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ソードアート・オンライン 神速の人狼

作者:ざびー
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ー〈閃光〉対〈緋色〉ー

 
前書き
シィの二つ名を変更しました。
前〈紅い死神〉→後〈緋色の死神〉 

 
 古代ローマ風の建築物が建ち並ぶ第75層の主街区『コリニア』では、〈血盟騎士団〉主催であるデュエルイベントを目当てに多くのプレイヤーが押し寄せていた。 特に決闘の舞台となる円形闘技場(コロッセオ)の客席は、一大イベントを一目見に来たプレイヤー達に埋め尽くされており、満員御礼状態だった。 だがこの状態も当然と言える。 なぜなら、今日この場でしのぎを削り合うのは、知名度、実力ともに超級のハイレベルプレイヤーだからだ。
 屈強な男性プレイヤーの集まりのイメージがある攻略組で活躍する女性プレイヤー(紅一点) 〈閃光〉のアスナと〈緋色の死神〉のシィ。
  そして、それぞれ唯一無二のスキルを持つプレイヤー〈二刀流〉のキリトと〈神聖剣〉のヒースクリフ。
 この四名の決闘と言う一大イベントが始まるまでまだ時間があるのにも関わらず、会場の興奮は既に最高潮に達しつつあった。 そんな熱気渦巻く中、ユーリは客席から少し距離を置き、石柱に背中を預けてた状態で眼下を眺めていた。 この位置からだと、決闘の場となる砂地のフィールドがよく見える。

 決闘が始まるまでなにもすることがないのかくぁぁと欠伸をしているとするりと隣に並び立つ人影が現れた。

「貴賓席を設けなかったのは、失敗だったか……おはよう、ユーリくん」
「げっ……ヒスクリ」

 背中を若干仰け反らせるユーリの視線の先にいたのは、赤いローブを纏い、魔術師然とした装いのヒースクリフ。 ヒースクリフの登場早々ユーリは見るからに不機嫌になるとジトっと半目で睨みつけながら、口を開いた。

「なに? なんでこうお前って俺の前に現れんの?もしかして好きなの?ごめんなさい、そういった趣味ないんで。 今後一切、現れないでくれると嬉しいです」
「そういえば、誰かが言ってたな。 照れ隠しで好きな相手に対して、ぞんざいな態度をとってしまうとーー」
「んなわけあるかよ!」


 犬歯を剥き出しにして睨みつけるユーリの視線を余裕の態度で受け止めるとヒースクリフは視線を中央へと向けた。 それにつられてユーリも中央を向けば、白地の紅いラインで彩られた騎士服に身を包んだアスナがゲートから現れたところだった。

「さて、そろそろ始まるようだ」
「…………」


 アスナの登場により一層盛り上がる会場に辟易しつつ犬耳をペタンと伏せていると、アスナとは別のゲートから紅いノースリーブにスカートという出で立ちのシィが黒のリボンで結ったポニーテールを軽快に揺らしながら、入場した。

 互いに距離を置いて睨み合う中、シィは手元に出現させたメニューウィンドウを操ると一本の細長い槍を呼び出し、それを見て会場に僅かにざわめいた。

「ほぅ……シィくんは大鎌を使うのではなかったのかね?」
「元々は槍使いだったんで……」

 ヒースクリフから投げかけられた質問に対し、ユーリは非常に面倒そうな表情を見せつつ簡潔に答えた。
 扱い辛い武器として知られる〈大鎌〉の唯一の担い手であるシィだが、〈大鎌〉が長柄の武器の上位派生スキルであることを考慮すればシィが槍を使おうがなんら不思議ではない。
 今の大鎌を扱い始める前の愛槍〈栄光の薔薇(グロリアス・ローズ)〉を二度、三度と振り回し、調子を確かめると納得したのかうんと頷き、

「さて……始めよっか」

 紅い薔薇の意匠が施された槍を肩に担いだシィがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 それにアスナはむっとした表情を見せると右手を振り、メニューウィンドウを開くとデュエル申請を送る。 当然、それは受諾され、両者のちょうど中間地点に二人の名前とともに〈初撃決着モード〉が記された半透明のウィンドウが出現し、六十秒のカウントダウンが始まった。

 デュエルにおいて最もオーソドックスなルールである初撃決着モードは強攻撃が被弾するか、HPが半分を下回った場合に勝敗が決する。 HPが全損する事態はほぼ無いに等しいが、それでも命を賭しているということには変わりなく、二人の表情はいつにも増して真剣だ。

