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魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~

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第十五話 なりたいから

 ジュエルシードによって生み出された巨木から数メートル離れた所で着地し、黒鐘と高町はその大きさに改めて思う。

「大きいね」

「全くだ。 こんなの、本の世界でしか見ない大きさだな」

 首が痛くなるほど見上げないと天辺が見えないほどの巨木。

 魔法文化のある黒鐘の出身世界にも大木はいくつか存在するが、雲の上まで伸びた巨木までは見たことがない。

 大きく、攻撃の量も多い。

 柚那が容易に接近できたのは手数の多い武器だったから。

 しかし黒鐘と高町の二人には柚那ほど、一度に複数の攻撃ができるような技や魔法はない。

 いや、正確には巨木が繰り出す蔓の数全てに対応する技や魔法がないのだ。

 全ては対人戦を想定した魔法訓練をしてきたが故の落とし穴。

 だが、今は後悔をしている場合ではない。

 何より黒鐘の思考に後悔の二文字はなく、今すぐにでも攻撃に入りたい思いが支配していた。
 
 僅かに残された冷静な思考から導き出された戦術を高町 なのはへ伝える。
 
「俺はジュエルシード目掛けて突撃をかけるから、高町は砲撃で道を開けて欲しい」

「威力が高いのだと、少し時間がかかるよ」

「時間稼ぎは俺がやる。 高町は安心して砲撃を放ってくれ」

「……うん、わかった!」

 魔法に不慣れながらも高火力の魔法を用いることができる高町が安全に魔法を発動させるために、黒鐘は彼女の前に立ち、迫る無数の蔓を睨みつける。

 普段は様子見や安全な戦闘をするために銃の姿にしているアマネだが、この時に限りそのテンプレを破り、刀の姿になっていた。

 アマネは感じ取り、応えた。

 主である黒鐘が望む戦いを。

 そのための形を。

 迫る無数の蔓を前に黒鐘は一切の動揺なく、鞘に刀を納め、刃を下にして腰を低く構える。

 それは抜刀術の構え。

 小伊坂 黒鐘が最初に会得した技にして、彼が持つ最速の抜刀術。

 切れ味や攻撃力、破壊力など以上に速度を重視したその一撃を放つ。

「天流・第壱翔、雷切ッ!」

 雷が翔けるが如く抜刀された刃は、目にも止まらぬ速度を以て蔓を纏めて数十本を斬り裂く。

 斬り裂かれた木片は左右に分かれ、地面に散らばる。

 しかしたかが数十本の蔓を斬り裂いたところで減少した様子は全くなく、別の方向からの攻撃も迫っていた。

 それに対し黒鐘は振り抜いた刀を瞬時に納刀し、崩さないでいた抜刀術の構えのまま同じ技/雷切を放つ。

 迫り来る全ての蔓を、光速の抜刀術にて次々と蹴散らしていく。

 それは抜刀術の光景と言うよりも、散弾銃や連射撃ちの光景と言った方が正しいと思えてしまうほどの攻撃。

 構える、放つ、納める、放つ、納める、放つ……その繰り返しは銃の発射から装填までの流れによく似ていたのだ。

 意図せずして行っている動作について考える余裕もなく、黒鐘の思考はフル回転していた。

 抜刀術の精度や威力は集中力と乱さぬ構えによって生み出されるため、少しのズレによって不発になる可能性がある。

 そしてそのミスは自らだけでなく、後ろにいる高町 なのはの死を意味する。

 絶対にミスが許されない極限状態の中で黒鐘は、視切りの瞳で迫る全ての蔓の数と距離を捉えて理解し、順に斬り裂いていった。

「小伊坂くん、準備できたよ!」

 後ろから聴こえた高町の声に黒鐘は頷き、そして納刀の瞬間に駆け出した。

 狙っていた相手を失った蔓が地面に叩きつけられる中、高町は落ち着いた様子で杖の姿になったデバイス/レイジングハートを正面に構え、杖の先で収束した高密度の魔力を放つ。

