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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十二話 シャンタウ星域の会戦 (その4)

帝国暦 487年8月19日  3:00 帝国軍総旗艦ロキ ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ 


目の前で同盟軍が次々と打ち砕かれていく。至る所で光球が生じ閃光が走る。同盟軍の左翼は断末魔に喘いでいる。既に最左翼の第二艦隊はパエッタ中将が戦死したことで組織的な抵抗が出来なくなってしまった。

同盟軍の第一、第四、第七、第八の四個艦隊は艦隊の一部を帝国軍別働隊に当て耐えている。しかし戦力差はどうしようもない。このまま行けば磨り潰されるのは時間の問題だ。

艦橋の雰囲気は明るい。幕僚達も味方が同盟軍を攻撃している様子を時に感嘆の声をあげ称賛している。今皆が称賛しているのはビッテンフェルト提督だ。

攻撃開始早々にルッツ、ケスラーの両提督と共にパエッタ提督を戦死させ第二艦隊を烏合の衆にしてしまった。見事と言わざるを得ない。しかし、幕僚の中で私だけがそれを素直に称賛できずにいる。

来るべきではなかったか……。いや、私は此処にいなければならない……。帝国に亡命したとはいえ、同盟を憎んでいるわけではない。今でも同盟で過ごした日々の記憶は美しい思い出になっている。

あそこで死んでいく人の中には、思い出を一緒に作った人もいるに違いない……。オーディンを出撃する前、ヴァレンシュタイン司令長官は私にオーディンに留まるように勧めた。この会戦が始まる前にも部屋で休むようにと言った。

でも私はそれを断った。私は司令長官についていくと決めたのだ。戦場についていけない副官など何の意味があるのだろう。今でも自分は正しい選択をしたと思っている。しかし、それがこんなにも辛いとは……。

時々ヴァレンシュタイン司令長官が私を気遣わしげに見る。心配しているのだろう、その心遣いを嬉しく思いつつも何処かで煩わしく思ってしまう自分が居る。そんな自分がたまらなく嫌だ、でも司令長官が私を気遣う余裕を持つ程、戦況は帝国軍に有利だ。

「敵右翼、攻勢を強めます!」
オペレータの緊張した声が艦橋に響く。同盟軍の右翼が帝国軍を攻撃している。凄まじい勢いだ。帝国軍の左翼を突破しようとしている。そのまま逃げるつもりだろうか?

幕僚達の間でも心配そうな声が出る。“大丈夫か?”、“敵は死に物狂いだ”等だ。言葉を発するたびに、皆司令長官に物問たげな視線を送っている。

「さすがにしぶといですね。先に右翼を潰すべきでしたか」
提督席で司令長官が苦笑交じりの声を出した。その声が、幕僚達の不安を鎮める。でも声の穏やかさとは裏腹にヴァレンシュタイン司令長官の手が強く握り締められているのが私には見えた。

怒っている、司令長官は間違いなく怒っている。敵に? それとも自分? 両方だろうか

司令長官はしばらくスクリーンと戦術コンピュータが表す擬似戦場モデルを見ていたが、一つ頷くと
「ローエングラム伯との間に通信を開いてください」
と言った。

スクリーンにローエングラム伯が現れると司令長官は立ち上がり穏やかに話し始めた。
「なかなかしぶといですね」
「確かに」

ローエングラム伯も苦笑交じりに答える。彼にとっても同盟軍の攻勢は予想外のものなのかもしれない。
「ビッテンフェルト提督を引き抜こうと思いますが」

「右翼に当てるのですね」
ヴァレンシュタイン司令長官の言葉にローエングラム伯が頷きつつ答えた。

「そうです」
「では、ルッツ提督にその穴を埋めさせましょう。彼を側面に回らせます」

「そうしてもらえますか。しかし、なかなか網を手繰り寄せると言うわけにはいかないですね」
「確かに。なかなかしぶとい」

二人は苦笑すると敬礼を交わして通信を切った。司令長官はローエングラム伯との通信が終わると、ビッテンフェルト、ファーレンハイト提督との間に通信を開くように命じた。

「ビッテンフェルト提督、直ちに艦隊を右翼へ回してください」
「右翼へですか」
ビッテンフェルト提督が訝しげに反問する。

「さすがに反乱軍でも精鋭部隊です。一筋縄ではいきませんが、この辺りで終わらせようと思います。それをビッテンフェルト提督にお願いしたい」
「はっ」

ヴァレンシュタイン司令長官の言葉にビッテンフェルト提督は力強く答えた。自分が同盟の反撃を打ち砕く、勝利を決定付ける、そう思ったのだろう。顔を紅潮させている。

「ビッテンフェルト提督が抜けた後はファーレンハイト提督とルッツ提督でお願いします。ルッツ提督は側面に回ることになっています。ファーレンハイト提督はルッツ提督と協力して敵を包囲してください」
「はっ。承知しました」

命令を出し終えると司令長官は提督席にゆったりと体を沈めた。一つ大きく息を吐くと小さな声で呟いた。
「ヤン・ウェンリー、アムリッツァのようにはさせない」

ヤン・ウェンリー? アムリッツア? 一体何のことだろう。不思議に思って司令長官を見たが、司令長官は何も言わない。あるいは自分が呟いたことさえ気付いていないのかもしれない。

