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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第十三話 覚悟

「Hey!!key!!」
最初紀伊は自分のことを呼ばれていることに気がつかなかった。すると元気そうな艦娘がテーブルを回ってこちらにやってきて早口でまくしたてた。
「It's an honor to meet you!!I’m Kongou!! Battleship of returnee from the United Kingdom!!」
紀伊は呆然とその艦娘を見上げていた。お茶を皆と飲んでいた時に突然話しかけられたので、大ぶりの湯飲みを持って新参者を見上げたまま紀伊は固まってしまっている。
「お姉様。」
榛名が穏やかに言った。
「Oh!!Sorryネ~~~。」
その艦娘はちょっとびっくりしたように口をつぐんだが、また元気な声でしゃべりだした。
「つい母国語が出てしまいました~~~。Key!!私は英国で生まれた帰国子女、金剛デ~ス!!よろしくお願いしマ~ス!!」
「あ、あのう・・・・キーってなんなんですか?」
「What!?ユーの名前はKeyじゃなかったのね?」
一瞬皆が目をぱちくりさせて固まった。
「お姉様。」
榛名が少し赤くなりながら言った。
「紀伊さんはキーじゃありません。キイ、です。鍵じゃありません。」
榛名は申し訳なさそうな顔を紀伊に向けた。
「紀伊さん、ごめんなさいね。お姉さまったらとっても失礼で――。」
「いいえ。」
そう言いながら、紀伊はおかしくなって笑い出した。
「どうしたのデスカ?」
金剛も榛名も由良も不知火も綾波もあっけにとられている。
「ごめんなさい。でも、なんだかとてもうれしくておかしくて、つい・・・・。」
紀伊は目の端をぬぐった。
「こんな私にもあだ名をつけてくださった方がいるんだなって、なんだか・・・・。」
「あだ名というか・・・・。」
「金剛先輩が勝手に勘違いして呼んだだけのようですけれど。」
榛名と由良が顔を見合わせた。
「でも、紀伊さんが喜んでいるようですから、いいのではないでしょうか?」
「じゃあ決まりデスネ!これからあなたのことをキーと呼びマ~ス!」
金剛はとても嬉しそうに叫んだ。榛名が金剛に、お姉様どうか座ってくださいとお願いし、一緒にお茶を飲むことになった。
「遅くなりましたがお姉様、ずいぶんご無沙汰していました。お元気そうで何よりです。」
金剛にお茶が来たところで、榛名が頭を下げた。
「榛名も元気そうで何よりネ~。昨日の夜ここに着いたのデ~ス。でも、too tired 流石に長旅は疲れマ~ス。比叡はまだ寝ているネ。Oh!!」
金剛は急に思い出したように紀伊を見た。
「キー、あなたの妹はとてもイイ子ですネ!!今は疲れて寝ていますけど、一度会いに行ったらいいですネ!」
「はい!!」
紀伊は嬉しそうに頬を染めてうなずいた。あれから讃岐と手紙を取り交わしているけれど、三女である近江のこともずっと気になって仕方がなかったからだ。
「ところでお姉様はどうして呼ばれたのですか?」
この時榛名と紀伊、霧島、夕立にはまだ鳳翔から作戦概要は伝えられていない。昨日鳳翔から金剛たちが到着次第、彼女たちとともに横須賀に向けていつでも出発ができるように準備しておくよう言われただけだった。帰投したばかりで沖ノ島攻略作戦に参加する四人には今後の作戦のことを考えず、ゆっくりと休んでほしいとの提督の配慮があったからである。したがって、四人の所属する艦隊はここ数日休養に入っているし、先日の会議に参加した艦娘たちはこのことを四人に話さないよう固く口止めされている。
「ん~~。それはちょっとsecretデ~ス!」
金剛は片目をつぶって、人差し指をたてた。
「でも、榛名たちもきっと参加するときが来マ~ス。それまではお楽しみネ~!」
榛名たちは顔を見合わせた。金剛は立ち上がって大きく伸びをし、あくびをかみころした。
「ご馳走様でシタ、ん~~なんだか眠くなってきたネ、榛名、少しベッドで横になってきてもいいデスカ?」
「ええ、お姉様もお疲れなのですから、無理しないでくださいね。」
金剛は、Thank you I`ll see you laterと手を振っていきかけたが、急に足を止めて振り返った。
「Oh!!思い出しマシタ!!キー。あなたに伝言ネ!」
「あ、はい!なんでしょうか?」
「赤城があなたを呼んでマ~ス。とっても大事な話があるって言ってマシタネ~。」
「赤城さんが・・・・?」
紀伊は首をかしげた。あの鳳翔との演習の際の審判だったことを除けば、正規空母の赤城は第一航空戦隊に所属する加賀と並ぶ精鋭中の精鋭だということくらいしか知らない。時々例の練習場で加賀と共に演習を行っている赤城の横顔を見る程度だ。話したこともないし、正直言うと加賀と同じような性格なのではないかという気がして、紀伊はなるべく空母寮に近づかないようにしていた。
 その赤城が自分に用があるという。いったい何なのだろう?
