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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  副官の憂鬱

カコン、という薪が崩れ落ちる音が鼓膜を震わせ、フェンリル隊副隊長ヒスイは顔を上げた。

アルヴヘイム西部、猫妖精(ケットシー)領首都フリーリアは、音楽妖精(プーカ)領に次ぐ騒がしい街として有名だ。昼型もそうだが、夜更かし上等な大学生が数多く所属しているのも大きいのかもしれない。いや、ただ単純に数が多いからだろうか。

ほど近いプーカ領から毎日のように吟遊詩人(バード)や楽師が入領するため、社会人が帰り、一気に人口の増すこの時間帯になると街のメインストリートはほぼお祭り状態になる。当然のようにそれに便乗した露店の光が窓を透過し、室内にうっすらとした帯を描いている。

書類の山を片付ることに集中するあまり、外が暗くなっていることにも気が付かなかったらしい。

忙殺されていることがありありと示されたようで乾いた笑いを口元に浮かべながら、ヒスイは伸びをするついでに手近な壁を叩いて出現したアイコンをクリックする。

点灯シークエンスに従って明かりがともった四方のランプが部屋の中を照らし出す。パールホワイトの輝きは、お祭り騒ぎの喧噪を幻想的に上書きする。

そしてそれに伴い、優に二部屋ブチ抜きではないのかと疑うほどの間取りの、さらに半分以上を占有している二つの影が身じろぎした。

カラスの濡れ羽のような艶やかな体毛で覆われた巨大な狼。

モンスター名はフェンリル・ラウンダー。本来なら環状山脈北部で湧出(ポップ)するMobの中でも屈指の実力を持つフェンリル・ラウンダーは、同時に数少ない《成長》する使い魔として有名である。

単体での戦闘力もさることながら、群れに出会った時の攻略難度はちょっとしたイベントボス以上だと言われる巨狼だが、その幼体であるフェンリル・インファンシーは辛うじて現実的なテイム可能パーセンテージになっている。そのためインファンシーを手なずけられた、確率の女神に愛されたテイマーはとんでもない時間はかかるが最終形態であるラウンダーを手中に収める可能性をも手に入れられるのだ。

そう考えたら何か入手が簡単そうなフェンリル・ラウンダーだが、現実としてはそもそもの幼体を捕らえる労力と成長させる過程で消費される時間と出費を考えると、一般テイマーにとってはまだまだ手の届かない領域だろう。

その点、ヒスイの使い魔である《ガルム》と隊長の使い魔《クー》が並ぶこの光景を見れば垂涎ものなのかもしれない。

くぁ、と欠伸をするクーを眺めながら、ヒスイは小さく溜め息ともつかない呼気を吐き出した。

ケットシーが誇る陸軍、狼騎士(フェンリル)隊隊長である《終焉存在(マルディアグラ)》レンホウが、コンバートすると何の前振りもなく唐突に言った時は、条件反射的にはっ倒しそうになった。

ただでさえ明日に迫った領主選挙の前準備にクソ忙しい中、来週にはフェンリル隊を率いた新生アインクラッド第二十層攻略を予定しているのだ。俗に《十存在(バルシア)》と呼ばれる高位実力者達の一角を担う彼の消失が戦力的に壊滅的な打撃を与えることは想像だに難くない。

だが話を聞いてみるとどうやらコンバートは一時的なもので明日の夜くらいにはまた再コンバートするということで胸をなで下ろした。選挙のほうで言えば本当に忙しいのは執政部であり、地位で言えば指揮官クラスであるレンにやってほしいような仕事は少ない。

必要書類数枚にだけサインしてもらい、心置きなくコンバートしてもらった。

まぁ、問題は戦力より士気やろうけどねぇ、と思いながらヒスイはまどろむ巨狼達から視線を外し、執務机隅に置いてすっかり忘れていたティーポットを手に取ってカップに注いだ。

紅茶、ほうじ茶、緑茶など六種類の中からランダムで一種類が排出される魔法のポットだが、今回は一種類だけお茶から外れたコーヒーだった。

別に当たり外れではないのだが、何となくラッキーと思ってしまう。

仮想の熱感が舌を焼く感覚にちょっぴり舌を出していた時、副長室のドアが勢いよく開いた。

「たーいちょ!シナモンケーキ焼いたんだけど良かったら……ってあれーここにもいない!?」

「明日の夜までは不在やよー。……ってあての分はないんか」

出来立てを窺わせる香ばしい匂いとともに現れたのは、同じくフェンリル隊所属の隊員だった。

最近ようやくインファンシーをラウンダーへと成長させる事ができ、新人組から脱しようとしているロベリアは、チャームポイントであるネコミミニット帽に収納された耳をふりふり動かした。

