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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第2章 憎愛のオペレッタ  2024/08 
  11話 誰かの残り香

「いやぁ、ホントに済まんね。お忙しいところ無理に来てもらっちゃってさー」
「済まないと思うなら、自分で動いたらどうだ?」


 机に上体をもたげさせる赤ジャージ《ローゼリンデ》の減らず口を受け流しながら、所定の位置に荷物を運び込む。生憎と家具系アイテムは任意の位置にオブジェクト化させるにはそれなりにコツがあり、直近の地点に仮置きしてから直接動かして微調整するしか手段がないのだ。一発で収まれば、それに越したことはないのだが、残念ながらホームを所有するプレイヤーも少数であり、そう何度も買い替えることのない財産の内装に関わるテクに精通したプレイヤーはほぼ存在しないのが現状と言える。

 そして、俺が何故こうして家具を家屋に運び込んでいるのか。
 その理由は実にシンプル。ローゼリンデが店舗兼住居として購入した四十八層主街区の物件、その内装整備に駆り出された次第だ。しかし、先の遣り取りの通り、店主は一切やる気がない。分厚い一枚板のカウンターテーブルにだらけては、猫か何かのように板が内に秘められた冷たさを以て涼をとる有り様だ。正直、だらしなくて情けなくなってくる。


「えぇ~? こんな暑くてしんどいのにそんなコト言っちゃうの~? リンたん、ちっとお姉さんに冷たくなーい?」
「そうだよ、少しくらい休むのも大切なんだよ?」
「リンさん、あまり短気になってもつまらないだけですよ」


 ローゼリンデの言い分に、ヒヨリとティルネルも同調する。
 女性同士に感じ入る何かがあるのだろう。数的不利ではあるが、それでも俺は間違ってないことを信じたい。


「暑いのは俺だって同じだ。ふざけたこと言ってると張っ倒すぞ」
「んぅ? これはもしや………お姉さん達、押し倒されちゃうのかにゃん?」
「そうか、良く解ったよ。仕事をサボってるお前達全員、膝と掌底と踵、好きな方を選ばせてやろう」


 流石に冗談で遇するのも難しくなってきたので軽く脅すと、俺以外の全員が立ち上がって整列する。
 しかし、既に全ての家具は所定の地点に設置済み。内装はほぼ整ってしまっている。今更、やる気を出したところで何が出来るわけでもないのだが。

 ………と、内心で不満を燻らせているとドアの開閉を報せるようにベルが涼やかな金属音を奏でる。
 現れたのはローブを目深に被った小柄なプレイヤー。鼠の通称で親しまれるアインクラッド最古参の情報屋だった。


「ロゼ姉、いるカ?」
「アルゴさんだ! 久しぶりだね!」
「なんだ、ヒヨリちゃん達もいたのカ」
「お、アルゴっち。よく来たねー、お姉さん嬉しいよー」
「いや、流石に預けてる装備を素材にバラすなんて脅されたラ………」
「こまかいことは言いっこナシだってー。ささ、お茶が冷えてますぜぇ旦那!」


 言いつつ、ローゼリンデはガラスらしき素材で出来たポットを氷で満たし、茶葉を多めに入れて運び込む。時間を置いてゆっくり解けるということはなく、既に全て溶解した琥珀色の液体をグラスに注いではバーカウンターに置き、着席を催促するように天板を数度叩く。こうしてみると、お針子なのかカフェなのか判然としない時が多々あるが、茶はあくまでもサービスの一環なのだとか。味や見た目のような品質は明らかに凝っていて、挙句にはカクテルまで出せると豪語するほどだ。これほどの高い意識を持ちながら、本人は自作した赤ジャージという体たらく。日常生活にも本気を出してもらいたいものだと思ってしまうのは俺だけではないだろう。
 しかし、現状におけるアルゴの立場からしてみれば、論点はずれるだろう。当人は苦虫を噛み潰したような、何かを激しく後悔するような表情で俺の顔を見上げている。


