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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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マザーズ・ロザリオ編
  第234話 剣の聖域



――彼女と出会ったのは、ここALOにも負けないくらいの青い空。……こんな青く澄み渡った晴天の日だった。
 

 彼女達(・・・)の思い出の日々――それは決して色褪せることはなかった。
 確かに現実世界の話は、仮想世界では御法度。それは、VRMMOであれば、いやどんなネットゲームででも、基本事項だと言えるのだけど、そのルールは 事情によって都度変化する物だろう。

 自分達と彼女(・・・・・・)の関係は、現実世界からだったから、気兼ねなく話す間柄にもなったのだ。

『どうもこんにちは――。今日は天気が良くて、何だかとても気分が良いですね』

 これが彼女と初めて出会った時の第一声だった。
 互いに初対面であるというのに、はっきりと目を見て、明るい、この空の明るさにも負けない程の笑顔で話しかけてくれて、内心では、自分達はとてもありがたかった、と思っている。
 だけど、その日は……、例え、どれ程澄み渡った空だったとしても、自分達の心の内は決して晴れてなかった。事情があって、自分達――姉妹は、他人との関わりを、他人との繋がりを心底怖がっていた時期でもあったから。だからこそ、受け答えがしっかりと出来てなかった、……出来なかったと、今でも思っている。

 でも――そんな時期だからこそ、だった。

――本当に、どうなってしまうのか判らない。ずっと、暗闇の中だった。そんな時に、彼女と出会ったんだ。

 彼女は、そんな自分達の様子に、嫌な顔1つせずに、ただただ 笑顔を見せてくれていた。
 次に会った時も……、そのまた次も……。

『とてもぽかぽかして、気持ち良いですよ――。今日もお天道様、元気いっぱいっ……』
 
 何度も接してくれている内に、まるで雪解けの様に、笑顔に心を温められて、冷え切った心を、凍っていた心を溶かしてくれた。……彼女の笑顔に、救われたんだ。

 太陽の様な笑顔の彼女に。

 だからこそ、自然に話をする事ができるようになった。元々、人懐っこい性格でもあったユウキは、もう最初の接し方が嘘の様だった。まるで以前から知っていたかの様な、いやずっと長年友達だったかの様な、親友だったかの様な、そんな笑顔を見せあえるようになったんだ。勿論ユウキだけではなく、ランも彼女(・・)に惹かれていった。その包み込んでくれる温かさに。

 でも、そんな彼女にも、……心に抱えた闇はあったんだ。

 なのに――彼女はずっと、笑顔を向けてくれた。そして 自分達姉妹の心配を、ずっとしてくれていた。彼女との出会いの場を考えたら、彼女が心配をする理由も判る。……だが、その話は今は止そう。

 その時の自分達が考えるべき事は多くはなかった。

 そんな彼女にどうやって 自分達は答えれば良いのだろうか?
 命を――心をくれた。そう言っても良い彼女に、自分達は何か、してあげられる事は無いだろうか?

 それは、ずっと考えてきた事だった。ユウキとラン、2人が考えてきた事だった。

 そして、毎日辛かった日々が無かったかの様に思える様になったその頃からだった。同じく笑顔で囲まれた仲間達、《スリーピングナイツ》が始まったのだ。

 切っ掛けが、彼女との出会いからだったのは、もう 言うまでもない事だった。

 だから、彼女を《スリーピングナイツ》のリーダーに推薦をしたりしたのだが、残念ながら笑顔で躱されてしまった。

『リーダーの様に引っ張っていくのではなく、笑顔でみんなを見ているのが楽しいから』

 そう、彼女は言っていた。

 最終的には、初代リーダーは《ラン》となり、皆の相談役になってくれた。ぶっちゃけると愚痴の聞き手、ともいえるかもしれない。だけど、笑顔だった。ずっと、ずっと―――。



 これは、刹那の時間での、ランの心の中である。


 目の前の彼と対峙し、残りカウントが1から0になる寸前に、思い出したかつての記憶が湧き出たのだ。だが、思い出に浸り続ける事は出来なかった。その時も永遠には続かないのだから。

 泡の様に――彼女(・・)との思い出が薄れていき……、軈て水面に滴を零し、波紋が生まれて掻き消える様に……思い出の光景が消えた。不思議と寂しさの類は一切なく、ただただ同時に眼前にいる彼に、完全に集中していた。


