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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百十話

「彼女の……言った通りだ」

 フードを被ったプレイヤーキラー集団のリーダー、グウェンから語られた衝撃の言葉に、ルクスは顔を伏せながら俺たちに語った。かの浮遊城で最悪のギルドとして名を馳せた、あの《笑う棺桶》についてのことを。

「私は、《笑う棺桶》の一員だった」

 あの浮遊城のとあるフィールドにて、ルクスはあの《笑う棺桶》の連中に命を狙われた。ただし幸運にも殺されることはなく、町に入ることの出来るスパイのようなメンバーとして、強制的にドクロの刺青を書かせられたと。

「でもギルド加入申請には、自分で肯定の返事を出した」

 死ぬか《笑う棺桶》の一員となるか。その二択を迫られたルクスは、ギルドに加入することを選んだ。犯罪を侵したプレイヤーは街に入ることは出来ない、というアインクラッドの仕様から、ルクスのようなスパイは活動には不可欠だったのだろう。

「それからは色々やったよ」

 効率のいい狩場の提供、大手ギルドの動向を探る、食料やアイテムの入手――あの殺人ギルドを支えるような、様々な真似をしていたのだと。裏方に徹する必要があったために、対人戦などには駆り出されなかったようだが……それでもあの殺人ギルドの片棒を担いでたのは確かだよ、とルクスは自嘲しながら語った。

「そんな時あったのが、彼女――グウェンだった」

 くの一のようにも見える露出度の高い和装を纏った、ツインテールの彼女もまた、あの浮遊城からの帰還者。彼女は正確には《笑う棺桶》という訳ではなく、《笑う棺桶》に吸収合併されたオレンジギルドの下部組織の一員であり、《笑う棺桶》に金品を上納したりしていたそうだ。その上納品の管理などをしていたのはルクスであり、そこで彼女と仲良くなったとのことで、たまに一緒にクエストに行っていたらしい。

「彼女もオレンジプレイヤーだったけど……そんなことも気づかないくらい、私の神経も磨り減っていたのかも知れない」

 でも確かに友達だった――と、懐かしそうにルクスは語る。その友人がどうして、浮遊城が終わったにもかかわらず、あのような形でルクスの前に立ちはだかるのか。

「でも、私はグウェンを裏切った」

 しかしてそんな歪な友情の日は続く筈もなく、《笑う棺桶》にかの血盟騎士団が攻撃を仕掛けると、その前線基地にいたプレイヤーの大多数は捕縛された。それはオレンジプレイヤーのグウェンも例外ではなかったが、オレンジプレイヤーではなかったルクスは、さらわれてきたプレイヤーとして処理された。グウェンはその場からは逃げ出したらしいが、一度マークされてはそう逃げられることはないだろう。裏切った友人が牢獄に送られることとなったルクスと、そんな彼女を見ていたグウェン。どうあがいても二人の溝は埋まらない。

「……すまない。今日はもう落ちるよ」

 二人の再会が穏やかになるはずもなく、神経をすり減らしたルクスがそう語り終えたところで、その日は解散となった。実際に人を殺めてはいないとはいえ、あの《笑う棺桶》に思うところがない訳ではない俺たちは、ルクスに誰も何も言うことが出来ずに。

 ――ルクスは、俺たちの前から姿を消した。


「ルクスさん……学校にも来ませんでしたね……」

 リズベット武具店出張所。先日のライブに居合わせなかったメンバーにも、ルクスの話は広まっており、SAO帰還者学校にも来なかったルクスに、シリカがどうしようもなくため息をついた。

「メールも返答ないし……」

「……そもそもログインしてないみたいだしねぇ」

 リーファにリズも店内に居合わせていたが、どうにもこうにも空気は重い。普段なら、エギルの店のメニューを総ナメでもするか、どこかクエストにでも行っているところだったが、流石にそんな気分にはなれなかった。

「ルクスが連絡を取りたがってないんだ、あっちから話してくれるまでは……仕方ないだろ」

「それは……分かってます、けど」

 かく言う俺も手持ちぶさたで武器の手入れなどしていたが、やはりどうにもこうにも集中出来ずに。武器をストレージにしまい込みながらシリカをたしなめたが、どうにも納得できないような表情を隠さない。傍らに控えるピナもどことなく元気がなく、机の上にその翼を丸めている。

