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愚君の片思い

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3部分:第三章


第三章

「軍服を変えて何で給料が支払われないんだ」
「しかもプロイセンに追随する軍事同盟だと?」
「馬鹿も休み休みにしてくれ」
「御父上の代に奪われた領土をデンマークから奪い返すだと」
「それなら何故プロイセンとの戦争を止めたのだ」
 デンマークとの戦争もだ。皇帝の狂気、エゴだと思われたのだ。
 それでだ。遂にだった。
 軍、皇帝を守る筈の近衛兵達がだ。皇后であるエカテリーナを擁立してだ。
 即座に叛乱を起こした。しかもだ。
 皇后は軍服を着て馬に颯爽と跨り叛乱を指揮し瞬く間に夫であるピョートルを皇帝の座から追いやってしまった。そうしてだった。
 皇帝でなくなったピョートルは呆気なく暗殺された。全てはそれで終わりだった。
 そしてだった。このことを聞いたプロイセン王はこう言ったのだった。
「残念だ」
「ロシア皇帝が廃位させられ殺されたことがですか」
「残念だというのですね」
「そうだ、残念だ」
 こう言ったのである。
「実にな」
「それは何故ですか?」
「それは彼が愚かだからだ」
 だからだというのである。
「だから残念なのだ」
「確かにあの方は愚かでしたね」
「政治も何もわかっていませんでした」
「そして我々のことも」
「何一つとして」
 こうだ。王の傍にいるプロイセン軍の将校達も口々に言った。
 ピョートルは愚かだった。彼等から見てもだ。そのことは同意だった。
 だがそれでもだ。愚か者が死んだことを自分達の王が残念がることがどうしてもわからずだ。そのうえでこう王に対して尋ねたのである。
「それで何故でしょうか」
「愚か者がいなくなることはいいことでは?」
「それでどうして残念がられるのですか?」
「それがわからないのですが」
「理由は簡単だ。彼はプロイセンにはいないからだ」
 それでだとだ。王は落ち着いた声で彼等に答えた。
「だからだ」
「我が国にはいないからですか」
「それ故にですか」
「あの方が亡くなられたことは残念だと」
「そう仰るのですか」
「他国の愚か者が国の主である」
 そのことはどうかと述べる王だった。
「そして我々に対して非常に好意的ならばだ」
「それが我々の利益になる」
「ふんだんに利用できる」
「それ故にですか」
「そういうことだ。そうした者は徹底的に利用させてもらうに限るからだ」
 王は実に素っ気無くだ。淡々として述べた。
「講和にしろ賠償金も要求されず占領地も全て返還されたからな」
「はい、そうですね」
「まさかあそこまで我々に一方的に有利な条件で講和してくれるとは思いませんでした」
「彼等はただ軍事費と人命を消耗しただけでした」
「それだけの戦争になりました」
「そこまで何もわかっていない我々に一方的な愛情を向けてくれる他国の皇帝がいなくなった」
 王はまたこのことを話した。
「そのことが残念でならないのだ」
「そういうことですか」
「だからなのですか」
「そうだ。実にな」
 こう言ってだ。王は非常に残念がるのだった。そうしてだ。
 彼はピョートルの死を悼んだ。だがそこには愛情はなかった。だがそれでも彼の死を悼んだのはプロイセン、そしてこの王だけだった。これがピョートルの愛情が生み出したものだった。


愚君の片思い   完


                    2012・2・1
 
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