 それは奇しくも、黒鐘が得意とするものと同じ魔法――――

「――――ディバイン・バスター!」

 引き金を引いた瞬間、桜色の魔力はレーザーのように一直線の軌道を描き、進行上に存在する全ての物質を破壊してしていく。

 背後ギリギリに迫ったそれを感じた黒鐘は跳躍し、足元から駆け抜けた桜色の閃光がジュエルシードを守る蔓の壁を破壊していくのを確認する。

 しかし蔓の壁が相当分厚かったのか、ジュエルシードそのものには届くことなく消滅した。

「いや、十分だ!」

 それは黒鐘にとっては十分な価値のある功績であり、風穴の大きさも黒鐘が突入するには問題ない広さを誇っていた。

 それだけ彼女が放った砲撃の威力、そしてそれに込められた魔力量が多いということ。

 十分だ。
 
 予想以上の威力に感動と驚きが混じりながら、黒鐘は風穴の中へ飛び込んだ。

 蔓の密集によって作られた防壁の内部は、まるでトンネルのように長い距離をなしていた。

 アマネが算出した数値で約100m。

 黒鐘はジュエルシード目掛けて、全力を以て駆け出す。

 元々脚力に自信がある黒鐘にとって、100mを一直線で駆け抜けるのは造作もなく、ものの数秒で到達する――――はずだった。

「っ!?」

 感じ取った気配に黒鐘は瞬時に右へ飛んだ。

 瞬間、黒鐘の左頬を、細い針のようなものが掠める。

 再び正面から迫るそれを左に回避しながら見切り、一本だけ掴んで確認する。

「これ、棘か?」

《恐らく木の枝でしょう。 それを針のように細く、鋭くすることで高速射出を可能にした……と言った所でしょうか》

 手に収まった細い木片に対し、アマネの冷静な分析によって攻撃の種類を理解する。

 どうやら正面から迫ってきた無数の針は、黒鐘をジュエルシードに近づかせまいとする巨木の抵抗のようだ。

 進行上に迫る無数の細い枝に対し、黒鐘は左右に回避することで難を逃れるが、それでは意味がない。

 前に進まなければジュエルシードは封印できないのだから。

《マスター。 まさか無策で突撃を仕掛けようなんていたしませんよね?》

「……」

《『速く斬って突撃すればどうにかなる』、だなんて思ってはいませんよね?》

「……ごめんなさい」

 色んな意味で逃げ場を失った黒鐘は、深々とその場で謝った。

 アマネの指摘通り、黒鐘は自らの持つ速度を最大限に生かして突撃を仕掛けようとしていた。

 それを見抜かれ、それが間違いだと指摘された黒鐘は再び回避に徹する。

《マスターは先ほどの雷切の連発で体力を多く消費しています。 そんな状態で無理に突撃を仕掛ければジリ貧になってしまいます》

「だけど、今のまま回避を続けてたってジリ貧だろ!?」

《いいえ。 あと三十秒ほど粘ってください》

「……え?」

 思わず声を上げた黒鐘に対してアマネは、いつもと変わらず冷静でいた。

 そして冷静が故に導き出した戦術は、既に行われていた。

《レイジングハートに砲撃の準備をするよう指示いたしました。 現在、この巨木はマスターを最優先排除対象としているため、高町様に攻撃が行われていないようなので、あと三十秒粘れば再び砲撃が来るでしょう》

