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ドラゴンクエストⅤ〜イレギュラーな冒険譚〜

作者:むぎちゃ
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幕間
  第五十六話 幕間1

 薄暗く、異臭と瘴気が漂う部屋にその魔導師はいた。
 紫色のローブ。黄色い瞳。蜘蛛のような青白く、長い指は骸骨の意匠の鎌の柄を弄んでいた。

 ゲマ。それが彼の名前だ。
 
 今日のゲマは何やら上機嫌な様子だった。
 彼は懐から黒い球体を取り出し、そして両脇にあるものを見遣った。
 そこには2体の石像があった。しかし、それはただの石像ではない。正確に言うならばゲマの呪いによって石化させられたアベルとビアンカだった。そして黒い球体は、ある少女から奪った魔法の力そのものであった。
 厄介な人物を行動不能にまで追い込み、強大な魔法の力すら手中に収める事ができたのだ。
 ゲマはこの収穫に満足していた。

「ゲマよ。首尾はどうだったか?」

 ゲマに尊大に話しかける声があった。
 その声の主は豪奢な衣装を着飾り右手に黄金の錫杖を持った、鰐を無理矢理人の形にしたような魔物だった。

「ええ、問題ないですよ。イブール様」

 魔物の名はイブール。光の教団の教祖である。

 ゲマもイブールも教団内で大きな力を持ってこそいるが、その力が実際に行使されるのはそれぞれ別だ。
 イブールは教祖という立場上、信者や兵士といった教団内での人間に対し様々な権限があるのに対しゲマは教団が抱える魔物の軍勢の全てに絶大な権力を持つ。
 簡単に言ってしまえばイブールは表舞台で活躍し、ゲマはその裏方といったところか。

「厄介な者達を石化し、強大な魔法の力を奪えた。これは私達の光の教団にとって、とても大きな事です。きっと、今まで以上に光の教団は力を持つでしょう」
「そうか。それは頼もしいな。ところで、儂の副官の件だが……」

 イブールは人間相手には影響力があるが、魔物相手にはそれ程ない。
 教団内での魔物がイブールに従っている理由は、ゲマの命令か利害の一致か、上下関係のどれかしかなく、忠誠心でイブールの為に行動する事は少ないのだ。
 なのでイブールは、自分の副官すらもゲマにわざわざ言わなければ用意する事すらできない。

「ああ。それならお任せください。今新しいのを作っていますので」

 ゲマは部屋の片隅を見遣った。
 そこには魔法陣が刻まれており、その上には石で作られた棺が置かれている。そしてその棺の中には何かが入っていた。

 ゲマは今の魔物達ではやや力不足だと感じている。
 なので、ゲマは魔物を改造する事で強力な魔物を作り出そうとしていた。

 例えば、デモンズタワーの頂上でアベル達と戦ったオークとキメラ。
 あの2体はゲマによって作り出された魔物ーー正確に言うならそのプロトタイプーーだ。

 棺の中に入っているのも、今ゲマが作っている魔物の内の一体である。

「あれは何の魔物だ?」
「あれは、ギガンテスですよ。本来粗暴な連中ですがこいつはギガンテスの中で珍しく知能がありましたのでね。今こうして更なる改良を加えているわけです」
「なるほど、ギガンテスか……。肉体的にはタフだし、知能もあるからろくな命令すら聞けないで困るという事にはならないだろう。よし、それを儂の副官にしよう」
「わかりました。ところで……イブール様こそどうですか?新たな信者観入の方は」
「うむ、それが中々思うようにいかないとの事だ。ゲマ、何か案はあるか?」

 光の教団が信者を集めているのは理由がある。
 
 彼らの主は、遠い昔に竜の神の怒りに触れ魔界の奥深くに封印された。
 その封印を解く為に彼らはマーサというある特殊な能力を持つ女性を誘拐したのだが、マーサ自身は抵抗を続けている。
 マーサが折れるのを待つには時間がかかるので、光の教団は別の手段を取ることにした。