「……ルクス、いる?」

 店内にそんなやるせない雰囲気が漂っている中、遠慮がちに出張所の扉が開いた。その小柄な闇妖精――ユウキから問われた質問に、首を横に振ることで答える。彼女も薄々いないことは分かっていたのだろうが、目に見えて気落ちしながらも、店内に入って近くの席に着く。

「もしかしたら、って思ってたけど、みんな本当にあのゲームの人たちだったんだね」

「わ、私は違うけど……」

「……隠してて悪かった」

 ルクスの元《笑う棺桶》の話に関連して、スリーピング・ナイツの面々にも、SAO生還者だということは知れた。薄々は感づいていただろうし、特に隠していた訳ではなかったけれど。少しバツが悪くてリーファの訂正とともに、小さく頭を下げて謝罪する。

「う、ううん。ボクが逆の立場だったら……その、言わないだろうし。気にすることないよ」

 逆の立場――というところで少し言いよどみながらも、ユウキは特に気にしていないように語る。その表情には微笑みが浮かんでいたものの、すぐにかき消えてしまう。

「ルクスが心配。ルクスがいなかったら、ボクたち、こうして一緒に話してないんだもん」

 ルクスがおらず、あの水着コンテストに行っていなければ、確かにこうしてユウキ――スリーピング・ナイツと知り合うことはなかっただろう。そういう意味もあって大切な友人なのか、ユウキが自身のスカートを力いっぱい握り締める。それはどこか、ぶつけようのない怒りを抑えているようで。

「ユウキ……」

「ボクはただ、楽しくゲームがやりたいのに……あ……ごめ――」

 先日のセブンとレインの件もあってか、ユウキの口から恐らく無意識に弱音が吐かれた。すぐさま謝罪しようとしたユウキだったが、その声に茶化したような拍手が交じった。もちろん、そんなことをするようなメンバーが、このリズベット武具店にいるわけがなく。

「――私もそう思うわ。小さいインプちゃん?」

 まばらな拍手が止んで放たれた言葉は、ユウキが入ってきたドアに寄りかかっていた少女から。そのツインテールをなびかせながら、緑色を基調とした和装を着こなすシルフの姿。

「ゲームは楽しくなくちゃ。ええ、楽しいのが一番よ」

「あんた!」

 店内のカウンターに座っていたリズが、彼女の姿を見て怒りの感情のままに立ち上がる。実際に姿を見ていなかったシリカにリーファも、リズのそのリアクションで彼女の正体を察する――件のPK集団のリーダー、グウェンだった。

「こんにちは。この世界は便利でいいわね、PKしてもオレンジにならないし」

 おかげで、こうして町にも入れるんですもの――などと笑いながら、グウェンはスカートの裾を掴みながら挨拶して。そんなグウェンに対して、止める間もなくリズが掴みかかろうとするものの、町中のためにプレイヤーへの障壁に阻まれた。

「あら。ここは《圏内》でしょう?」

「……このゲームじゃ《圏内》って言わないのよ」

「……何しに来たの!」

 クスクスと笑うグウェンを睨みつけるリズ、そして臨戦態勢となったユウキの糾弾が飛ぶ。とはいえグウェンの言った通り、SAOで言うところの《圏内》である街中では、俺たちはグウェンに何をすることも出来ない。

「何って、お礼をいいに来たのよ? 私がいない間だけ、ルクスの友達になってくれてありがとう、ってね」

「あんたにお礼を言われる筋合いはないわ。あんたがいようがいまいが、ルクスとは友達よ」

「へぇ。友達っていうのは、あの子の過去も何も知らないで、今は会うことも出来ない関係を言うのかしら」

 今にも殴りかかろうとする威圧感を持ったリズを、ニタリとした笑い方という言葉が相応しい笑顔で見下しながら、グウェンはリズの首筋に手を当てる。リズは瞬間的にその手を払いのけるが、その手は既に引かれていた。

「私はルクスのことなら何でも知ってる。だから、あの子はもう私たちと一緒にいるわ」

「えっ……?」

「聞こえなかった? ルクスは私たちと一緒にいる、って言ってるのよ」

 とても信じられない様子で聞き返したリーファの疑問の声によって、信じがたい言葉が二度も語られた。試しにメールシステムを起動して、ルクスがインしているか確認してみると――確かに今、この世界にルクスはいる。ただし肝心の、こちらから送っていたメールが返ってきている様子は……ない。

