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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
  第三節 群青 第四話 (通算第74話)

 エマを先導するエゥーゴ兵はサエキと名乗った。体格のいい、如何にも警邏という風体で、海軍の伝統を汲む宇宙軍には似つかわしくない感じがした。直截的に言えば、彼はプロレスラーのように筋骨隆々なのである。
「銃をお預かりいたします」
 差し出された掌に訝しさはなかった。エマは右脛のホルスターから拳銃を抜き取ると、サエキに渡そうとして一瞬躊躇った。
「これ後で返してくださる?」
「……必ず」
 エマの躊躇いに、鋭い眼光を隠そうとしなかった、サエキの生真面目そうな厳つい顔が、確かに一瞬、微かな笑いを浮かべた。
「それ祖父の形見なのよ」
 陸軍の定年退役士官にのみ下賜される星十字勲功拳銃である。エマの祖父も父も元陸軍将校――最終階級は二人とも少佐だった。父は負傷によって後方勤務に就き、のち士官学校の教員となって退役した。その父の誼で、エマは宇宙軍内最大派閥である旧陸軍閥の〈大地の盾〉会に属していた。ティターズの正規スタッフに選ばれたのも、そのお蔭であると思っている。
「お帰りの際にお返しいたします」
 サエキの敬礼は銃に対してであったか。
 どちらにせよ、罠はない――エマはサエキを本質的に悪い人間ではないと判断した。人は緊張が緩むと、一瞬素顔が覗くものだ。エマは、再び厳つい顔に戻ったサエキの背中に、信頼を加えた視線を投げて追いすがった。
 本来、エマは一部の陸軍将校にありがちな、如何にもなステレオタイプの軍人が嫌いだった。彼らは質が悪い訳ではないが、思考が肉感的であり、あまり知性が感じられないからだ。かと言ってインテリ風の軍官僚や参謀然とした男も好きではない。彼らはエリート意識が強すぎて、他人を小馬鹿にするような態度が気に入らなかった。女性だからといって蔑視しない空軍閥の自由な雰囲気が好みと言えたが、パイロットたちの軽薄さは鼻につく。彼らの女性士官をナイトゲームの的にする風潮も気に入らない。だが、海軍閥の伝統を重んじ過ぎる空気にも息苦しさを感じて馴染めそうもなかった。結果、陸軍閥会派に所属しつづけるのは、消去法であり、耐えられないレベルではないという諦めでしかなかった。
 エマは案内されるがまま、艦内を歩いた――より正確には、リフトグリップに掴まって通路を游いだ。最初はブリーフィングルームに通されるのだろうと思っていたが、このまま行けば艦橋か司令室に通されることになることは明白だ。だが、敵性勢力から来た人間――たとえ休戦の使者であったにせよ――を警戒せずに中枢へ招き入れるという、あり得べからざる事態をどう捉えればよいのか。エマが死間であるとか、幹部を人質に捕られる危険性を顧みないのだろうか。お気楽なお祭り気分のめでたい連中なのか、それとも警備体制に絶対の自信があるのか…。いずれにせよ、会えば解る――そう思いながら、一言も発することなく、サエキに続いた。
 エゥーゴはティターンズの結成後、月の防衛力向上を目的に設立されたことになってはいるが、実際にはスペースノイドの弾圧に走ったティターンズへの牽制が目的であった。それは戦後の複雑怪奇な軍閥情勢の写し鏡とも言える。月面恒久都市企業連合に指揮権はないが、設立の経緯からして、月企連は事実上のスポンサーであり、ある程度の融通は連邦政府も、ジオン共和国も、各サイド自治政府も聞かざるを得ない。が故に、エゥーゴの装備は制約が設けられ、旧式のものが多く、新兵器の配備や独自開発は有形無形の妨げにより難しかった。だが、現に新造艦がこうして存在している。エマはそこにアナハイム・エレクトロニクス社の強い介入があるとみた。
 つまりは連邦政府も軍上層部も一枚岩ではない…ということだ。戦後の軍閥抗争は激しさを増すばかりであり、デラーズの乱以後、特に陸軍閥の伸長は目を見張るものがあったが、それに対する反発が深刻化していたことを思い知らされた気がした。このことは、エマにとって衝撃であり、エゥーゴに対する見方を少しだけ変えさせるきっかけとなった。それでもまだ、感覚的には極悪なテロリストの巣窟からテロリストまがいの反戦主義者への格上げぐらいに留まっている。だが、正義は自分たちだけのものではないというぐらつきは、今までティターンズの正義を疑わなかったエマにとって大きな動揺だった。
「サエキ軍曹であります。エマ・シーン中尉をお連れしました」
 インターホン越しに応じる声があり、司令室の扉が開いた。サエキが先に入り、踵を鳴らして直立不動の姿勢をとる。サエキが敬礼する相手こそ、ブレックス・フォーラであった。バスク・オムの様な威圧感はないが、力強い眼と柔和な笑みが印象的だとエマは思った。エマは敬礼しつつ、何故か自分が緊張していないことに疑問を持った。
「ティターンズのエマ・シーン中尉です。バスク・オム大佐より直筆の親書を預かっております。即答をいただいてくるように、仰せつかっております」
 胸ポケットから洋封筒を取り出し、ブレックスに渡す。蜜蝋で封された親書はティターンズの官給品であるが、金の縁取りが随所に施された古代の貴族が使っていそうな古めかしくも伝統的な封書である。
 面白くもなさそうに親書を一瞥し、無造作に封切った。読み進むブレックスの余裕のある笑みが見る間に憤りに代わった。
「なんと破廉恥なっ」
 エマは訳が解らなかった。聞いているのは和平の使者としてブレックスに直接親書を渡し、即答を貰ってくるということだけであった。 
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