「私、何か悪いことをしたのでしょうか・・・・?」
紀伊は不安そうに榛名に尋ねた。
「いいえ。そんなことは絶対にありません!それに赤城さんはとても優しい方ですし、いきなり怒るようなことは絶対になさらない方です。もしよかったら榛名も一緒についていきましょうか?」
ぜひともお願いします、と紀伊が言うより早く金剛が残念そうに首を振りながら言った。
「榛名、残念だけれど赤城はキー一人で来てほしいって、言ってマシタヨ。」
一人で・・・・!?紀伊は訳もなく不安を感じていたが、呼び出された以上断り切れなかった。

 赤城が指定したのは、発着所の近くにある海上演習場だった。ここは紀伊にとっても何度も練習場所として使っていたところでもある。こんなところに何の用だろう。紀伊は不安がりながらも急ぎ足に演習場に向かった。そっと海に滑り出すと、紀伊はあたりを見まわした。
 良く晴れた青空だ。かすかだが初夏の陽気さえ感じられる。はるか遠くに数人の巡洋艦娘が駆逐艦娘を訓練しているほかは誰もいない。
「赤城さん、いったい何の用なのだろう・・・?」
紀伊は湧きあがってくる不安に、手で胸を押さえながら佇んでいた。
「ごめんなさい!お待たせして。」
不意に後ろから声がした。紀伊が振り向くと、一人の正規空母が滑るようにして海上を走ってきた。紀伊の前に立つと、にっこりして自己紹介した。
「随分長いこと挨拶ができていなくてごめんなさい。この鎮守府で一航戦を務めさせていただいています、航空母艦赤城です。どうぞよろしくお願いいたします。」
清々しい挨拶に紀伊はどぎまぎしてしまった。
「あ、は、初めまして!紀伊と申します。よろしく、お願いします!」
深々と頭を下げた。赤城は優しげに目を細めた。
「紀伊さんは礼儀正しいのですね。私などに気を使っていただく必要はありません。」
「そんなことはありません。赤城さんのご活躍はいつも皆さんから聞いています。私なんか、とてもとても及びません。」
「謙遜ですよ、紀伊さん。色々とご活躍の話は聞いております。先日は瑞鶴さんを、そしてこの度の南西諸島作戦では翔鶴さんたちを助けていただいて、本当にありがとうございました。」
赤城は自分の事のように嬉しそうに礼を述べた。
「あれはたまたまです。皆さんの教えがなかったら、私も大けがをしていたと思います。」
そう答えながら紀伊は不思議に思った。赤城は想像していた人物とは違いとても優しい人のようだが、何のために自分を呼び出したのだろう。そう思って紀伊は聞いてみた。
「それは・・・・。」
赤城は急に視線を海のかなたに向けた。
「今度紀伊さんたちと共に私も加賀さんも横須賀に派遣されることになりました。」
赤城、そして加賀と一緒に派遣される?紀伊は不安な思いが湧きあがるのを感じた。自分はともかく榛名、霧島、赤城、加賀、夕立という5人の精鋭を呉鎮守府から引き抜いてまで行わなくてはならない特命はいったい何なのだろう。そしてあの加賀と一緒に作戦行動をしなくてはならないのかと思うと紀伊の不安は倍増した。日向とは南西諸島以来徐々に和解できていたが、加賀だけとだけはまだまともに話せていないし、向こうも自分のことを認めていないと思ったからだ。
「それで一度相談したかったのです。」
「相談?」
「今この時になぜと思われるかもしれませんが、どうしても一度あなたにお話ししたいことがあったのです。お恥ずかしいのですが、私の話を聞いてもらえますか?」
紀伊がうなずくと、赤城は語りだした。艦娘として生まれた自分、前世の記憶をもって生まれた自分、常勝を重ねていく中で一瞬の油断が生んだ死の敗北の瞬間、飛来する敵機の大編隊、投下された爆弾の落下音、命中の瞬間とどろいた閃光、飛行甲板上で燃え盛る紅蓮の炎、逃げ惑う人々、そして傾斜していく甲板から落下していくあらゆる物。
「・・・・私は、苦しかった。本当に苦しかったんです。苦しくて苦しくて苦しくて・・・でも、死ぬこともできずずっと海を漂うしかなかった・・・・。」
その時の光景が脳裏にうかんできたのか、赤城は逃れるように一瞬両手で顔を覆った。