「分かったでしょ? ルクスはもうあなたたちじゃなく、私たちの友達なの」

「だから、ルクスはそんな人じゃ――」

「――だから、ルクスのことを、あなたはどれだけ知ってるの?」

「――――ッ」

 つい数ヶ月前に知り合ったばかりのユウキの叫びは、楽しそうにクスクスと笑うグウェンの言葉にかき消された。何も言い返すことが出来なくなったユウキの代わりに、まるで場違いなように手を挙げる。

「それで……何をしようとしてるんだ?」

「簡単な話よ。ここを昔のアインクラッドに戻したいだけ」

「昔の……?」

 よくぞ聞いてくれました――とばかりに、グウェンは嬉々として話しだした。その彼女が言った『昔のアインクラッド』を知っているこちらは、まるで意味が分からず揃って疑問符を浮かべていた。そんな俺たちの反応が嬉しいように、グウェンは太ももに仕込んだホルスターから、クナイを取り出して手のひらでクルクルと回す。

「こっちの世界のものは、みーんな脆くて壊れやすい。だったら、みんな好き勝手やって壊せばいいのに」

 実演のように手のひらで回していたクナイをへし折り、グウェンの手の中でポリゴン片と化して消えていく。この世界から消滅する証と同義である、そのポリゴン片をうっとりと眺めながら、グウェンはさらに言葉を続けていった。

「せっかくなら楽しくやりたいじゃない。みんなが現実みたいに生きてた、あの浮遊城アインクラッドみたいに!」

「あたしたちがいたあの世界は、そんな世界じゃない!」

 ――グウェンが熱っぽく語る最中、黙って聞いていたリズが、店を震わせるような声で叫んだ。俺たちはもちろん、熱弁していたグウェンすら、その語りを止めるほどに。自身の手を自壊させるほどに握り締めたリズに、つい言葉を失ってしまう。

「そりゃあ辛かったしもう死んでも行きたくないけど、みんなで協力して生き延びたあの世界を、あんただけが勝手に語るんじゃないわよ!」

「リズ……」

「……なに。あんたもSAO帰還者なわけ?」

 しばしリズの剣幕に威圧されていたグウェンだったが、すぐさま嘲笑するような表情に変わる。どちらも一瞬後には殴りかかりそうな、そんな気配と空気の最中、グウェンは指をリズの口元に向ける。

「だったら知ってるでしょう? あの《笑う棺桶》のこと。……ルクスのこと」

「だから何なんですか!」

 かの殺人ギルドである《笑う棺桶》に、人は殺めていないとはいえ、ルクスが在籍していたという事実。とはいえ本人からそれは聞いた話であり、シリカはそれがどうしたとばかりに聞き返した。一瞬だけグウェンは目をパチクリとさせた後、クルリと踊るように回ってドアに寄りかかった。

「……でも確かに、あの子には殺人ギルドの血が流れてるの。だから私たちと一瞬に来たんだから」

 ……彼女の言った言葉が真実であるのならば、ルクスがここではなく向こうにいる。その事実がある限り、この場で何を言おうがこちらの負け犬の遠吠えだ。それが分かった俺たちが押し黙るのを見て、グウェンは満足げに微笑んだ。

「これからこの世界は巻き戻る。私とルクスによって、ね」

 ――随分と長居しちゃったけど、とグウェンの言葉は続いて。

「要するに、ルクスのことはもう諦めなさい。あの子は最初から、私たちの仲間なんだから……それだけよ」

「……本当に」

 俺たちに背を向けてリズベット武具店出張所を後にしようとするグウェンに、リズはボソリと呟いた。最後に言い残す言葉が気になったのか、首だけクルリとリズの方に向けて立ち止まった。

「本当にルクスがあんたたちのところにいるなら、伝えときなさい。ぶん殴って連れ戻してやるってね」

「ええ。それが最後の会話ね」

 口をつり上げて笑うグウェンはそう言い残すと、リズベット武具店出張所の扉を開け閉めすると、この場からドアが閉まる音とともにいなくなった。そのあとの店内には静寂が漂っており、いたたまれない空気が流れていた。

