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魔法少女リリカルなのはStrikers~誰が為に槍は振るわれる~

作者:nk79
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第一章 夢追い人
  第9話 とあるスパイを自称する陸曹の日常

 
前書き
どうもお久しぶりです!
約一年ぶりの投稿、お待たせして本当に申し訳ありません。
リアルで色々ございましてこのようなことに……
とりあえず一言いうのならば――

事故って、案外どこにでも転がってるものなので、みなさん気を付けましょう。 

 
 雨が、降っていた。
 とても、とても、冷たい雨が。
 その中に身を晒し、腹を切り裂かれ虫の息で横たわる少年と、それを無表情で見下ろす少年を見ながら、青年は思った。

 あぁ、これは夢か、と。

 青年が今見ているこの光景は、過去に彼の身にあったこと。
 しかし彼がこれを夢だと思ったのは、この光景が彼の記憶にあるものだからではない。
 青年はたまに考えることがあるのだ。自分はもしかしたら、実はまだ過去のどこかで眠り続けていて、今の自分の周りの景色はその眠りの中で見ている夢なのではないかと。
 それほどまでに今の彼の周りの環境は、彼にとって不自然で、不可思議で、そして――不気味なのだ。

 ならなぜ彼は、目の前のこの光景を夢だと思ったのか。
 その答えを示すように、二人の少年が口を開いた。

「雨……冷たい、な……」
「……つめたい、とは、なんなのでしょうか、マイロード?」

 見下ろす少年の答えに血の泡を口の端から吐き出しながら笑う少年に、なにが可笑しいのか分からず無表情なままの少年は首を傾げる。
 この二人のやり取りが、全てを物語っていた。

 このときの少年(せいねん)は、知らなかったのだ。
 “冷たい”というのが、一体どういう意味の言葉なのかを。
 だが二人を見下ろす青年は、この雨が“冷たい”のだと言うことができる。
 
 だからこれは夢なのだ。
 もう、二度と取り返せない、取り戻せない、過去(ゆめ)なのだ。

 その過去(ゆめ)の中で青年の記憶の通りに、虫の息の少年は、無表情の少年(せいねん)に話しかける。

「約束……いま、守るよ……名前…お前の」
「……」
「そ、の……代わり、さ………オ、レの……やること、変わ…ってくれ」
「「もちろんです、マイロード」」

 途切れの途切れの言葉だが、それでも虫の息の少年が伝えたいことはすべて伝わった。
 それを示すために頷き、淀みなく答えた少年(せいねん)と青年に、もはや見えても聞こえてもないでもあろう状態であるにも拘らず、虫の息の少年は、安心したように口元の力を抜いた。

「あ……ぃ……が…と……」

 少年の瞳孔が開き、身体から力が抜けていく。
 力なく横たわる少年の命が、目に見える形で消えていく。
 それは少年にも分かっていたはずだった。

 しかしそれでも、子どもらしい無意味な最後の意地か。彼は――笑った。

「お前の……名、前は……っ」

 少年の口から、一つの名前が零れ落ちる。
 それが――少年の最期の一息になった。





「あ、朝いちばんにずいぶんとまたでぃ~ぷでべり~は~どな話をしてくれちゃうね~」
「マスターがしろと言ったんだろ、オレの過去の話」

 周囲の景色が塗り替わる。
 冷たい雨の降る暗い場所から、温かみのある部屋に。
 どこにでもある、白い壁紙に覆われた部屋のその中心に据えられたテーブルを囲み、金髪に左目に眼帯を着けた少女と、白髪で無表情な少年(せいねん)が朝食を摂っていた。
 ただの朝食の合間に挟む世間話のネタとして少年(せいねん)の昔話を聞いた少女は、思いもよらず重い話に、少年(せいねん)の淹れたキャラメルミルクを飲む手を止め、顔を引き攣らせていた。
 しかし少年(せいねん)からしてみればただ単にしろと言われた話をしただけである。
 少女のあまりよくない反応の理由が分からず、首を傾げる。
 その様子に少女は、どこかあきらめたように深い溜息を吐いた。

