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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百二十話 内乱への道 (その3)

帝国暦 487年9月 12日   オーディン リヒテンラーデ侯邸 ラインハルト・フォン・ローエングラム



「それならば今やったほうが良い。反乱軍を征服するために政治改革をすると唱えてブラウンシュバイク公達を挑発し反乱を起させる。彼等を潰してしまえば政治改革もし易い。それがヴァレンシュタイン、卿の意見だな」
「そうです」

溜息が出た。俺だけではない、彼方此方から溜息が出ている。反乱軍を打ち破り征服する。そのことが帝国内部の政治改革に繋がるとは思わなかった。

反乱軍を征服するためと唱えれば、貴族たちも正面から反対はし辛いだろう。反対すれば、反乱軍に味方するのかと責められることになる。そして改革が進めば、徐々に貴族たちは政治的特権を失うことになる。

貴族に課税し農奴を廃止する。そして平民の権利の拡大、即ち貴族の権利の縮小だ。どれも貴族にとって耐えられる事ではあるまい、必ず暴発するだろう……。

「反乱軍の征服を止める事は出来ませんか?」
恐る恐るといった表情で話し始めたのはゲルラッハ子爵だった。皆呆れたような表情で彼を見つめる。

「馬鹿な、何を言うのだ、ゲルラッハ子爵!」
エーレンベルク元帥がゲルラッハ子爵に噛み付いた。確かにそうだ、反乱軍を征服するなとは一体何を考えているのか。

だが、ゲルラッハ子爵は退かなかった。顔を真っ赤に染めてエーレンベルク元帥に抗弁する。
「しかし、政治改革を行なうと言えば、本来なら味方につく貴族もブラウンシュバイク公達に味方するでしょう」

「……」
「敵が強大になりすぎます。内乱は長期に亘るかもしれません。そうなれば反乱軍が介入する危険が生じるでしょう。場合によっては負ける可能性も出てくるのではありませんか」

なるほど、その可能性を考えたか……。貴族連合など恐れる事などないと思うが確かに彼等の戦力は強大だ。文官が不安に思うのも無理は無い。それに反乱が長期に亘れば貴族連合と反乱軍が協力する可能性も有るだろう。

「負ける事は無いと思うが、反乱が長期に亘る可能性はあるか……。その場合ブラウンシュバイク公と反乱軍が手を結ぶ可能性は有るかもしれん」
ミュッケンベルガー退役元帥が俺が感じた懸念を口にした。

「この問題は帝国内部の問題です。反乱軍の征服と連動させるべきでは有りません。政治改革など無謀すぎます。とても賛成できない」
ゲルラッハ子爵の悲鳴のような声が応接室に響いた。

皆、一様に渋い表情をしている。ここにいる人間はヴァレンシュタインを除けば皆貴族だ。心情的には平民より貴族に親近感を持っているだろう。

政治改革を行なえば昨日までの友人が敵に回る。特にリヒテンラーデ侯、ゲルラッハ子爵、そして俺は爵位を持っている。改革の影響を直接受ける事になるだろう。俺はともかく、あとの二人は受け入れられるだろうか?

俺は隣に座っているヴァレンシュタインを見た。俺の視線に気付いたのだろう。こちらを見ると微かに笑いを見せた。彼は既にこの状況を想定している! 対策も考えている!

「ゲルラッハ子爵、反乱軍の征服を止める事はできません。なぜならこのまま反乱軍との戦争を続ければ帝国は崩壊してしまうからです」
「!」

ヴァレンシュタインの“崩壊”という言葉に皆驚いて彼を見つめた。
「毎年百万から三百万近い成人男性が戦死しているのです。それが何を意味するか分りますか?」
「……」

「帝国内では結婚できない女性が増え続けているんです。当然生まれてくる子供も減り続けている。父や夫、息子を失った女子供たちの中には生活する事が出来ずに農奴に身を落とす人間もいるんです」

確かにそうだ。俺も一つ間違えばそうなっていただろう。貴族とは名ばかりの爵位も持たない帝国騎士の家に生まれ、酒に溺れ子供を顧みない父を持った。

残された姉さんと俺、あのままだったらいずれ生活できなくなり俺も農奴になっていたかもしれない……。姉さんが抵抗もせず後宮へ行ったのもそれが分っていたからかもしれない……。俺は姉さんに救われた。だから今度は俺が姉さんを救う、そう誓った。

