| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ターン49 鉄砲水と天部の舞姫

 
前書き
どうも、先週は投稿できずにすみませんでした。一応つぶやきには書いたんですが、普段めったに書かないせいで気づいた人も少ないようで、やっべえなあなんて思いながら見てました。
前回のあらすじ:野生のサンドモスの精霊とのデュエルに辛くも勝利した清明。どうにかアカデミアに向かうものの、命の奪い合いになるデュエルという現実が心には重くのしかかっていた。 

 
「………えっと」
「………」
「あ、はい、なんでもないです……」

 時は……えっと、いつなんだろう今。ともかく3つの太陽がすべて地平線の向こうに沈んだから、ざっくり夜だということぐらいしかわからない。場所はある教室、登場人物は僕と十代、翔、剣山、明日香にジムとヨハン……ざっくり言えば、夢想を除いた旧SAL研究所突入メンバーだ。十代が不安そうに成り行きを見ている中、他の面々は多かれ少なかれ非難を含んだ目つきでこちらをじっと見ている。とりわけ、明日香からの視線が強い。どうにかアカデミア校舎にたどり着いた僕をいきなりこの教室に引っ張ってきたのも彼女で、それからもほぼ一言も喋っていない辺りに凄まじい怒りが見て取れる。
 どんどん重くなってくる空気の重さに耐えかねたかのように、口火を切ったのは十代だった。

「な、なあ清明。俺はさっきお前とデュエルして、お前には何かお前なりに事情があったんだって信じてるぜ。だけど、1人で悩んでるなんて水臭いじゃないか。一体何があったのか、俺たちにも説明してくれよ」

 ここまで来た以上もうごまかしたり逃げたりすることは逆効果にしかならないだろうし、何よりそんなことではここにいる皆も許してくれないだろう。それに、さっきも皆には後で説明するって言っちゃったし。

「どこから話せばいいのかな。えっと……」

 全てのきっかけになったよくわからない予知夢のことから話し始める間、誰も口を挟むことはなかった。夢を見たのがきっかけだった、なんて我ながらメルヘンな話だとは思うけれど、僕らもこの2年間で世界にはいろいろ不思議なことがあることをいやというほど思い知らされたからだろうか。

「そうか、だからあのデュエルの時、少し様子が変だったのか」
「うん……。一言一句違わずに同じ盤面に持ってかれたからね、こっちも気が気じゃなかったよ」

 そして、その後コブラとデュエルをしている最中にふと気が付いてしまった僕の心の闇……ここ最近、光の結社との戦いがひと段落してからの負け続きで少し、また少しと僕本人ですら気づかないうちにひっそりと広がっていった恐怖。

「でも結局、僕は怖かったんだ」

 負けることそのものにではなく、その結果どんどん強くなっていく他の皆に置いて行かれるのではないかという不安。

「だってそうでしょ?皆はこの2年間で、入学した時とは比べ物にならないぐらい強くなった。だってのに僕はどうだっての?新しい力を手に入れたって、結局満足に使いこなすこともできない。一瞬スランプも抜けられた気もしてたんだけど、でもやっぱり現実を見せつけられてさ」

 我ながら、うじうじうじうじと女々しいなあとは思う。だけどそれは一度口に出し始めると、もう止まらなかった。喉の奥につかえていたような恐怖を吐き出すごとにそれがまた新たな言葉を生み、何とも情けないことに全身を震えさせながらも言葉を繋ぐ。

「本当に……もう、駄目だね……ごめん、皆」

 もはや立っていられなくなり、ずるずるとその場にへたり込んでいく。完全に膝が折れる寸前、僕の両肩をすらりと伸びた腕が強引に支えた。

「っ……!いい加減にしなさい!」
「明日香……」

 これまで一言も僕とは口を利かなかった明日香が、ついに感情を爆発させた。半ば引っ張り上げるようにして僕を再び立ち上がらせると、カツカツと足音を立てて教壇の方へ歩いていく。ぽかーんとそれを見ていると、キッと振り返って刺すような視線で睨みつけてきた。

「来なさい、清明。そこまで言うなら私にも考えがあるわ、デュエルでその根性叩き直してあげる」
「え!?」
「お、おい明日香、少し落ち着けって……」
「十代は黙って!……さあ清明、こっちに来なさい?」