「その苦しみから逃れるために、最後には・・・・舞風さんに、私の介錯をお願いしました。」
海風に長い髪が乱され、表情はわからなかったが、赤城の声は少し震えているように紀伊には聞こえた。
「忘れたくても、忘れられない・・・・。生まれ変わった今も、その夢を時々見ることがあります。どんなに訓練を積み重ねても、どんなに勝ちを積み上げて、無敵艦隊と呼ばれようとも、私の不安も苦しみも消えることはありません。」
「赤城さん・・・・そんな・・・・。」
紀伊は衝撃を受けていた。栄光の第一航空戦隊として最精鋭の名前をほしいままにしていた赤城が内心ではこんなにも巨大な不安を抱えている。それは空っぽの自分さえも赤城の不安に比べれば、まだましなのではないか。赤城の持つ不安は、自分のよりもずっと大きなものなのかもしれない。紀伊はそう思い始めていた。
「なぜあなたにこんな話をするのか、不思議に思っていらっしゃるでしょう。」
赤城は紀伊を向いた。もういつもの穏やかな顔に戻っていた。
「あなたの名前を初めて聞いたとき・・・・あなたがこの鎮守府に配属されることを知ったとき・・・・・少し、私の中で何かが変わったのです。それが何なのかわかりませんが、これだけは私はすっと思い込めるようになりました。紀伊さん。あなたが私の・・・いいえ、私たちの苦しみを救ってくれる人なんだって。」
紀伊は仰天した。
「ちょ、ちょっと待ってください!いきなりそんなことを言われても、私・・・・。」
「ごめんなさい。唐突すぎました。いいえ、あなたに守ってくれといっているわけではありません。私も艦娘の端くれです。自分の身は自分で責任をもって守ります。そうではなくて、あなたには私のそばにいてほしい。そばにいて色々と話ができれば、私はとてもうれしいんです。それが言いたくて、あなたを呼びました。ごめんなさい・・・・勝手なのかもしれませんが・・・・。」
紀伊は思わず赤城の両手を取っていた。赤城は驚いたように紀伊を見つめ返した。
「赤城さん。」
紀伊は上ずった声で話し出した。
「私は・・・・私は前世の記憶を何一つ持っていないんです。自分が誰なのか、どんな艦なのかもわかっていません。砲撃も艦載機の離発着も攻撃もまだまだ不十分で、胸を張って誇れるものは何一つ持ってないんです。」
でも、と紀伊は言葉をつづけた。
「でも、赤城さんの話を聞いて私はとても恥ずかしくなりました。私の不安なんて赤城さんの物に比べたら、とても小さいものです。今話してくださったとても大きな不安を抱えていらっしゃるのに凛としていらっしゃる赤城さんを私はとても尊敬します。そして、少しでも役に立ちたい、そう思うんです。私でよろしければ――。」
「待ちなさい。」
乾いた声がした。二人が振り向くと、加賀がこちらを見ていた。紀伊はびっくりして赤城から離れた。いつのまに来ていたのだろう。そして、どこから話が聞かれていたのだろう。
「あなた、赤城さんの護衛艦になるというの?」
「加賀さん、いつのまに?!違います。これは――。」
「赤城さんは黙っていて。」
低いが有無を言わせぬ声で加賀は制した。
「申し訳ないけれど、今までの話は全て聞かせてもらいました。私は・・・・。」
加賀は一瞬目をそむけた。
「とても恥ずかしく思います。僚艦でありながら赤城さんの不安を私はそれほど大きくとらえていなかった。何故なら赤城さんはとても強いから。その強さの前に克服できない物などない。そう思っていました。」
「加賀さん・・・・。」
「でも、私は間違っていました。いくら技量が抜群でも、いくら強くても心の不安の前にはあまりにも無力。そのことをあなたは気づかせてくれた。」
加賀は紀伊を見た。
「でも、そのことと赤城さんの護衛艦になるかどうかは別問題。私が試します。あなたが赤城さんを護るに足る人かどうかを。」
紀伊は内心仰天した。赤城は話し相手が欲しいといったのであって、護衛艦を望んでなどいなかったのだ。そういおうとして、紀伊はふとある考えを持った。
(でも・・・・本当にそうなの?言葉だけの話し相手など赤城さんが望んでいることなの?言葉だけで赤城さんの不安を取り除くことができると考えられるの?)