「………リンちゃん………この胡散臭い接待、なんかキナ臭くないカ?」
「良くて慈善事業ってところか」
「オイラにも色々入り用ってのがあるんだけどナー………」


 半ば感情の籠っていない悲鳴を受けつつ、アルゴは言われるがままに、その小さい背中を哀愁で更に小さくしつつ席につく。
 ローゼリンデの欲しがるような情報と言えば、差し詰め開店セールに当たっての目玉商品になるようなレア素材の所在か、はたまた裁縫スキルの専用アイテムをハイグレード品に交換するためのクエストか。一見すると、俺に丸投げされそうな上に目的の品を現地調達させられそうな、そんな不安が脳裏を過ってしまう。
 そう思うと、西洋の古民家調な内装の縫製店の筈なのに、突如として魔窟と化したように感じてしまう。ただでさえ今日はダンジョン攻略を取り止めた休日なのだ。訳の分からない理由でこれ以上時間を取られても困る。そそくさとこの場を後にしようと出入口に向けて歩を進めようとすると………


「燐ちゃん、どこ行くの?」


 ………不思議そうに首を傾げたヒヨリに、袖を掴まれて動きを封じられてしまった。


「………その、お祝いの品っての? ちょっと買ってこようかなと」
「良いよ良いよ、そんなの気にしなくて~。これからウチの方でお願いすることなんだしさ」


 カウンター越しのローゼリンデの言葉で既に逃げ道を失ったことを悟り、アルゴの隣に差し出されたグラスを添えられた席に促される。ヒヨリとティルネルのぶんまで冷茶が用意され、呼ばれた全員が席に座ると、ローゼリンデは満面の笑みで言葉を繋げた。


「というワケで、アルゴっちには次の攻略本でお店の宣伝やってもらいたいってことで。そこらへん諸々たのんだぜ!」
「………え、それだけなのカ?」
「うん、そんだけよー………ってか、なーんかお姉さんの頼み事が嫌そうだったからプレッシャー掛けてみただけよん?」
「だってアンタ、自分で行きたくないからってクエとかアイテム入手とか全部押し付けるだろうが………」
「ありゃ、そだっけ? ま、とりあえず………こまかいことは言いっこナシだぜ!」


 色々とうやむやにされたものの、要求のハードルが下がったことは喜ばしい。家具の設置に目を瞑れば俺に関する依頼もなかったからこそ尚のこと喜ばしい限りだ。


「ま、お願い事はこれで一つ済んだとして、もう一つはお姉さんからキミ達への注意喚起ね」


 前置きを残し、ローゼリンデは奥の作業台の上に畳んで置いてあった女性用の衣服を手に取ってカウンターに置いた。白いブラウスに赤いタイが添えられた、どこか単調な衣服。それから手を離すと、顔からふざけた笑みを排し、何時になく真剣な面持ちを作る。


「これね、二ヵ月前に依頼された品なんだけどさ、お客さんが取りに来ないんだよね。どうしてか解る人ー?」


 唐突に切り出されたものの、返答に困る内容だった。
 よくクリーニング店では預けられた服を取りに来ないままずっと手元に置かされるなんて話があると聞いたことがあるけれど、それと同じことがこのSAOでも起きるのだろうか。だとしたら、こうした生産系プレイヤーには痛手になりそうだ。とくに、オーダーメイドでは先に代金を見積もることが難しい。素材の相場は《ドロップ率》や《当該モンスターの湧出率》というシステム的か或いは確率的な要因と、《素材の有用性》や《その時における需要の度合》というプレイヤー側のニーズによっていくらでも変動する。ずっと安値だったアイテムの使い勝手の良さが爆発的に広まった結果、価格が十数倍に膨れ上がったという例だって存在する。カウンターに乗るそれがどれほどの価値なのかは俺の知るところではないが、そういった背景を鑑みると、かなり悪質な案件のように見えてくる。
 だが、ローゼリンデは丁寧に畳んだ衣服を一撫でして、予想外の言葉を以て答え合わせとした。