 まっすぐな性格の明日香にとって、今の僕はそれほど見てられないのだろう。それはよくわかる。仮に今の僕を去年の今頃の僕が見たとしても、ここまで怒るかどうかはともかくイライラしてしょうがないだろうし。

「駄目だよ明日香、この世界でもデスベルトの仕組みはまだ生きてる。ここでデュエルなんて始めたら、後でどんなことになるか……!」
「もちろん知っているわよ。でも、関係ないわ。貴方がいつまでもそんな調子だから……いえ、今は言わないでおくわ。ただ、本当に申し訳ないと思う気持ちがあるなら、ここで勝負から逃げるような真似はできないはずよ」

 なんとはなしに含みのある言い方が多少引っかかり、ふと思い立ってさっと後ろを向く。綺麗に全員目を逸らしたところを見ると、どうやらここの皆も知っていることらしい。その話も気になるけど、その次のセリフの方が気にかかった。

「勝負から、逃げる……」
「ええ。それでもまだくだらない言い訳をして後ろを向くなら、私もこれ以上それを止めはしないわ。その代わり、ここにいる誰も2度とあなたに手を差し出すような真似はしないと思いなさい」

 数秒ほど下を向き、明日香からの最後通牒をじっくりと噛みしめる。言い方には棘があるけれど、これもつまりは明日香なりの優しさなんだろう……多分。やがて決心がつき、顔を上げて教壇からこちらを見据える彼女の顔を見上げる。

「明日香はきっついなあ……でも、ありがと。それじゃあひとつ、デュエルと洒落込もうか……!」

 同じく教壇に立ち、その端と端にたがいに陣取る。デュエルディスクにデッキをセットし、オートシャッフル機能を作動させる。ライフポイントの表示がカシャカシャと増えていき、やがて4000で止まる。その様子を見つめながらも、頭の中は既にこれから始まるデュエルのことが大部分を占めていた。僕はこのデュエルを経て、何かを掴むことができるだろうか。いや、できるかではない。明日香がデスデュエルの危険を押して僕と真剣に向かい合ってくれる以上、何も得るものなく終わらせるなんてことはそれこそ許されることではない。

「「デュエル!」」

 掛け声をかけ、初期手札に目をやる。先攻は明日香、さあ、どう出てくる?これまで僕が見てきた明日香のデッキは融合モンスター、サイバー・ブレイダー主体の物だった。そして光の結社時代の明日香は、万丈目の話によると効果モンスターの白夜の女王を軸としたものだったらしい。今の明日香は、どちらの戦術を取ってくるだろうか。

「私のターン!カードを2枚セットして、さらにサイバー・プチ・エンジェルを召喚」
「へっ?」

 思わず間抜けな声が出てしまったが、対する明日香はいたって真剣だ。フィールドに現れたのは、これまで明日香が好んで使っていた人型モンスターには似ても似つかぬ可愛らしいピンク色の球体に小さな手足と翼、そして天使の輪が付いたようなモンスター。ただ目を引くのは、その全てが金属製のロボットである点だ。

 サイバー・プチ・エンジェル 攻300

「サイバー・プチ・エンジェルは場に現れた時、デッキからサイバー・エンジェル1体か機械天使の儀式をサーチすることができる。私は機械天使の儀式を手札に加え、ターンエンドするわ」

 デッキから取り出して見せた機械天使の儀式とやらには、さすがにこの距離だとテキストまでは見えないもののその名の通り儀式魔法のアイコンが。無難にサーチだけして終わったようだけど、そんな悠長なことしてる暇はあるのかね。

「僕のターン!ハンマー・シャークを召喚して、効果発動!自身のレベルを1下げて、手札からレベル3以下の水属性モンスターを特殊召喚する!来い、グレイドル・イーグル!」

 ハンマー・シャーク 攻1700 ☆4→3
 グレイドル・イーグル 攻1500

「お決まりのパターンかしら?」
「まだまだ!水族モンスターのイーグルの特殊召喚に成功したことで、さらに手札からシャーク・サッカーの効果を発動!このカードを追加で特殊召喚する!」

 シャーク・サッカー 攻200

「攻撃表示……?」

 明日香の疑問も無理はない。この3体で攻撃しても総攻撃力は3400止まり、返しのターンでサッカーを狙われれば大ダメージは必須だ。だけどそれは、あくまでこのカードが手札になかった時の場合。

「永続魔法、水舞台装置(アクアリウム・セット)を発動!これで水属性モンスターの攻守は300ポイントアップする」

 色とりどりの木々に囲まれた御殿がそびえ立ち、水に包まれた風景の中で僕の魚たちがパワーアップを果たす。これで総攻撃力は4300、そしてサイバー・プチ・エンジェルの攻撃力は300。つまり明日香が何もしかけてこなければ、一気にワンターンキルが成立する!

