| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第177話 水鏡先生

 正宗は紗耶夏(黄承玄)の屋敷で歓待を受けると、襄陽城に帰還した。彼は現在は荊州の暫定の主を誰にするべきかで悩んでいた。彼は当面の荊州牧として劉琦を押そうと考えたが、朱里と桂花は正宗の案に懸念をしてしていた。
 劉琦を暫定の荊州牧とすれば、間違いなく劉表の影響を受けてしまい、後々面倒なことになると献策を受けた。では誰を後任に据えるか苦心した。順当なのは正宗の従妹である美羽。彼女は長らく南陽郡太守として善政を行い民衆の人気がある。また、彼女は汝南袁氏の出自であり、名門の血筋であることから豪族達も受け入れやすく納得のいくものだった。しかし、美羽を据えれば、正宗が野心有りと朝廷内に疑心を抱かせることにならないかと正宗は不安を抱いていた。

「正宗様! はわわ大変です!」

 正宗が荊州牧の後任を選ぶために資料とにらめっこをしていると、彼の執務室に慌てた様子の朱里が走りこんできた。

「朱里、どうしたのだ? そんなに慌てて。冥琳が到着したのか?」
「はい! 冥琳様が到着しました。でも、それ以上に大変なことが!」

 朱里は冥琳が到着したと言った。つまり冥琳が率いた兵二万が到着したことになる。これで上洛の準備は整ったことになる。

「大変なこととは何なのだ?」
「はわわ。先生が来られたのです」
「先生? 慈黄(鳳徳公)が来たのか?」

 慈黄は美羽の元に派遣されていた。彼は荊州一の名士であり人脈も幅広い。彼が美羽の元で辣腕を振るえば荊州掌握は順調に進むことだろう。だが朱里が慈黄が来る位で驚くであろうか。正宗もそう思い思案気な顔を浮かべた。

「はわわ。いいえ。違います。先生です」

 朱里は気が動転していた。正宗は朱里の様子に困惑するも彼女に聞き返した。

「朱里、落ち着いて話してくれないか? 先生では私は誰のことを言っているのか分からない」

 正宗は朱里を落ち着かせた。朱里は彼に言われ深呼吸を繰り返した。彼女は呼吸を整えると正宗の顔を見て口を開いた。

「水鏡先生が正宗様にご面会を求められています。水鏡先生は冥琳様とご一緒です。お会いいただけますか?」

 朱里は正宗に質問した。彼女は自分の先生である水鏡先生こと司馬徽が事前連絡も無し面会を求めていることを懸念しているようだった。彼女の杞憂を余所に正宗は大笑いした。

「司馬徽殿。私が出向くつもりであったが、彼女から私を訪ねてくれるか。朱里、喜んでお会いしよう。客人として出迎えたいと伝えて欲しい。謁見の間にお通ししてくれ」
「正宗様、畏まりました。先生をお通ししておきます。冥琳殿も同席させますか?」

 正宗は朱里の問いに頷くと仕事を一旦取りやめ立ち上がった。朱里は正宗の意思を確認すると正宗に拱手し去っていた。正宗は名士の訪問に機嫌が良さそうだった。



 正宗が謁見の間で椅子に腰をかけていると、程なくして冥琳と、その後ろに女性が付いてきていた。朱里は二人を先導して共に入ってくると正宗の側に近づいてきた。
 冥琳と女性は正宗の面前まで来ると両膝を着き拱手し頭を下げた。女性は冥琳の少し下がった位置にいた。

「正宗様、兵二万を伴い参りました。後ろにいる御方は水鏡殿にございます。正宗様に目通りを願いたいと、私の元に参られたので同行していただきました。水鏡殿、もっと前に」

 冥琳は司馬徽に気を遣いながら前に出るように促した。司馬徽は冥琳の勧めを受けて、冥琳の隣に進み出た。

「車騎将軍、わざわざ面会の機会をいただき感謝いたします。私は司馬徳操と申します。巷では水鏡などと呼ばれております。荊州を鎮撫されお忙しいと思っておりましたが、一度お会いしたいと思い罷り越しました」
「水鏡殿、面を上げられよ。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。ささお立ちください」

