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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十七話 信頼

宇宙暦796年 9月 11日    イゼルローン要塞 ドワイト・グリーンヒル


宇宙港から場所を変え会議室で四人と向き合った。四人とも訝しげな顔をしている。ビュコック提督が話しかけてきた。
「総参謀長、お話とは何ですかな?」

「先ず、フォーク准将の病気の件ですが、准将は転換性ヒステリーによる神経性盲目を引き起こしました」
「転換性ヒステリー? 総参謀長、それは何ですか?」

ボロディン提督が困惑した表情で聞いてくる。他の三名も互いに顔を見合わせ聞きなれない言葉に困惑を隠そうともしない。真実を知ったらどう思うか、そう考えると思わず笑いが出そうになった。

「フォーク准将を診断したヤマムラ軍医少佐によると、わがまま一杯に育って自我が異常拡大した幼児に見られる症状のようです」

「……総参謀長、それは本当ですかな?」
一瞬の沈黙の後、ビュコック提督が呆れたような声で訊いてきた。何処までが本当なのか信じられないのかもしれない。

「全て、本当の事です」
部屋に沈黙が落ちた。ビュコック提督は溜息とともに目を閉じ、ボロディン提督は唇を曲げ顔をそむけた。ウランフ提督とヤン提督は顔を見合わせた後やりきれないかのように首を振る。

「呆れた話ですな、チョコレートを欲しがって泣き喚く幼児と同じメンタリティしか持たん男がこの遠征軍の作戦参謀だったとは」
憤懣混じりにウランフ提督が言葉を吐き出した。

「政権維持を目的とした政治屋と小児性ヒステリーの参謀が結託した結果がこの有様か、何のために皆死んだのか」
ビュコック提督が天を仰いで嘆く。

「皆さんの気持ちはよくわかります。軍は二度とこのような事態を引き起こしてはなりますまい。そして政治家の玩具になってもならない。そうでは有りませんか?」

四人の提督はそれぞれの表情で同意を示してきた。そしてヤン中将が困惑したような表情で話しかけてきた。
「総参謀長の仰る事は判りますが……」

「私は、軍はもっと政治に対して関心を持つべきだと思います」
ヤン中将の言葉を遮って発した私の言葉に不穏当な何かを感じたのかもしれない。ビュコック提督が警戒心も露に訪ねてきた。

「……それはどういう意味ですかな、総参謀長?」
「言った通りの意味です、ビュコック提督」
「……」

会議室の空気が少し重くなったように感じられた。四人も同様なのだろうか、互いに顔を見合わせ居心地の悪そうな表情をしている。

戸惑うような、困ったような声で
「総参謀長、軍人は政治には関わるべきではないでしょう」
とヤン中将が話しかけてきた。

「それではいかんのだ、ヤン中将。それは奇麗事でしかない」
「……」
「シトレ本部長は政治とは一線を引いていた。しかし其処を主戦派に突かれこのようなことになった」

「……」
「今回の大敗で主戦派は力を失うかもしれん。しかし、政治家が軍を権力維持のために利用しようとする限り似たような悲劇は起こるだろう」

フォーク准将が、いや宇宙艦隊司令部の主戦派どもがあの馬鹿げた作戦案をサンフォード議長に持ち出さなくても、政府は権力維持を目的とした出兵を命じたかもしれない。

そうなれば今回と同じような悲劇はやはり起きただろう。軍事を理解しない政治家が存在する限り、戦争を理解しない政治家が存在する限り、悲劇は続くに違いない……。

「軍人は政治には関わるべきではない、それは政治が軍を正しく使用するならばの話だと小官は思います。政治が軍を己の都合に合わせて利用しようとするならば軍はそれを防ぐために動かなければならないでしょう……」

「……」
「軍は両刃の剣なのです。扱い方を間違えれば今回のような事態を引き起こす事、場合によっては己自身の身に降りかかる事も有るということを政府に認識してもらわなければ……」

たかりかねたようにボロディン提督が私の言葉を遮った。
「総参謀長、まさか、貴方はクーデターを……」
「クーデターですか、それも一つの手段ではあります」

「総参謀長!」
「一つの手段と言ったまでです、ビュコック提督。唯一の手段と言ったわけではありません。小官は軍事力で政府を自由に動かす事は下策だと考えています」

「……別な手段があると言われるか?」
「そう私は考えています」

そう、別な手段は有る。そのためにも先ずこの四人の心を一つにしなくてはならない。軍を政治家たちの権力維持の玩具にしないために……。


宇宙暦796年 9月 12日    ハイネセン  自由惑星同盟統合作戦本部 本部長室 ジョアン・レベロ


私が本部長室に入るとシトレは本部長席で忙しそうに書類を見ながら決裁をしていた。
「忙しそうだな、シトレ」

「敗戦処理だ、誰もやりたがらん。しかし、私は本部長なのでな、逃げる事も出来ん」
シトレは顔を上げる事も無く本部長席に座ったまま私に答えた。

「シトレ、これからどうするつもりだ?」
「どうもせんよ、後始末をつけるだけだ」
シトレはチラと私を見たが、直ぐ書類に視線を戻し決裁を続ける。どうも私は歓迎されていないようだ。