「ルクスが……あいつらの仲間になってるなんて、嘘……だよね?」

 そして沈黙を破ったのは、絞り出したようなユウキの声だった。誰に問われたかも分からないその問いに、答えを返せる者がいるわけもなく。ただ、そうしているのみしか出来ずに――

「……何言ってるんだ、ユウキ」

 ――いることはなく。顔を伏せて泣き出しそうなユウキに、不自然な程にいつも通りに問いを返した。カウンターの奥に座った俺から、そんな答えが返ってくるとは思っていなかったのか、ユウキはキョトンとした表情で首を傾げていた。

「えっ――むぎゅ!?」

「ショウキの言う通り! なーに言ってんのよ、ユウキ!」

 ユウキがこちらに聞き返してくるより早く、近くに立っていたリズが彼女の頬を無理やり引っ張った。もちろんリズも先程までのような、怒りを剥き出しにしたような表情ではなく、無理やりユウキの表情を笑みに変えていく。

「り、りふ、ひゃめてってふぁ!」

「ここかー! ここがええのかー!」

 ユウキの恐らくは制止の言葉を聞こうとはせずに、まるでトリモチでもこねるようにリズはユウキの頬を引っ張っていく。ほらほら、笑いなさいよ――と言いながらも、本人が一番楽しそうにするリズに対して、そろそろ止めておけ、と声をかけると不満げにユウキから離れていった。

「もう! 何する――じゃなくて、どういうこと? ボクに分かるように教えてよ!」

「ユウキさん。つまりですね、ルクスさんはあいつらの仲間なんかに、絶対なったりしてませんよ」

 リズから解放されたユウキが椅子から立ち上がると、その頭の上にピナが乗った。どうやらピナのお気に入りの場所らしく、そのまま丸まって動かなくなっていく。それをユウキが流石のバランス感覚で落とさないようにしていると、俺たちが確信したことの種明かしがされていく。

「どうせあの子のことよ。あたしたちに迷惑かけられない、とか言ってあいつらの説得に言って、失敗して捕まったんでしょ」

「ルクスさんらしい」

「……あっ」

 笑い事じゃないわよ――とリズがリーファにツッコミを入れる傍ら、ユウキが得心がいったかのような声で呟いた。ルクスがインしているにもかかわらず、俺たちに連絡を入れずにグウェンたちの元にいるのであれば、リズが言った通りのことか起きたのだろう。生真面目にも他人には関係ないと、自分だけで説得しに行って、失敗して捕まった、と。

「つまり、ルクスの居場所は分かったわけだ」

「はい!」

 あのグウェンが宣戦布告か降伏勧告か、どちらをしに来たかは知らないが。ここにいるメンバーには――どうやら、逆効果だったらしい。そもそもルクスの居場所が分からずに話すことも出来ない、と悩んでいた俺たちに、親切にもルクスの場所を教えてくれたのだから。ユウキの頭からピナが飛んでいき、今度は気合いを入れたシリカの隣で鳴き声をあげる。

「SAO行ってない私には、殺人ギルドとかどうとか関係ないんだから。だから、やることは一つ!」

『ぶん殴って連れ戻してやる!』

 リーファに促されて言い放った言葉が、リズとユウキで一字一字重なった。グウェンにルクスへの言伝として頼んだ言葉であり、グウェンがこちらにどうして来たかはともかく、それは俺たちからの――宣戦布告だった。

「それでよし! 殴り合いであんたに勝てる相手はそういないんだから、その調子よユウキ!」

「その言われ方は……ちょっと複雑なんだけど」

 リズの太鼓判に苦笑するユウキを見て、少し調子が戻ってきたと安堵する。ユウキはああして笑っていてくれないと、どうにも反応と対応に困ってしまう――なんて、至極自分勝手なことを考えていると、再びリズベット武具店出張所の扉が開け放たれた。

「……クラインさん?」

「おう。ルクスの奴ぁ……いねぇよな」

 グウェンがまたもや入ってきたわけではなく、赤髪のサラマンダーことクラインの姿がそこにあった。今の今までフィールドにいたような、完全武装状態でどこか慌てている。キョロキョロと店内を見渡してルクスがいないことを確認すると、顔を言いにくそうにしかめさせた。