紀伊は内心首を振っていた。
(いいえ違う。赤城さんの不安を取り除くには、私の姿を知ってもらうほかない。赤城さんが求めているものがまだ何かわからないけれど・・・一つ候補として言えるのは強さ。強ければ強いほど赤城さんを安心させることができるのではないかしら?それに・・・・。)
紀伊はぎゅっとこぶしを握りしめた。
(あの時以来自分から加賀さんに話しかけることができていない。これは一つのチャンスなのかもしれない。赤城さんと双璧の強さを持つ加賀さんに挑むなんて怖いし、まして認めてもらうなんて無理かもしれない。でも、それでもやらずに後悔するよりは、精一杯やって後悔したほうがまだましよ!。)
「加賀さん。いきなりすぎます。紀伊さんだって困ります。」
赤城がそう言ったが、紀伊はきっと加賀を見返した。
「わかりました。加賀さんのおっしゃることはもっともです。弱い艦娘は赤城さんのそばにいる資格などない。いいえ、もっと違う理由が今できました。私はあなたに認めてもらいたい。第一航空戦隊として赤城さんと双璧の強さを誇るあなたに。」
紀伊は次に赤城を見た。
「そして、私があなたの支えとなれるか否か、赤城さん、ご自分で見届けてほしいのです。」
「紀伊さん・・・・。」
「よく言いました。」
加賀は相変わらず乾いた声で言ったが、心持顔が紅潮していた。
「今から私が艦載機を放ち、全力であなたを攻撃します。むろん演習です。ですが、実戦と同じと考えてください。そして紀伊さん、あなたがそれをすべて防ぎとめたとき、私はあなたを赤城さんの護衛にふさわしいと認めます。」
紀伊はうなずいた。
「では。」
加賀は紀伊と赤城を見た後、水面をけって海上に走っていった。
「いいのですか?」
赤城が不安そうに紀伊を見た。
「言葉だけでは人の疑念や不安は払しょくできません。言葉に行動が添えられて初めて人を動かすこともあると思うんです。今回のことはそのよい一例だと思います。」
「でも、あなたが――。」
「覚悟はできています。」
紀伊は強くうなずいて見せた。
「でも、それは強制される覚悟じゃありません。私がしたいと思うからもてる覚悟です。」
彼方で加賀がこちらに向けて旋回し、停止した後弓をゆるゆるとひきしぼるのが見えた。さすがに赤城と双璧の一航戦を務めるだけある。構えはあの練習場での訓練の時の姿よりも、さらに盤石になっているように紀伊には思えた。
 バシュッ!!と虚空に放たれた矢は無数の艦載機と化して、転進、紀伊に襲い掛かってきた。
「赤城さん、離れてください!」
赤城はうなずくと、紀伊のそばから離れた。
「対空戦闘、用意!!全対空砲、撃ち方――。」
紀伊の手が止まった。敵は上空に上昇する艦爆隊と低空すれすれを飛行してくる艦攻隊に分かれたのだ。急速な速さで進んでくる新型天山と彗星の攻撃隊を見据えながら紀伊は直ちに決断した。
「対空砲は上空の敵機を、主砲は海面を進んでくる艦攻隊を狙います!!撃ち方、初め!!テ~~~~~~~~~~~ッ!!!」
紀伊が左腕を振った。猛烈な対空砲火が敵機を捕え、撃墜していく。さらに打ち出された主砲弾が敵機前面に水柱を作り上げ、巻き込んで撃ち落とした。
「主砲は交互撃ち方で継続射撃!!対空砲、弾幕形成、急いで!!」
紀伊は滑るように海上を移動し、次々と押し寄せる敵機を相手にした。

「通常射撃か。その程度では私の攻撃隊の波状攻撃は防げない。」
