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ダンディズム

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1部分:第一章


第一章

                      ダンディズム
 篠原孝宏は細い目に一文字の薄い眉、そしてやや茶色がかった長い髪を持つ青年だ。顔は白く面長である。顎が少し目立ち頬はこけている。
 その彼は社内ではだ。あくまでそこそこだと言われていた。容姿的にはだ。
 もっと言えば仕事もそこそこだ。しかしその彼にだ。
 直接の上司である課長がだ。こんなことを告げたのである。
「お見合いですか」
「そうだ。君もそういう歳だろ」
「って大学出てまだ二年ですけれど」
「じゃあ二十四か」
「一浪してるから二十五です」
「なら余計にいい」
 歳を取っていれば取っているだけだと。課長は言った。
 そうしてだ。あらためて彼にこう告げた。
「男も二十五になれば人生の暁だ」
「二十五になればですか」
「日本駄右衛門はそう言っているぞ」
 歌舞伎の白波五人男だ。また随分と江戸っ子な趣味だ。
「だからだ。見合いをするんだ」
「相手は誰ですか?」
「部長の末の娘さんだ」
 彼等の上司のだ。その部長のだというのだ。
「その人とお見合いをしてもらう」
「えっ、部長のですか」
「何か不都合があるか?」
「確か課長ってあれですよね」
 孝宏は怪訝そのものの顔になって課長に言葉を返した。
「奥さん部長の」
「妹だがな」
「で、係長は部長の一番上の娘さんの御主人で」
「君の先輩の主任の彼はだな」
「二番目の娘さんの御主人で」
 そしてだった。
「で、三番目の。その末の」
「君とお見合いをするんだ」
「何か滅茶苦茶縁組なんですけれど」
「いいじゃないか。我が八条グループはグループ全体が家族なんだ」
 松下方式でだ。そうした考えなのだ。
「そうだろ?この八条製菓もな」
「確かに社内融和がモットーですけれど」
「家族になれば皆仲良くなれる」
 課長は笑って孝宏に言う。
「どうだ?奇麗で性格もいい娘だしな」
 自分の姪でもある彼女のことをだ。課長は笑いながら勧める。
「悪い話じゃないぞ」
「じゃあとにかくですね」
「そうだ。まずは見合いをするんだ」 
 課長は笑顔のままだった。そのうえでの言葉だった。
「全てはそれからだ」
「わかりました」
 こうして強引にだ。あくまでそこそこの彼はその部長の末娘であり課長の姪であり係長と主任の義理の妹である彼女、松坂英美里と見合いすることになった。しかしだ。
 この見合いの結果は最初から決まっていた。孝宏も思っていた通りだ。彼は彼女と結婚してだ。二人で暮らすようになったのである、その彼にだ。
 課長はだ。やはり笑ってこう言うのだった。
「よし、これで第一歩だな」
「人生のですね」
「そうだ。第一歩だ」
 そこに立ったというのである。
「君もこれから大きく変わるぞ」
「確かに。二人になりましたからね」
 そのことについては孝宏も言う。
「結婚してから人は変わるっていいますし」
「いやいや、それだけじゃない」
 課長は余裕のある、人生の先輩としてだ。彼に話すのだった。
 
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