 ハンマー・シャーク 攻1700→2000 守1500→1800
 グレイドル・イーグル 攻1500→1800 守500→800
 シャーク・サッカー 攻200→500 守1000→1300

「バトルだ!サッカー、サイバー・プチ・エンジェルに攻撃!」

 青いコバンザメが空中を泳ぎ、身をしならせて尾の一撃を叩き付ける。だがそれよりも先に機械仕掛けの天使の翼が急に巨大化し、生物的な質感を放つ。

 シャーク・サッカー 攻500(破壊)→サイバー・プチ・エンジェル 攻300→800
 清明 LP4000→3700

「サッカーっ!」
「攻撃力の低いモンスターから順に攻撃を仕掛ける、セオリー通りの動きね。だけど私はその攻撃に対して手札からオネストの効果発動、このカードを捨てることでこのターンの終わりまで対象の光属性モンスターの攻撃力をアップさせるわ」
「くっ……」

 今のオネストを、どう見るべきだろう。僕の仕掛けたワンキルを防ぐためには攻撃力500のサッカーに対してオネストをこのタイミングで切らざるを得なかったからやむを得ず使った、と考えるのが一番自然ではあるけれど、本当にそうなのだろうか。明日香の腕前は僕も知っているだけに、攻撃力300ぽっちのモンスターをオネスト1枚だけの防御に頼って攻撃表示で放置するとは考えにくいのだけど。いや、それとも僕がそう考える事すら読んだうえでの心理戦?
 明日香の様子をそっとうかがうも、薄く微笑んだその気の強そうな表情からは何も読み取ることはできない。追撃を仕掛けるべきか、ここは一度退くべきか……いや、迷ってて勝てる相手じゃない。攻撃はできるうちにやっておかないと。

「イーグルでサイバー・プチ・エンジェルに追撃!」
「やっぱり攻撃してきたわね!トラップ発動、モンスターレリーフ!このカードは相手の攻撃宣言時に私のモンスター1体を手札に戻し、その後手札からレベル4のモンスターを特殊召喚できるカード。サイバー・プチ・エンジェルを手札に戻し、サイバー・ジムナクティスを壁として特殊召喚!」

 その名の示す通り体操運動をするかのように華麗な動きで、サイバー・ガールの1体がフィールドに入場する。そのモンスター効果もさることながら、今厄介なのはその壁モンスターとして十分な守備力にある。しかもまたサイバー・プチ・エンジェルが手札に戻ったことで、次のターンにはまた召喚からのサーチを喰らってしまう事がほぼ確定してしまった。

 サイバー・ジムナクティス 守1800

「だったら攻撃を中止して、ハンマー・シャークで改めてサイバー・ジムナクティスを攻撃。せめて壁モンスターだけでも取り除く!」

 ハンマー・シャーク 攻2000→サイバー・ジムナクティス 守1800(破壊)

 さすがにこれ以上の罠はなかったらしく、何も発動させずにハンマー・シャークの攻撃を通す明日香。だけど今更攻撃が通ったところでこちらとしては手札を4枚使いモンスターを並べたあげくワンキルどころか壁モンスター1体を倒すのが精一杯というありさまだから、それを手放しに喜ぶことはできない。

「メイン2にカードを1枚セットして、ターンエンド」

 明日香 LP4000 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 清明 LP3700 手札:1
モンスター:ハンマー・シャーク(攻)
      グレイドル・イーグル(攻)
魔法・罠:水舞台装置
     1(伏せ)

「私のターン!サイバー・プチ・エンジェルを召喚して効果発動、デッキからサイバー・エンジェル-韋駄天を手札に加えるわ」

 サイバー・プチ・エンジェル 攻300

 この小さな天使による連続サーチにより、明日香の手元にはあっという間に儀式魔法とそれに対応した儀式モンスターの1組が揃ってしまった。それ以外の手札に別のモンスターがあれば、あの儀式モンスターが出てくる……と、そこまで考えたところで明日香が驚きの行動に出た。たった今サーチしたばかりの韋駄天のカードを召喚することなく、そのまま魔法カードを使ったのだ。