「あぁ~も~。この子は相変わらず機械みたいだな~もう!」
「いや、おれはちゃんと成長している。なぜなら、マスターときちんと会話の“ドッジボール”ができている」
«いやいやいやそれを言うならキャッチボールです»
「いや~この状況はもうドッジボールのほうが正しいように思えるな~」
「? どちらが正しい使い方なんだ?」

 そのとぼけた反応に、少女とその左手の中指に納まる“緑色の宝石の戴く白い指輪”がさらに深い溜息を吐く。
 二人が今朝何度目になるか分からない溜息を吐く原因の少年(せいねん)は二人の反応におかしなものを見るような視線を向けるが、今の青年なら分かる。どう考えても、これは少年(せいねん)が悪かった。

「ま~とにかくさ。がんばってね、そのぶんなげられたその子のやることってやつ。けっこう難しそうだけど、きっとできるよ。あたしもできるかぎり手伝ってあげるからさっ♪」
«私も手伝いますよ»
「……すまない。面倒をかける」
「だぁーーーーもうこの子は!!」

 頭を下げる少年(せいねん)に少女はビシッと指を突きつける。
 少女の怒った様子に、首を傾げる少年に、彼女は――優しく笑いかけた。

「そういうときはね、すまないじゃなくてありがとう、だよっ♪そっちのほうがずっとずっとず~~~~とっ、嬉しんだからさ♪」

 少女のその笑顔に少年(せいねん)の口元にほんの微かに、本当に微かに、笑みが浮かんだ。

「――ありがとう、マスター。いや、クロロ」

 少女の名は、クロロ・クロゼ。
 少年(せいねん)を、ただの契約を履行するための機械から人へと変えてくれた少女であり、そして――青年が初めて愛した女性。
 しかしもう、自分は彼女の元にはいない。
 この温かくて、優しい場所から出て行ったのだ。
 そして当時の少年(せいねん)もまた、彼女の背中を追い、この場所から出て行った。
 かつて結んだ少年との約束と、そして、彼女との言葉を守るために。



 その手に、(さつい)を手にして。

 


AM.05:28

「……夢、か」

 機動六課隊舎、男子寮。その一室。
 部屋の隅に設えられた二段ベッドの下のベッドで、ラディオン・メイフィルスは目を覚ました。
 目覚まし時計の騒々しい音もしないいつもの静かで寂しい自室で、ゆっくりとベッドから抜け出し、そしてなにもない虚空をただぼーっと眺める。

 懐かしい夢。初めのほうの夢まで遡れば、もう何年前になるか分からないような昔のことの夢だ。
 そんなものを今更になって夢に見るというのは、きっと、自分が色々と焦っているからだろう。

 ダメだな。

 このチャンスは恐らく、神が与えた一生に一度のチャンスだ。
 それが分かっているからこそ、そのことが頭のすべてを埋め尽くしてしまう。
 機動六課は、まだあと一年近くある。
 今からこの調子では、後が続かない。
 必要なのは、適切なときに必要な行動をとること。
 自分の“雇い主”の思惑(やぼう)を見抜かれないこと。そして、その裏にある自分の真意(ねがい)を、時が来るまで誰にも悟られないこと。

 そして、自分の正体を、隠し通すこと。

 そのためには、休めるときにはしっかり休まなければならない。
 そうしなければどこかで必ず“ボロ”が出る。
 
 そうと決まれば話は早い。
 ラディはとりあえず、半ば朝の習慣と化したその“嫌がらせ”を始めることにした。

 寝ている間に凝り固まった筋肉を解しながら、備え付けのデスクへと歩み寄り、デスクの上に置いてあるランプへと手を伸ばす。
 明りの角度を調整するための球形の関節部分を弄った後、何かに納得したように頷き、ベッドの方へと戻っていく。
 ベッドの淵まで戻ったラディはそこで一度深呼吸。頭を垂れて目蓋を閉じ、徐々に徐々に集中力を高めていく。

 そしてシャツのボタンに手を掛け――朝の日課を始める。

「ふぅン……っ」

 くぐもった声を漏らしながら腕を振り上げボタンの外れたシャツを両手首の位置まで跳ね上げる。
 跳ね上げたシャツを絶妙なタイミングで腕を振りおろし右の手首だけに引っかけ、一歩前へと踏み出しながら腕を、シャツを、その体に艶めかしく巻きつけながらその場で華麗にターン。