加賀は次の矢を構えながらつぶやいた。
「鎧袖一触よ。葬り去るわ。」
放たれた矢が猛然と驀進する艦載機に代わり、次々と紀伊めがけて殺到した。あらゆる角度から、それも時間差でまだんなく押し寄せる敵機に紀伊も疲れを見せ始めていた。一陣を撃破して、次の目標に向き直ろうとした時、別の斜め死角から多数の艦攻隊が接近し、魚雷を投下した。
「くっ!!!駄目、間に合わない!!」
紀伊が叫んだ瞬間、ものすごい水柱が上がった。回避できずに次々と魚雷が命中、さらに艦爆隊の投下した模擬爆弾が命中したのだ。模擬魚雷・爆弾とはいえ紀伊は息が詰まる衝撃を覚えた。

「紀伊さん!!!」
赤城が叫んだ。水煙が消え去った時、紀伊はあちこち小破していたが、眼はひたっと加賀を見据えていた。
「まだです!!まだまだやれます!!このくらいで私は撃破できません!!」

海上の加賀の耳にかすかに紀伊の言葉が届いた。
「流石は戦艦とも呼ばれるだけはある、か。だが、それもいつまでつづくかしら?」
加賀は冷静に次の矢を抜き取っていた。
「今の程度ではあなたは赤城さんのそばにつくことはできない。言葉だけでは駄目。あなたの力を、戦場で赤城さんを護りきることのできる力を、私に見せなさい。」

赤城が走ってきて紀伊の腕をつかんだ。
「大丈夫です。赤城さん、あなたのお役に必ず立って見せます。」
「私は・・・こんなことを望んではいなかった――。」
「赤城さんらしくないですよ。」
赤城は驚いた。思いがけない事だったが、紀伊が微笑んだのだ。
「先ほどお話してやっとわかったんです。赤城さんはどんな時でも凛としていて・・・皆さんにとても優しくて、頼りにされる人なんだって。でも、だからといってあまやかしたりはしないですよね?」
「・・・・・・。」
「前に進むためにどうしても乗り越えなくてはならない山はあります。私にとってはそれが今なんです。赤城さんのためだけではありません。私にとっても必要なことなんです。だから、お願いします。最後までやらせてください。」
「紀伊さん。」
赤城は腕を離した。
「あなたのことを私はわかっていなかったようです。あなたは・・・私がおもっているよりもずっとずっと素晴らしい人です。・・・・・どうか、お気をつけて。でも、無理はしないでください。」
「はい。」
紀伊がうなずいたとき、加賀の声が風に乗って飛んできた。正確には旋回している残存攻撃機を通して聞こえてきたのだ。
『まだやるというの?』
「もちろんです。このくらいでは引き下がれません。加賀さん、あなただってもし私が引き下がるというのなら、きっと私のことを軽蔑なさるはず!そうですよね?」
『なるほど、気構えだけは認めますが、それも言葉だけの話。あなたの口にする覚悟がどこまで力という実物を伴うものなのか、もう一度試させてもらいます。』
ぷつりと加賀の声が途絶えた。彼方では加賀がまた矢を抜き取り、それを弓につがえキリキリとひきしぼるのが紀伊に見えた。
(加賀さんは今度こそ私を沈めるつもりで挑んでくる。まともな対空砲火ではさっきの攻防が限界・・・・。)
紀伊はそっと主砲を横目で見た。その主砲弾には散布効果のある対空弾と通常弾頭がセットされているが、実は紀伊にはもう一つ切り札があった。
(でもあれを使うことで加賀さんは私を軽蔑しないかしら?でも、今のままじゃ・・・・私は・・・。・・・・なら、やるしかないわ!!)