 アスナは剣帯に吊るした鞘から音高く彼女の武器である〈ランベントライト〉を抜き放つと、膝を深く曲げ、左を半身反らし、右手に構えた〈ランベントライト〉の剣先をシィへと向ける。 レイピアを構えるアスナの横顔からレイピアのような鋭利なものを感じられるのに対し、右手で槍の中程を持ち、左手を鈍く光る穂先に添えて構えるシィの表情は真剣であるもののこの状況を楽しんでいる風にも見てとれた。

「アル(スター)の流儀、その身に受けるがいい!」
「ケルト……?!」

「斬れー」「殺せー」と物騒なことが口々に喚かれるなか、デュエル開始のカウントダウンが刻一刻と迫り、両者の放つプレッシャーが臨界に達した瞬間、上空に【DUEL】の文字が瞬いたのと同時に刀身にライトエフェクトを纏わせたアスナが駆ける。

 二人の間の距離は少し広めの二十メートル。 だが、持ち前のAGIの高さを活かし、それを一息で詰めると、体の捻りを利用して打ち出された二本の刺突が完全に待ちの態勢のシィへと放たれた。

「ーーハァっ!!」

 二連刺突技〈ツイン・スラスト〉。 淡い緑色の光を帯びた、まさしく〈閃光〉の如き二連撃はほぼ同時にシィへと放たれる。だがしかし、シィは突き出した穂先を細い針のような刀身に添えるようにし、極々小さく動かすと彼女を避けるようにして刺突が逸れた。 攻撃が完全に無効化され、極僅かながらも課せられた硬直時間を狙い、カウンターの刺突がアスナの喉元へと放たれる。 アスナはなんとか首を傾け、鋭利な刃が薄皮一枚を切り裂くに留めると、レイピアを大きく斬り払い、大きくバックステップを踏みシィから距離を置いた。

 アスナの先制攻撃で早々と決まるだろうという予想は大きく外れ、シィが微量ながらも先制ダメージを与えることとなった。 刹那の攻防の末、一筋縄ではいかないことを悟ったアスナは距離を置き、シィの挙動を伺っている中、ヒースクリフが中央に視線を向けたまま口を開いた。

「ユーリくん、君はどちらが勝つと思っているのかね」
「……シィでしょ」
「……ふむ、根拠は?」
「いうわけないでしょ」

 ヒースクリフに一瞥もくれることなく即答で答える。 驚愕と喜色が入り混じった声で頷くとその理由を求めるが、ユーリはそれを素っ気なく突っぱねた。 だが、それで諦めははずなく、ヒースクリフはなおも言い募る。

「そうか。 だがアスナくんとて攻略組に名を連ねるトッププレイヤーであり、我ら血盟騎士団の副団長だ。 私は彼女が負けるとは思えない」
「……何が言いたい」

 言外にシィが負けると言いたげな内容に気に触ったのか、ユーリはジロリとヒースクリフを睨みつける。 ふっと薄く微笑むとヒースクリフは続ける。

「……君はシィくんが勝つといい、私はアスナくんが勝つと思っている。だが、勝者は常に一人だ。 故に 両者の思想は背反と言えよう」
「……回りくどいぞ」
「見かけによらずにせっかちだな、君は」
「……うるせ」

 ヒースクリフにそう言われるとむすっとした表情を浮かべたユーリは視線を中央のバトルフィールドへと戻してしまう。

「この闘い、どちらが勝つか賭けをしないか。 勝った方は負けた方に一つ命令を下せる。 勿論、生死に関わるのは無しだがね。 そして当然、私が勝てば君にはシィくんとともに血盟騎士団に入ってもらう」
「……まるでアスナが勝つと確信しているかのような口ぶりだなヒースクリフ」
「なに、根拠があるわけではない。 強いて言うならば、部下の実力を信頼している。 どうかね、なんなら今後一切の勧誘を行わないという条件もつけるがーー」
「あっそう。 ……いいぜ、その賭け乗ってやるよ」

 ユーリはニヤリと笑みを浮かべ、ヒースクリフの申し入れを受け入れた。
 一方、闘技場中央のフィールドでは読み合いは終わり、アスナとシィの死闘が再び繰り広げられていた。


 果敢に攻めているのはアスナの方だった。 素早いステップでシィの反撃を避けつつ、正確無比な鋭い突きを打ち込んでいく。 対するシィは、長いリーチを活かし間合いを広く取り、容易くアスナが細剣の間合いに持ち込めなようにプレッシャーを掛けるとともに、最小限の動作で鋭い突きをいなし、カウンターを仕掛ける。 アスナはそれをギリギリで躱していく。
 攻めのアスナ、守りのシィという構図が出来上がっている中、地面を強く蹴ったアスナが砂塵を巻き上げながら、猛攻を仕掛ける。 右手に構えられた細剣の刀身には、ソードスキルの起動を報せるライトエフェクトが輝いている。