「どうした?」

「あー……さっきそこのフィールドでよ。例のPK集団――のパチモンどもが、ケットシーの領軍を襲ったんだよ」

 例のPK集団――十中八九、グウェンたちのことであろう。今は浮遊城の攻略のために、各種族の領主たちも最前線に出てはいる。確かに倒せれば見返りは多いものの、かなりの戦力を誇る領軍相手には、俺たちだろうと返り討ちに遭うしか道はない。

「パチモン……って?」

「どうやら下っ端を大量に溜め込んだらしくてよ。オメェらが戦ったオレンジプレイヤーじゃなく、PKにハマった中級者の連中だな、ありゃ」

 俺やリズが直接戦った元オレンジプレイヤーたちではなく、このALOで仲間になったプレイヤーたち。プレイヤーキラーに興味が出て来た中級者プレイヤー、とでも称すべきか――もちろんそんな連中に、ケットシーの領軍がダンジョン探索中とはいえ負ける訳はなく、聞くまでもなく返り討ちにしただろうが。

「それより問題なのはよ……そのPK集団のリーダー、ルクスだって話が広がってんだよ」

「は!?」

 困ったような表情を隠さないクラインから、訥々と衝撃的な話が語られる。問題はグウェンたちの勢力が拡大したことではなく、ルクスがPK集団のリーダーになったという――その情報。

「ルクスって名前が出た訳じゃねぇが……特徴がな。んで、サラマンダーの連中がそのPK集団を壊滅させる、って息巻いてんだが……」

「そんなことしたら、ルクスさんがリーダーってことのまま、サラマンダーにやられちゃうじゃないですか!」

 シリカの声に一同がざわめいた。種族領の中でも屈指の武道派であるサラマンダーならば、数の違いもあってPK集団を壊滅させることは、そう難しくはないだろう。ただしその場にルクスが――出回ったリーダーの情報通りのプレイヤーがいれば、ルクスはリーダーとして処罰されるだろう。ともなれば、俺たちと一緒に遊んでいられる状況ではなくなる。

「そ、それって……マズくない? 相手がサラマンダーじゃ……」

「ああ。しかも似てんだよなぁ……キリトとかに聞いた、SAOの序盤の状況によ」

「あたしも、アスナから聞いたことあるけど……確かに」

 あの浮遊城の攻略に序盤から参加していた、キリトたちはここにはいなかったが、俺たちも話だけは聞き及んでいた。二大ギルドが主導して攻略していた序盤に、どちらのギルドも妨害して仲違いさせようとしていた、そんな連中が――《笑う棺桶》の前身とも言える連中がいたと。……その状況と今の状況が似ていて、どこか怪しさを感じさせていた。

「領軍の中にも、シャムロックの連中が裏で手を引いてる、なんて言う奴らもいたしよ。……笑い話じゃねぇなコリャ」

 各種族領と同等以上の力を持ったシャムロックと、種族領の直接的な対立。今はセブンの方針と人柄によって抑えられているが、ともすれば旧ALOのような、異なる場所に所属するプレイヤーへの、PKメインのゲームに逆戻りする可能性もある。

「しかし、詳しいなクライン。ありがたいけどさ」

「あ? そりゃオメェ……」

 グウェンが語っていた『これからこの世界は巻き戻る』――という言葉を思い出しながら、ふと、気になったことをクラインに問うた。色々な情報を知っていてありがたいが、随分詳しいんだな、と軽い気持ちで問いかけたつもりだったが――クラインは、少し照れくさそうに顔を逸らした。

「……あのPK集団の情報探ろうと、方々走り回ってたからに決まってんじゃねぇか」

「……ありがとう、クライン」

 ……後から聞いた話ではあるものの、どうやらクラインはSAO時代に《笑う棺桶》とルクスが一緒にいたのを、偶然にも見たことがあったらしい。それをあのキャリバークエストで問い詰めていたので、それで追い詰めてしまったのではないか――と、顔に似合わず繊細なことを言うクラインに、ひとまず俺は心の底からお礼を言った。