 【DUEL】


 勝負開始の合図、そのブザー音が鳴り響いたのだ。

 剣聖のランと白銀のリュウキ。そのカードは紛れもなくプラチナカードと言える。

 そして、先ほどの 《アスナ&レイナ VS ユウキ&ラン》の試合とは、全く違う展開を見せていた。

 開始直後に、閃光の様な速度で接近したアスナ達、そして 超が2つは付きかねない程の反応速度を持って、迎え撃ったユウキとラン。つまり、始まりと同時に目にも止まらぬ速度で動き初めていたのだが――、2人は、【DUEL】と宣告されたのだが、動く気配を見せなかった。

 ただただ、剣先を相手に向けて……、まるで居合の打ち合い、昔の侍映画の決闘でも見ているかの様だった。場の空気だけが、張り詰めていき 見ていた観客(ギャラリー)達は、自分自身の息をのむ音でさえ、大きく聞こえる程だった。

 その場に流れる緊張感故に、凄まじい程の体感時間を感じていた。それは他者にまで伝える程のものであり、感じた者達は、まるで『永遠に続くのか?』 とも思えていたのだが、軈て、凍り付いていたかの様な時は、動き出す。

「はぁっ!!」

 時の秒針が動き出す。――動き出すと同時に、ランの凛とした裂帛の気合が場に響いた。

 間合いを取っていた筈だと言うのに、距離を瞬時に詰め、構えた剣を右肩から斜め下へ 袈裟切りに放った。その瞬間は、ランは先に仕掛ける事に成功した事を疑わない。一瞬の見切り戦に限らず、対人戦においては、単純なMob、アルゴリズムで動くMobとは比べものにならないのは周知の事実。……つまり、様々な駆け引きは存在する。
 だが、決して例外は無い、と言える事は幾つかある。それは単純明快。

《先手必勝》

 先に攻撃を当てる、と言う事だ。
 勝負の流れを掴み、且つ 身体に余分な力がかかっていたとするならば、良いガス抜きにもなる。……真の強者同士であれば、圧倒的に優位に立てる事は言うまでもないだろう。

 だが――、そう単純ではないのが、対人戦だ。 

「っ………!!」

 急接近し、剣を振るう。間違いなく一撃を入れたと確信できたその瞬間、ランは確かに見た。

 自分の太刀筋が、彼に迫るその瞬間に、一瞬の間に更に輝きを増したかの様な彼の()を。


――動きを最小限に、そして 最大に引き付けてから。一直線に、最短距離を。


 その業はまさに、《居合》や《抜刀術》とも呼べる代物だ。
 瞬速の剣撃、リュウキの返す剣は、完全に隙だらけとなったランの胴体部を狙った。描くは、真一文字の太刀筋。まるで伸ばした糸に、閃光が走るかの様。

「………!!」

 そして、ランが一撃を入れる事が出来た。と確信できた事と同じく、リュウキも、その一閃のもと、完全に捉えたと錯覚した。するには十分すぎる程だった。赤い傷のエフェクトが ランの身体に描かれる未来図が目の前に見える程に、完璧なタイミングだった。
 だが、ぎゃりぃぃんっ! と言う、けたましい金属音が周囲に迸ったのだ。それはまるで雷光の様なエフェクト、衝撃音だった。続けて生み出された銀の閃光、そして 朱い閃光が渦巻いた。それは、これまでに何度も何度も、数えきれない程聞いてきた音とは違う。仮想空間の身体。アバターに攻撃を、剣撃を当てた音ではなかった。

「っ!!」


―――何が起きたのか一瞬気付けなかったのは、いったい いつ以来だろうか? 

 記憶を辿りつつ、リュウキは、思わず笑みを浮かべていた。

 そう、あの一瞬の間に、ランは回避や防御態勢ではなく、あろう事か、一挙反撃に転じたのだ。攻撃は最大の防御、と言わんばかりに――最短最速の剣を受け止めたのだ。その2つの剣の衝突が、先ほどの閃光と衝撃音を生み出した。

