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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百二十四話 アントン・フェルナー

帝国暦 487年9月 23日   オーディン ブラウンシュバイク公邸 アントン・フェルナー



「ブラウンシュバイク公、あのような無礼、許してよいのですか!」
「……」
「上座から我等貴族を見下すがごとき振る舞い、無礼にも程があります!」

応接室にキチガイ犬が一匹いる。先程から招かれざる客、ヒルデスハイム伯は主君ブラウンシュバイク公にキャンキャンと吠えまくっていた。こいつは多分カルシウムが足りないのだろう、骨付き肉でも与えるか。

公爵家の当主というのも楽ではない。ブラウンシュバイク公は内心ではうんざりしているだろうが、感情をいっさい出すことなく能面のように無表情に座っている。

俺とアンスバッハ准将は応接室でブラウンシュバイク公とヒルデスハイム伯が見える位置に立っている。公に呼ばれたとき直ぐ対応するため、万一の場合の護衛役、それが表向きの理由だ。裏の理由は……。

「大体、何故あの男が宇宙艦隊司令長官なのです。光輝ある宇宙艦隊司令長官職を平民が汚すなど、帝国の誇りは何処に行ったのです!」
「……他に適任者が居なかったのだろう」

「適任者が居ないですと! 帝国軍人も地に落ちたものですな。あの程度の汚らわしい小僧しか適任者が居ないとは」
ヒルデスハイム伯、卿が本当にそう思っているのなら、帝国貴族こそ地に落ちたものだ。

「何故あの男を元帥に任ずる必要が有るのか、私にはさっぱりわかりません。そんな必要は無いでは有りませんか」
「シャンタウ星域で大勝利を収めたのだ、不思議ではあるまい」

「私に言わせれば敵が無能すぎたとしか思えません」
思わず笑いが出そうになった。この男の軍事能力の無さはクロプシュトック侯事件で嫌というほど見せられた。その男に無能扱いされるとは……。

なるほど才能あるものは認められなくとも、無能は見極められるか。馬鹿は馬鹿を知るといったところだな。一つ賢くなったようだ。

「陛下も陛下です。何故あの男を甘やかすのか。陛下の御下問に答えぬなど、あの場で首をはねてもおかしくないものを」
「……」

「まさか、あの男、陛下の隠し子ではありますまいな?」
「何の話だ、ヒルデスハイム伯?」
俺も聞きたい、何の話だ、それは。

「おかしいではありませんか、士官学校を卒業して僅か六年で元帥など。しかも平民がですぞ」
「……」

冗談だと思ったがどうやら本気らしい。ヒルデスハイム伯は先程までの吠え立てるような口調を収め、ブラウンシュバイク公の顔色を見定めるような視線を向けている。

「バラ園にも何度か呼ばれています。ヒルデスハイム伯である私でさえ呼ばれたことが無いのにです。政府、軍部の重臣達もヴァレンシュタインを贔屓にしています……。公爵閣下は何かご存知では有りませんか?」

そんな事でエーリッヒが陛下の隠し子だと言っているのか、掛け値なしの阿呆だな。卿がバラ園に呼ばれないのは、卿と話しても詰まらないからだ。それ以外に理由は無い。

「知らぬな。そんな話は聞いたことが無い。大体陛下の御子なら宮中に迎え正式に皇子として遇すればよいのだ。隠す必要など何処にも無い。あの器量なら直ぐ立太子だな」
「しかし……」

そう言うとヒルデスハイム伯は試すような眼で公を見た。エリザベートの邪魔者は、貴方が消すのではありませんか、皇帝はそれを恐れて宮中に入れないのではありませんか、伯の目はそう言っている。