「儀式魔法、機械天使の儀式を発動!私はレベル6の韋駄天を手札からリリースし、レベル6……サイバー・エンジェル-弁天の儀式召喚を執り行うわ!」

 明日香の宣言と同時に鋼鉄の祭壇がその背後に浮かび上がり、その中心からオレンジ色の炎が噴き上がる。妖しくそして美しく舞う炎の中から、赤い扇子を片手に持った全く新しいサイバー・ガールが降臨した。

 サイバー・エンジェル-弁天 攻1800→2800 守1500→2500

「攻撃力が上がった!?」
「ええ、そうよ。私が儀式召喚のためにリリースしたのは韋駄天のカード。サイバー・エンジェル-韋駄天はリリースされた時、私の全ての儀式モンスターの攻守を永続的に1000ポイントアップさせる!」
「そうか、そんな使い方が……!」

 直接儀式召喚するためでなく、そのリリースを行うためにサーチを行う。儀式モンスターにはそんな使い方もあるのか、と学んだところでバトルフェイズに入る。……もっとも、攻撃するならしてくればいい。僕の伏せカードはポセイドン・ウェーブ、攻撃を無効にして返り討ちだ。

「バトルよ!ハンマー・シャークに弁天で攻撃、エンジェリック・ターン!」
「トラップ発動、ポセイドン・ウェー……」
「リバースカードオープン、魔宮の賄賂!その発動を無効にする代わり、相手はカードを1枚ドローできるわ」
「しまった!」

 弁天がふわりと宙に舞って僕のモンスターたちをひとっ跳びにスピンを決めつつ飛び越え、今まさにその上に覆いかぶさらんとしていたポセイドン・ウェーブの上にサーファーのように音もなく着地する。妨害手段を一切喰らうことなく、その扇子がハンマー・シャークの頭上に落ちた。

 サイバー・エンジェル-弁天 攻2800→ハンマー・シャーク 攻2000(破壊)
 清明 LP3700→2900

「痛たた……」
「あら、こんな程度じゃ終わらないわよ?弁天の効果発動、弁天が相手モンスターを戦闘で破壊し墓地に送った時、その守備力分のダメージを与える!」
「ぐわっ!」

 弁天の扇子が、今度はこちらに突きつけられる。ハンマー・シャークの守備力は下級モンスターにしては高めの1500、その数値がもろにこちらを直撃する。

 清明 LP2900→1400

「防戦すらままならないようね?私はこれでターンエンド」
「……僕のターン、ドロー」

 イーグルの守備力はわずか500だから、ここで壁にすれば弁天の被害も最小限で済む……だけど、そんなことをしている間に第2、第3の儀式召喚が行われることは明白。
 また、このまま負けていくんだろうか。これまで通り、反撃すらろくにできずにモンスターとライフばかりがただ減っていって……脳内に3年になってからの負け星の数々が走馬灯のように駆け巡り、またしても膝を折りたくなる。そこでとにかく引いたカードだけでも確認しようと目を向けて、はっとした。

霧の王(キングミスト)……」

 ずっと僕と戦い続けてくれた、唯一無二の切り札。とどめを刺すフィニッシャーとなり時には反撃の狼煙となり、どんな時でも僕を支え続けてきてくれたカード。そうだ、何度も自分に言い聞かせてきたじゃないか。気持ちで相手に負けてるようじゃ、絶対に勝つことなんてできはしないって。全く、何回やってもちょっと不利になるたびにすぐそのことを忘れちゃうんだから。
 ぶるぶると首を振って悪いイメージを頭からすっかり追い出し、新鮮な気分で明日香と改めて向かい合う。気持ちの変化が伝わったのか、明日香もあら、という表情になった。

「さあて、こっからは反撃開始と洒落込むよ!速攻魔法、帝王の烈旋を発動!この効果により僕は、このターン相手モンスター1体を素材としてアドバンス召喚ができる!僕のイーグルと明日香の弁天をリリースして、アドバンス召喚!霧の王!」

 2体のモンスターが霧に包まれ、空高く上がっていく。混じり合った2つの霧が人型に変化し、鎧に身を包んだ誇り高き魔法剣士の姿を取った。

 霧の王 攻0→3300→3600 守0→300

「霧の王の攻撃力はリリースしたモンスターの元々の攻撃力合計、さらに水属性の霧の王は水舞台装置の効果でパワーアップ!バトルだ、サイバー・プチ・エンジェルを撃破!ぶった切れ、ミスト・ストラングル!」