 そして――決めポーズ。

「――ふァっ!!」

 今にも飛び立とうとする飛鳥の翼のように軽やかに、しかし雄々しく腕を広げ、足を交差することで腹部を締めながら露わになった上体を惜しげもなく見せつける。
 
「んっ」

 唇の隙間から漏れ出た声とともに前に出した足を回して後ろの足へと合わし、ジャージのゴムへと手を掛ける。
 膝をゆっくりと曲げ身体を落としながら、するするとズボンを腿の下へ、そして膝の下へと降ろしていく。
 そのまま後ろへと倒れこみ、背中を軸に体の上で足を回す。遠心力に攫われ片方の足からジャージが抜け、残った方の足の足首にジャージが引っかかったその瞬間――足を勢いよく上へと振り上げる。

「んああぁぁっ!!」

 それは見事なL字開脚だった。
 地面に寄りそう足と天を衝く足の両方ともが寸分の互いなく90度。
 さらには背筋、腹筋、そして大腿筋に支えられた天を衝く足は微動だにせずいっそ神々しさを纏いながら屹立していた。
 今、ここに、一つの鍛え上げられた肉体によって完成されたL字開脚の芸術。
 しかし、ラディの朝の日課(きがえ)はまだ終わっていない。

 そう、まだ肌着(パンツ)が残っている……!!

 完成された芸術、そのさらに上を行き新たな境地に到達せんとラディがそのゴムに手を掛ける。

 刹那――

「朝っぱらからなにやっとんじゃおどれはぁぁあああああっっ!!!」

 ―シュバルツェ・ヴィルクング―

 怒鳴り声とともに先程までプライベートを保障していたドアがくの字に曲がった状態で窓を突き破り外へと飛んでいく。
 咄嗟に足を降ろし地面に仰向けに寝そべり事なきを得たラディは、特に驚く様子もなく身体を起こし、部屋の入口で顔を真っ赤にして息を荒げる女性に手を挙げた。

「おはようございます、はやて部隊長。毎朝毎朝目覚ましご苦労様です♪」
「な・に・が!! ご苦労様や!! 毎朝毎朝変な声上げながらストリップしてぇ!! お蔭でうちの爽やかな朝が台無しや!!」

 ラディからの爽やかな挨拶に、ラディの部屋の扉を吹き飛ばした女性――はやては怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながら怒鳴り返す。
 だがそれにラディはいかにもわざとらしい仕草で顎に指を当て、不思議そうに小首を傾げる。

「おやぁ? それはおかしいですねぇ。オレちゃんと扉もカーテンも閉めた状態で服を脱いでたはずなんですけどぉ。一体全体どうやってはやて部隊長はオレの部屋を見てたんですかぁ~?」
「とぼけんのもいい加減にしいぃや自分!!」

 ラディのとぼけた表情にさらに怒りで顔が赤くなったはやては部屋の隅、ラディが朝起きてすぐに弄っていたデスクの上のランプを指さした。

「自分起きてまず最初に、あのランプに仕込んどる監視カメラの角度調節しとったよなぁ!!」

 はやてがラディの部屋の状況を知ることができたのは、これが原因なのである。
 いくら自分からスパイなどと言い出すような頭がどうかしてるとして思えないスパイでも、スパイはスパイ。放っておくことはできない。
 しかし見張りを付けようにも、出張任務で一瞬にして部隊に溶け込んだあのコミュ力を見ると、下手をすると懐柔されてしまう恐れがある。
 そこであらかじめ、ラディがこの部屋に来る前に、備え付けのデスクに合わせたいかにもデスクとセットですよというようなランプを買っておき、その関節部分にカメラを仕込んでいたのだ。
 これならラディが部屋でなにをしようが、はやてには手に取るように分かる。
 彼のプライベートを侵す行為に、当初ははやての良心も痛みもしたが、これも部隊のため、仕方ないのだと割り切り設置した。