 信者を集め彼らの祈りで主の力を神の封印を破れるくらいにまで増幅させる為に彼らは信者を集めている。
 しかし信者を観入させるにはただの宣伝ではなかなか信者が加入しない。信者を集める為に様々な工夫こそしているがそれが実を結ぶ事は少ないのだ。
 数少ない成功例の内の一つにイブールの本というイブールの言葉を纏めた聖書のような物があり、これを読んだ者の大半が信者入りしたが、その絡繰りは単純なものでゲマが一種の精神操作の魔法をイブールの本にかけていただけのことだった。
 今まではこれで信者数を増やしていったが、最近ではイブールの本自体の売れ行きが悪く成りつつある。
 それ故に、イブールの本に代わる新たな手段を見つけなくてはいけなかった。

「そうですか……。ではこれを使ったらどうでしょうか」

 ゲマはアベルの石像を指差した。

「この男を?しかしどうやって?」
「簡単な事ですよ。この石像を適当に守り神だなんだという謳い文句をつけて金持ち相手に売るのです。それに適当な物を御利益のある品物として合わせて売れば効果は増すでしょう。連中はとにかく金を使いたがりますからね。更に金持ちは愚かな輩が多いので不安を感じさせるような事を言えば直ぐに信者になるでしょう。とにかく品物を買わせる事が出来たら信者入りもほぼ確実だと思われます」

 それを聞いて、イブールの表情が安心に緩んだ。
 イブールは続けてゲマに聞いた。

「この男の石像を売るのは別に構わないが、この女の石像は売らなくていいのか?」
「これは売る必要がありません。この女は天空の勇者の血族でしてね。我らの手中にあった方が安泰でしょう」
「それもそうだな。では、儂はそろそろ行く」
「はい、わかりました。それでは」

 イブールは部屋から立ち去り、薄暗く瘴気の漂う部屋に残されたのは能面のような笑みを貼り付けた魔導師のみだった。
 

 *

 サラボナの大富豪ルドマンの長女、デボラは退屈を持て余していた。
 アベルとビアンカの捜索に尽力するとミレイには言ったものの、実際に捜索するのは父ルドマンの役目であった。しかしこれはデボラが父親任せにしているのではなく、彼女は父親を通じてでしか2人を探索できなかったというだけの話だ。
 だが、彼女はそんな現状にどこか歯痒さと苛立ちを感じていた。

 友人の為に行動しようと思っているのに、こうして家で結果を待っている自分自身に対して。

「デボラ様、アフタヌーンティーのご用意が出来ました」

 メイドの声にハッとし、部屋に入るように告げるとメイドがポットとカップ、そしてスコーンを乗せたワゴンを運んできた。
 洗練された手付きでメイドは紅茶をカップに注いで、デボラに差し出した。カップを受け取り、一口紅茶を飲んで息を吐く。
 やはり、紅茶はいいものだ。
 そう思いデボラがアフタヌーンティーを満喫しようとした時、窓の外から何やら物音がした。
 折角のアフタヌーンティーを無粋な物音に邪魔され、不機嫌な表情に成りつつも窓の外を見ると町の噴水の前の広場にたくさんの人だかりが出来ている。
 普段だったら別に興味はないが、デボラはせめて自分の至福の時間を邪魔したものの正体を知るべく、そして退屈を晴らす為に屋敷の外へと出て行った。

 噴水の前の広場には窓の外から見た時以上に人だかりが増えていた。人混みに苛つきながらも適当に町民をどかしながら、一番前のよく見える場所を陣取る噴水の前を睥睨した。
 目の前にいたのは礼服こそ一般の物とは違うが、若い神父だった。彼の周りには幾つかの荷馬車が控えている。
 神父とその荷馬車を疑問に思う間も無く、神父が声を張り上げた。

「サラボナに暮らす皆様!今日はこの場にお集まり頂き誠にありがとうございます。私は光の教団のネビラと申します。私がこのサラボナに来たのは皆様にこの世界の危機を伝えるためです!」

 ネビラが『世界の危機』という言葉を口に出した瞬間、人混みの中から幾つもの困惑の声が上がった。
 それらの声が上がってしばらく間を置いてからネビラは再び演説を始めた。

「今世界は未曾有の危機に瀕しています!私達が信仰する神は私達にある一つの神託を告げました。『この世界は大量の恐ろしい魔物達によって破壊し尽くされ、滅びを迎えるであろう』と」