「もし元帥が本当に陛下の御血筋の方なら、これ以上帝国にとって喜ばしい事は無い。帝国は文武に優れた皇子によって一層の繁栄を得るだろうからな」

きっぱりと言い切ったブラウンシュバイク公に毒気を抜かれたのか、ヒルデスハイム伯はモゴモゴと口籠りながら帰っていった。




「お見事です。アントン・フェルナー、感服いたしました」
「フェルナー准将、わしを褒めているのか、馬鹿にしているのか?」
「もちろん、褒め称えているつもりですが」

「閣下、ご安心ください。フェルナー准将には後ほどきっちりと口の利き方を教えておきます。どうやらフェザーンに行って少したるんだようですな」

アンスバッハ准将が怖い事を言っている。もっとも言っているだけだ、目は笑っている。後でシュトライト准将も入れて三人でヒルデスハイム伯の愚劣さを、それに悩まされる公の姿を笑いながらコーヒーを飲むのだ。これが裏の理由だ。

公もそれは判っている。一つ鼻を鳴らすとこちらに話しかけてきた。
「お前達はわしの苦労を少しも判ろうとせん。これでもう昨日から十三人だぞ。毎回同じ話を聞かされるわしの苦労をいたわろうとは思わんのか」

「公爵閣下のご苦労は十分に判っております」
ブラウンシュバイク公はアンスバッハ准将の誠意溢れる答えにまた鼻を鳴らすとこちらに問いかけてきた。

「先程の隠し子云々だが、どう思う」
「あり得ません」

アンスバッハ准将が間髪入れずに答えた。
「ヴァレンシュタイン元帥がエリザベート様の配偶者候補に挙がった時、元帥について調べました。それは有り得ません」

十年間待つ。ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の基本方針だ。エルウィン・ヨーゼフ殿下は未だ五歳。たとえ即位されても殿下が御世継ぎを得るまで十年はかかるだろう。それに殿下が無事成人されるという保証は何処にも無い。それが根拠になっている。

その間に勢力固めをする。具体的にはエリザベートの婿選びだ。当初、エーリッヒとエリザベートを結婚させるという案がブラウンシュバイク公から出された。いい案だった。

だが子が生まれた場合、父親が平民という事で皇位継承に差しさわりがあるという意見が周囲の貴族から出たとき白紙撤回された。

愚かな話だ。生まれた子は宇宙艦隊司令長官、帝国元帥を父に持つのだ。エーリッヒの一声で十万隻以上の精鋭が動く。その実力の前につまらない血統など何の意味を持つというのか。

彼ら貴族の本心はわかっている。エリザベートを女帝にし、その夫君の座を狙う事だ。エーリッヒは競争相手として強すぎるのだ。それが気に入らないのだろう。

俺はその当時フェザーンに居たので関われなかった。もし、オーディンにいたら何が何でも実現に動いただろう。十年余裕だなど有り得ない。エーリッヒはそれほど甘い相手じゃない。

ブラウンシュバイク公もアンスバッハ、シュトライト准将もそれは理解していた。しかし、貴族達の反対に押し切られてしまった。おかげで今苦労している。

貴族を暴発させることがエーリッヒの狙いと見ていい。こちらはそれを防ぐために努力しつつ、万一のために準備を整えるのだが、至難の業といっていいだろう。日々、神経をすり減らしつつ生きている。

「ブラウンシュバイク公、もしエーリッヒが陛下の隠し子なら如何します?」
「そうだな、銃を突き付けてでも皇太子にする。そしてエリザベートと結婚させる」

「ならば、やりますか?」
「? 何のことだ、フェルナー」
「ですから、エーリッヒを本当に皇太子にするのです」

公とアンスバッハ准将が凄い眼でこちらを睨んできた。
「本気で言っているのか、フェルナー」
「本気です。女帝夫君になるか、皇帝になるか、さほど違いは有りますまい」

しばらく沈黙が落ちた。公もアンスバッハ准将も考え込んでいる。エーリッヒを皇太子に仕立て上げる。その上で、エリザベートを妃にする。エーリッヒが皇太子になれば皇位継承の争いなど吹っ飛んでしまう。

エーリッヒには貴族の後ろ盾は無い。しかし、軍が後ろ盾につく。宇宙艦隊十万隻が後ろ盾になるのだ。

「無理だ。ヴァレンシュタインの両親ははっきりしている。危険すぎるだろう」
ブラウンシュバイク公が首を振りつつ答えた。

「噂を流すだけでも意味があります」
「どういうことだ、フェルナー」
ブラウンシュバイク公が問いかけてきた。アンスバッハ准将は先程から何か考え込んでいる。どうした? 気になることでも有るのか?