「むー、手作りお菓子で好感度アップしよーと思ったのに……」

「てか、あんたガッチガチの効率厨やったやろ。料理スキルなんて乙女チックなスキルが入る空きストックなんてあったんか?」

天板に肘をつき、胡乱な視線をロベリアに向けていると、その視線に圧されたようにその影から女性が顔を見せた。

ゆるくウェーブがかった薄桃色の前髪に隠れ気味になっているパールピンクの眼は気が抜けるように垂れ下がっている。気が弱い、というよりド天然な第一印象だが、彼女と付き合った者は大抵そのインスピレーションは間違っていなかったと確信する。

「あぁ~、作ったのは私です~」

「あ、ちょ、バラさないでよ!フィー!」

「ははぁ、まぁんなトコだろうと思てたけどなぁ」

全体的にほわほわする天然巨乳、ネモフィラに苦笑を投げかける副隊長を尻目に、どたどたと入ってきたロベリアは二匹の巨狼のうちクーを背もたれにして座った。

隊長と副隊長以外の隊員は領内にいる時は大抵宿舎に使い魔を預けている。フェンリル隊では新人の最初期の仕事はほとんど自身の使い魔と預けられた使い魔の世話だったりするので、その過程でクーとの面識は結構あるロベリアに乗っかられても格段クーは嫌がったりしなかった。

部屋のほとんどを巨体が占拠しているので、隊長室に応接テーブルなどというブルジョアなものはない。床にベタ座りするロベリアの隣で、同じようにガルムに背を預けてネモフィラがおっとりと座った。

自分で持って来たケーキを勝手に切り分け始める彼女達にとりあえずマイケーキを要求し、その見返りに二人分のカップに注いだお茶を出す。ランダムだが色と香りからして両方紅茶だろう。

突発的なティーブレイクにほっこりする二人に笑みをこぼしながら、ヒスイも支給された一ピースにフォークを入れる。

シナモンケーキといってもその材料は多岐に渡るが、これはリンゴとクルミを混ぜ込んだもののようだ。リンゴの酸味とクルミの食感が実に楽しい味覚を織り成している。

さらにその生地の上にたっぷりのっているは、ケットシー領内のみで湧出(ポップ)する食妖樹のドロップアイテム、《ジュエルアップル》を加工したジャムらしい。他の領地に行けば結構高値で売れるそれを惜しみなく使っているところに、微妙に本気が見え隠れしている。

「おー美味いやんかフィー。これ売ったら金取れるぇ」

「えへへぇ~、頑張ったかいがありました~」

「コイツ、普段ぜんっぜん頑張ったりしないのに、珍しくやる気見せたんですよー。そんなにたいちょーに食べてもらいたかったのかにゃ~ん?」

部隊内でも有名なデコボココンビのじゃれ合いに朗らかな笑い声をプレゼントしながら、ヒスイは「やめときやめとき」とフォークの先端を振った。

「脈以前の問題やでアレは。賭けてもええけど、絶対に実らんよ」

少なくともあの真っ白な少女に勝てるヤツがいたらソイツの顔を拝んでみたいものだ。

だが何だかんだ言って相棒の恋心に水を差されるのは嫌なのか、ニット帽に押し込んだ三角の耳をピンと立てながら、ロベリアはむっとした表情で反論してくる。

「えー何でですかー。おねショタ展開でワンチャンあると思うんですけど」

「アンタはその天然ボケに何の期待をしてはんの」

フォークの先端を、少女の隣で幸せそうに会話をスルーしてケーキに没頭するほわほわ系天然に向けると、当のロベリアもぬぐっと言葉に詰まった。

それにな、とヒスイは笑みをひっこめる。

「……あてらは、隊長にとって個ではなく集団でなければならんのよ。少なくとも、そうあるべきなんや」

「……?どういうことですかぁ~?」

むぐむぐ頬を膨らませるネモフィラに苦笑を浮かべながら、フェンリル隊の参謀である女性は言葉を重ねた。

「あてらは皆、隊長の優しさに集まってる。だけど、隊長の《アレ》はとても危ういもんや。ほとんど破滅と同じと言ってもいい」

カップを傾けて一拍子挟み、ヒスイは続けて口を開いた。

「仲間を絶対に守る……字面はとってもええなぁ。善悪で言えばもちろん善や。だが、あん子ぉのは常軌を逸しとる。行動そのものは善でも、アレは守るべき仲間の善悪は問うてへん。仲間が悪性だとしても、隊長は他の子ぉと変わらずに守るやろ。それだけならまだええ。けどな、仮に仲間同士が争うことになった時――――」

