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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十九話 内乱への道 (その2)

帝国暦 487年9月 12日   オーディン リヒテンラーデ侯邸 ラインハルト・フォン・ローエングラム


 リヒテンラーデ侯邸に人が集まったのは夜八時過ぎだった。軍からは俺のほかに軍務尚書エーレンベルク、統帥本部総長シュタインホフの両元帥、ミュッケンベルガー退役元帥、ヴァレンシュタイン宇宙艦隊司令長官が集まった。

政府からは国務尚書リヒテンラーデ侯、財務尚書ゲルラッハ子爵の二人だが両者とも苦虫を潰したような顔をしている。ゲルラッハ子爵はカストロプ公の後任だ。どうやらリヒテンラーデ侯の信頼が厚いらしい。

これから帝国の今後の行動方針を決める。本来なら宮中で話すべきなのだが内乱等微妙な問題が有るため、宮中では話し辛い。事前に此処で調整し、ある程度決まってから皇帝の前で話す予定だった。

だがその皇帝フリードリヒ四世がすでに此処にいる。どうやら無理を言って押しかけてきたらしい。リヒテンラーデ侯、ゲルラッハ子爵の表情が渋いのはその所為のようだ。

応接室に通され思い思いに席に着く。と言っても上座にはフリードリヒ四世が座り俺とヴァレンシュタインは下座のほうに座ることになる。俺は司令長官の隣に座った。

「リヒテンラーデ侯、予に構わず話を進めよ」
「はっ」
皇帝がリヒテンラーデ侯に声をかけたのはシャンタウ星域の会戦の話がひとしきり済んだ後だった。

おかしなことに誰も余りうれしそうではなかった。どうやらリヒテンラーデ侯達にとっては勝って当たり前の事らしい。ヴァレンシュタイン司令長官もどこか冷めた表情をしている。素直に喜びを表したのは皇帝だけだった。

「どうも、やりづろうございますな」
「遠慮はいらぬ。好きにやるが良い」
皇帝とリヒテンラーデ侯の会話に誰かが苦笑したようだ。微かな笑い声が聞こえる。

「ヴァレンシュタイン、卿は今のオーディンの状況が分っておるかの?」
「此処に来る前にミュッケンベルガー元帥より大まかには伺いました」
「では、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯が時を待とうとしていることも承知か?」
「はい」

リヒテンラーデ侯とヴァレンシュタインの会話は俺には良く理解できない。時を待つ? どういうことなのだろう? そんな俺の疑問に答えてくれたのはミュッケンベルガー元帥だった。

エルウィン・ヨーゼフが後継者をもうけるまで最低十年は猶予がある。それまではエリザベートもサビーネも有力な皇位継承者として存在し続ける。そして十年後には帝国の上層部も様変わりしているだろう。今すぐ行動に出る必要は無い……。

確かにミュッケンベルガー元帥の言う通りだ、どうやら俺が考えている以上にブラウンシュバイク公達はしぶとい、そして圧倒的とも思えるヴァレンシュタインの優位も意外な弱点を抱えている。人の寿命ほど分らないものは無い。

「ヴァレンシュタイン司令長官は策を以って彼らを暴発させ、一気に国内問題を片付けるべきだと考えている」
ミュッケンベルガー元帥が説明を締めくくった。

応接室に沈黙が落ちた。皆一様にヴァレンシュタインを見た。彼らの視線に気付かないとは思えない。しかし、ヴァレンシュタインは伏し目がちに何かを考えている。

「ヴァレンシュタイン、策を聞く前に確認したい。卿は陛下の御命は年内一杯と予測したが、根拠は有るのか?」
エーレンベルク元帥が戸惑うような口調で問いかけてきた。

確かに俺もその点に関して疑問がある。目の前で見るフリードリヒ四世はすこぶる健康だ。年内一杯で死ぬなどとても考えられない。

「有りません。ただ、あの時点では恐れ多い事ですが何時万一の事態が起きても不思議ではありませんでした。それ故、年内一杯と考えて戦ったのです」
「あの時点か……」

あの時点というのはイゼルローン要塞陥落の直後だろうか? 確かにあの当時の皇帝は不摂生な生活によって奇妙に困憊した印象を与える老人だった。いつ死んでもおかしくはなかっただろう。

皆、俺と同じことを考えているのかもしれない。考え込む人間、頷く人間はいてもヴァレンシュタインを非難する人間はいない。フリードリヒ四世は微かに苦笑している。思い当たる節があるのだろう。エーレンベルク元帥が続けてヴァレンシュタインに問いかけた。