「ルクスのことばっかりで、PK集団の方まで手が回ってなかったわね……ありがと、クライン」

「あーあー、やめだやめだ! んな事より、サラマンダーの連中が準備完了するまでに、PK集団見つけてこっちから殴り込みだろ?」

 問題はあいつらがどこにいるかまでは、掴んでないことだがよ――と、他のメンバーがこれから口を開こうとするのを妨害するように、クラインが大げさな動作でそう言ってのける。そんなクラインに小さく笑いながら、余裕を持ちながらも少し神経を張り詰める。まさかサラマンダーに、PK集団の場所を掴んでませんか、などと聞きにいく訳にもいかないが、種族領ほどの情報収集力がなければ、恐らくは奴らの場所が分からない。

「みんなで手分けして探すしかないよ!」

 そうユウキが力強く宣言した瞬間に、どこかからメールが着信した音が鳴った。誰かと思えば当のユウキだったらしく、こんな時に――と文句を言いながらも、とりあえずメニューを操作してメールを読んでいく。すると不満げだった表情が、どんどんと驚きと喜びが入り混じった表情になっていき、急ぎメニューを操作し始めた。

「ねぇねぇみんな、見てよコレ!」

 そうしてユウキはシステムメニューを可視化させ、俺たちは釣られてそのメールを覗き込んだ。その差出人はセブン――奇しくも先述した、各種族領ほどの情報収集力を持った一団。メールにはそのPK集団がたむろしているフィールドと、関係性が疑われている以上、シャムロックは動かせないことと――この世界に来て、初めて友達になったルクスのことを頼むと、そういった内容のことが書かれていて。

「そっか……セブンも初めて友達になったの、ルクスなんだね……」

 感慨深げにユウキが呟いたことで、最初にセブンと仲良くなっていたのはルクスだったな、と思いだす。元々がセブン――七色のファンということもあったが、この前のライブのチケットも、セブンはルクスにだけは直接渡すと息巻いていた。

「ルクスってば、まったく幸せ者じゃない。……手早く、連れ戻してきましょうか」

「はい! ……って言いたいところですけど、他の皆さんも声をかけた方が……」

「いや、そしたら多分サラマンダー領軍が先に到着する。行くなら今、このメンバーでだ」

 セブンから託された情報をもとに、リズは気合い充分とばかりに準備に入る。戦力に不安を覚えたシリカの言った通りに、ここにはいないキリトやアスナ、スリーピング・ナイツの面々にも協力を求めたいところではあるが、あいにく全員集合を悠長に待っている暇はない。サラマンダー領軍の戦力に比例しないフットワークの軽さに、最も詳しいリーファがコクリと頷いた。

「うん。私も行くなら今しかないと思う」

「大丈夫だっての。こっちには天下無敵の《絶剣》様がいるんだぜ?」

「ちょっ……!」

「……《絶剣》?」

 クラインが発した聞き慣れない言葉に問い返すと、途端にユウキが物陰に隠れだした。それをすかさずクラインが捕まえると、ユウキの首根っこを掴んで俺の前に置いてきた。そしてジャジャーンという効果音を口で出しながら、妙に仰々しく拝んでみせる。

「最近、スリーピング・ナイツの連中とアスナが連携の練習で狩り行ってたろ? そこで《MMOトゥディ》の連中に会って、ユウキにそんなあだ名つけられたんだってよ」

「やめてよクライン! 恥ずかしいし……」

 凄い強い奴って意味合いらしい――とクラインの言葉は続いたが、当のユウキは頬を紅潮させながら、クラインの捕縛を振りほどいて一目散に逃げていく。

「今度記事になるらしいぜ?」

「えぇっ!?」

「それは楽しみだな」

「どんな記事になるんでしょうねー」

 他人事だと思って無責任なことをのんきに言ってのけるメンバーに反して、ユウキはクラインへ《MMOトゥディ》を記事にするプレイヤーの名前を、慌てながらも問いただしていた。直接会って、記事にするのを止めてもらうつもりなのだろうが、クラインはフラフラとユウキからの追求を避けていた。

「それじゃあ、みんなでユウキ主役の記事見るために――ルクス、ぶん殴ってでも連れ戻すわよ!」

 そしてリズの力強い号令とともに、俺たちはリズベット武具店出張所の扉を開く。そこにもはや、集まった時と同様な陰気な空気はない――

 
 

 
後書き
ダイジェスト感溢れるルクス過去。詳しく知りたい方は発売中のガールズ・オプスまで(ダイマ) しかしガルオプなのになんかKATANA持ち男が二人くらいいますね 
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