 その衝突の威力により、比較的軽量クラスのアバターである2人は、互いが攻撃の威力を利用して、後方へと跳躍し再び間合いを取った。
 

 突然の衝突、そして 空間が破裂したかの様な衝撃音、目も眩む……閃光。

 それらの展開は、緊張感のあまり、静まり返っていた場を沸騰させるのには申し分のない程の熱源だった。

『うおおおおおっっ!!』

 静寂だった場は一転し、一気に歓声の渦に包まれる。

『全く見えなかった!! 何だあれ!! 天災か!?』
『やっぱすげぇ!! はんぱねぇ!!』
『2人ともやばいわ! 大会の決勝とかより全然すげぇ!!』

 指笛を鳴らし、歓声と共に拳を上げて、場を盛り上げる。
 一瞬で熱気が渦巻く程、魅せる戦いだった。だが勿論、それだけではなかった。2人の戦いを見て、歓声ではなく、やはり驚愕する者達も当然ながらいた。それは今、相対している男……リュウキの事をよく知っているいつものメンバーだった。

「ありゃ~…………、うん。まぁ あたしじゃ確かに無理だわ……、2人の動き、正直ぜーんぜん、見えなかったもん……。お手上げ~ってね……」

 殆ど呆然としつつ、そうぼやいてしまっていたのはリズである。この場で数少ない剣聖と絶剣、その2人と剣を交えた事があるからこそ、改めて強く思ったのだ。自分の時の実力とは、比べものにならない程の戦いが、繰り広げられている現実? を目の当たりにしたから。

「ぅぅ……気付くの、遅すぎです……。(でも……やっぱり、リュウキさん……すごい……)」

 思い出してしまっているのだろう、シリカは 大きな耳を伏せてしまっていた。
 リズと同じく、立ち会っているから、思い出してしまっても仕方がないだろう。だが、その苦い記憶を思い出しつつも、魅入ってしまうのは やはり リュウキの姿だった。キリトが敗れてしまった事実を踏まえての戦いだから、どこか普段以上に力強さが増している感覚もあった。
 確かに剣聖(ラン)の力は目の当たりにしているし、実感もしている……が、それ以上に見続けてきたのが、リュウキだったから。
 
「う~……、あらためて……ショック、かも……。こんなの、ほんとに初めてだよ……」

 リーファはリズの様に、驚愕しつつ シリカの様に戦った時の事、得意分野である空中戦で敗れた事を思い返していた。ユウキとの闘いだったが、ランも同等の実力を持っている事は、これまでの戦い……現在の戦いを見ても十分過ぎる程判ったから。つまり、空中戦をしたとしても、歯が立たなさそう、と 早々に白旗を自分の中で上げてしまった事が、悔しさに拍車をかけてしまっていた様だ。

「…………」

 その更に隣に、リュウキの姿を、そして それ以上にランの姿をじっと見つめ続けているのはシノン。
 あの銃弾が雨霰の様に降り注ぐ世界から参戦した事もあって、シノンは動体視力は凄まじい、と言っていい。その一言に尽きる程のものだった。だからこそ、戦闘の速度に早く慣れる、順応する速さ、それらはここにいるメンバーの誰にも決して遅れをとらない。
 だが、シノンは『接近していれば、見る事は出来なかったと思う』とすぐに認めた。
 つまり、遠間だったから、あの剣と剣の交差を見る事が出来たと言う事だった。

 キリトが敗れた時にもあの2人、絶剣と剣聖の強さは本当に認めていた。『剣士だから興味はない』と一蹴したのだが、それでも心の中では 強さを求め続けた過去もあってか……、負けず嫌いのハズなのに、認めていたのだ。
 そして、何よりシノンは、口に出して妄りには言わないが、リュウキは色んな意味(・・・・・)で絶対だった。GGOを経て、より実力は知っていた。その強さを知っていても尚、渡り合う彼女を見て改めて思ったのだ。

―――強い、と。

「……もう間違いない。あいつも……持ってる(・・・・)
「え……?」

 シノンの隣。
 ここにいるメンバー、リズ、シリカ、リーファ、そして シノンの中でも、数歩前に出て 2人の戦いを観戦していたキリトが、不意につぶやいていた。その微かな呟き……それを聞き取る事が出来たシノンは、反射的にキリトの方を向き、素早くキリトとの距離を詰めた。

「……持ってる(・・・・)って?」
「ん……、ああ。ちょっと剣聖、の方に 以前から色々と感じる所があってな」

 シノンが来た事には気付いたのだろう。
 キリトは振り返る事なく、2人の戦いから目を反らさない様にしつつ 答えた。

「……シノンなら、絶対判ると思う。あの2人の戦いを見てたら絶対。……ほら、動くぞ」
「っ……」

 キリトから疑問の答えは帰っては来なかったが、戦いに動きがあった事を告げられた為、それ以上訊く事はせず、再び視線をリュウキとランへと向けていた。



 固唾を呑んで見守っているのは、キリト達だけではなく、戦闘終了時の位置もあって、仲間の皆とは離れていた、反対側にいたアスナやレイナ、そして 絶剣のユウキも同じだった。