「ヴァレンシュタイン、今回の策は陛下が御存命である事を前提に立てるのだな?」
「はい」
「では、卿の策を聞かせてもらおうか」

「その前に一つ確認したい事があります」
「?」
「帝国は今、内乱の危険さえなければフェザーンを占領し、反乱軍を降し宇宙を統一する好機にある。小官の認識は誤っておりましょうか?」

ヴァレンシュタインの言葉に皆、顔を見合わせた。エーレンベルク、シュタインホフの両元帥、ミュッケンベルガー退役元帥等がリヒテンラーデ侯を見て頷く。

「それについては同意……」
「お待ちください、国務尚書閣下」
リヒテンラーデ侯を止めたのはゲルラッハ子爵だった。この男、軍事については素人だと思うのだが、何か有るのだろうか。

「司令長官、反乱軍を制圧するとしてどの程度の軍を率いるのかな?」
「まず最低でも今回と同程度の軍を率いる事になるでしょう」
「遠征の期間は?」
「約一年と考えています」

妥当な線だろう。反乱軍は現在五個艦隊ほどだ。イゼルローン、フェザーンの両面作戦を取るのだろうが往復も入れれば制圧に一年というのはおかしな数字ではない。エーレンベルク、シュタインホフの両元帥、ミュッケンベルガー退役元帥も頷いている。

「私は同意出来ません」
「!」
「財政が持ちません」

財政が持たない、ゲルラッハ子爵のその言葉にヴァレンシュタインを除く軍人たちが渋い顔をした。戦う事を本職をする軍人にとって財務官僚は天敵だ。何かにつけて金が無いと言い出す。

「今回のシャンタウ星域の戦いは短期間で、しかもオーディンの近くで行なわれました。それ故戦費も思いのほかに少なくて済んだ。しかし、今の司令長官の想定では戦費は膨大なものになる。現在の帝国の財政状況では到底許容できない」

「では、内乱の危険と財政の問題、その両者を解決できれば如何です、ゲルラッハ子爵」
「それなら問題は無い。しかし、そんな事が本当にできるのか?」

確かにゲルラッハ子爵の言うとおりだ。そんなことが出来るのだろうか。しかしヴァレンシュタインの表情は穏やかで困ったような様子は無い。

「出来ます。税制と政治の改革をすればいいでしょう」
「……」
皆、訝しげな顔をしている。税制と政治の改革……、一体どういうことだ?

「貴族に課税します。それと貴族の持つ既得特権の廃止ですね。具体的には農奴の廃止と平民の権利の拡大、それだけで彼らは暴発してくれるでしょう。後はそれを潰せば良い」
「馬鹿な、卿は何を言っている」

震えを帯びた声を出したのはゲルラッハ子爵だった。他の出席者も皆凍りついたように固まっている。少しも変わらないのはヴァレンシュタインと皇帝フリードリヒ四世だけだ。

皆が固まるのも無理は無い。爵位を持つ貴族への非課税、農奴の所持はルドルフ大帝以来の帝国の国是なのだ。それをフリードリヒ四世の前で否定する。一つ間違えばヴァレンシュタイン自身が逆賊として討たれかねない。それなのに平然と言ってのけた……。

「反乱を起したブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、それに与する貴族は財産を全て没収します。それ以外の貴族にも遺産相続税、固定資産税、累進所得税等を適用すれば十兆帝国マルクを超える金額が国庫に入りそうです。ゲルラッハ子爵、戦費の問題も解決します」
「……」

ヴァレンシュタインはゲルラッハ子爵に語りかけながらも視線はリヒテンラーデ侯に向けている。自然と皆の視線もリヒテンラーデ侯に向かった。そのリヒテンラーデ侯は厳しい眼をヴァレンシュタインに向けている……。

「そのような策を私が認めると思うのか、ヴァレンシュタイン」
低い声だった。何処か怒りを抑えた低い声……。リヒテンラーデ侯は怒っている。

「認めると思いますよ、リヒテンラーデ侯」
何時もと変わらない穏やかな声だった。しかしヴァレンシュタインの視線は微塵も揺るぎを見せずにリヒテンラーデ侯を見ている。

親密といっていいはずの二人が対立している。決裂するのだろうか。何処かでそれを望む自分がいる。この二人が堅密な関係を結んでいる限り手強い。しかし、二人がバラバラなら隙をつけるかもしれない。