帝国軍が動き始めた。ルッツ艦隊が少しずつ艦隊を側面に移動させ、それに呼応すかのごとくビッテンフェルト艦隊が少しずつ艦隊を後退させていく。そしてファーレンハイト艦隊がビッテンフェルト艦隊の穴を埋めるかのように艦隊を左に伸ばす。

同盟軍第二艦隊の残存部隊はこれまでの前後からの攻撃に加え側面からも攻撃を受ける事になった。壊滅するのも時間の問題だろう……。



帝国暦 487年8月19日  4:00 帝国軍 ミュラー艦隊旗艦 バイロイト ナイトハルト・ミュラー 


敵は少しずつ後退を始めている。敵ながら天晴れとしか言いようが無い。俺は敵の第十二艦隊に攻撃をかけるが相手はそれをあしらいながら後退していく。

拙いな。クレメンツ提督もメルカッツ提督も進む事が出来ない。このまま後退を許してしまえば、敵は別働隊の後ろに回る行動を取るだろう。挟撃体勢が崩れかねない。

思い切って攻撃を仕掛けるか……。駄目だ、敵を多少は足止めできるが損害も馬鹿にならない、どうしたものか。そんな俺の葛藤を吹き飛ばしたのはオペレータの歓喜に満ちた声だった。

「別働隊が来援に来ました! ビッテンフェルト艦隊です!」
ビッテンフェルト提督の攻撃とともに第十二艦隊は崩れ始めた。側面に火球が次々と浮き上がる。

「全艦に命令、前進し攻撃せよ。ビッテンフェルト提督に遅れるな!」
第十二艦隊を潰してしまえばクレメンツ提督も前進して攻撃できる! そのまま敵の右翼を順に潰していけば良い。

艦隊が前進し第十二艦隊に攻撃を開始する。敵が崩れる、勝った、そう思った瞬間だった。自分の艦隊が隊形を崩している、どういうことだ? 一体何が起きた?
「敵が攻撃してきます」

オペレータの声に愕然として問い返す。
「敵? どういうことだ?」
「敵の第四艦隊です、第十二艦隊の隣に居た……」
信じられないと言った口調でオペレータが答える。

スクリーンを見る。確かにこちらを攻撃している。しかも、前面の敵、後方の敵を投げ打ってこちらを攻撃している。

「馬鹿な……、全滅する気か?」
隣でドレウェンツ中尉が呻く様に言葉を出す。

同感だ、前方にローエングラム伯、後方にレンネンカンプ、その二人を相手にしているのにこちらに攻撃をかけてきた。第十二艦隊を逃がすためか、それが右翼の味方を逃がす事になるからか?

「艦列を整えろ、装甲の厚い戦艦を外側に、弱い砲艦、ミサイル艦を内側に、先ず右の敵を潰すぞ!」
三方から攻める! 急がなくては、前面の敵が態勢を立て直してしまう。こんなところで時間を取られるわけにはいかない。


宇宙暦796年8月19日   4:00 第五艦隊旗艦リオ・グランデ アレクサンドル・ビュコック


前方から攻め寄せる敵に対し迎撃命令を出しながら、崩れかける第一二艦隊の姿にわしは絶望感に囚われていた。ボロディンが崩れれば凹陣は成り立たん。前面の敵は怯む事無く攻撃をかけてくるじゃろう。

このままでは敵を振り切れない。一番嫌なタイミングで敵の増援が来た。これまでか、結局此処で死ぬ事になるのか……。

諦めかけていたわしの目の前で、正面から第十二艦隊に攻め寄せる敵に対しモートン提督の第四艦隊が猛烈な攻撃をかけ始めた。

前後から攻撃してくる敵を無視して右側面をすり抜けようとする敵艦隊を第四艦隊が攻撃する。馬鹿な、モートン提督、死ぬ気か?

「閣下、モートン提督から通信です」
オペレータの声とともにスクリーンにモートン提督が映る。敬礼を交わすとモートン提督が話しかけてきた。

「ビュコック提督、小官が敵を足止めします」
「モートン提督……」
穏やかで朗らかな声だった。戦況はとてもそんな声が出せる状況ではなかろう。それなのに……。

「このままでは、同盟軍は全滅しかねません。小官が敵を食い止めている間に何とかボロディン提督を助け撤退していただきたい」
「すまぬ、モートン提督」

「気にしないでください。まあ大将になるのは先を越されましたが、元帥は小官のほうが先ですな」
「……」

「後を頼みますぞ、ビュコック提督」
「……分った」
互いに敬礼し、通信を切った。彼の犠牲を無駄には出来ん。

「第四分艦隊に命令、第十二艦隊を攻撃している艦隊の側面を突け」
「はっ」
オペレータが命令を伝える。第四分艦隊が敵を牽制してくれれば後はボロディンの事じゃ、自分で何とかするじゃろう。

スクリーンを見ると第四艦隊が三方から猛攻を受けている。長くは持たん。彼が持ちこたえてくれている間にボロディンを助け撤退する。別働隊がこちらへ来た以上、もう左翼を助けている暇は無い。無情なようじゃが、今は逃げる事を、生き残ることを優先せざるをえん。

わしらは死ねん。絶対に生きてモートン提督の犠牲に応えなくてはならん。これからの撤退はおそらく地獄の苦しみじゃろう。戦死したほうが楽かもしれん。それでもわしらは死ぬことが出来ん。モートン提督に後を頼まれたのじゃから……。



 
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