 言い切ってからまたオネストが出てきたら、という疑念が頭をかすめたが、どうやら今度の攻撃表示はまさにそれを匂わせるためのブラフだったらしい。結果的には何もなかったから、まさに結果オーライというべきだろう。

 霧の王 攻3600→サイバー・プチ・エンジェル 攻300(破壊)
 明日香 LP4000→700

「きゃあっ!だけど私は、さっきリリースされたサイバー・エンジェル-弁天の効果を発動していたわ。このカードはリリースされた時、デッキから天使族で光属性のモンスター1体を手札に加えるわ。この効果で2体目のサイバー・プチ・エンジェルをサーチ」
「……カードをセットしてターンエンド」

 今は一時的に盛り返したとはいえ、僕と明日香の手札の差を考えるといまだ危機を脱したとは言えない状況だ。霧の王の固有能力である、一切のリリース行為を封じるという儀式召喚に対する強烈なメタ能力を加味してもまだ不思議なぐらい気持ちが晴々している。なのになぜだろう、不思議と危機感はない。気負わずに剣を構える霧の王が隣に立っていると、不思議と心が安らぐ。いつぶりだろう、こんな気持ちになれたのは。明日香との裏表のない真っ直ぐなデュエルが、何か忘れていたものを取り戻させてくれる気がする。

 明日香 LP700 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 清明 LP1400 手札:0
モンスター:霧の王(攻)
魔法・罠:水舞台装置
     1(伏せ)

「さあ来い、明日香!」
「当然よ。私のターン!サイバー・プチ・エンジェルを守備表示で召喚し、デッキから2枚目の機械天使の儀式をサーチ。さらに魔法カード、儀式の準備を発動。デッキからレベル6以下の儀式モンスター、2体目の弁天をサーチして墓地の機械天使の儀式をサルベージするわ」

 サイバー・プチ・エンジェル 守200

 これで明日香の手札は一気に増えたことは間違いない。だけど、今更どんなに手札を増やしたところで霧の王がいる限り儀式召喚はもうできないはず。それとも霧の王を無力化する手がすでにあるのかといぶかっていると、彼女がクスリと笑うのが見えた。

「十代や貴方じゃあるまいし、そう簡単に逆転の手は引けないわよ。だけど私も、このデッキを信じることはできる。速攻魔法、リロードを発動!全ての手札をデッキに戻し、戻した枚数だけドローするわ」

 リロード……なるほど、だから手札交換の弾を少しでも増やすためにサーチを連打していたのか。明日香の手札3枚がデッキに戻り、新たなカード3枚がドローされる。

「魔法カード、貪欲な壺を発動!墓地のサイバー・プチ・エンジェル、サイバー・エンジェル-弁天、サイバー・エンジェル-韋駄天、オネスト、サイバー・ジムナクティスの5体をデッキに戻しカードを2枚ドロー。来てくれたわね、魔法カード、融合を発動!手札のブレード・スケーターと、エトワール・サイバーを融合!融合召喚、サイバー・ブレイダー!」

 明日香の初代切り札である融合モンスター、サイバー・ブレイダー。リリースを封じられたとしても、さすがにちゃんと対策はできていたってことか。

 サイバー・ブレイダー 攻2100

「サイバー・ブレイダーは相手モンスターが1体のみの時、戦闘破壊耐性を得るわ。パ・ド・ドゥ!」
「だけど耐性を持ったところで、霧の王の攻撃力の前には!」
「そこも当然対策済みよ。装備魔法、団結の力を発動!私のフィールドにモンスターが2体存在することで、サイバー・ブレイダーの攻守は1600ポイントアップするわ」

 サイバー・ブレイダー 攻2100→3700 守800→2400

「ここに来ての力押し……いかにも明日香らしいね」
「褒め言葉として受け取っておくわよ?バトル、サイバー・ブレイダーで霧の王に攻撃!グリッサード・スラッシュ!」
「だけどあいにく、力押しなら僕も負けちゃいないんでね。リバースカードオープン、グレイドル・スプリット!このカードは攻撃力500ポイントアップの装備カードとなり、僕のモンスター1体に装備される!パワーアップだ、霧の王!」