「リヒテンラーデ侯、小官の質問に答えてもらえますか?」
「……」
リヒテンラーデ侯は黙ったままだ。しかしヴァレンシュタインは気にすることも無く言葉を続けた。

「今、帝国が反乱軍を制圧したとします。帝国は新たな領土を得たわけですが、ある貴族が新領土で所領が欲しいと言いました。彼に所領を与えた場合、何が起きると思います?」

「……」
リヒテンラーデ侯は答えない。しかし、侯の表情は先程までの厳しい表情から一変していた。困惑した表情になっている。そして徐々に苦痛に満ちた表情になった。その様子に皆が驚く。どういうことだ?

「ヴァレンシュタイン司令長官、一体何が起きるのだ?」
耐え切れなくなったのか、シュタインホフ元帥が問いかけてきた。ヴァレンシュタインはリヒテンラーデ侯から視線を外し、答えを口にした。

「反乱が起きるでしょう。しかもあっという間に新領土全体に広まると思います」
「!」
驚く皆に対して静かに確かめるような口調でヴァレンシュタインは話しを続けた。

「反乱軍の人間たちは帝国の平民などよりはるかに政治的な成熟度は高いのです。彼らは自分たちの権利を理解しているし統治者の義務についても熟知しています。そんなところに貴族以外は人間として認めていないような人物が支配者として行ったらどうなるか……。火を見るよりあきらかです」

「鎮圧すればいいだろう。何をためらう事がある」
断言するような口調で言ったのはゲルラッハ子爵だった。何処か反発するような口調だが、ヴァレンシュタインに含むところでもあるのだろうか? 先程の貴族にも課税すると言った言葉で反感を持ったのか?

「百三十億の人間が反乱を、暴動を起すのですよ、新領土全体に渡って。簡単に鎮圧などと言ってほしくありません」
「……」

「たとえ鎮圧したとしても、帝国の統治に不満を持った人間は地下に潜るでしょう。そしてゲリラ活動を始める事になります。新領土の治安を維持するためにどれだけの兵が、物が、金が必要になると思います? いずれ帝国はその負担に耐えられなくなるかもしれません。そうなったら……」

「そうなったら? どうなるのだ、ヴァレンシュタイン」
「そうなったら新領土を放棄するしかないでしょう、シュタインホフ元帥」
「!」

新領土を放棄する。その言葉に応接室の彼方此方から溜息が漏れた。有り得ない話ではない、帝国でも支配者の圧政に耐えかねて反乱が起きる事が有るのだ。新領土で反乱が起きないほうが不思議だろう。放棄というのは十分有り得る。

「それを防ぐためには新領土の統治は帝国とは別なものにしなければならないでしょう。その場合……」
「もうよい、止めよ、ヴァレンシュタイン」

ヴァレンシュタインを止めたのはリヒテンラーデ侯だった。何処か疲れたような表情をしている。侯はヴァレンシュタインに反対なのだろうか?

「それから先は私が話す。新領土の統治は帝国とは別物にする。その場合、新領土の統治は帝国より開明的なものになるじゃろう」
「……」
新領土の統治は帝国より開明的なものになる……。

「帝国の平民たちは不満を持つじゃろうな。何故占領地のほうが恵まれているのかと……」
「!」
確かにそうだ。誰でも不満を持つだろう、と言う事は……。

「無視すれば帝国本土において暴動が生じるじゃろう。つまり、新領土を得れば遅かれ早かれ政治の改革が必要になる」
「……」

「それならば今やったほうが良い。反乱軍を征服するために政治改革をすると唱えてブラウンシュバイク公達を挑発し反乱を起させる。彼等を潰してしまえば政治改革もし易い。それがヴァレンシュタイン、卿の意見だな」
「そうです」

溜息が出た。俺だけではない、彼方此方から溜息が出ている。反乱軍を打ち破り征服する。そのことが帝国内部の政治改革に繋がるとは思わなかった。

反乱軍を征服するためと唱えれば、貴族たちも正面から反対はし辛いだろう。反対すれば、反乱軍に味方するのかと責められることになる。そして改革が進めば、徐々に貴族たちは政治的特権を失うことになる。

貴族に課税し農奴を廃止する。そして平民の権利の拡大、即ち貴族の権利の縮小だ。どれも貴族にとって耐えられる事ではあるまい、必ず暴発するだろう……。




 
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