 困惑の声は大きくなり、悲鳴も混ざった。

「しかし、臆する事はないのです!神の神託には続きがあるのです!」

 人混みの中の声は消え、広場に沈黙が満ちた。
 サラボナ町民のほぼ全ての視線がネビラに注がれる。

「その続きとは『しかし、我を信仰し敬い讃えるのであれば救いは与えられる。その者は我と共に光り輝く世界で末永く幸せに暮らせるであろう』との事です!」

 人混みから興奮に沸く声が上がった。

「早速光の教団に入らなくちゃ」
「魔物に殺されて死ぬなんて嫌よ、私」
「末長く幸せに暮らしたい」

 そんな声が次々に上がる中、デボラは無言で白けた目をネビラに向けていた。
 どうもネビラの言葉は嘘くさく、芝居がかかっているように感じられたのだ。
 それに世界が滅びるなんて予言が下されたというがそれは本当に下されたのか。
 自分が何だと気になったものの正体は蓋を開ければ、なんて事はないただの嘘っぱち(真偽はどうあれデボラはそう思う)だったのだ。
 随分と下らないものに時間を費やしたものだ。
 そう思うと、ふと自然に欠伸が出てきてしまった。
 そして、その欠伸は否応なしに目立ってしまった。

「……お嬢さん、貴女今欠伸しましたね?」
「ええ、そうよ。で?それがどうかしたの?」
「光の教団の私が、折角貴女達に救いの手を差しのべようと必死で神聖なる神の御言葉を説いているのにそれを欠伸をしながら聞くとは何事ですか!」

 ネビラはそう脅すように怒るものの、デボラは全く怖いとは思わなかった。
 むしろ相手の目を見据え、毅然とした態度でこう言い切った。

「そりゃ神聖なる神の御言葉ならきちんと聞くわよ。でもあんたのは全然神聖に聞こえなくて。神聖というよりはただの大仰な芝居のような感じね」

 ネビラの瞳に冷たい怒りの炎が燃え上がった。ネビラは本気で怒ったらしい。
 しかし、デボラは怯む事はなかった。

「……いいのですか。後悔する事になりますよ、お嬢さん?」
「私ね、生まれてからこれまで一度も後悔した事がないの。だから後悔というものを教えてくれるのはありがたいわね」

 皮肉たっぷりに言い放ちしばらくネビラの瞳を見ていたがネビラは視線をデボラから逸らし、町民の方に向けた。

「皆様!私は今非常に怒りを抱いています!私は懸命に皆様を救う言葉を説いていました。更に皆様を救う為に幾つもの道具を用意しました!しかしそんな私の努力はこの一人のお嬢さんの無礼な言葉で穢されてしまいました!こうなった以上はもう神はこのサラボナの人達を救おうとはしないでしょう!しかし私を恨まないでもらいたい!これはあなた達の一人が撒いた種であるのだから!」

 そう叫ぶように言い、ネビラは荷馬車を引き連れ立ち去ろうとしたその時。
 一陣の風が吹き、荷馬車の掛け布は舞い上がった。
 中から見えたのは趣味の悪い壺や、紫の表紙の本、得体のしれいない文字で書かれた札、そして一体の石像だった。
 
 その石像はーー。

「えっ?」

 思わず声が口から漏れた。
 自分の見たものが信じがたかったのだ。
 あの石像あれはもしデボラが正しいとするのならば、アベルそっくりだったのだ。
 そしてアベルはデモンズタワーの戦いで石にされて連れ去られたという。

 ーーという事はあれは本物の?

 ハッとして荷馬車を確認しようとするが、考えに耽っていた時間が長かったのか荷馬車は立ち去ってしまった後だった。
 少し自分を責めつつもデボラはミレイに報告する為に屋敷へと走って戻っていった。


 
 

 

 


 
 

 
 

 
  
 

 
後書き
というわけで青年時代前半編の後日譚(且つ青年時代後半編の前日譚)のエピソードでした。
ちなみにネビラの狙いは演説と霊媒商法でサラボナの町民を味方につけた後、ルドマン相手に交渉するというものでしたがデボラが怒らせたおかげで失敗に終わったわけです。

ちなみにもうこの時期ですのでまた更新ペースが落ちると思いますが宜しくお願いします。 
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