 だが、そんなはやての罪悪感も、ラディがこの部屋に入った次の朝には跡形もなく消し飛んでいた。

「えぇ!? あのランプに監視カメラなんて仕込まれていたんですか!? ぼくぅ、知りませんでした~」
「昨日も一昨日もその前もおんなじこと言うてたよなぁ……っ」

 ――これである。
 初日から――というか部屋に入った直後から、明らかにカメラとついでに仕掛けていた盗聴器の位置に気づいた素振りをしながら、そのことをへらへら笑いながら否定し、機会があればこうしておもちゃにして遊ぶのだ。
 今日のように変な声を出しながらストリップするのは当たり前、下着を掛けるわ、カメラをガン見しながら自分への不平不満をぶちまけるわ、“薄い本”を広げながら“自家発電(きせいされました)”に及ぼうとしているところまで見せられそうになったときなど、思わずラディの部屋に魔法を飛ばしたほどである。

 これで良心を痛ませろという方が無理な話である。
 
 ちなみに余談だが、ランプのコンセント部分に隠されていたはずの盗聴器は、ご丁寧に掘り出され、微かな音でも拾えるよう剥き出しにされている。

「しかし~どうしたもんですかねぇ~。これはひじょーに困りましたぁ~」
「……なにがや」

 困った困ったと言いながら眉根を寄せるラディに、嫌な予感を感じながらも一応は聞き返す。
 聞き返されたラディは、それはもうすばらしいすばらしい笑顔を浮かべて、応えた。

「寝汗かいたのでパンツも履き替えようかと思いまして……見ていきます?」
「シュバルツェ・ヴィルクング!!」

 はやては一片の躊躇もなく、その笑顔に文字通りの魔拳を繰り出した。



○●○●○●○●○●○

AM.10:30

 機動六課隊舎、事務室。
 この時間、前線メンバーが訓練しているため、人口密度が低くなっているオフィスにラディはいた。
 なぜライトニング分隊の副隊長であり、前線メンバーであるラディがこの時間からオフィスにいるのかというと、理由は簡単、これが彼の本来の職務だからである。

 ラディが地上本部首都防衛隊から機動六課ライトニング分隊へと出向となった理由、それは、ライトニング分隊のデスクワークの負担緩和、である。
 事務処理にまだ不慣れなエリオとキャロ、法務の責任者に他の部隊との折衝も兼任する隊長のフェイト、そしてそのフォローのため、外に出ることも多い副隊長のシグナムを抱えるライトニング分隊は、どうしても事務業務の処理に時間が掛り、また、ミスも多かった。
 それが問題視され事務業務の応援として地上本部から送られたのがラディなのだ。
 そういった理由で出向となったため、前線メンバーの中では例外としてラディだけは訓練には参加せず、こうしてデスクワークに勤しんでいるというわけだ。
 そうした表向きの経緯はラディもよく分かっているし、そのための自分の能力であり、副隊長という役職であるとも分かっている。

 分かってはいるのだが……

「やっぱ、さみしいな、この状況」

 本日の業務の目途も立ち、少し気を緩ませながら軽く談笑する回りを見ながら、ラディは溜息を吐く。
 繰り返すが、この時間、前線メンバーは本来、全員訓練場で訓練をするはずなのだ。
 そのため前線メンバーは皆訓練場にいるわけで、分隊や部署ごとに分かれたオフィスで、ラディの周りだけがぽっかりと穴が開いていた。
 決して、ハブられているわけでも、ましてやイジメられているわけでもない。
 状況として、どうしても、仕方なくこうなってしまうのだ。

 まぁ、この状況はこの状況で、“任務”のほうが捗るのでそれはそれでいいのだが、やはり寂しいものは寂しいのだ。

⦅――んで、状況はどんな感じだ?セラフィム⦆

 オフィスに備え付けのPCにつないだセラフィムに、ラディは事の進捗を念話で尋ねる。

⦅いや~あまりいいとは言えませんねぇ。相も変わらずアリの子一匹入る隙間もないセキュリティ。率直に言うとですね……超ウゼェー⦆

 オフィスのPCから六課のマザーコンピューターに接続し、そこから機密情報を掠め取ろうとしているセラフィムは、うんざりした声でラディに念話を返す。
 あまり芳しくないセラフィムの進捗に、しかしラディはそこまで慌てた様子はなく、ただ一言、そうかとだけ返す。
 なにせこちらはそもそも、辞令が送られてきている時点で身バレしているのだ。六課も相応の準備と自信をもって受け入れていたはず、この状況は当然のものである。