「……姉ちゃんの初撃を……、後から。カウンターを狙うなんて……。それに、あんな風になる……、なんて……」

 いや、リュウキの事を知っているアスナやレイナと比べて、初めて見たユウキの場合は絶句、唖然、そして 僅かながら動揺、とそれらの二文字が頭を過ぎっていた。
 先の戦いでは、見事にキリトを打ち破ったユウキではあるのだが……、ユウキの中でも色んな意味で頭が上がらず、絶対に勝てる、と言えない相手がランだった。それは公私ともにお手上げ状態……と苦笑いをしたりもしたりするのは、身内だけの話である。

 そんな姉を相手に、たった1合だけとは言え、一瞬の出来事とは言え、驚きを隠す事が出来ない。その一瞬だけでもユウキには十分過ぎる程に感じたのだ。

 彼の強さについてを。

「(あの時(・・・)の、あの人と同等以上……? でも、あの人は…………)」

 自然とユウキは、反対側にいて、周りの熱い視線……とまではいかずとも、同じく戦っている2人に視線を向けている全体的に黒い容姿の男――キリトの方を見た。

 一度剣を交え――そして、自分の、自分達の秘密(・・)を看破した彼の姿を。


「ううーん……やっぱり、リュウキ君だなぁ」
「うん……、やっぱり凄いよね……、リュウキ君」

 アスナは、やや呆れ視線も見せつつも、最大級の信頼と尊敬の念を向けて そうつぶやいていた。勿論隣にいるレイナも同様であり、憧れだけではなく、何処か誇らしく、そして恥ずかしく、愛しい人に温かい視線を向けていた。

 確かに、自分達の戦いででも、それなりに注目を集めた結果になっただろう。戦いの最中は気にしてなかったが、今思い返してみると、判る。

 佇んでいるだけで、周囲にまで緊張感を伝え、更にたった一合……それも、たった一振りの一撃。本当にたったそれだけで 周囲を沸かせた。まるで、映画の世界の話だ。

「でも……彼女も……」
「うん……。……凄いっ」

 そして勿論リュウキと同じく、それだけの物を見せている相手……当然ながら、剣聖(ラン)の技量にも舌を巻いていた。リュウキとこれほどの戦いができる相手等、月例大会の上位常連でも……いや、剣の世界の生還者たち、SAO生還者(サバイバー)であったとしても、キリト以外に思い浮かばないから。

「……でも、普段から、リュウキ君があんな感じだったら ほんとに大変だよね? レイ」
「っっ!? も、もうっ お姉ちゃんっ!」
 
 まさかの言葉をアスナから受けて、集中して見ていたレイナだったが、思わず背筋を伸ばして、抗議してしまう。それはレイナも思っていた事だったから。
 リュウキは普段は目立つ事を好まない。……故に、その本当の実力、そして、普段の時から戦う時、それらの素顔を拝見する機会は 彼と面識ある人物でなければ少ないだろう。たまたまの目撃情報や、厄介な情報屋(アルゴ)経由で見られる事はあっても、やっぱりSAO時代同様にALOでも極端に短い。
 でも、それでも、SAO時代より根強い人気があるのは言うまでもなく……ALOに来ても拍車をかけているとも言える。アスナの言う通り、普段から今の素顔のままだったら―――。

 言い寄られてしまう事が、更に多くなるだろう。現に風妖精族(シルフ)のサクヤや、猫妖精族(ケットシー)のアリシャ……と前例があるから。だから 何れリュウキもそれに答えたり……。

「りゅーき君は、そんなこと、しないもんっ! そんな事、意識してないもんっ!」
「ふふ。私は大変だね? って言っただけだよ」
「もーっ」
「冗談冗談。ほら……、続き 始まるよ」

 リュウキの事を知っている身であれば、ありえない事はよく判る。レイナ自身もよくわかっているんだけれど……、やっぱり不安は尽きないのも仕方がないのである。女の子だから。
 とりあえず、アスナは、レイナを諫めつつ、再びリュウキとランの方へと視線を向けたのだった。





 2人の戦いを見守っている者達は、其々に話をしたり……盛り上がっている者達もいるが、生憎とリュウキの耳にも、ランの耳にも入っていなかった。ただただ、目の前の相手に意識を集中させていたのだ。一合交えたのみではあるが、それだけで相手を雄弁に語ってくれると言う物であり、剣を構えたまま、2人は笑っていた。

