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授業なんてどうでもいい、なくてもいい

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多田くんは意外と鋭い

 
前書き
お久しぶりです。または初めまして。飛田影太と申します。
終始楽しんで書きました。 

 
 今日、4月15日も淡々と過ぎていった。8時20分のHRには10分前に到着して、1限から6限までを居眠り一つせずにしっかりとこなした。そもそも、私は学校で寝たことが一度もない。逆に寝ている人に問いたくなる。君にとっての学校は何なのか、と。勉強をしないなら、君は何のためにここにいるのか、と。

 そして、私は実際にその質問を一人の男子に投げかけていた。今はHR後の掃除を終えたところである。彼は掃除中、箒を逆さまにして手のひらでバランスを取るという究極的に下らないことをしていた。男子の4人に1人はやる謎の儀式だ。しまいには、黒板を綺麗にしていた他の女子の頭に箒をぶつけてしまって怒られていた。本人は「わりい、わりい」とあまり気に留めていなかったが。

 男子――多田くんは先の部分だけくるくるしている中途半端な癖っ毛を手でいじりながら答えた。

 「俺にとっての学校?そんなの、ヒマだから来てるんだよ」

 「もう受験生になったけど、授業は寝ていていいの?」

 「あー、俺とりあえずマックの店員になって余ったポテトとかハンバーガー貰って生活するから大丈夫」

 意外と詳しい人生設計に少しだけ驚く。だが、あまりにも残念な内容だ。このご時世、そんな生半可な生き方ではやっていけないというのに。どうして多田くんが偏差値50後半のこの高校に進学できたのか、私には理解できない。

 多田くんがニヤリと笑って言った。

 「つか、急にどうしたの?俺のこと心配してくれてんの?まあ3年間同じクラスの仲だもんな。さすが三ツ橋」

 「勝手に友達扱いしてくれてるけど、私と多田くんがまともに喋るようになったの3年になってからだよね」

 「それなー。でもしょうがないじゃん。学年上位で勉強できる三ツ橋と俺じゃ住んでる世界が違うっしょ。俺、今回の進級で危うく留年になりそうだったぜ?面白くね?」

 全くもって面白くない。そんなに快活に笑われても非常に困るだけだ。

 私が何も言わないでいると、多田くんは再び口を開いた。

 「でもさ、三ツ橋って淡々とし過ぎじゃね?」

 「淡々と、ってどういうこと?」

 「いや、なんかさ。俺の中の三ツ橋のイメージって、いつも必ず授業に出て絶対に寝ないで勉強もしっかりして点を取る感じなんだよ。だから期末考査とかで上位にランクインできるんだろうけどさ。でも、三ツ橋って意外と頭固いよな」

 最初に評価しておいて最後で突き落とすって酷い気がする。私は思わず目を細めた。多田くんが慌てて「悪口じゃないから」と付け足してから話を続ける。

 「別にバカって言ってるんじゃないよ。なんつーか、行動範囲が狭いっていうか、作業員風っていうか……」

 「バカって言われた方がマシなくらいの悪口だよ」

 「ごめん!でも大丈夫、三ツ橋は真面目キャラとは裏腹にわりと可愛い方だから」

 結局のところ、多田くんは何が言いたいのだろう。単に私をからかっているようにしか感じられない。彼に話しかけた私がいけなかった。

 でも、多田くんの私への評価は意外と的を射ているところまで来ているのも事実なのだ。今まで、私は『あの言葉』で括られることが何度かあった。多田くんが言った。「で、何が言いたいのかというと」きっと、恐らく、たぶん――

 「「マニュアル人間」」

 私と多田くんの声が見事に合わさった。私は予想が的中したことを少し自慢げに感じたと同時に、自分の短所を心中で嘆いた。当たってしまった。当てられてしまった。これまで大して関わりもなく、会話し始めたのが最近の多田くんに。