 冥琳と司馬徽は正宗に促されるまま立ち上がった。

「水鏡殿。余は悩み事がありましてな。高名な水鏡殿に意見を聞かせてもらえるか?」

 正宗が司馬徽に語りかけると朱里は彼の話す内容を理解出来たのか得心した表情に変わった。

「意見でございますか? 非才ではございますが、私でよろしればお力にならせていただきましょう」

 司馬徽は顔を上げ知的な笑みを浮かべた。彼女の顔から年齢は四十位と正宗は見た。銀色の長髪を後ろで結わえ、その表情は品があった。

「悩みというのは他でもない。余は暫定の荊州牧に誰を据えるべきかで悩んでいる」
「車騎将軍は誰を押したいとお考えなのでしょうか?」

 司馬徽はいきなり正宗に質問した。彼女は車騎将軍の存念をまず聞きたいようだった。

「問題を先送りにするならば、劉景升殿の嫡女・劉琦殿と考えている」

 司馬徽は意味深な笑みを浮かべた。彼女は朱里に視線を向けると、朱里が正宗の考えに不服そうな顔をしていた。朱里は司馬徽に見られていると気づくと「はわわ」と慌てて平静を装った。その様子を見て司馬徽は笑みを浮かべた。

「車騎将軍、本音でお話いただけないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「車騎将軍が劉琦様を押されると気持ちを固めておられれば、家臣が何を言おうと劉琦様を押されればよいと存じます。ですが、悩まれているということは本当に押すべき人物が居るのではございませんか?」

 正宗は司馬徽に言われ苦笑した。

「隠し立てしても意味がないな。余が押すべきは従妹である袁公路であると考えている。家臣もそう意見している」
「袁南陽郡太守は善政を行い民草に愛されていると聞き及んでおりました。襄陽に参るまでの旅路にて南陽郡を通りましたが、民草の表情は明るく活気に満ちておりました。噂通りの人物であると推察します。車騎将軍が荊州牧に押される理由は十分に分かります」

 司馬徽は一旦言葉を切り正宗を見た。

「車騎将軍が懸念されるのは南陽郡太守を選ぶことで身内贔屓と揶揄されることですね?」

 司馬徽の問いに正宗は頷いた。

「車騎将軍、ご心配に及びません。民草のことをお考えであれば南陽郡太守を自信を持って押されるべきです。力無き傀儡を上に据えた所で国の乱れとなるだけです」

 司馬徽は厳しい表情で正宗に言った。その態度は正宗に説教をしている様に見えた。周囲の者達も同様だった。
 正宗は双眸に強い意志が漲らせた。

「水鏡殿、貴殿の意見を聞き、気持ちが固まった。迷わず従妹を押すことが出来そうだ。朱里、朝廷へ南陽郡太守を荊州牧として奏上せよ」

 正宗の指図に朱里は満足そうに頷き拱手した。

「車騎将軍、もう一つ意見してもよろしいでしょうか?」

 正宗と朱里が会話していると司馬徽が割って入ってきた。

「聞かせてもらおう」
「車騎将軍、こたびの討伐の恩賞がありましょうが全てご辞退ください」

 正宗は司馬徽の献策の意図を探った。元々彼は恩賞を辞退する腹づもりである。辞退する代わりに劉表の助命を願いでる。そうすれば劉表の助命は確実なものになると見越していたからだ。

「何を望めばいいのだ?」

 正宗の問いに司馬徽は謀略を思いついた軍師の顔に変わっていた。

「車騎将軍は劉景升様を救うつもりであると思います。その見立てに間違いはないでしょうか?」
「そのつもりだ」
「では、皇帝陛下が褒美の話を出せば、劉景升様の助命を願い出られることを勧めます。そして、南陽郡太守の荊州牧の正式な就任を直に奏上なさるのです」
「随分と大胆であるな。百官の者達の中に余が野心を抱いていると思い反対する者が出るかもしれんぞ」
「荊州を鎮撫された車騎将軍が直々に奏上されるから意味があるのです。南陽郡太守では無く車騎将軍を押す者達もいるかもしれません。車騎将軍が『逆賊とはいえ荊州の者達を多く殺めた自分より善政を行い民草の信任のある者が治めた方が乱れた荊州も早く安寧をもたらすことができる』と言えば、車騎将軍を野心を抱く者と誹る者達はおりませんでしょう」
「それでも騒ぐ者達がいるかもしれんぞ」