「銀河連邦時代の事ですが人類は三千億人いました。しかし今では帝国には十分の一にも満たない人間しかいません。戦争だけが人口減少の原因ではありませんが、このまま戦争を続ければ益々人口は減少し、帝国は国家としての機能を維持できなくなるでしょう。崩壊です」

「ならば、和平は」
喘ぐようにゲルラッハ子爵が言葉を出した。よほど政治改革をしたくないらしい。それほどまでに貴族の特権が大事か、愚かな……。

「和平を結ぶという事は、反乱軍を自由惑星同盟という対等の国家として認めるということです。ゲルラッハ子爵、出来ますか、それが?」
「!」

静かな声だった。しかしヴァレンシュタインの声に応接室は沈黙した。それほどまでに彼の言っている事は重い。帝国が対等の国家を認める、そんなことは有り得ない。それこそ貴族たちは反発するだろう。こちらを排斥する口実を与えるようなものだ。

「それに和平など何の意味もありません。かえって混乱するだけです」
「?」
ヴァレンシュタインの言葉に皆訝しげな表情をする。和平に意味が無い……。どういうことだ。

「和平を結べば、当然国境を開放する事になります。反乱軍の領内から多くの商人がイゼルローン回廊を使って帝国に来るでしょう。フェザーンを経由するより帝国と直接商売をしたいと思う商人が出るはずです」
「……」

「彼等が持ってくるのは商品だけではありません。彼等は民主共和制という思想も持って来るでしょう。辺境星域で平民たちが民主共和制に触れればどうなるか……」

リヒテンラーデ侯の顔が苦渋に歪んだ。俺には侯の気持ちが分る。ヴァレンシュタインが何を言おうとしているのか、此処までくれば嫌でも想像がつく。

「彼等は当然ですが自分たちの権利の拡大を求めるでしょう。場合によっては内乱を起し、反乱軍に援助を要請する、あるいは服属を申し込むかもしれません。そうなれば和平など吹っ飛んでしまいます。意味がありません」

呻き声が彼方此方から上がった。ヴァレンシュタインの言うとおりだ。和平など意味が無い。おまけにイゼルローン要塞は向こう側にある。反乱軍は好きなときに兵を出せるだろう。つまり主導権は向こうが握る事になる。

リヒテンラーデ侯は苦渋に顔を歪め、ゲルラッハ子爵は打ちのめされたように椅子にうずくまっている。エーレンベルク、シュタインホフの両元帥、ミュッケンベルガー退役元帥は疲れたような表情をしていた。そんな中、皇帝だけが興味深げな表情でこちらを見ている。

「帝国に残された道は一つしか有りません。国内を改革し、フェザーン、反乱軍を征服する。そして宇宙を統一する唯一の星間国家、新銀河帝国を作るしかないんです」
「!」

また呻き声が彼方此方から上がった。新銀河帝国、確かにそうだ。この帝国はルドルフの作った今の帝国ではない。ヴァレンシュタインの作った新しい帝国だ。

ルドルフに出来た事なら俺にも出来ると思っていた。皇帝になり宇宙を統一する事が夢だった。簡単だとは思わなかったが不可能だとも思わなかった。だが俺は帝国を、フェザーンを、反乱軍を、ヴァレンシュタインほど理解していただろうか?

大きい、今の俺には宇宙は大きすぎるように思える。こんなにも大きかったのだろうか? ヴァレンシュタインにとっての宇宙は俺などよりはるかに小さく見えるのではないだろうか?

まだだ、まだ勝負はついていない。新帝国が成立したわけじゃない。彼が何を考えているかは判ったのだ。これから俺はどうすべきかを考えればいい。オーベルシュタイン、キルヒアイス、俺には信頼できる味方がいる。

沈黙が落ちていた。今日何度目の沈黙だろう。皆ヴァレンシュタインの言った新銀河帝国について考えているに違いない。不可能ではないだろう、しかし老人たちにとって受け入れるのは難しいのだろうか……。

「ヴァレンシュタイン、卿は酷い男じゃの。七十年以上貴族として生きた私にそれを捨てろというのか」

リヒテンラーデ侯が疲れたような表情で問いかけてきた。ヴァレンシュタインは何と答えるのだろう。

「そうです。小官は侯と戦いたくは有りません。しかしこの件で譲るつもりは有りません」
「……」

「逃げないで頂きたい。帝国が此処まで衰退したのは一部の特権階級が帝国を私物化したからです。違いますか?」
「……確かにそうじゃの。ヴァレンシュタイン、陛下を此処へお呼びしたのは卿じゃな」

