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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十四話 明日への展望

帝国暦 487年8月23日  9:30 帝国軍 総旗艦ロキ エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


「司令長官の御判断を仰ぎたいのですが?」
「……」
俺はメルカッツの眠たそうに細められた目を見ながら彼の言った事について考えていた。

先行して追撃していたミッターマイヤー、ロイエンタールにメルカッツ、クレメンツ、ミュラー、ビッテンフェルトが追付いたのは三十分ほど前だった。そこで追撃を続行するか打ち切るかで提督たちの間で判断が分かれたようだ。

ミッターマイヤーが逆撃を喰らいかなり損害を受けたらしい。それもあって双璧は(まだこの世界では双璧とは呼ばれていないが)自分たちだけで追撃を行なうのは危険だと判断し、味方の集結を待った。

ただ彼らはこれ以上追撃をしても労に比して戦果はあまり上がらないと判断している。このあたりで追撃を打ち切るべきではないかという事らしい。

もっとも小部隊を先行させ敵との接触は続けさせている。追撃するのであれば相手に嫌がらせの攻撃を行い遅滞させる事は可能だとしている。

一方、追撃を主張したのは、ビッテンフェルト、クレメンツ、ミュラーだった。但し、彼らの追撃論は二つに分かれる。敵艦隊の殲滅論とイゼルローン要塞攻略論だ

敵艦隊の殲滅論を唱えたのはビッテンフェルトだ。とにかく追撃して少しでも敵を減らすべきだと言っている。彼の考えの根底にあるのは、いずれ帝国で起こるであろう内乱に同盟に介入されては堪らない。そのためにも敵戦力を少しでも減らそうと言う事らしい。

クレメンツ、ミュラーはイゼルローン要塞攻略論を唱えている。此処でイゼルローン要塞まで追撃を行なおうというのだ。今回のシャンタウ星域の会戦で予想以上に敵に損害を与えた。

このまま敵を追撃し、敵戦力を撃滅できればイゼルローン要塞を守る戦力は皆無に近い。イゼルローン要塞を落とせるのではないか? イゼルローン要塞を落とせば、内乱が起きてもそれほど同盟の介入を心配しなくても良い。

要するに彼らは作戦目的を変更すべきではないかと言っている。この会戦の目的は敵宇宙艦隊戦力の撃滅だったが、それはある程度実現した、これ以後はイゼルローン要塞攻略を視野に入れて追撃をすべきではないか……。

メルカッツが俺に連絡を入れてきたのも二人の意見が作戦目的の変更を求めるものだからだろう。彼の一存では決められない。ちなみに彼自身は双璧の意見に賛成のようだ。

追撃を続ければ当然イゼルローン要塞でもそれを把握するだろう。となればハイネセンに三個艦隊の増援を要請するはずだ、いや既に増援を要請した可能性も有る。

イゼルローン要塞とハイネセンの間は一ヶ月かからない。遠征軍の残存戦力に三個艦隊の増援が加われば防御側は五個艦隊近い戦力がイゼルローン要塞を守ることになる。

メルカッツ達の六個艦隊では落とせない可能性が高い。つまり増援が要るだろう。今、俺は別働隊の残存艦隊を率いてヴィーレンシュタイン星域に向かっている。

ラインハルトは残りの艦隊を取りまとめシャンタウ星域だ。イゼルローン要塞攻略なら全艦隊を動かす覚悟が要るだろう……。


「クレメンツ提督、ミュラー提督の意見も判りますが、イゼルローン要塞を攻略するとなれば全艦隊を動かす必要があるでしょう」
「小官もそう思います」

「となれば補給が問題になりますね……。補給が途切れれば今度はこちらが地獄を見ます。残念ですがそこまでの準備は出来ていません。今回はここまでにしましょう。メルカッツ提督、皆をまとめてシャンタウ星域に戻ってください。そちらで落ち合いましょう」
「はっ」