「これね、実は《お客さんが死んじゃった》から誰も取りに来れない商品なのよん」
「お前、じゃあ………これは………」
「そ、これが注意喚起………リンたんは優しいからお姉さんのこと心配してくれてたんだろうけどね、これじゃ恨み言も言えんのよ。いやぁ困った困った」


 確かに、恨み言も言えたものではないだろう。
 見たところ、防具としての性能は一切期待できないような脆弱な装備――――つまるところ、普段着かおしゃれの為の晴れ着というところか。その類は言わずもがな嗜好品であって、このデスゲームにおいてはある程度の精神的な余裕がなくては得られない代物だ。つまり、これを手にしようとした何某かは、死の恐怖を乗り越えたか、或いは何かしらの幸福を見出したか。だとしたら、これは慢心を諌める教訓だとでも言うのだろうか。


「その人、どうして………その………死んじゃったの?」


 そして、ヒヨリは意を決したように一気に話の核心に踏み込んだ。
 ローゼリンデは大きく息を吐くと、ゆっくりと語り出す。


「それがね、どうも人為的だったみたいなんよ。そこまで高い層で狩りをするような子じゃなかったんだけど………そん時は《笑う棺桶(ラフコフ)》がうろついてたらしくてね。その子の他にも何人かが襲われちゃったんだってさ。で、その何人かの中に、これを着る筈だった女の子も一緒に………ってワケ」
「恋人同士、ってやつか?」
「ま、そんなとこだったかな? お姉さんとしては全力で支えてやりたいような青春真っ盛りな少年少女だったんだけど………こうなっちゃうとねぇ」
「確かに、どうしようもない話だな」


 何というか、救いのない話だ。
 この世界では誰かが何処かで死ぬのは避けられないところがある。どこまでリスク管理に徹底しようとも、ほんの些細なきっかけで盤石の準備が一瞬のうちに瓦解することだって大いに起こり得る。それでも、そんな悲劇を人為的に起こす悪意には、如何なる備えさえも無為に終わってしまうのだろうか。
 自分達の快楽の為だけに誰かを殺せる彼等を、糾弾する権利は俺に与えられないだろうが、それでも相容れないが故の嫌悪感はある。何の理由もなく他者の命を一方的に奪う行為を、俺は善しとはしていない。


「………はい、ということでこのお話は終わり! 最近は危ない人が多いから気を付けてねーってだけだからさ、そんなしんみりしないでよね?」


 そう宣い、無理矢理空気を換えようとする赤ジャージのぎこちなく奮闘する。
 こんな開店初日の晴れの日に暗い話をわざわざ切り出したのだって、ローゼリンデなりの想いがあったことだろう。注文の品を取りに戻ってくるはずの客が、オーダーしたっきりで死亡するというのは、商売人としても辛かったはずだ。
 そのブラウスをプレゼントされて喜ぶはずだった誰かがいて、その姿を見て喜ぶ誰かがいて、そして、ローゼリンデだってその二人を祝福する筈だったのだから。


「善処する」
「ふむ、リンたんの《善処》は大体が全力投球だもんね。信用しとくかんねー?」


 言われた通り、妥協するつもりは毛頭ない。
 自分の生存の為に、友人の生存の為に、俺は何を犠牲にしようと出し惜しみをすることはないだろう。
 それでも、断言するような無責任な真似など出来よう筈もない。
 そんな思考が漏れたように、誰にも聞かれないような囁きが零れる。


「生きるか死ぬかなんて、その時になるまでどうにもならないだろだろうに」 
 

 
後書き
日常(ちょい暗め)回。


この時期がSAOでは重要な出来事があるということで、その事件を連想させる導入部分的なお話を書かせていただきました。
ついでに、ローゼリンデのお客さんのことを気に掛けているというスタンスも描けていればと思います。この赤ジャージ、一応は人の心配も出来る程度にはマトモです。

そして、久々登場のアルゴさん。
黒の幻影では何気に手玉に取られることの多い彼女ですが、赤ジャージの干物姉にさえこの始末。
この作品の善人枠なんで、多少はね?


ということで、次回の更新も一週間おきくらいのペースで公開出来ればと思います。



ではまたノシ 
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