「ーーハァッ!!」
「っ! 」

 ーー 四連撃〈カドラブル・ペイン〉
 迫る赤い槍の穂先を斬り払い、両肩、胸をめがけ三つの突きが放たれる。 そしてそれを即座に槍を引き戻したシィが、逸らし、(はじ)いてみせた。 そして、反撃の一突き。
 赤い火花が舞い、立て続けに甲高い金属音が響く。 互い躱しきれなかった刃がそれぞれに腕と首筋を掠め、赤いラインを刻み、極僅かなダメージを与える。
 決定打こそ未だないが、徐々に蓄積されたダメージは多く、 アスナは三割、シィが二割HPを減らしていた。


「……ユーリくん、彼女はいったい何者だね」

コロッセオの中央、砂地のフィールドでアスナの細剣とシィの槍が激しく交錯するのを見ていたヒースクリフがポツリと呟いた。 この男にしては、珍しく驚いたような、それでいて呆れたような声音だった。

「……あいつは、セオリーとか完全に無視して、物理法則なんかも捻じ曲げる阿保だよ」

ーーしかも、超が幾つものつくほどの、ね。
その言葉に納得したのか、ヒースクリフはふっと小さく笑うと視線を中央へと戻しせば、槍を棒高跳びにみたて高くに飛び上がり、空中殺法をを披露するシィがいた。 これには、ヒースクリフも苦笑いを浮かべる。

「ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
「なんのことよ?!」

『紅い……彗星?!』
『まさか、専用機だと言うのか!』
『こいつ、ぬるぬる動くぞ!』
『ていうか、人間の動きじゃねえぞアイツ!!』

シィが叫び突き出された槍を細剣で弾き返しながら、アスナが吠えた。何気に観客たちのノリがいいのはさておき、彼らがなにより驚いていたのはシィの技量に対してだった。 〈閃光〉と名高いアスナの刺突を、逸らし躱し防ぐだけではなくそこからの反撃もまた凄まじく鋭い。

「「ハァァァァ!!」」

 中央で強攻撃が衝突し、一際高い音を響かせると二人は弾かれたように後ろに大きく飛び退った。 油断なくランベントライトを構え、相手を見据えるアスナの息は少し上がっている。 一方、肩に槍を掛けたシィは戦闘中であるにも関わらず、無邪気に微笑んだ。

「いや〜、さすがに強いねアスナは」
「…………」
「まぁ、一筋縄じゃいかないとは思ってたけど……」

 シィの言葉にアスナは応えない。 それほど真剣なのか、それともその余裕もないのか理由は定かではないが、荒い息を整えながら、会話などという暴挙に出たシィの出方を伺う。

「さて、体も温まってきたんで……」

 肩から槍を外し、ひゅっ、ひゅっと宙を切り払うと、槍を短かく持ち穂先をアスナへと定め構える。

「ーー本気でゆこうか」
「っ!」

 シィは不敵な笑みを浮かべた。 今まで、シィは本気ではなかったという衝撃にアスナが息を呑むのとほぼ同時、シィがソードスキルを起動させるとともに地面を蹴った。

 突撃技〈ソニック・チャージ〉。 およそ十メートルを一瞬で駆けると、唖然とした表情を見せるアスナへと神速の突きが放たれる。 咄嗟にサイドステップで避けるもシィの槍は亜麻色の髪を掠め取っていく。

 アスナに劣ることのないチャージに会場が騒めく。 どんなもんよ、とシィは勝気な表情を浮かべ、アスナを挑発してみせた。 アスナがひくっと片頬が引き攣く。 当然、シィにそれが見えてないはずもなく、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「どう? ねぇ今どんな気持ち?ねぇ、ねぇねぇ!」
「っ! ……煩い!」

 細剣の上位スキル〈スタースプラッシュ〉を発動させ、挑発するシィに猛然と襲いかかる。 突きと斬り払いを混ぜた雷光のような八連撃がシィに放たれるが、それを先読みしていないはずがなく、同じく上位技〈ダンシング・スピア〉で迎え討つ。 互いの攻撃が相殺され、次の一手にアスナは超近距離(クロスレンジ)から、最高速の〈リニアー〉が放たれるが、ふわりとポニーテールを揺らし、躱してみせた。 次いでとばかりに槍の端を両手で持ったシィがステップ回避の回転力を乗せた横薙ぎの一撃をアスナへと叩き込む。