メルカッツとの通信が終わったあと、ラインハルトとの間に通信回線を開いた。追撃の打ち切りを伝え、シャンタウ星域での全軍集結を伝える。

俺がイゼルローン要塞攻略論を退けたのは補給だけがネックになったからではない。真の問題は皇帝フリードリヒ四世の寿命だ。

ヴィーレンシュタインからイゼルローン要塞まで約二十日はかかる。イゼルローン要塞からオーディンが四十日、戦闘を含めず往復だけで約二ヶ月はかかる計算だ。

今は八月の下旬だ。二ヵ月後といえば十月の下旬になる。原作ではフリードリヒ四世は十月に死んでいる。この世界でもフリードリヒ四世が十月に死ぬとは限らない。しかし無視は出来ない。

厄介なのはこの世界では、誰もが皇帝崩御は内戦の始まりだと見ている事だ。原作ではそのあたりは希薄だった。少なくとも皇帝崩御までそれを考えていた人間がどれだけいるか……。

そしてブラウンシュバイク公、俺はこの男が原作で語られるような愚物だとは思っていない。俺が見たブラウンシュバイク公は欠点はあるかもしれないが軽視して良い人物ではなかった。そうでなければアンスバッハがあそこまで付いていくはずが無い。

皇帝崩御、宇宙艦隊がオーディンに居ないとなればどう出るか。一応モルト、リューネブルクに押さえさせているが、先ず動く、動こうとすると見て間違いない。千載一遇の機会なのだ。

宇宙艦隊が遠くにいればいるほど彼らは動き易くなる。俺が敵をシャンタウ星域まで引き寄せたのも出来るだけオーディンの近くで戦いたかったからだ。その方がブラウンシュバイク公たちを抑えやすい。

更に言えばシャンタウ星域からリッテンハイム、ブラウンシュバイク星系は遠くない。いざとなればそちらを制圧、あるいは威圧し牽制するという手もある。

国内に不安を抱えていては全軍を挙げての大規模な外征は出来ない。やはり国内問題の解決を最優先で行う必要があるだろう。つまりこの世界でもリップシュタット戦役が必要だということだ

エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク、サビーネ・フォン・リッテンハイムを恐ろしいとは思わない。恐ろしいのは彼女たちの後ろに強大な外戚が居る事、彼らに与する貴族たちが居る事だ。

たとえエルウィン・ヨーゼフの即位を認めたとしても彼らは常に潜在的な敵としてあり続けるだろう。隙有らば権力奪取を図るに違いない。彼らの存在そのものが帝国の不安定要因になっているのだ。

彼らを排除する。だが皇帝は本当に十月に死ぬのだろうか? 死ぬのであれば、内乱に持っていく事はそれほど難しくない。

しかし、もし死なないのであればどうするか、長生きするようであれば何らかの方法で彼等を暴発させなければならない。そうでなければ同盟が戦力を回復し、内乱に介入しようとするだろう。どうすれば良いか……。



自由惑星同盟には今回大きな打撃を与えた。おそらく逃げ帰れたのは二個艦隊強、三個艦隊未満だろう。人材面でもモートン、パエッタが戦死、クブルスリー、ホーウッド、アップルトンが捕虜になった。

国内は激震するに違いない。同盟政府、軍首脳部がどう変わるか。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官には誰がなるのか、ヤン・ウェンリーの処遇はどうなるのか? 