「やるな?」
「お兄さんこそ」

 互いに偽りのない賛辞の言葉を向けていた。

「「ッ!!」」

 だが、その時間も決して長くはなく――即座に距離を詰めた。今度はリュウキの剣閃がランの胴体部へと迫る。十分にそれを視て(・・)いたランは、受け止めようと刃での防御態勢に入るが、ランに直撃する刹那。

「っ……!!」

 ランは、目を見開いた。リュウキから迫りくる剣閃が、その太刀筋が、自分の剣に触れる直前で、曲がった(・・・・)のだ。あまりのタイミングの良さに、まるで、自分自身の行動の先を読んでいた、と思える程だった。

 一瞬の動揺……それが致命的な隙になるという事も珍しい事ではない。それが真の強者同士の対決であれば尚更だ。

 初の直撃を受けてしまう事、或いはその一撃で勝敗を決してしまう覚悟をしたランだったが……、動揺、そして 猶予が全くないと言う状況とは言え、全力で回避しようと限界まで体を捻ろうとした結果、ずるりと足が滑った。この場所は自然エリアであり、短めの草が密に生えている地だ、故に石畳や裸地と比べると設定摩擦力、と言う観点に置ければ、低く設定されている事も幸運だっただろう。

 そして、相手が体勢を崩す。そんな所まで、予知する事などできる筈もなく、考慮していなかったリュウキ。その剣閃は、ランの身体(アバター)の皮一枚程を削った程度だった。確かにダメージを与える事は出来たと思うが、小ダメージ。……虚を突いたと考えていたのだが、大ダメージを見込めない一撃となった。

「………」

 だが、リュウキは決して慌てた様子はなく、追撃をしようともしなかった。
 相手が警戒心を更に上げたであろう事は、あの攻撃の刹那、一瞬のランの表情ではっきりと分かったからだ。だからこそ不用意な追撃は、逆にカウンターを狙われてしまう、とも思えたからだ。

 ランは、その一撃を受けた事によって発生した身体に伝わる衝撃をも利用し、後方へと跳躍、距離を再び取った。

 この試合だけではなく……絶剣と剣聖、そのどちらにもまだ取っていないオープニングヒットを取った快挙。その事実に場は一瞬静まり、そして湧く。

 だが、その声も2人には届いていなかった。

「(凄い……。これは、ただ速い、それだけじゃない。……純粋な速さなら――ユウの方が上、だって思う。……ユウと戦ったあの人も)」

 ランは、右手で剣を構え、空いた左手で ぐっ、と頬を拭った。
 緊張感も忠実にトレースしている故に、頬に汗が伝っていたのだ。

「(全部、見えている。いや、読んでいる。……何手先も。なら、少し冷静にならないと。……ここは引いて―――っ!!)」

 ランは、また――声が頭に静かに、そして はっきりと響いた。
 声は、1つだけじゃなかった。 

『ふふっ、どんな勝負でも、二手、三手先を読まないとダメって事だね。ユウキもそうだけど、ランさんも とっても素直な性格だからかな? とっても読みやすいよ。――でも、それでも、2人の速さはずるい、って思うけどね?』
『むむ――っ 負けないですよ!』
『あはははっ。こっちこそだよっ!』

 紛れもなく、それは自分の記憶。なぜ、このタイミングで聞こえてくるのか判らなかったが、それでも、この中でも一際強く聞こえるのは。

『ランさんは とても強いですよ。――とっても』

 その言葉があって……、ランの中で《引く》と言った逃げる様な選択肢は消えた。

 彼女の言葉を訊いて、ユウキとランは、色々と試行錯誤していた。
 考えるよりも動くユウキには難しかったのだろうか、頭を抱えて唸っていたのも記憶に新しかった。だけど、それはどれも良い思い出。

 輝ける日の――思い出。


「(傍で――、今も、……いつも、一緒(・・)に戦ってくれてる。だから、私は、私達はもっともっと強くなれる。ここで引いたら――笑われちゃう、よね)」
『っ……』


 ランは―― 一瞬だけ、見守ってくれているユウキの姿を見た。軽く笑みを見せた後、ゆっくりと姿勢を変えた。

 両足を左右に開いて、左右のどちら側にでも素早く動ける様にしていたスタンスから、足を前後にし、そして やや前傾姿勢をとった。……ランは、相手の強さを目の当たりにして、防御態勢、回避優先にしていたが、変えた。


