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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第四節 転向 第一話 (通算第76話)

 
前書き
信じていた正義を目の前で裏切られたエマ・シーン。バスク・オムの親書はエマの信じるティターンズの誇りを打ち砕くには充分だった。
ブレックス・フォーラのいう「重力に魂を引かれた人々」という言葉が、エマの正義感に重く伸し掛かる。軍属とはいえ本来は軍人ではない民間人を盾にとったバスクに対する不信。そして、その事実が《アーガマ》のクルー――ひいてはスペースノイド全体からの不信に繋がることは明白だった。 

 
 待機中のデッキクルーたちは、甲板脇に屯していた。ガンルームの人影は疎らであったが、数人がひそひそと噂話をしている。
「おい!聞いたか?ティターンズの奴ら、《ガンダム》を返さないと人質を殺すとか言ってきたらしいぜ」
「マジかよ…」
「あぁ、あの中尉の両親が人質だってんだろ?」
「さすがはアースノイドのクソ野郎どもだせ。やることがエゲツない」
 彼らを口さがない連中と蔑むのは容易い。だが、この緊迫の中、ティターンズの動向は注目を集めて当然であった。
 第一、軍が民間人を人質に取るということは、有史以来無いわけではない。しかし、中世紀以前ならともかく、現近代においける一国の軍隊として信じがたい行為だ。少なくとも、連邦軍創設以来なかったことである。テロリストならともかく、惑星国家たる地球連邦政府の平和を守るという建前を持つ軍隊のやることではない。人質などというものは、政府要人であっても非難される行為であるというのに、それが軍属とはいえ民間人であることは大問題だった。過激派の突出では済まないレベルの話である。主義者ではないレコアでさえ嫌悪することだった。
「無駄口叩かないでっ。今は、第一種戦闘配備中でしょ!」
 手を叩いて拍子をとりながら言うレコアの声に、デッキクルーたちが首を竦めて部屋を出てく。彼らとて悪気があってのことではない。話していなければ、不安で居たたまれないだけのことであり、偶々その話をしていただけなのだ。
 レコアにも、彼らの心境は解らないではない。レコア自身、喉がひりついて、ドリンクチューブを取りに来たぐらいである。逸る気持ちと落ち着かない不安感、敵が近いという緊迫感が、皆をいつもより饒舌にしているのだ。
「カミーユやランバン……それにメズーン中尉の耳に入ったら困ったことになるでしょ?」
 メズーンらは今、別室にて待機している。搭乗する機体のこともあり、ブリーフィングルームでミーティングすることになっているはずだ。不幸中の幸いとも言えるが、箝口令が敷かれていないのが気になる。クワトロに進言するべきかどうか迷うところだ。箝口令を敷いた所でエゥーゴ――いや、《アーガマ》では効果があるとは思えないからだ。半分が民間人――厳密には現地徴用兵と民間からの出向組だが――なのだ。普通の軍隊並みに規律を保つのは不可能だ。
 それに、理由は解らないが、拭いきれない嫌悪感がまとわりついて離れないのが気に掛かっていた。ティターンズには、もう一つ裏に何かしらの企みがあるような気がするのだ。べとついた汗が肌にシャツを貼りつかせたような不快感が残る。
「全く厄介なことになったわ……」
 その呟きの向こうに、レコアの予想を遥かに超える厄介さが迫っていた。視線を正面に戻したとき、レコアは此処にいるはずのない人物を見た。
「……カ、カミーユっ!?」
 そこには怒りに身を震わせながら、衝動で飛び出してしまいそうな、まだ青年になりきれない若者が立っていた――いや立ち尽くしていた。軍人としての自分と、人間としての自分に折り合いのつかない顔をしている姿に覚えがある。レコアにも、似たような経験があるからこそ解るのだ。
「中尉……こんなとき、俺はどうすればいいんですか?」
 重く苦い声だった。長い付き合いではないが、およそカミーユらしからぬ声だ。苦悩に満ち、叫び出したい衝動を必死に抑え込んだような声。
 レコアは渇いた喉をドリンクチューブで潤したかった。カミーユの問いは簡単に答えられるものではないし、レコアとて誰かに聞きたかった。
「それは……貴方が考えることなの?」
 レコアは逃げた。だが、レコアにもそれしか言えなかったのだ。レコアとて軍人である前に人間である。しかし、全ての兵士がそれを言い出したら、軍は機能を失う。軍隊とは人間を機械の歯車として扱うかのような組織なのだ。だからこそ、それを自覚していてもなお、言わなければならない台詞だった。
「先輩は知らないことなんですよね」
「カミーユ!」
 レコアはカミーユの言葉を遮った。
 カミーユの両肩を掴んで正面から見据える。やるせなさと抑えきれない怒りが滲んだ視線がレコアを射竦めた。
「カミーユ……」
 先ほどとは裏腹に、レコアはゆっくりと口を開いた。ひりついた喉から絞り出すように出た声は、驚くほど低いアルト。
「……《ジムII》のコクピットで待機して」
 カミーユにだって理解できていない訳ではない。だが、友人としての立場と兵士の立場とが交錯した結果なのだ。だから、レコアは小隊長としてカミーユを兵士として扱うことでメズーンとの接触を断つしかなかった。そうすれば、カミーユの心に逃げ場ができると考えたからだ。それ以外、レコアにできることなどなかった。
「……分かりました」
 カミーユはレコアを振りほどいてガンルームを出ようとした。レコアはそのカミーユの後ろから抱き締めた。ふわっと浮いた身体はカミーユの後頭部を胸にくるんだようだった。
「レコア中尉!?」
「ゴメンね、カミーユ……」
 それがレコアにできる精一杯だった。
「中尉は何も悪くないのに、何故謝るんですかっ!」
 そう叫んだカミーユの瞳は濡れていた。行き場のない怒りは自分の無力さへの哀しみに安易に転化する。その先は――
「人はね……自分の目の前で起こること全てを解決することはできないの。あなたはあなたにできるだけのことをしなさい。今はパイロットとして不測の事態に備えて待機することが、あなたの為すべきことよ。」
 カミーユは泣きながら黙って頷いた。 
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