 アマネは淡々と、自らが建てた戦略を語った。

 現在、ジュエルシードによって生み出された巨木は、内部に侵入した上にジュエルシードに迫っている黒鐘を最優先処理対象として認識している。

 それによって巨木から離れている高町は標的から外されているため、砲撃の用意ができた。

 レイジングハートとの情報交換を密に行っていたアマネはそのことを知るや、黒鐘が防戦一方である状況と混ぜ合わせ、最も成功率の高い戦略を建てた。

 やることは先ほどと殆ど変わらない。
 
 高町の砲撃に合わせ、黒鐘もまた大技を放ってジュエルシードを封印させる。

 一人で無茶してでも解決させるのではなく、仲間がいるのであれば力を合わせて無事に完遂させること。

「……流石、姉さんが造ったデバイスだよ」

 それがアマネが伝えたいことだった。 

 黒鐘よりも思考が早く、行動が早い存在。

 速さがウリの黒鐘よりも早い唯一の存在こそ、彼が持つデバイス/アマネであるのだと改めて思い知らされた黒鐘は、額に冷や汗を流しながら苦笑を漏らす。

「なら、三十秒後に俺も大技を放とう。 高町が砲撃を放った後、次の攻撃が来る前にこちらから追い打ちをかけて終わらせる!」

《了解です》

 互いに納得のいく戦術を見出すと、黒鐘は羽織っていた黒いコートを脱ぎ、そのコートへ魔力を流し込む。

 するとコートは薄く、黒いディスク状に変化して金属のような硬さを持ち合わせた。

 アマネが銃の時はマントの姿となり、刀の時はコートへ変化するこの羽織りもまた彼にとっては重要な武器の一つ。

 魔力を流し込むことでディスク状に変化し、防御用の盾になるバリアジャケット。

 黒鐘はそれを投擲として前方に放つ。

 ディスク状の羽織りは進行上で衝突した枝を尽く蹴散らしていき、ブーメランのように孤を描きながら黒鐘の足元に盾として戻ってくる。

 そして再び放たれ、迫ってきた枝を弾き返していく。

 その後ろで黒鐘は刀を収めず、上段の構えを取る。

 左足を僅かに前に出し、真っ直ぐな姿勢のまま魔力を込めると足元に独特な形状をした魔法陣が展開される。

 すると魔法陣から無数の糸のように伸びた黒い魔力が刀身に集まり、光り輝く。

《残り三秒……二秒、一秒――――》

「行くぞ――――!」

 黒鐘は刀身にありったけの魔力を乗せ、一気に振り下ろす。

 大気を切り裂き、凄まじい轟音を立てながら振り下ろされた刃は斬撃を飛ばし、斬撃は膨大な魔力を喰らって膨張――――漆黒の斬撃となって前方に放たれた。

 小伊坂 黒鐘が持つ中距離魔法の一つ。

 魔力を乗せた斬撃を飛ばし、触れた全てのものを斬り裂く――――国喰牙翔(こくがしょう)