 正宗は鋭い目で司馬徽を見た。彼の懸念は賈詡である。賈詡は間違いなく正宗の縁者が荊州牧になることを間違いなく嫌い邪魔をしてくるだろう。

「そのような者達は天下の安寧を望まぬ者ということです。皇帝陛下に堂々と意見なされませ」

 司馬徽は正宗の言葉を一蹴し強い口調で意見した。正宗は得心したのか満足気な笑みを浮かべた。

「水鏡殿、噂通りの人物であった。本来であれば私が出向こうと思っていた。本日はわざわざよく来てくださった。礼を言わせてもらう」

 正宗は椅子を立ち司馬徽にゆっくりと近づくと手を取り礼を言った。彼は自らの一人称を「余」から「私」に変えた。彼が司馬徽に親近感を抱いたということだろう。

「それを待ちきれず参りました。義兄妹の契りを交わした兄・鳳心魚から文をもらい私に誘いがあるということは知っておりました。冀州にて学校を開き教鞭を振るって欲しいとか」
「その通りだ。水鏡殿は引き受けてもらえるだろうか?」

 正宗は回りくどいことは言わず率直に要望を伝えた。

「どのような学校を望まれているのです?」

 司馬徽は乗り気な様子で正宗に質問してきた。

「貴賤を問わず学べる学校を作って欲しい」
「貴賤を問わずですか?」

 当時は学問が出来る身分はそれなりの資産が必要とされていた。しかし、正宗は貴賤を問わずと言った。正宗の言葉に司馬徽は正宗を値踏みするように見た。

「私が作る学校は学ぶ者達の学費を無償とする。勿論、寄宿舎も用意し、そこで生活する者達には生活費を保証しよう。学校の運営資金は全て私が築いた財を投入するつもりだ」

 司馬徽は彼女の創設した水鏡学院は無償とまではいかないが低料金の学費で生徒を取っていた。足らない分は生徒達で畑を耕すなどで捻出していた。それでも経営は苦しいかった。
 正宗の申し出は司馬徽にとって嬉しい限りだった。だが、彼女は正宗が何故に学費を無償化にし、生活費まで面倒みると豪語するのか理由が知りたかった。あまりに旨い話に疑いを持つのはごく自然のことだろう。

「あまりに学ぶ者達にとって益しかない学校ように思います。そうまでなさる理由をお聞かせ願えませんか?」

 司馬徽の表情は返答次第では辞退するつもりであるように見えた。

「別に善意で行う訳ではない。私は平和な世を創りたい。平和な世を創るには強い国を創らなければならない。他国が攻めることを躊躇する強い国だ。そのためには多くの人材がいる。学問を独占する士大夫だけでは駄目だ。より多く門戸を開き、在野に埋もれる才人を集めなければならない。それでも足らない人材は育てる必要がある。その場所が私が作ろうとする学校だ」

 司馬徽は正宗の言葉に面食らっていた。彼女にとって正宗の夢は想像を絶していた。

「水鏡殿、有能であることに貴賤は関係あるのか? 私は在野にいる有能な者達の芽を育てたいだけだ。良き国を創るのは人である。士大夫ではない! 水鏡殿、私に力を貸して欲しい」

 正宗の話は儒者が聞けば激昂するような内容だが司馬徽は感銘を受けた様子だった。

「車騎将軍、私の真名は『鏡翠(きょうすい)』と申します」

 司馬徽が真名を伝えたことで、正宗は司馬徽が話を引き受けたことを理解した。

「鏡翠、私の真名は『正宗』と言う」
「正宗様、謹んで真名を預からせていただきます」
「鏡翠、学校の責任者になる条件を聞かせ欲しい」

 鏡翠はしばし考えこんだ後に口を開いた。

「条件は三つです。現在の水鏡学院は今まで通り運営させてください。そして、水鏡学院にもご援助を賜りたく存じます。そして、水鏡学院の校長には単福(たんふく)を据えたいと考えています」