あの少年は壊れるだろう。

その一言を言いそうになったが、寸前で口を止めて言葉を熱いコーヒーで流し込む。

仲間が、友達が、家族が誤った方向に歪んでしまった時、そのレールを直すのが傍にいる者の義務であり責務だ。仲良くする以前に、律する者でなければならない。

だが、あの少年はそれができない。

仲間を無邪気に信じる。それはとても美しい言葉だが、同時に途轍もない危険性も孕んでいるのだ。

愛が憎悪を含んでいるように、信頼も疑心を含んでいるのだから。

彼の長所であり短所。

強みであり弱み。

鋭さゆえの――――脆さ。

危うさ。

そもそもあの少年は人間の定義を広げすぎている。NPC(マイやカグラ)を人間として、そして守るべき仲間として認識しているということは、その認識はどんどん広がっていくものだと考えるのが妥当だ。

放って置いたら冗談抜きで少年の中の《仲間》は目につく全員となってしまう。

それだけは避けなければならない。

世界を守る英雄は、選ばれた者だけがやるものなのだから。

彼は手のひらの上にあるちっぽけな世界を守るために奔走するヒーローくらいが一番似合っている。

だから、自分達にできるのは、これ以上あの少年の仲間を()()()()()()()

その手のひらにこれ以上乗せてはならない。

特別ではなく、その他大勢にならなければならないのだから。

重荷には、なってはいけないのだから。

「そんなことはないと思いますよ~」

ほわほわ系ド天然、ネモフィラはケットシー全員が持つ三角形の耳を動かしながらやっぱりほわほわと言った。

「たとえ間違っても~、友達は友達なんですからぁ~」

「……アンタはいっつもお気楽やなぁ」

つられたように微笑みながら、ヒスイはカップに残っていたコーヒーを一気に呷った。

ほどよい苦みが口内を刺激し、わずかに残っていた眠気が払われていった。

「はいはい、ケーキ食ったら散り散り。こちとらまだやることがあるんや」

「えー、副長もたまにはお祭り行きましょうよ」

「んなこと言って、いっつもお祭り騒ぎやんか。何べんクリスマス間近で騒ぎたいねん」

「違いますぅー。今日のは明日の選挙の前夜祭なんですぅー」

つきあってられるかとばかりにシッシッと手を振るヒスイに頬を膨らませるネコミミ帽子少女だったが――――

どだだだだだ

「レンくーん、抱き枕どっか行っちゃったヨー!また代わりやってくれないかナ―……ってアレ~?」

「ウチの隊長は何しとんねんッッ!!!!」

一瞬にしてブチ切れた副隊長によって跳ね上がった天板の前に閉口した。 
 

 
後書き
2017年も半分になりました。なべさんです。
今までレン君がおったてたフェンリル隊って、ぶっちゃけそこまでフィーチャーされてきませんでした。というのも、彼女達が動く時は大抵フェンリル隊もちらつくような大騒動の時だけなのです。
……まぁ今話で、レン君ハーレム部隊だという衝撃の事実がカミングアウトされたんですが。
さて中盤少し触れられたレン君の脆さ、危うさという面。誰もかれも、仲間というだけですくい上げるあの善悪でいえばもちろん善の性質。そこに潜む危険性の話です。
要するに、仲間絶対助けるマン→けど助けた仲間が悪者だったら?という話でございます。
本当の友達や仲間なら、そこで『諫める』という選択肢が展開されるはずです。つまり信頼の中には、こいつは本当に善なのか?という疑心や懐疑の上に成り立っていると言えますね。
しかし、どっかの少年にはそれはできない。
どうしてそんな歪みを彼は持ってしまったのか。どうして彼はそうなったのか。
辿っていくと、見えてくるのは何色の髪でしょうね? 
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