「いや、私が聞きたいのは本部長を辞任したらと言うことだが」
「……故郷に戻って養蜂でも始めようと思っている。死んでいったものには済まないと思うが」

「シトレ、軍を辞めたら私を助けてくれないか?」
「……」
「最高評議会のメンバーは全員辞任した。トリューニヒトが暫定政権の首班として政権を担う事になった」

私の言葉にシトレは書類を見るのを止めこちらを見た。
「私は財政委員長として彼を助ける事になった。シトレ、私のブレーンになってくれないか、軍事面でのアドバイスをして欲しいんだ」

しばらくの間沈黙が落ちた。シトレは何か考え込んでいる。私の提案を検討しているのだろうか? やがて彼は両手を組み合わせてその上に顎を乗せるとおもむろに話を始めた。

「どういう風の吹き回しだ? 詰め腹を切らされる私に同情したのか?」
「シトレ、同情なんかじゃない。君を高く買っているから助けて欲しいといっている」

シトレは私の言葉に楽しそうに笑い出した。だが、その笑いにあるのは嘲り、怒りだろうか。どういうことだ?
「シトレ?」

「高く評価しているか、心にも無い事は言わんで欲しいな」
「本当だ。今回辞任するのも君のせいじゃない。運が悪かっただけだ」
「よしてくれ、レベロ」

シトレは不機嫌そうに吐き棄てた。そしてこちらを見ると不思議な笑みを浮かべた。嘲笑、それとも冷笑だろうか。

「私は君がトリューニヒトと敵対しているとばかり思っていた。だがそうじゃなかった。君はトリューニヒトと組んでいる、そうだな?」
「何を馬鹿な!」

気付かれた? 私は思わず大声で否定した。シトレはそんな私を冷たく見据えている。

「君はトリューニヒトと組んで私の宇宙艦隊司令長官就任を潰した。そして絶対やめろと言ったドーソンを推した。私が知らないとでも思ったのか?」
「……」

「ドーソンが私に自慢げに話してくれたよ。私が宇宙艦隊司令長官になれなかったのは政府から嫌われているからだと。そして今度はトリューニヒトを助けると言う」
「……」

「信頼していない人間をブレーンにしてどうする? 意味が無いな」
「……君は強すぎるんだ、シトレ。政府に不満を持つものが君を中心に集まるかもしれない。そんな君に実戦部隊を預ける事は出来なかった」

自分の声がどこか他人の声のように聞こえた。知られたくなかった。シトレのクーデターを恐れる、それは今の同盟の政治がクーデターを起されかねないほど酷いものだという事だ。その政治の一端を私は担っている……。

「だからドーソンを選んだか。彼ならコントロールできる、御しやすいと考えた……。その結果がこの大敗か、ドーソンが阿呆なら君らはなんと言うべきかな? レベロ、君はどう思う?」

シトレの皮肉を帯びた声が耳朶を打つ。シトレの言うとおりだ。ドーソンのコントロールに失敗した私達に彼の無能を責める権利は無い……。

「これだけの大敗を喫した統合作戦本部長なら誰も担ごうとはしないだろうな。おまけにもう直ぐクビになる。私は無害になったということか?」
「シトレ、そんな言い方はよせ……」

思わず私の口から出た言葉は弱々しいものだった。そして今の私は彼の顔を正面から見ることが出来ずにいる。彼は私の親友だった。誰よりも信頼できる男だった。何時から私は彼を疑うようになった?

彼が変わったのか? 違う、彼が変わったのではない。私が変わったのだ。何時からか他人を信じることよりも疑う事が身についてしまった。そして私と彼の信頼関係は崩れつつある……。

「レベロ、君にとって敵とは誰だ? 帝国か? それとも自由惑星同盟軍か? この国に敵と味方の区別のつかない人間がいるとは思わなかったよ。しかもそれが最高評議会のメンバーとは。呆れたよ、レベロ」

しばらくの間、互いに押し黙った。彼は心底呆れていたのだろう。そして私は、私も自分の愚かさに呆れていた……。
「君の言うとおりだ、シトレ。私達が間違わなければ、君を宇宙艦隊司令長官にしておけば今回の大敗は無かったろう……。その責任もとらず、私は財政委員長になる。君が呆れるのも無理は無い……」
「……」

「同盟は弱体化し帝国は強大なままだ。私達はもう間違う事は出来ない。同盟には間違いを許容できるような余力は無くなってしまった。だから、君の力を識見を私に貸して欲しいんだ」
「……」

「君の協力が得られないのなら私は財政委員長は辞退する。同盟は著しく弱体化した。今の同盟は財政再建と防衛体制の整備の二つを同時進行させなければならない。軍事に弱い私にはどうしても君の協力がいるんだ」
「……」

「虫の良い願いだという事は分っている。それでも私は君に頼むしかない、この通りだ、私を助けてくれ。私をもう一度だけ信じてくれ」
そう言うと私は彼に頭を下げた。

「……いいだろう、協力しよう」
「シトレ……」
「ただし、条件がある」

「条件……」
「そうだ。君が新政権の中でどの程度の力を持っているか確認したい」
「……」

「レベロ、これから私が言うことを君が新政権に受け入れさせることが出来たら、君のブレーンになっても良い」
「分った」
彼の条件は多分、いや間違いなく厳しいものだろう。それでも私はチャンスを貰ったのだ。この機会を必ず活かして見せよう。この国のために……。



 
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