 鏡翠の申し出は単純だった。彼女が創設した水鏡学院の運営資金を正宗に出させることだった。正宗の考えが本当であれば水鏡学院の援助は喜んでしてくると考えてのことだろう。正宗は「単福」という名を耳にし眉を動かす。徐庶の偽名である。史実では義侠心に厚い人物で知られている。朱里は正宗の様子に気づいたのか表情を緊張させた。

「よかろう。本音をいえば水鏡学院に在籍する全ての生徒は冀州に来て欲しいと考えていたのだがな」

 正宗は鏡翠の申し出を快く受け入れた。

「正宗様、ご配慮ありがとうございます。これで冀州に心置きなく参ることができます。生徒には要望を聞くつもりです。冀州に付いてきたい者達は新たな学院に入ることをお許しください」
「鏡翠、学校の責任者はお前だ。私は金を出すだけ、貴賤を問わず門戸を開く学校であれば、私は何も口は出さないつもりだ。だが、不貞の輩が学院に入る込むことは許さない。荒事が必要な時は私や朱里でも誰でも構わない。気を遣わずに言って欲しい」

 正宗は神妙な表情で鏡翠に言った。鏡翠は学校の差配を全て任されたことに感動していた。

「正宗様、ありがとうございます。冀州に誇る学校を創ってみせます」
「よろしく頼む。鏡翠、単福なる者はどのような人物か聞かせてもらえるか?」

 正宗は徐に徐庶の人となりを聞いた。鏡翠はしばし考えた後、口を開く。

「単福は義侠心に厚く、友のためであれば、例え罪を背負うことになろうと躊躇うことはない人間です」

 鏡翠は昔を回想するように正宗に語り出した。彼女は暗に単福は罪人と言っているようなものである。それでも鏡翠が語った理由は正宗が儒者的な偏狭な思考な持ち主でないと思ったからだろう。朱里は鏡翠の言葉に顔色を変えていた。朱里は徐庶の過去を知っているのだろう。史実の徐庶は友人に敵討ちを頼まれ、役人を殺めた。その後、友人の助けで逃げ出し逃亡し剣を捨て学問の道を歩んだとある。この世界の徐庶も似たような経歴であることを正宗は理解した。朱里は神妙な顔で鏡翠の話に耳を傾ける正宗が単福が何者か気づいていると察しているようだった。

「はわわ。正宗様、単福は。単福は決して悪人ではございません。ただ義理堅く馬鹿正直で損する性格なのです」
「朱里、何を慌てている」

 正宗は委細承知と言わんばかりに深く頷いた。彼の態度から朱里は徐庶が非道い目に遭うことはないと理解したのか胸を撫で下ろしていた。鏡翠は二人の様子を黙って見ていた。

「鏡翠、単福に会わせてもらえないか? 悪いようにはしない」

 正宗は鏡翠を見た。

「単福にですか?」
「警戒せずとも良い。私には従妹がいる。従妹の相談役となって欲しいだけだ」
「袁太守の相談役にございますか?」
「不服か?」
「いいえ。滅相もございません。袁太守に確認せずともよろしいのでしょうか?」
「従妹は信用にたる家臣を欲している。単福ならば従妹の目に適うであろう」
「一度も会っていない者を抜擢することは浅慮ではございませんか?」
「朱里と鏡翠が人物を認めているのだ。単福は相応な人物であろう。少なくとも無能ではあるまい。私は過去は一切気にしない」

 正宗は笑みを浮かべた。彼の様子を見て鏡翠は口元を抑え上品に笑った。

「清流派のお家柄の方のお言葉とは到底思えません」

 鏡翠は言葉と裏腹に正宗のことを好意的に思っているようだった。

「祖父なら激昂して私を諫めるであろうな。だが、私は私だ」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