 ゆえに想定からは少しも逸脱してはいない。
 強いて言うなら、自分から積極的に身分を明かすことで無能を演じ、少しは油断を誘えるかとは思ってはいたが、なかなかどうして、今回の相手はそこまで甘くはないらしい。

⦅まぁいいさ。“雇い主”だってそう簡単にいけるとは思ってないだろうしな。やり方だって他にもたくさんある。肩の力抜いて、気楽にやっていこう⦆
⦅うっわぁ~なんともまぁやる気のない。気が乗らないからっていくらなんでもそれは仕事に対して――いや、もういいです、はい⦆

 なにやら念話で説教でも始めようとしていたセラフィムだったが、肝心のラディがキーボードを叩き始めたのを見て、あきらめたように言葉を切りそのフォローへと回った。

 気が乗らない?いやいや、それは違う。

 スクリーンにいくつも映されたウインドウに視線を飛ばしながら、ラディはセラフィムに心の中で話しかける。

 スパイなんてただの口実(たちば)、たかが切っ掛けに全力で打込んでやれるほど、今の自分には余裕はないのだ。

 だがもしこの機動六課が、自分の思惑通りにならないようなら、守る価値がないどころか、むしろ潰してしまった方がいいと判断したならば、その時は――
  
 開いたウインドウに並ぶ文字列を視線でなぞりながらラディはほんの少し目を細め、静かに最後のキーを叩いた。

「ま、今はその下準備ということで」
⦅……それがうまくいかないからボヤいてるんですがねー⦆

 一仕事を終え、軽やかに笑うラディにうんざりとした様子でセラフィムが声を掛ける。
 しかしラディは気にした様子もなく再び、機動六課ライトニング分隊副隊長としての仕事に戻っていった。
 それまでやっていた、本人にとっては“副業”の仕事振りが嘘のように、真面目に、デスクワークをこなしていった。


○●○●○●○●○●○


PM.12:15

「二人とも良く食べるなぁ~」

 午前の訓練を終え、今は楽しいランチタイム。ラディとFW陣、シャーリーは一緒に食事を取っていた。

 話題はスバルの家族について。訓練の帰りの八神部隊長とのやり取りが切っ掛けとなり、それならみんなの家族はどういう感じなのか? という流れで話が弾んでいったのだった。

「なるほど、スバルさんのお父さんとお姉さんも陸士部隊の方なんですね」
「うん。八神部隊長も一時期、父さんの部隊で研修してたんだって」
「へぇ~」
「二人とも優秀だからな~」
「……父さんとギン姉のこと知ってるんですか?」

 ラディの一言にフォークの手を止めたスバルが聞き返した。
 その声に少し敵意が混じっているのは、ラディの立場からすれば仕方のないことだろう。
 ラディはその敵意を慣れたものと受け流しながら、軽い調子で話を進めていく。

「そんな怖い顔しなくても大丈夫だ。ただ単に獲物が被っただけだよ。オレだって年がら年中スパイをやってるわけじゃないし、スパイやってる先で普通の局員の仕事をするときだってある。たとえば今みたいにな」
«まぁその後、どっちの手柄で捕まえられただの、犯人の身柄はどっちのものだのと色々揉めましたけどねー»
「……お前の父さん、笑顔は優しいのにそういうところは頑固で譲ってくれないんだよな」

 昔を思い出したのか食事の手まで止めて頭を抱えるラディに、スバルも毒を抜かれたのか、気の抜けた笑顔を浮かべながら山盛りのスパゲッティを口に放り込み始める。
 そんなスバルとラディの意外な接点に、ティアナがそういえばという感じで話し始める。

「うちの部隊って関係者繋がり多いですよね~。ラディ陸曹とスバルのは偶然にしても、隊長達も幼馴染み同士なんでしたっけ?」
「そうだよ~。なのはさんと八神部隊長は同じ世界出身で、はむ、フェイトさんも子どもの頃はその世界で暮らしてたとか……」
「え~と、確か出張任務で行った管理外世界の97番ですよね」
「そっ」

