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バーチスティラントの人間達

作者:書架
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とある隊の日常風景

 粉々に割られたステンドグラス。
 崩れ去った白亜の建物。
 焼き払われたテラスの広大な庭。

 目を背けても、その先には別の崩落した建物がある。どこを見ても、破壊の二文字しか出てこない。
 死体処理こそ別の班がとうに終えたようだが、それでもこの地区は、この町は、いやこの国は。

「……何を考えてるんだ奴らは……。」

 舌打ちを閑散とした通りに響かせ、人気がないことを確認すると彼は踵を返して出ていった。

 もはや国ではない、ただの人間と魔導師の争いによって生まれた負の遺産から。

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「おかえりストラトー!」「おかえり副隊ちょー!」
「お前ら、訓練終わってたなら偵察くらいして来いよ……。」
 移動用簡易コテージ内で暢気に居座る双子が一組。各々マグカップを両手で持ち、僕に明るい声をかける。
「だって、エフィさんからお誘いがあってさ。」「断るわけないでしょ?」
「これだから餓鬼は。」
「「なんか言った!!?」」
 声も容姿もそっくりのこの双子――ホルスターを提げている方がアルマ、ダガーを提げている方がラーマ――は盛大に音を立ててカップを机に置くと、同時に立ちあがって詰め寄ってくる。既に手の位置は両者とも、柄やグリップにかけられていた。
「やめておくのです、三人とも。司令官からお怒りの言葉でも頂戴したいのです?」
 そんな幼さ残る声に、僕らは視線をはずして声の主の方を向く。高くはない背丈、幼く見える顔と声。だがしかし成人しているという緑髪の女性は、お菓子を乗せたトレイを手にじとっとこちらを見ていた。
「大人しくトレイター直々の差し入れでも仲良く食べるのです。今日はプリンタルトなのですっ!」
「なっ!?」
「あれ、ストラト羨ましいのぉ?」「欲しいって顔に出てるよぉ?」
「う、うるさいうるさい!!どうせ僕の分なんて、」
「あるのですよ?」
「は……っ?」
 フォークを構えてにやつく双子をよそに、僕は思わず口をちょっと開けてエフィさんの方を見る。彼女はタルトの乗った皿をこちらに差し出しつつ、にこっと微笑んだだけだった。
「ほらほら、遠慮せずに食べるのです。それとも『いらなかった』ことにするです?」
「…………。」
 大人しく受け取り、もうすでに三分の一は食べ進めているアルマとラーマの視線を直に受けつつ僕は近くの椅子に座った。
「……なぜ僕の分まで……。」
「うわき?」「ふりん?」
「不吉なことは言わないでほしいのです。大体不倫や浮気なんぞすれば、誰が相手だろうとこのエフィが成敗してやるのです!」
「わー!」「かっくいー!!」
「駄目だこいつら……。ばっかじゃねぇの、そもそも性別とか違うしエフィさんがいるし。」
「言ってることと表情が合ってないのです。まんざらでもないのですねぇ?」
 火玉でもぶつけられたように顔が赤くなり体温が上がったのが、自分でも分かった。他三人も、当然僕の顔が真っ赤であることは見れば分かるので全員口角を吊り上げた。

 僕がここまでトレイターさんを尊敬するようになったのは、いくつか理由がある。
 一つは、僕が軍に入隊するきっかけであること。これは話せば長いので割愛する。
 一つは、物語に出てきそうな程の容姿端麗であること。これは説明するより本人を見たほうが早い。

 そして一つは、

「プリンタルト三つでここまで盛り上がるとは思わなかったな……。」
 僕以外の全員がばっとコテージの方へ歓喜の視線を向ける。すでに双子は、飛びつく寸前のモーションに入っていた。
「「かっかー!!!」」
「うわぁっ!?」
 トレイターさんは案外、少なくともほぼ最前線で戦っている僕やアルマより、簡単に言えば脆い。成長期の少年少女を受け止めるだけの軸はなかったようで、二人分の重さに負けて後ろに倒れた。同時に、いつも片手に携えている古びた本も落とした。
「だいじょぶ……?」「ごめーん……。」
「だ、大丈夫……ちょっと腰打っただけ……。」
 ちょっと、とは言いつつもかなり痛そうに腰をかばいながらよろよろと立ち上がる。その不安定さを見ていられず、僕はフォークを手放して駆け寄った。
「掴まってください。医務室行きます?」
「そ、それは遠慮しとくよ。さすがにこれはかっこ悪い……。」
「トレイターはこのくらい自分で治せるはずなのです。そこまでお節介する必要はないのですよ。」
「……エフィなんか怒ってる?」
「怒ってないのですっ!!!」
「「せいばいだー!」」
「お前らしばらく黙ってろ!!あーもう!!!」
 本を拾い上げ、さっきまで自分が座っていた椅子にトレイターさんを座らせる。残り少なかったタルトを一口で食べ切り、皿を下げに一度離れた。
「ありがとう。おいしかった?」
「は、はい!とても!」
「ならよかった……。今度からはストラトの分も作るよ。何かリクエストがあれば、遠慮なく言って?」
「とっ……とんでもない!!僕は、いや自分はそんな、トレイターさんに手間をかけさせるようなことは……!」
 歯切れ悪くそう言うと、トレイターさんは優しく微笑んだ。
「俺が戦場に立つことは、きっともうしばらくはない。その代わりとばかりに君達に戦ってもらってるようなものなんだから……。」
「自分やアルマとラーマは志願兵です!僕達が望んで戦っているのであり……!」
「……案外、ストラトは引っ込み思案なのかな?」
 トレイターさんはくすくす笑うとすっと立ち上がり、本を携えて背を向けた。
「君はもう少し、貪欲になった方がいい。求めすぎるくらいがきっとちょうどいいんだよ。」

 その微笑む表情と言葉に少し陰りがあったのは。エフィさんが僅かに悲しそうな目をしたのは、気のせいだろうか。

 そう考えているとトレイターさんは白いリボンで結んだ金の長髪を靡かせ、一度こちらを振り向いた。
 少しその表情に緊張が宿っているのが分かる。
「……了解。…………悪いね君達、緊急だ。」
 そう彼が言った瞬間、コテージ中央の透過ディスプレイが起動し同じく慌てた様子のオペレーターが緊張を抑えて告げた。
『緊急。十時の方向、距離およそ20マイル先で爆発音。高電圧及び濃魔力の感知から、魔導師による雷魔法と判断。至急状況確認と戦闘準備を―――』
「えー、状況確認も?」「ティレイアならできるんじゃないのー?」
『――申し訳ありません。ですが、捉えるには速すぎるのです。』
「……トレイターさん、もしかして前に報告が上がった……、」
「そう見ていいと思う。たぶんまた、『遊びに』来たんだろう。」
「てことは、エフィの出番ですねぇ。」
「お願い……。いざとなれば、俺も出るよ。」
「総司令官殿のお手を煩わせるわけにはいかないのです。まだ早いのです。」
 にやっと緑髪の女性が笑うと、コテージの外に出ようとした。その後を追うように、アルマが出ていく。
「援護するよ、エフィさん!」
「ふむ……。確かにハルの指導を生かすチャンスではあるのです。許可するのです。」
 嬉しそうに、だがやはり緊張したようにアルマが両腿から拳銃を引き抜く。


 それと同時に、彼らの目の前で爆発が起きた。

 
 

 
後書き
続くといいな……。 
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