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正義

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第二章

 裁判が全て終わってからだ。アストレイヤはヘルメスに尋ねたのだった。
「それでどちらかしら」
「善か悪、どちらが多いかですね」
「ええ。悪よね」
 彼女の印象ではそちらだった。天秤はそちらに多く傾いた様に思えたのだ。
 それでこうヘルメスに尋ねたのだ。そこには諦めの確信があった。しかしだ。
 ヘルメスは微笑んでだ。こうアストレイヤに答えたのだった。
「いえ、違います」
「ではまさか」
 善の方が多いのかと思った。しかしそれはだ。
 有り得ないとだ。アストレイヤは心の中で思った。彼女の印象ではどう考えても天秤は左側に多く傾いたからだ。それでこう言ったのである。
 しかしだ。ヘルメスはだ。今度はこう答えたのだった。
「いえです」
「では善でもない」
「はい、そうです」
「ということはつまり」
「善も悪もです。同じだけでした」
「同じ数だけだったと」
「天秤は右と左に傾きました」
 ヘルメすのその言葉を聞いてだ。アストレイヤはその整った目を大きく見開いた。
 そしてそのうえでだ。こう言ったのである。
「そんな筈がないわ。だって確かに天秤は」
「それは貴女の受けられた印象です」
「印象だけだというの?」
「そうです。しかし実際はです」
「善も悪も共に」
「同じ数だったのですよ」
 にこやかとさえ見える笑みでだ。ヘルメスはアストレイヤに話すのだった。
「どちらもね」
「そうだったの」
「その証拠がこれです」
 板にだ。善と悪の数がそれぞれ刻まれていた。一回ごとに横線が入れられそれが縦一列になっている。
 そしてそれを見ればだ。まさにだった。
「同じですね」
「ええ、同じ数ね。どちらも」
「言っておきますが私は数を誤魔化していませんよ」
 ヘルメスは穏やかな微笑みでこのことを否定した。
「ちゃんと数えていました。居眠りもすることなく」
「ではやはり」
「はい、善も悪もです」
 そのどちらもだというのだ。
「同じ数でした」
「そんな筈はないと思っていたわ」
 確信していたのだ。本当にだ。
「悪が多いとですね」
「思っていたけれど」
「ですがそれは貴女の主観だったのです」
「私の」
「そうです。しかし実はです」 
 善も悪もだ。同じだったというのだ。
「しかもそれはこの日だけではありません」
「他の日もまた」
「善と悪は常に全く同じだったのです」
「では何故私にはそう思えたのかしら」
 アストレイヤは首を傾げさせながらヘルメスに問うた。
「悪が多い様に」
「貴女は正義の女神であられますね」
「ええ」
 これはその通りだ。否定できるものではない。
「貴方もご存知の通りね」
「そうですね。ですから悪を憎みます」
 正義ならばその対極にあるそれを憎む。これは当然のことだった。
「そして悪を恐れその力が少しでも大きくなることを警戒されています」
「それ故にだったの」
「どうしても悪が強く大きい様に思えたのです」
「確かに私は悪を恐れているわ」
 その通りだとだ。アストレイヤも答える。 
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