リヒテンラーデ侯の声が応接室に静かに流れた。周囲の驚いたような視線がヴァレンシュタインに集まる。

「そうです。改革を行なうと成れば、これは陛下の勅令が必要となります。ですから陛下には結論だけではなく討議の内容も御覧頂いたほうが良いだろうと判断しました」

なるほど、皇帝が此処にいるのは気まぐれではないという事か。皇帝はどう判断したのだろう。今度こそ、皇帝の器量を測るいい機会かもしれない。

「なかなか見ごたえがあったの。つまらぬ劇など見ているよりずっと面白い。酒が無いのが残念じゃ。国務尚書、そちはヴァレンシュタインの考えに反対か?」
皇帝は笑いを含んだ声でリヒテンラーデ侯に問いかけた。

「理解はしております、しかし……」
「納得は出来ぬか……、人とは難しいものだの」
「恐れいりまする」

「ヴァレンシュタイン」
「はっ」
「帝国は滅ぶか?」

皇帝の言葉は穏やかなものだったが、応接室には緊張が走った。
「このままなら、帝国は滅びます」
穏やかな声だった。皇帝とヴァレンシュタインの二人だけが穏やかな雰囲気を保っている。

「そうか、滅びるか、華麗に滅びるかの?」
「……残念ですが、無様に崩壊すると思います」
「そうか、残念じゃの。華麗に滅びるなら、それでも良かったのじゃがの」

皇帝の言葉に皆驚いたように皇帝を見た。皇帝は驚くようなことも無く皆の視線を受け止めている。

「陛下、滅多な事を申されてはなりません。ヴァレンシュタイン、少しは控えよ」
「良いのじゃ、国務尚書。一人くらい予に言葉を飾らぬ男が居ても良かろう」

国務尚書は困ったような表情で頭を下げた。言葉を飾らぬ、確かにヴァレンシュタインほど正直で嘘をつかない男は居ないだろう。謀略家としてのヴァレンシュタインと誠実なヴァレンシュタイン、どちらが本当の彼なのか……。

「ヴァレンシュタイン、そちは予の勅令がいるのじゃな?」
「はっ。改革を行なうとなれば、ルドルフ大帝以来の祖法を変えることになります。陛下の勅令が必要となります」

皇帝はヴァレンシュタインの言葉に頷きながら国務尚書に話しかけた。
「国務尚書、予の勅令が有れば、そちも迷わずにすむか?」
「陛下の御命令と有れば迷う事は有りませぬ」
「そうか、迷わぬか」

「しかし、その勅令を出せば、多くの不届き者たちが陛下の御命を狙いましょう。臣にはそれを御奨めすることは出来ませぬ」
リヒテンラーデ侯が渋っていたのは策の良し悪しよりも皇帝の身の安全を考えてのことだったのかもしれない。

「そうか、予の命を狙うか……、それも良かろう。予も六十年生きた、蔑まれ続けた六十年じゃ」
「陛下! 何を仰せられます!」

「良いのじゃ、国務尚書。皆予の前では頭を下げつつも心の中では嘲笑っておった。凡庸な男だとな。予を笑わなんだのは、その方らを含めほんの数えるほどじゃ。その蔑まれ続けた凡庸な皇帝が帝国の命運を変える勅令を出すか……。生きるとは面白いの」
「……」

皇帝は分っていた! 自分が凡庸だと多くの人間に蔑まれていると理解していた。どんな気持ちで自分を蔑んでいる人間たちを見ていたのだろう。むしろ嘲笑っていたのは皇帝のほうだったのではないだろうか。俺もその中の馬鹿な廷臣の一人だと判断していたのだろうか。

「憎まれるか、それも悪くない。どのようなものか味わってみようではないか。楽しくなりそうじゃの……」
「……」

「皆聞くが良い。予は勅令を出す。この国を変え、新しい帝国を作るのじゃ。それに反対するものは逆賊である。たとえ何者であろうと容赦する必要は無い。さよう心得よ!」

俺たちは皆、一斉に起立して頭を下げた。勅令を出す、フリードリヒ四世は決断した。帝国は変わるだろう、皇帝が変わった様に帝国も変わる。

フリードリヒ四世が後世どのように評価されるか分らない。しかし、新帝国を作ったのはヴァレンシュタインでも、それを命じたのはフリードリヒ四世だ。新帝国の初代皇帝として、ルドルフを否定した皇帝として記憶されるのかもしれない……。





 
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