 話題が第97管理外世界に移ったところで、スバルが皿から顔を上げ、思い出したように口を開いた。

「あの世界って、うちのお父さんのご先祖様がいた世界なんだよね~」
「ほ~、魔法文化もないのにそりゃまた珍しいこともあるもんだ」

 実はスバルの父親のご先祖様が第97管理外世界の出身だったという話を聞き、驚いたようにラディが目を開く。それを聞いてセラフィムが一言。

«ここ来る前にあれだけ隊員の情報漁ってたくせに、さも白々しくしますね~スパイ殿?»
「うわぁ……」
「……サイテーです」
「ゴミだね」
「プライバシーをなんだと思ってるんですかね……」
「……変態」
「おいお前ら好き勝手言ってんじゃない仕事なんだから仕方ないだろうそうだろうというか変態とはなんだこれがスパイの仕事だよ仕事なんだから仕方ないだろうというかそのスパイ様に憧れていたのはどこのどいつらだこの野郎!!」
«うわ、逆切れ……ないわー»

 セラフィムの暴露に全方向から冷たい目を向けられ慌てて弁解するも、最終的には日ごろ溜めに溜め込んだ心の叫びをあげるラディ。
 そんなラディに向けられる視線はさらにその温度を下げていくが、吐き出した当人はもうどうでもいいらしく、向けられた視線すべてを無視して目の前の食事を口の中にかき込んでいた。

 まぁ、そのかき込んでいるのがサラダな辺り、ラディへのダメージはそれなりだったようだ。

 どこか狂気さえ感じるラディのその様に、これ以上はマズイと全員が悟り、スバルが今度は隣に座っていたエリオに話を向けた。

「あれ? そういえばエリオはどこ出身だっけ?」
「あ、僕は本局育ちなんで」

 エリオのその言葉に周りはエリオの事情を察したように神妙になるが、管理局と最も付き合いが長く深いはずのスバルはなざかそれに気づけない。
 周りからの訴えるような視線に気付かず、スバルは話を続ける。 

「ん、管理局本局? 住宅エリアってこと?」
「本局の特別保護施設育ちなんです。8歳までそこにいました」
⦅馬鹿・・・!!⦆
⦅ゴ、ゴメーン……⦆

 気付いた時には既に遅し。ティアナからの念話にスバルは頭を抱えて唸るしかない。

「あ、あの……気にしないでください。優しくしてもらってましたし、全然普通に幸せに暮らしてましたんで」
「あ、そうそう。その頃からずっと、フェイトさんがエリオの保護責任者なんだもんね♪」

 そんなスバルの様子を見てエリオが慌ててフォローをし、シャーリーがそれに合わせた。
 そしてエリオは自分の思いを言葉に乗せた。

「はい!!もう物心ついた頃から色々良くしてもらって、魔法も僕が勉強を始めてからは時々教えてもらってて、本当にいつも優しくしてくれて……。僕は今も、フェイトさんに育ててもらってるって思ってます。フェイトさん、子どもの頃に家庭のことでちょっとだけ寂しい思いをしたことがあるって。だから……寂しい子どもや悲しい子どものこと、ほっとけないんだそうです。自分も……優しくしてくれる暖かい手に救ってもらったからって」

 周りの喧騒がいつもより騒がしく聞こえる。
 エリオが言葉に乗せた想いは温かくも重く、その場を微妙な雰囲気にしてしまった。

「そ、そういえばみんなは何かデバイスの形状とかに思い入れとかあるかな?」

「思い入れ・・・ですか?」

「そう!! 隊長さん達はみなさん初めて使ったのがこれだからっていう理由で、デバイスマイスターとしては面白くないな~なんて♪」

 場を仕切り直そうとシャーリーが軽い調子で話始めるが・・・むしろ逆効果だった。

「私は・・・アルザスのみんなが教えてくれた魔法を使っていきたいから・・・」

 皿に視線を落としつつ、キャロ。

「私は兄さんの魔法は役立たずなんかじゃないって証明したいから」

 悔しさと強い決意が入り交じった瞳で、ティアナ。

「あ、あたしはお母さんが残してくれたシューティングアーツを継ぎたいからですっ・・」

 空元気なのがまる分かりな表情で、スバル。

「僕は・・・兄に憧れて槍を・・・。まぁ兄は僕と違って突きが主体でしたけど」

 虚勢なのが見え見えな笑顔で、エリオ。
 
「ラ、ラディ君はどう? なんかエピソードとかない? もう何でもいいからっ!!」

 予想と真反対の現実にシャーリーはラディにすがるような視線を向ける。
 ラディはそれを見て苦笑しながら、腕を組み、椅子の背に体重を掛け、口を開く。

「オレはまぁ、最初に渡されたのが槍だったってだけだよ」
「そ、そんなぁ……」

 暗い雰囲気を払拭するような内容を期待していたシャーリーは、ラディの期待外れの面白味のない内容にガクリと肩を落とした。
 その様子に苦笑しながら、ラディは少し責任を感じたのか話を続ける。

