了し、作戦参加艦娘は以下のとおりに決まった。
 まず、陽動部隊として2個艦隊を編成する。
第一艦隊は水雷戦隊であり、矢矧、酒匂、舞風、野分、陽炎 黒潮 磯風が
第二艦隊は重巡戦隊であり、高雄、麻耶、吹雪、白露、村雨、初雪が
これに横須賀及び各基地から発進する基地航空隊が護衛としてつく。

そして、主力艦隊として3個艦隊を編成する。
第一艦隊は先遣隊として金剛、比叡、飛龍、蒼龍、阿賀野、能代、夕立
第二艦隊は榛名、霧島、紀伊、讃岐、扶桑、山城、愛宕
そして、これら攻略艦隊の中核を担う第三艦隊に
長門、陸奥、大和、武蔵、赤城、加賀、尾張、近江、瑞鳳、古鷹、加古、川内、深雪、長月、が参加することとなった。

さらに実戦には参加しないが、周囲に潜水艦娘らを配置して敵の配置及び移動情報を収集させ、随時戦況判断に役立てることとなった。

 改めて確認された沖ノ島攻略作戦の概要は以下のとおりである。
上記陽動2個艦隊が北西及び真北から時間差をつけて沖ノ島に接近し、敵艦隊を引き付け航空隊がこれを撃滅する。敵が増援を出してくれば応戦しつつ退却し、指定ポイントに誘い出して、増援航空隊と挟撃することとなる。敵が出てこなければ、さらに接近し敵を引き付けることとなる。

 そして、主力艦隊は大きく迂回し南西から沖ノ島に接近。周囲の敵艦隊を一切相手にせず、全力をもって沖ノ島泊地に突入し、泊地中枢艦隊及びその司令棲艦を撃滅する。

 各方面の作戦を十分な航空兵力に基づく制空権確保の下完遂するために、護衛として各基地から発進する航空隊は全部で500機を越えることとなっていた。むろん艦隊に配属された正規空母からも艦載機は発艦するから、600機を越える一大航空隊が稼働することとなる。

留守部隊は大鳳が統括し、補佐に大淀と鳥海が付くこととなる。

これだけの大部隊が出撃する大作戦は艦娘たちが出現して以来初めてであった。

会議が終了したのは正午12時である。作戦発動日は明朝6時とし、参加艦娘には18時間の休暇が与えられることとなった。それは、心身の休息時間であると同時にそれぞれの思いの整理の時間でもあった。
 
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