「ーーせいやぁ!」
「くっ……ぅ!」

 横薙ぎに振るわれた赤い槍が胴を捉える寸前、アスナは細剣を間に差し込むことでギリギリ武器防御に成功させるとともに、後ろに飛び退ることでダメージを減らしつつ、距離を取った。


 仕切り直し、今一度、それぞれの武器を構え直すと、地面を蹴ったのはほぼ同時だった。 AGI優先のビルドの二人が同時に駆けたことで二人の間は一瞬にして詰められる。 真正面からぶつかり合う形となる中、先にソードスキルを発動させたシィが緑色の光を放つ穂先を放ったーー

 ーー地面に向かって。
 アスナの眼前に砂塵が立ち上り、視界を覆うがそれに構うことなく単発突き〈リニアー〉を真正面へと放った。 ソニックブームを発生させながら放たれたそれは砂煙に風穴を空けーー、そして彼女はまったく手応えがないことに驚愕した。

「んなっ?!」

 まさか、と思い咄嗟に視線を跳ねあげれば、もう一度驚愕することとなる。 上空、青く澄んだ空を背後に笑みをたたえたシィがそこに居た。 ソードスキルが地面へと衝突した際に発生した爆風が彼女の華奢なアバターを上空へと押し上げたのだ。 簡単に思えるかもしれないが、実際には回避に転じるためのソードスキルを放つタイミングや、体運び、そしてなによりソードスキルの威力が足りなければ成功なし得ない珍技だ。
 ニィと口角を上げると、引き絞った槍に鮮烈な赤い光が宿る。 紛れもなく、上位剣技の予兆だ。 しかし、アスナの細剣スキルに上空に居る敵を迎え討つ術はなく、なによりソードスキルを放った直後ということもあり、技後硬直が彼女の動きを縛る。

「ーーーハァァァ!!」

 裂帛の気合いとともに放たれたのは八つの閃光。 まさしく槍の雨となり、アスナへと降り注ぐ。 対するアスナは、体を無理やり倒し地面を転がるようにして攻撃の範囲外へと逃げ果せた。 だが、避けきれなかった槍が肩や二の腕を掠めており、彼女の被ダメージは四割へと達していた。五割まで残り一割未満。 微かなダメージでさえ、敗北へと繋がってしまう。

 ゴロゴロと横転しながら、シィとは逆方向へと移動し、もう一度距離を置く。 一方で空中で身を翻しながら、軽やかに着地したシィは距離が大きく開いたのを確かめると薄く笑った。

(計画通り……)

 頬についた砂を左手で拭うアスナへと狙いを定めると槍をぐっと強く握った。 軽く足を開いた状態から、体の捻りを加え大きく振りかぶった。 エネルギーが肩、腕、肘へと伝えられ、手首のスナップとともに真紅の輝きを放つ槍が投じられた。

「穿て……! ゲイッ、ボルグッ!!」

 ゴウッと風を切り裂きながら飛翔する赤い槍はアスナへと一直線に飛んでいく。 滑るようにして、滑空する赤い槍はまさしく赤い流星のようだ。 寸分の狂い無くアスナの胸元へと吸い込まれるように飛来する槍は、しかし甲高い金属音と空気を震わせる振動とともに明後日の方向へと弾かれた。

「……げっ」

 デュエル開始後、初めてシィに焦りの表情が浮かんだ。
 狙うは心臓、必中を謳う投槍は僅かなダメージという代償を払うことによって防がれた。 だがアスナがそれによって得たアドバンテージはあまりにも大きい。 武器を失ったシィが新たな装備を出すよりも先に仕留めんと地面を蹴る。

「……これでも!」

 一直線に突進してくるアスナに対し、少しでも距離を開けさせようとバックステップを踏みつつ、右手を横に一閃させた。 キラリと何かが光り、直後アスナ側でカカンと軽金属がぶつかる音が響いた。

「……飛針とは。 暗器まで用意してるのかね、彼女は」
「びっくり箱みたいなやつなんで」

ヒースクリフの問いに対し、ユーリはどこか遠いところを眺め現実逃避しながら答えた。 ユーリ曰く、今のは彼女が普段〈裁縫〉をするときに使用する縫い針らしい。
正規の利用法とは異なるものの、立派な投擲武器である。 故に投げれば、例え雀の涙ほども与えられないにせよダメージは確実に発生する。 HP的に追い込まれたアスナは防がねばならず、奇襲性も相まって突進の勢いがわずかに衰えた。
 スッと息を吸い込み、止める。 シィは丹田に力を入れると徒手空拳のままで地面を蹴った。 リーチ的に圧倒的に不利な状況にもかかわらず、あえて素手という選択をしたシィに僅かばかり驚きつつも、こちらに向かい、疾駆するシィに狙いを定めた。