「でも、セラフィムを使い続ける理由ならあるにはあるぞ?」
「ぜひ!ぜひ聞かせてください!!」

 若干遠慮がちに話を続けたラディに胸倉を掴みかかろうとする勢いでシャーリーが食いつく。
 年頃の乙女にしては近すぎるその距離にラディは思わず顔を鷲掴みにし、席へと押し戻す。

「なんのことはない。セラフィムはオレのデバイスじゃない。“ある人”と交換したものなんだ」
「“ある人”……?誰ですか?」

 食事の手を休めて食いつく皆の顔を見回し、ラディは悪戯っぽくニヤリと笑う。
 もったいつけるように少し間を置き、ラディは口を開いた。

「嫁だ♪」
「「「「「嫁ぇっ!?」」」」」

 衝撃的な言葉に思わず全員の声が重なる。
 その反応に気をよくしたラディは、スバル達の言葉に何事かと聞き耳を立てる周りにも聞こえるように、少し声を大きくして話を続ける。

「たとえ互いにどれだけ離れていても、心はいつだって繋がっている。もしも互いのピンチの時に、駆けつけることができないとしても、力になれるように。そう、願いを込めて、自分のデバイスを交換し合ったんだ」
⦅だから私はラディのことをマスターと呼ばないんですよ。私のマスターはラディの嫁なので⦆
「そういうことだ。どうだ、羨ましいだろ?」

 自慢げに語るラディに、羨ましいだとか情熱的だとか、恋に恋する乙女たちから黄色い声が湧き上がる。
 しかしそこでなにかに気づいたのか、シャーリー。

「でも、ラディ君ってたしか13歳……未成年だよね」
「それがなにか?」
「法律的に結婚は――」
「それがなにか?」

 重要重大なはずの問題であるはずの年齢。それを一言で片づけながら、ラディはやれやれと子どもに言い聞かせるように愛を語る。

「いいですか、シャーリーさん」
「は、はい」
「戸籍を入れたから、夫婦になるんですか?」
「ふ、普通は」
「そうですそうです。違います」
「いや、違わないと思います」
「この人と一生ともに歩き続けると、楽しいこと嬉しいことを一緒に分かち合うと、辛いこと苦しいことを支え合って乗り越えていこうと、そう互いに思えたなら誓い合えたなら、それはもう、夫婦なんです」
「いやなんか少し違うような」
「入籍なんてただの手続き。やろうがやるまいが夫婦であることに関係はない」
「いやそれはおかしい」
「愛とは、心の声、魂の叫び。法律とか倫理とか社会常識とか、愛の前にはただのゴミ」
「いやそれは絶対おかしい」
「愛し合う二人を前にすればそんなもの、自然と膝をつくものですよ。というか跪け」
「そんなの絶対おかしいよ!!」
「黙れこの公僕、法律の買い犬め」
「局員!私たち管理局局員!そんなこと言っちゃダメ!」

 非常識(ラディ)常識(シャーリー)を鼻で笑い、常識(シャーリー)非常識(ラディ)をなんとか正しい道へと戻そうと奮闘する中、同じテーブルについてる四人は二人の話など欠片も聞いてはいなかった。
 四人の頭の中を占めているのはただ一つ。
 全長3m近く、総重量30kgオーバー。
 鬼か巨人かはたまた巨大ロボかなにかが使うのか。
 そんな巨大重量級デバイス、セラフィム。
 その“本当の持ち主”であるというラディの“嫁”とは一体、どんな人物なのか――具体的には、容姿とか身長とか体つきとか筋肉とか筋肉とか筋肉とか。 
 
 未だ姿見えぬ上司のロマンチストな雌ゴリr――発育のいい嫁に思いをはせる四人であった。



○●○●○●○●○●○



PM.23:50

 時間は飛び、日付が変わる時刻。
 誰もが疲れて眠りに就いている頃、海上に浮かぶ機動六課専用の訓練シュミレーター上に、ラディはいた。
 展開状態のセラフィムを肩に担ぎ、胡乱な目で雲の切れ端から覗く空を見上げていた。
 これから本日の訓練の仕上げを始めようかというときに彼らしくない集中力を欠いたその姿を見て、セラフィムは不思議に思い声を掛ける。

«ラディ、どうかしましたか?»