 「おお、はもったな。なんか気持ちいいわ」

 多田くんが嬉しそうに私に言った。勝手に気持ちよくなってろ。なんで自分の欠点の話で嬉しくならなくちゃいけないんだ。

 マニュアル人間。ものすごく簡単に捉えるなら、言われたことしかできない人間のことだ。近年の若者にはマニュアル人間が多いと言われている。実際、私もその一人だ。自覚はしているつもりだ。

 小学生のころから、真面目に生活していた。黒板に書かれた内容をちゃんと板書して、指示された通りのことをしっかりこなした。あまり好きではなかった授業中の挙手も、通知表のためには必要だという教師の言葉で仕方なくやった。だからだろうか、自ら動くという意識が他の意識と違って成長しなかったのは。

 家庭科の調理実習、林間学校、グループ活動、修学旅行の下調べ学習、文化祭の準備……。特に団体行動において、マニュアル人間の特徴は明確に浮かび上がる。最初は自分のことをそうは思っていなかったが、中学時代に所属していた吹奏楽部の先輩に指摘されてからマニュアル人間を意識するようになった。確かに、私は誰かに言われなければ動けなかったと改めて実感してしまったのだ。

 今でもその性質は変わっていない。最近でマニュアル人間の自分が顔を出したのは、先月の卒業式だ。

 じゃんけんで負けて卒業式の実行委員になってしまった私は、式場準備や代表者が読むスピーチ作成などで他人の指示を仰いで動いていた。自分から何かを口にすることはなかった。もちろん立場の問題も考えられる。しかし、言葉にせずとも流れを掴んで行動できる仕事もあったのだ。

 「おーい、マイセルフワールドにステイしないでくれよ。ユーとスピークしてるのはこのミーだよ」

 多田くんの滑稽な言葉で私は我に返った。というか、どうしてルー大柴のネタなんだろう。センスが古いような気がする。

 そんな私の胸中を知らない多田くんは、すでに箒を掃除ロッカーに入れていた。ちなみに、私が持っていたはずの箒もなかった。多田くんの言うマイセルフワールドにステイしている間に戻してくれたらしい。

 クラスにはまだちらほらと人がいる。だが、もう教室を出て帰宅するだろう。私はこれから用があるので帰らないが。そういえば多田くんは何か部活に入っているのだろうか。それを聞いてみると、

 「なんも入ってないよ。だってダルイし。たまにチキンとバンジョーと遊んで帰るくらいかな。ん、もしかして一緒に帰りたい?」

 誰だチキンとバンジョーって。一方は明らかに弱そうだけど、バンジョーはなんだか番長っぽくて強そうだ。多田くんは言った。

 「チキンは照原でバンジョーは常盤な」

 照原くんは多田くんとよく一緒にいる不良で、常盤くんはアイドル研究部のオタクだ。なんてこった。予想が180度曲げられた。というか、照原と照り焼きの組み合わせは頑張り過ぎだと思う。

 多田くんは「それはどうでもいいわ」と言った。どうやら私にまだ何か言いたいことがあるようだ。正直、私はもうこの場を立ち去りたかった。

 「まだ何かあるの?私=マニュアル人間って早く分かっただけでも多田くんは凄いよ」

 「おお、サンキュ。ちなみにさ、三ツ橋って学校サボったことある?」

 「ないよ」

 「一度も?小学生から?」

 「うん」

 「お前ヤベえな」

 「多田くんは?」

 聞くまでもなかった。今月になってようやく話し始めたとはいえ、多田くんがどういう人間なのかは3年間で大まかには分かっていた。だが、つい話の流れで聞いてしまう。

 多田くんは、何が面白いのか分からないけれど満面の笑みを浮かべて言葉を吐き出した。

 「授業なんてどうでもいい、なくてもいい。だからどこかしらでサボってる」
 
 

 
後書き
全8話構成ですので、もしよろしければ追って行ってもらえればと思います。よろしくお願いします。 
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