 放たれた直後、斬撃の行く手を阻む木々の壁が乱される。

 ジュエルシードを守るために行われた最後の防御策。

 しかしそれを見抜いていたアマネの戦略により、木々の壁は上空から迫っていた桜光の砲撃……高町 なのはのディバイン・バスターの直撃によって消滅する。

 そして、黒鐘が放った国喰牙翔はその名の通り、木々を喰らうかのように進み――――ジュエルシードに直撃した。

 ジュエルシードは強力なエネルギー体のであり、常にエネルギーが放出された状態のためになんの対策もなしで触れると弾かれてしまう。

 それを防ぐには、同等かそれ以上の力をぶつけることによって相殺する必要がある。

 黒鐘が放った一撃にはそれだけの力が込められており、ジュエルシードは一度は強烈な光を放ったが、すぐに黒鐘の魔力光に飲み込まれてその力を封印された。

 そしてジュエルシードのエネルギーを受け取ることで存在していた巨木はその力を失い、徐々に崩壊を始めだした。

 黒鐘は瞬速を持ってジュエルシードのもとに到着すると、三つ全てをアマネの中に取り込ませる。

「回収は完了か?」

《問題ありません。 ジュエルシードの回収は成功いたしました》

「……分かった」

《マスター?》

 アマネは返答が遅れた黒鐘を心配して声をかけると、彼は悲痛な表情で語る。

「俺……本当にダメなヤツだよな」

《……フェイト様のことですか?》

 突然の言葉に、アマネはわかっていたかのように冷静に返答する。

 黒鐘は静かに頷き、迫る木片を斬り伏せながら思い出す。

 ――――柚那のもとに向かう途中、黒鐘のもとにフェイトが現れた。

 フェイトは相棒である契約獣のアルフを連れ、黒鐘に自宅に置いていたアマネを渡し、別れを告げてきたのだ。

 柚那のこと、巨木のことがあった黒鐘はフェイトを止めることができず、彼女は去っていった。

 何より彼女の決意に満ちた瞳に、黒鐘は留める言葉を見いだせなかった。

 フェイトにバルディッシュを渡した時、彼女は小言で『ごめん』と呟いたのが頭から離れない。

「フェイトは母さんが自分を傷つける存在だと理解したはずだ。 なのに、帰ったんだ」

 それがどれだけの覚悟だっただろうか、と黒鐘は考えただけで胸が締め付けられる思いだった。

 同時に、そんな彼女を救うこともできなかった自分に対する怒りが溢れ出す。

 両親を失い、姉も失いかけた過去を持つ黒鐘にとって、フェイトを救えなかったことは後悔してもしきれないことだった。

 柚那を救って、フェイトも救う。

 どちらも一度に救えるような力が欲しくて、努力して、強くなったと思っていた黒鐘は理解する。

「俺はまだ……こんなにも、弱い」

 怒り任せに振るった刃が、魔力を乗せた斬撃となって周辺の木壁を破壊していく。

 それを見て、彼の怒りを聞いたアマネは淡々と語る。

《マスター。 まだ、何も終わっていませんよ?》

「え……?」

《柚那様を救うことができました。 フェイト様は去りましたが、相方がいたようですし、命を失うようなことはないでしょう》

「でも、フェイトは傷つくんだぞ?」

《ならばまた救えばいいだけのことです。 今回がダメでしたら次。 次がダメでしたらそのまた次……何度でも、何度でも手を伸ばして差し上げればいい》

「……」

 当然のように語るアマネに、黒鐘は言葉を失う。

 力強く、真っ直ぐな言葉は黒鐘の心に響いて溶けていく。

「まだ、どうにかなるのか?」

《フェイト様はジュエルシードを求めてこの世界に来た。 でしたらジュエルシードが存在し、マスター達が探し続ければきっと、フェイト様と相まみえることになるでしょう》

「……そう、だよな」

 アマネの言葉を受けて、黒鐘は強く頷いた。

 そして崩壊する巨木を回避し、脱出していく。

 もっと速く、速く……そして、強くなりたい。

 皆を守れるくらいに。

 誰も失わないために。

 ただただ、強くなりたいと……そう思いながら、大地を蹴り上げた。


*****


「終わった、みたいだね」

《ええ。 お疲れ様です、マスター》

「うん。 お疲れ様、レイジングハート」

 レイジングハートから指示を貰って、洞窟に砲撃を放った後、すぐに別の音が洞窟から響いてきた。

 それが小伊坂くんの魔法だってすぐに分かって、安心して……ほんの少しだけ、辛い。

 私は結局、二発の砲撃を放っただけで、それも小伊坂くんやレイジングハートの指示やサポートなしじゃできなかった。

 魔法を使えるようになってまだほんの数日。

 だからきっと誰も、私のことを責めない。

 責めてくれない。

 私はまだ、私の力不足を許されてしまう。

 それが辛かった。

 もっと私にできることがあれば、小伊坂くんに無茶をさせずに済んだんじゃないかって。

 そう思ったから。

「レイジングハート、聞いてもいい?」

《なんでしょうか?》

「私は、強くなれるかな?」

 私は強くなりたいと思った。

 彼のように。

 真っ直ぐ、速く駆け抜ける彼と一緒に飛べるようになりたいから。

 そんな私にレイジングハートはいつものように淡々と答えてくれた。

《全てはマスター次第ですが……マスターは、強くなれます》

 ほんの少しだけ力強いものを感じる言葉に、私は気づけば笑顔で頷いていた。

「うん、ありがとう」

 迷いが振り払えたわけじゃない。

 まだ、自分の力不足に納得できたわけじゃない。

 だけどほんの少しだけ、楽になった。

 そして見えた気がした。

 これからの私がどうなりたいか。

 どうあるべきか。

 なりたいものが、ほんの少しだけ……見えた気がした。 
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