「先程のヒルデスハイム伯のように、頭に血の上った方でも疑いだせば、少しは落ち着くでしょう」
「なるほど、周りを落ち着かせるか。確かに意味は有るな」

「ブラウンシュバイク公」
「なんだ、アンスバッハ」
「元帥の両親ははっきりしています。しかし、母方の祖父が特定できませんでした」

蒼白な顔でアンスバッハ准将が答えた。その答えが部屋を痛いほどの静寂で包む。
「本当か」
掠れたような声でブラウンシュバイク公が確認した。アンスバッハ准将が黙って頷く。

「相手が結婚前に死んだのか、それとも結婚出来ないわけがあったのか……」
「まさかとは思いますが……」
「陛下はお若い頃は遊興と放蕩にふけっておられましたな……」

陛下は今年六十三歳、エーリッヒは二十二歳、可能性が皆無とはいえないだろう。陛下のかなり若い頃の出来事だな。昔々、在る所にから始まる恋物語か……。しかし、真実なら嘘から出た真だな。

しばらくの間無言の時間が過ぎた。三人で顔を見合わせ、それぞれの顔を確認しあう。
「確かに陛下の御寵愛はいささか気になるところだが、まさかな、しかし……、アンスバッハ、もう一度彼の母方の祖父を確認してくれ。話はそれからだ」
「分りました」

「フェルナー、その後フェザーンはどうだ」
「駄目ですね。フェザーンは未だ積極的には動けません。反乱軍の動きが見えるまでは無理です」

反乱軍は今回大きな損害を被った。政府、軍に人事を含め大きな変動があるはずだ。しかし、それがはっきりするのは十月下旬から十一月上旬になるだろう。フェザーンはそちらの動きを確認しなければ大きな動きは取れない。

「役に立たんな。黒狐も」
ブラウンシュバイク公は不満そうだ。出来れば何らかの動きをしてエーリッヒ達の目をひきつけて欲しい、そう思っている。

「ニコラス・ボルテックという男がオーディンに来ます。今回の弁務官事務所の不始末の件で謝罪に来るそうですが、政府がどういう対応をするかでフェザーンの動きも変わると思います。注意が必要でしょう」

「アンスバッハ、フェルナー、こちらから何か仕掛けることは出来んか。このままでは相手が仕掛けてくるのを待つだけだ」
その言葉に俺とアンスバッハ准将は顔を見合わせた。先日から二人で考えている事がある。そろそろ公にも説明する時だろう。

「ローエングラム伯を利用しようと思いますが」
「利用? 何を考えている、フェルナー」
「……」

エーリッヒ、卿には弱点が有る。ローエングラム伯だ。気付いているかな? いや気付いているのだろうな。

彼を副司令長官にして反乱軍を誘引し撃滅する。見事だよ、反乱軍は完璧に卿の策に嵌った。彼らにとってローエングラム伯は無力な皇帝の寵姫の弟に過ぎなかった……。

卿も彼も若い。卿が居る限り、ローエングラム伯は頂点に立てない。そのことに彼が何時まで我慢できるか? 卿が力量を発揮すればするほど彼は追い詰められるだろう。卿は強すぎるのだ。そして行き着くところは……。

卿はローエングラム伯を排除したいだろうな。だがシャンタウ星域の会戦の大勝利と皇帝の寵姫の弟という立場がローエングラム伯の立場を強化し卿を縛っている。

卿の弱点はこちらの強みだ。利用させてもらうぞ。ローエングラム伯の暴発を防げるかな? それともそれを利用して粛清するか? あるいは暴発によって暗殺されるか? ようやく卿と戦える。楽しませてもらうぞ……。




 
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