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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第四節 転向 第三話 (通算第78話)

 咄嗟に誰も何もできなかった。
 慣れていない、初任幹部だらけの処女航行である。しかも半分は軍属とはいえ民間人あがりであり、緊急事態に反応できようはずもなかった。
「なんで灯が入れっぱなしなんだっ」
 ランバンがメカマンに言い放つ。
 解体中の《ガンダム》の熱核融合炉が運転中であったのは、確かにメカマンの責任だ。しかし、メカマンにも言い分はある。作業途中で臨戦態勢に入らざるを得ないほど急な命令だったのだ。そして、解体を始めさせておいて、第一種戦闘配備を出す方が不手際だとメカマンらは思っていた。
 一方、メズーンはイグニッションを確認すると、左腕一本の《ガンダム》にガントリーレーンを押し開かせて、クリアランスを確保した。ハンガーから機体を出し、デッキからカタパルトへと続くハッチをくぐらせる。
 カタパルトのロックは解除されていない。MS側から射出シークエンスを作動させることはできなかった。マニュアルでMSカタパルトから離艦するしかない。メズーンは垂直跳びの要領で《ガンダム》を離艦させるために、《ガンダム》をしゃがませ甲板を蹴らせた。
 ふわりと勢いなく《ガンダム》が宙に浮きあがる。浮きあがるというのは人間の感覚であり、MSがAMBACを利用して艦とは別方向のベクトルに向かっただけのことに過ぎない。別の質量に接触するか推力を加えない限り真空の宇宙では速度とベクトルが保持されるからだ。
 艦から離れたことを確認して、フットペダルを踏み込んだ。メインスラスターが全開になり、バックパックの四つのスラスターノズルが輝いて、燃焼した推進剤が吐き出される。
――メズーン・メックス中尉、G03応答してくださいっ
 トーレスがひっきりなしにオープン回線で呼び掛けている。ミノフスキー粒子が薄く、音声はかなり明瞭だった。
 コールする無線を無視して意識を前方に向けた。スイッチをオフにしたい衝動に駆られたが、撃墜される危険を鑑みて堪える。《アーガマ》のデータバンクに《ガンダム》の登録は済んでいるし、喉から手が出るほど欲しがっている機密がある機体を、敵機として撃墜することもないだろうという思惑もあった。
 どちらにしても、メズーンにしてみれば、それどころではなかった。
(何故だ?)
 ティターンズの対応があまりにも早過ぎることが、頭から離れないのだ。家族が心配で堪らなかった。ほかのことなど構っていられない。
 メズーンの出奔から僅か半日。この対応はあらかじめ手配していたとしか思えぬ素早さである。それはすなわち、レドの計画が洩れていた可能性を秘めている。いや、それならば何故自分は《アーガマ》にたどり着けたのか――そこも不自然だ。
 交錯する様々な思い。
 答えが見つかるはずもない。
 果たして、今の自分の行動が正しいのか。軍人としてあるまじき行為ではないかと、頭の隅で冷静な自分が、どこか他人事のように言っていた。だが、動かずにはいられなかった。居ても立ってもいられなかった。
(どこだ……どこにいる?)
 星の海に馴染まず、周囲から浮いた半透明のカプセルを光学センサーが捉えた。補正画像がズームされてサブウィンドウに表示される。だが、最大望遠でもこの距離では中に誰がいるかは解らない。モニターには豆粒ほどのカプセルらしきものが映るだけだ。
 アポジモーターの逆噴射とAMBACで制動を掛けて静対を図る。接触でもしようものならカプセルは紙細工のように壊れてしまうだろう。距離はまだあるが、細心に細心を重ねてMSを操縦しなければならない。
――ガクンッ。
 軽い振動と共にエマの声がスピーカーに流れる。通常のレーザー通信ではない。お肌の触れ合い通信だった。
 加速した機体を引き戻すかのように前に回り込んだエマ機はメズーン機に急制動を掛けていた。カプセルに近づけさせない意図は明白だ。絡み合った二機が押し戻されるように《アーガマ》に近づく。
――メズーン中尉、何をしてるの!あなたは自分の行動が何を引き起こすか解っているのっ!?
 エマの声は切迫していた。
 エマはジェリドが別命待機していることを知っている。ジャマイカン少佐の――いや、あの脅迫状を自分に持たせたバスクなら、ジェリドにカプセルを狙撃させても不思議はないと思っていた。
「このまま座視しろというのかっ? あそこには家族――かあさんがいるんだぞ!」
 カプセルを指差してメズーンが喚く。《アーガマ》と《アレキサンドリア》の中間点辺りに浮かんだカプセルは一つではない。そして、そこに人がいることをエマは艦橋のモニターで確認していた。
 嘘だと思いたかった。
 卑劣な手段を取るバスクとジャマイカンに反発を覚えてもいた。だから、協力を申し出たのだ。
(民間人を殺させてはいけない!)
 それはエマにとって最後の一線だった。
 正義の軍隊。その象徴たるべきティターンズ。そのティターンズがやっていいことではない。だから…
――メズーン中尉、私と《アレキサンドリア》に帰還してください。
 それしか解決方法はない。奪われた機体が戻れば、バスクとて作戦を強行しないだろうという目論見もあった。それにはメズーンを説得するしかない。だが、エマには知る由もなかったが、メズーンにとって《アレキサンドリア》に機体を回収させることは、自分の行動を否定することでしかなかった。 
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