 洋上の一点とかしていた加賀が不意に弦から手を離し、放たれた弓が大空で無数の艦載機に変わった。その瞬間紀伊は決断した。
「赤城さんは離れてください、早く!!」
紀伊の促しに、赤城は励ますような強い視線を紀伊に送り、その場を離れ、少し離れたところに立ち、見守っていた。ちらとそれを見た紀伊は目標に目を向けた。
「空母戦艦の・・・私の力を、加賀さんに認めてもらわなくては!!行きます!!」
41センチ3連装主砲が回転し、目標に仰角を付けた。
「対対空砲撃用零式弾装填!!主砲、副砲交互撃ち方準備!!目標までの推定距離5千!!零式弾信管作動所要諸元入力!!」
41センチ3連装主砲の砲身が細かく上下し、目標に狙いを付けた。
「いい???行くわよ、テ~~~~~~~~~~ッ!!」
轟然と41センチ3連装砲が火を噴き上げ、砲弾が大空に向けて放たれた。
「続いて第二斉射、修正0・2!!テ~~~~~~~~~~ッ!!」
直後、紀伊は赤城に叫んでいた。
「赤城さん、目を閉じてください!!」

「主砲?」
加賀は遠く海上にいたが、それでも紀伊が発砲した主砲音は耳をつんざくほどだった。
「航空機に主砲は無力。そのことはよく知られている。なのに?」
『目を閉じてください!!』
突然紀伊の声が響いた。通信してきたのだ。訳が分からないながらも加賀はとっさに腕で目を庇っていた。
その直後だった。強烈な閃光があたりを引き裂いた。それは腕で目を庇い、目を閉じていてもバチバチと感じられるほど凄まじいものだった。
「くっ・・・・!!」
加賀は腕で目を庇い、強烈な光の奔流に耐えていた。それが突然消えた。
「・・・・・・・。」
妙に静かだった。そっと加賀が腕を目から外し、愕然となった。

 発艦させた攻撃隊の姿は一機も残っていなかったからだ。

振りぬいていた左腕を、そして目を庇っていた右腕を紀伊は降ろした。これが正しかったかどうかはわからない。使うことでかえって加賀も赤城も自分を軽蔑するのかもしれない。ただ、と紀伊は思っていた。赤城が自分を受け入れるのなら、すべて自分のことをわかったうえで受け入れてほしいと思ったのだ。
「今のは・・・・。」
赤城がいつの間にかそばにやってきていた。
「驚かせてすみませんでした。これが私に搭載された新型兵器、対対空砲撃用『零式弾』です。ご覧になったとおり広範囲に強烈な閃光と熱波を拡散させることによって敵を消滅させるんです。たぶん・・・前世では存在しなかった砲弾だと思います。私に搭載された時、今のヤマトだからこそ開発できたと聞きました。」
「・・・・・・・。」
「赤城さん、そして加賀さんもきっとこう思っていますよね?『認めてもらいたいのなら正面から堂々とぶつかり合って力を示せ。』って。そのことからすれば私のしたことは間違っているのかもしれません。でも、私はありのままを赤城さんたちに受け入れてもらいたかったんです。だから・・・・・。」
「いいえ。」
赤城は穏やかに首を振り、そっと紀伊の手を取った。
「その言葉だけでもう充分です。あなたは今の新型兵器の恐ろしさを良く知っています。使うことに対してのためらいを持っていらっしゃったこともよくわかりました。言葉だけではありません。なぜならあなたはあえて最初から使わなかった。あなたの覚悟の表れだからです。」
ざあっと白波を蹴立てて加賀がやってきた。
「完敗だったわ。」
乾いた声で一言だけ言った。
「そしてあなたの意図も私なりに理解したつもりではいます。正直なところ真正面からぶつかりあってこその実力だとは思うけれど、あなたは追い詰められる最後まであれを使わなかった。あなたの覚悟はどうやら本物のようです。」
そういうことでいい?赤城さん、と加賀は赤城に尋ねた。赤城は黙って微笑んだだけだった。
「紀伊さん、この後お時間がありますか?もしよろしければ、3人で間宮でおいしいものを食べませんか?お腹すきません?」
「は、はい!!」
紀伊はうなずいた。
「でも・・・その前にドッグに行って艤装などの修復をしなくてはなりませんね。」
「大丈夫です。演習の傷なのですぐに済むと思いますから、先に行っていてください。後から追いつきます。」
「わかりました。待っていますね。」
では、と一礼して紀伊はドックに走り出した時、背後から声が聞こえた。
「紀伊さん。」
加賀の声だった。紀伊は振り向いた。
「一つ言い忘れていました。」
「な、なんでしょうか?」
不意にすばりと切り込まれたかのように紀伊は動揺していた。
「私はあなたに謝らなくてはなりません。」
意外すぎる言葉に紀伊は目を見開いた。加賀の口から謝るという言葉が出てくるとは思わなかった。謝るとはいったい何を謝るのだろう。
「実は先日の鳳翔さんとのあの試合を見て、そして今のあなたの戦いぶりを、心構えを見て日向さんと同様私も考えを改めていました。今までの無礼、どうか許して下さい。」
加賀が深々と頭を下げるのを見て、紀伊のみならず赤城も驚いていた。プライドの高いあの加賀が人に頭を下げるのを見たのは、数えるほどしかないし、自分から進んで頭を下げるのを見たのはこれが二度目だったからだ。

 
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