 霧の王の片目がいきなり銀色の光を放つ。青と銀のオッドアイズとなり更なる力を解放した霧の王による剣の一撃が、サイバー・ブレイダーのスケートシューズでの回転蹴りと空中で交差する。どちらもの攻撃も致命傷には届かなく、それぞれが地面に着地した。

 サイバー・ブレイダー 攻3700→霧の王 攻3600→4100
 明日香 LP700→300

「やるわね。私は……これで、ターンエンドよ」
「明日香……」

 バトル自体は互いに破壊されなかったが、この一撃でもはや勝負は決した。もはや手札も尽きて墓地リソースもない明日香のライフでは、次のターンで霧の王とサイバー・ブレイダーがもう1度今と同じバトルを行うダメージにはどうあがいても耐えきれない。そんなことに気づかない彼女ではないだろうが、それでもサレンダーすることなく前を向いたままターンを終えた。
 ……僕に、同じことができるだろうか。負けたといっては下を向き、また負けたといっては卑屈になり、さらに負けたといっては自分から下に下に沈んでいく、そんな僕に明日香のように誇り高く、デュエリストとして最後まで前を向いて正々堂々と絶望しかない戦いであっても続けることができるだろうか。

「僕のターン……」

 僕には何もわからない。『相手のドロー次第では持ちこたえられる程度の負け』ばかりを味わってきた僕には、こんな『相手のドローすら関係なくすでに負け確定』なんて状況に置かれた時にどう動けるかなんてこと、まったく想像もつかない。もちろん理想としては、今の明日香のように最後まで誇り高くありたいと思う。だけどこんな極限の状態に置かれた時、僕からどんな本性が出るのか……僕自身にすら、まるで想像がつかない。

「さあ、攻撃してきなさい!」
「き……霧の王で、サイバー・ブレイダーに攻撃!ミスト……ストラングル!」

 霧の王 攻4100→サイバー・ブレイダー 攻3700
 明日香 LP300→0

 本当に。このデュエルではたまたま僕が勝ったけど、明日香にはかなわないなあ。





「ありがとう、明日香。僕とデュエルしてくれて」
「気にしないで。少しはいい顔になったんじゃないかしら?私もよかっ……」

 最後までその台詞を言うことはできなかった。待っていたといわんばかりに光り出すデスベルトにデュエルエナジーを吸い取られ、その場に半ば倒れるように座り込んだのだ。

「明日香!剣山、早く保健室へ!」
「わ、わかったドン!」
「大げさね、十代。少し休めば、すぐによくなるわ……」

 無論僕も吸い取られるエナジーは一緒、当然無事ではすまない。しかしダークシグナーと人間の体力の差か、チャクチャルさんが負担の一部を肩代わりしてくれているからか、僕の場合は手近な壁に身をもたれさせてどうにか一息つく程度で済んだ。とはいえさすがに疲れがたまってきたので、何か別の話題をして気を紛らわすためずっと気にかかっていたことを聞いてみる。

「そうだ。そういえばさ、夢想はどこにいるの?全然見つかんないんだけど」

 そう言った瞬間、明らかに場の空気が変わった。皆がすっと目を逸らす中、剣山と十代に肩を貸してもらって起き上った明日香が弱々しく話し出す。

「それよ、清明……だから私は、貴方のためだけじゃなく彼女のために怒ったの……」
「無理すんなよ、明日香。少し休んでろって」
「いえ、これは私に言わせて……あのね、清明。貴方が行方不明になった時、一番心配してたのは彼女だったの。だから彼女は研究所に向かうのを諦めて、1人で貴方を探すんだって……」
「そ、それで……?」

 ここまで聞いたところでもう予想がついたが、それでも聞かなければいけない。抑えようとしても抑えきれない声の震えを感じながらの問いに、明日香もまた返事を返す。

「さっき貴方が来る前、この世界に来たアカデミアの人たちを全員集めてみたんだけど……多分彼女は、この世界には来ていないわ」 
 

 
後書き
あれ三沢どこ行ったんだろ。おかしいなあ、前回後書きではこの回で出すって言ったのに(震え声)。
デッキがサイバー・エンジェル軸にシフトしても、やっぱり勝ち星がつかないうちの明日香さん。いや本当、負かしたくて負かしてるわけじゃないんですけどね。ただなんでか知らないけど、やっぱり最終的には勝てないんです。全国5千万人の明日香ファンの皆さん、心の底からごめんなさい。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