――決して逃げない。


 そう決めた。その強い意志は視ただけでよく判る。

「(……気合を入れ直した。()に、力が更に宿った。…………随分と熱烈な視線を向けられたものだな。……こちらは最初から余裕なんて、微塵もないんだが)」

 彼女の。――剣聖(ラン)の意志を感じて、思わず笑ってしまうのはリュウキだった。

 《絶剣》と《剣聖》

 その強さに関しては、何度も訊いていた。事情がありALOに来られない事が最近では多かったが、それでも その強さ故に、何度となく訊いた。

 そして、直に接して、確信した。

 この世界ででも、何度も戦ってきた。対人戦は勿論、通常のMob、BOSSクラスも含めて、すべてを合わせれば、もう数えきれない程。その数多くの戦いの記憶の中で、紛れもなく《最強クラス》である事。

 この数秒間、十数秒間、……数十秒間。最早、時の流れが正確に判らない程の濃密な空間の中で、はっきりと判った。

 まだ序盤ではあるが、立ち回りや攻撃を直撃させた事実を考えれば、今のリュウキの姿は『受けて立つ』側だと言える。

「………」

 だが、本人はそう言うつもりはない。そんな気の持ち様であれば、一気に傾く事は目に見えているのだ。慢心はしない。―――云わば挑戦者、その気構え。

「――滾る」

 この世界での自分の身体に流れるのは、血ではなく――デジタル信号。
 血管を流れる血が加速する……ではなく、デジタル信号が、身体中を巡る。巡りに巡り――最終的には、己の手に、手に収まっている剣へと集中した。

 それは、ランも同じ事であり、再び場が静まり返った。

 嵐の前の静けさ――とはよく言ったものだ。

 周囲も理解している様で、その空気を読み――息さえも拒み――、この無音の世界の緊迫感を肌で感じていた。

「はぁッッ!!」
「ふんッ!!」

 静けさは軈て嵐が吹き荒れ、雷鳴が轟くが如く、轟音へと変わった。

 今度の衝突は、単発ではなく、そして 先ほどの様に、一度交わり、……止まる事はなかった。連撃に次ぐ連撃、終わりも見えない。

 ただただ、轟音が 金属音……と言うより 比喩ではなく本当に雷鳴が轟いているかの様に聞こえてくるぶつかり合いだった。

 雷の速度に加えて、まるで暴風雨の様な剣の連撃。我武者羅ではなく1つ1つの攻撃は狙い、読み合い、時にはカウンターを狙っている。

 離れては接近し、翅を使い――上空から、本当に雷様になったかの様に、急降下し打ち込む。
 激しい戦いだが――鮮やかでもあり、繊細さもある。


 まるで剣における聖人の域。だからこそ、成せる業だと言えるだろう。


 1人だけではない。輝きは1つではない。……揃ったからこそ、更に強く光り輝く。

 
 それらの戦いを見て、周囲は 息を呑む――と言うよりも、正直に言えば アトラクションの類を見ているかの様に錯覚してしまっていた者達も増えてきていた。それも当然ながら無理もない事であり、如何に仮想世界とは言え、できる事とできない事は当然ながらあると言う物だ。


 そんな2人の戦いを見て、『もう人間じゃないんじゃね? 新たに実装された裏ボス??』とも思い出した者達も少なからずいたのだった。


 
 そして――2人の戦いは、通常の《DUEL》の所要時間、それを大幅に超える程の戦いを魅せ続け、……周囲を魅了し続けていた。


 この場の誰一人として、その長さに文句を言うものなどおらず、寧ろ永遠に続いてほしい、とさえ願う者も増え始めた。

 例えゲームとは言え、仮想世界とは言え、現実と限りなくリンクしている世界。精神がつながっている世界だ。そんな世界で、強さの最高クラス、そんな結晶を目の当たりにしたから。


 だが――、そんな気持ちとは裏腹に、決着は突然訪れた。
 2人のHPの残が2割を切ろうかと言う場面。


「―――……もう、見せてもらったんだ。その礼を……しないとな………」
 

 静かに、素早く、剣を逆手に持り、構える。

 それは、まだ見せていない手。切り札の1つ――とも言っていい手。

 まだ、公に見せていない手。



――もう、出し惜しみをする場面じゃないだろう。






「では、見せようか。―――オレ()ソードスキルを」


 
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