 セラフィムに声を掛けられ、ラディははっとしたように一度、二度、まばたきをし苦笑する。

「いや、なんでもない」
«なんでもないことはないでしょう»

 誤魔化すように苦笑するラディに即座にセラフィムは言い返す。
 ラディは驚いたように目を丸くするも、なんでもお見通しかと溜息を吐き、観念したように口を開いた。

「アイツから少し、“流れてきた”」
«……マスターは、どうでしたか?»

 一瞬の沈黙。ラディは苦笑を浮かべ、目を伏せた。

「退屈、らしい」
«……マスターらしいですね»
「……本当に」

 奇妙な二人の会話。
 だが、ラディとその嫁――セラフィムのマスターの関係を知っていればこれで正しいのだと理解することができる。。
 ラディが光の無い目でひび割れたアスファルトに視線を落とす理由も、セラフィムが微かな殺意をラディに向ける理由も含めて。

「――さて、おしゃべりはこれくらいにして、そろそろやるか」
«誰のせいだと思ってるんですか……»

 重い空気を断ち切るようにラディは顔を上げ、セラフィムを担ぎなおす。
 呆れたように溜息を吐きながらもセラフィムはそれに合わせ、スクリーン展開し、訓練メニューを設定する。
 数秒の後、ラディの前にただStartと書かれたスクリーンが展開され、彼は迷いなくスクリーンに手を重ねた。

 標的の種類、不明。数、不明。訓練内容、不明。終了条件、不明。

 訓練のカウントダウンが始まっているにもかかわらず、ラディはセラフィムに確認も質問もしない。
 セラフィムもまた、ラディに説明しない。
 なぜならこの訓練は、“そういうものなのだから”。

 敵勢戦力を把握し訓練内容を分析、終了条件を予測、断定する。
 それら全てを、交戦しながら行う。

 状況把握能力、戦況分析能力、判断力、そしてなによりも、相手(セラフィム)の心理を読みそれを利用する能力。
 それらを培うための訓練――それがラディが毎日行っている訓練の仕上げである。
 
 他人から見れば理解に苦しむ訓練。不必要な訓練。
 だがラディにはそうは思っていないらしい。冷めた瞳の奥底に昏く静かな闘志を宿し、いつでも動けるように腰を落とし臨戦態勢を取る。

「それじゃ、さっさと終わらせますか」
«できるものならどうぞ»

 挑戦的なラディの言葉にセラフィムもまた挑戦的に返し、そして――訓練が始まった。


 雲が流れ、星に囲まれ怪しく輝いていた月が雲に隠れる。
 影が色濃く落ちる廃棄都市区画を再現する訓練シュミレーター上、崩れたビルの合間を縫うように影が動き、標的を音も無く狩りとっていった。
 そして、再び月が夜空に戻った時にはもう、訓練は終了していた。

 終了条件、53機の標的を10分以内に見つけ出し、これを撃墜する。

 セラフィムが設定し、隠した条件を敵の動きやセラフィム自身の反応から看破し、そして数分で完遂した。 

 それだけでも十分に驚嘆に値することだ。 
 だが、それ以上に驚嘆すること――否、もはや異常なことは――



 ラディがそれを“デバイスを持たずに”行ったことだ。


 元地上本部首都防衛部所属、現機動六課ライトニング分隊副隊長、ラディオン・メイフィルス陸曹。
 彼は一体何者なのか。
 本当にただの、スパイなのか。

 少なくとも彼は、ただの陸曹ではない。
 
 それだけは、確かなことだった。



to be continued
 
 

 
後書き
長らく空けた後の更新話が日常回というのが不安ですが、みなさんお楽しみいただけたでしょうか。
楽しんで読んでいただけたのなら幸いです。

それではこれにて失礼いたします! 
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