フェザーンも十分帝国の恐ろしさを知ったはずだ。そして今回の同盟の敗北、ルビンスキーは何を考えるか、どう動こうとするか。

同盟、フェザーンの動きを見極める必要がある。特にフェザーンだ、原作とはかなり乖離が出ている。注意が必要だ。幸い判断する材料が無いわけじゃない。先ずはそこからだろう。


帝国暦 487年8月23日 10:00 帝国軍 総旗艦ロキ ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ 


艦橋は明るい声に溢れている。帝国軍は大勝利を収めた。これほどの大勝利は過去に例が無いだろう。艦隊はシャンタウ星域で集合した後、オーディンに戻る事になった。

皆が喜んでいるなか、ヴァレンシュタイン司令長官と私だけがその中に入っていけずにいる。私は仕方ない、しかしヴァレンシュタイン司令長官は一人静かに考え事をしている。

何時も思うのだけど、司令長官ぐらい冷静沈着という言葉が似合う人は居ない。どんなときでも喜びを爆発させる、感情的になるという事が無い。今回の戦いでは僅かに苛立ちを見せたけどあんな事は本当に珍しいことだ。

司令長官は何を考えているのだろう? 次の戦いの事だろうか? 相手は同盟? それともフェザーン? そんなに根をつめて大丈夫なのだろうか? 私の視線に気付いたのだろう、司令長官が声をかけてきた。

「どうしました、少佐」
「いえ、何をお考えですか?」
「……他人に言えるようなことじゃありませんよ。勝つ事ばかり考えると人間は際限なく卑しくなるというのは本当ですね」

司令長官は照れたような表情をすると恥ずかしそうに笑った。柄にも無い事を言ったと思ったのだろうか。

「そんな悪いことを考えていらっしゃったのですか?」
「ひどいことを言いますね、少佐は。少しは慰めようとは考えないんですか」

「考えません。閣下の副官になってもう二年です。閣下がどういう方か良くわかっています」
「私も少佐がどういう性格か分っていますよ」

そう言うと司令長官は軽やかに笑い声を上げて、ココアを淹れて欲しいと頼んできた。全く可愛げが無い。もう少し可愛げが有れば本当に可愛いのに。


宇宙暦796年8月24日   6:00  第十三艦隊旗艦ヒューベリオン ヤン・ウェンリー


どうやら帝国軍を振り切ったらしい。あの輸送艦を使った戦闘が最後の戦闘になった。それにしてもグリーンヒル総参謀長も面白い作戦を考えるものだ。どの道、輸送艦は救えない、それならいっそと言う事か。

おかげで何とか逃げ切る事が出来た。艦橋内にもようやく落ち着いた雰囲気が漂っている。皆生きて帰れるのが嬉しいのだろう。表情にも笑みが浮かんでいる乗組員が多い。

今回の戦いで、同盟軍は大きな損害を受けた。五個艦隊が全滅、残りの四個艦隊も三万隻がやっとだ。二個艦隊分でしかない。損傷率は七割を超えた。未帰還者は一千万に達するだろう。これが同盟にどんな影響を及ぼすのか、想像もつかない。

今回の戦いで撤退できたのはビュコック艦隊が約一万隻、ウランフ艦隊が約七千隻、ボロディン艦隊が約五千隻、私の艦隊が約八千隻だ。

これと、本国で待機していた三個艦隊で同盟を守る事になる。嫌でもイゼルローン要塞を中心とした防衛戦に徹さざるを得ないだろう。問題はフェザーンだ。

フェザーンが同盟よりの行動を取るか、帝国よりの行動を取るかで同盟の命運は決まるだろう。そのあたりの見極めが重要になる。次の本部長と司令長官には認識してもらいたいものだ。

今回の遠征で同盟が得るものがあったとしたら、ヴァレンシュタイン司令長官の恐ろしさを誰もが認識した事、宇宙艦隊司令部の無責任な連中と無責任な政治家が居なくなる事だろう。

情けない話だが、それくらいしか得るものが無い。いや、一番大事なものを同盟は得たのか。それが無かったからこんな馬鹿げた戦争が起きた。

ヴァレンシュタイン司令長官は何を望んでいるのだろう。今回の戦いで彼の影響力は今まで以上に強くなるはずだ。彼はまだ若い。その彼がこの先望むものは一体なんだろう。地位? 名誉? 権力? 一度しか会っていないがそんなものを望むようにも見えなかった。だとすると……理想?

 
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