 細い刀身に眩い光が輝き、斬ッと空気を切り裂いて〈カドラブル・ペイン〉がシィに向けて放たれる。 だが、その剣先が彼女を捉える刹那、地面に這うようにその小さな体が沈み込んだ。 狙いが反れ、頬や肩に浅い裂傷を作り、シィが体勢を低くしたことで、跳ねたポニーテールを束ねていたリボンを引き裂く。 艶やかな紅髪が小さな背中に広がる。 前髪から覗く黒い大きな瞳が強い意志を湛えて、アスナを一点に見据える。 それに若干気圧されるも、刺突を放つアスナ。

「くっ、これで!」
「……武具など無粋!!」

 突き出された刺突に臆することなく、踏み込むと突きの軌道を手の甲によって逸らしながら、遂に懐へと入り込んだ。 勢いを乗せた掌打が腹部へとめり込み、ズンっと重い音とともにアスナの細い体がくの字に折れ曲がる。 より確実に仕留めるために、掌打からの勢いをそのままに、アスナの横を抜け、軸足を刈り取った。 体勢は完全に崩され、前のめりになったアスナの背中に向けて、トドメの〈閃打〉が放たれーー

「にゃに?!」

ーー見事に空ぶった。
アスナは体勢が崩れるのに逆らわずに、前方に転がったことが功を奏し、まさに紙一重の差でシィの一撃を回避したのだ。
今の攻防で極度に集中力を擦り減らしたアスナを見ながら、シィはぱちくりと瞼を瞬かせた。 そんな中、疲労困ぱいの様子のアスナが一言。

「……シィちゃんがもう少し大きければ、負けてた」
「喧嘩売ってんのかな?!」

あんまりだよ! と絶叫するシィ。 だがその間にも攻撃を仕掛けないのは、二人ともかなり消耗しているからだ。 なにより、無防備な相手に勝ったところで観客たちが許さないだろう。 彼らが求めているのは、エンターテイメントなのだから。
アスナによって髪を解かれたシィはアイテムストレージから予備のリボンを取り出すと、髪を結びながら提案した。

「さて、このままグダグダするのもなんだしさ。 次でラストにしない?」

すなわち一撃勝負。 ガンマン同士の早撃ち……とは毛色は違うものの次の一撃に己の持てる全力を込めろ、ということだ。 その提案に多少、戸惑いを見せつつもアスナは首を縦に振った。 シィはうしっ、と意気込むと漆黒の大鎌が呼び出され、ドンと石突で地面を打った。 正真正銘のラストバトル。 彼女は相棒で決着をつけようとという腹づもりらしい。
もう一つ、ストレージから何かを取り出したシィが左手に掴んだソレを上空へと放り上げ、声高らかに宣言した。

「ーーーこの一輪を手向けとしよう!」

大輪をつけた真っ赤な薔薇。 空を暫く漂った後、赤い花弁を散らし、ゆっくりと回りながら落ちてくる。 武器を構え、互いに一点を睨みつける。 ピンと張り詰めた空気の中、誰も口を開く者は居らず、静かに睨み合う二人を見守っていた。

地面へと降り立った一輪の薔薇が、パリンとガラスが割れるような破砕音とともに砕けーー

「「ーーーッ!!」」

二人は同時に地面を蹴った。
純白に輝く光の槍の如く疾走するのは細剣の最上位剣技〈フラッシング・ペネトレイター〉を発動させたアスナだ。 一筋の彗星のように突き進む先には、身の丈ほどもある大鎌に純黒のライトエフェクトを纏わせたシィがいる。

「ーーハァァァァァ!」
「ーーイャァァァァ!」

白と黒。 真逆の色彩を放つ両名が刹那の内に交差し、元いた位置を入れ替え着地。 一瞬の出来事に誰もが目を奪われ、水をうったような静けさがコロッセオ全体を包み込んだのも束の間、勝利者を讃えるファンファーレとともに紫色の文字列が頭上に輝いた。



 
 

 
後書き
「門を開け! 独唱の幕を開けよ!」
「我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け! しかして讃えよ! 黄金の劇場を!
童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!」
ここまでやりたかったかったんですがさすがに無理でした……いつかまた必ず。

多分、シィちゃんが英霊化したら槍兵一択ですね。

ではまたノシ
 
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